残酷な描写あり
R-15
見栄のための開戦
「というわけで翻訳家のネコク・スリは脱税の容疑で逮捕されましたとさ」
「クヒャヒャ! 土地買っといて『税金のことは知らなかった』ってアホだろ!? その女とんでもなく間抜けな詐欺師だな!!」
玉座の間でヘラゲラスの馬鹿話が披露され、王であるカクトは大爆笑した。すっかり気分がよくなり、上機嫌となる。隣のレクリナもカクトの腕に抱きつき、クスクスと笑っていた。
そんな場が温まった頃合いに、階段から一人の兵が登ってくる。カクトの前で膝をつき、はきはきと陳述した。
「カクト様にお伝え申し上げます! たったいまティモン様がお戻りになりました!」
「ああ、ティモンの奴やっと帰ってきたの? まぁいいや。早速話を聞いてやるとするか」
カクトは満足したのでヘラゲラスを部屋に戻す。ヘラゲラスが小声で悪態を吐くのとは入れ違いに、ティモンが玉座の間に謁見した。
「おう、ティモン! 結果はどうよ? あいつら俺の言うこと聞いた?」
カクトがレクリナの顎をコロコロとさすりながら、気楽に問いかける。
「は、はい。では報告させて頂きます。オベデンス王国は我々の要求を承諾し、借款の取り消しと貢ぎ物の贈与を約束致しました」
「おお、いいじゃん! やっぱ最強の国なんだから周りの奴らが頭下げんのは当然だわな」
「で、ですが、ディファイ王国は我々の要求を却下しました。借金の取り消しはならず、貢ぎ物の送り届けも拒否しました」
「は?」
レクリナの顔で遊んでいたカクトの手がピタリと止まる。途端に表情が険しくなり、レクリナから手を外した。
「おい! アーサスを呼べ!!」
「は、はい!? 一体どのようなご用向きで?」
「いいから呼べっつってんだよ! ちょっとこりゃ会議開く必要あるわ」
そしてすぐさまアーサスが呼び寄せられる。物々しい足音を立てて玉座の間に現れたアーサスは、すぐに膝をついてカクトに拝礼した。
「カクト様、何用でございましょう? 我々の警固は万全のはずですが……」
「おうアーサス。お前この国の将軍だよな? だったら明日ディファイ王国に戦争仕掛けて滅ぼして来い」
「ッ!!!」
玉座の間は一瞬で津波が打ったように静まり返る。ティモンもアーサスも絶句して息を吞んだ。
「な、何故、ディファイ王国と戦争をするのですか?」
「そりゃ決まってんだろ? 俺の命令を無視しやがったからだ。この世界で俺に従わねぇ奴は死ね!」
あまりに身勝手と横暴を極めた命令に、アーサスの頭は理解が追いつかない。もはやこの男に常識など通用しないのか?
「素敵ですぅカクトさまぁ♥ 戦争なんて勇ましいですわぁ♥」
間髪入れずレクリナが抱きついて援護射撃をする。ティモンはその様子に唖然とする。もはやこの媚びるしか能がない女にも、状況を理解できる知性など期待できない。
「だよなぁレクリナ! やっぱこういうのって決断力ってもんが大事だよなぁ?」
「お、お待ちくださいカクト様!!」
そこでティモンは慌てて止めに入る。緩みきったカクトの顔は途端に鬱陶しそうになり、目の上のたんこぶでも見るような視線をティモンに注ぐ。
「ったく、そのセリフ何度目だよジジイ。また俺に意見するつもりか? まさかお前、戦争は人が大勢死ぬからいけないことだとか甘っちょろいこと抜かす気じゃねぇよな? 俺に歯向かう奴が何人死のうが構わねぇんだよ」
(やはりこの男は人の命など何とも思ってない……)
「い、いえ。倫理的な観点から見て私は戦争に反対するのではないのでございます。ですが流石に他国に戦争を仕掛けるというのは、このミチュアプリス王国にとっても甚大な国益の損失を招く結果となるでしょう」
「は? どういうこと?」
豆粒大の汗を流しながらも、ティモンは冷静にカクトを諭す。
「まず、戦争を仕掛けるというのは、莫大な費用が必要となります。遠征費、兵站の確保、出兵する兵たちの俸給、兵器の増産、その他諸々。今ミチュアプリスは財政が逼迫しており、とても他国に戦争を仕掛ける余裕などないのです」
「んなもんディファイ王国の奴らに勝った時に賠償金を支払わせばいいじゃん」
「い、いえ、それも現実的ではありません。ディファイ王国はミチュアプリス王国よりも規模が大きいと言えど所詮小国です。30年前の魔法大戦以来、街の復興作業に専念している状況であり、彼らもまた財政難に陥っているのです。そんな国に例え侵攻して勝ったとしても、戦争費用を賄えるだけの賠償金など得られるはずもありません」
「ああ~、うっぜぇなぁ。けっきょくお前の言ってることって金、金、金、って金ばっかじゃねぇか。俺は金のために戦うんじゃなくて、俺のプライドのために戦うんだよ。ディファイの奴らが俺の命令無視して馬鹿にしやがったからな。舐められっぱなしじゃムカつくんだよ」
カクトはティモンの弁論を一蹴する。その有無を言わせぬ戦争の決意に、ティモンの背筋は極限まで凍った。もし本当に戦争など起これば、これはファース大陸中を揺るがしかねない大惨事となる。かつて己が経験した30年前の魔法大戦、それがティモンの脳裡にありありと再生された。
(もはや戦争の経験などないこの男に、戦争の悲惨さを訴えても無駄か……)
カクトが理解できるはずもない意見は、口に出す前から黙殺されてしまう。だがその時、アーサスが一歩進み出て口を開いた。
「……お言葉ですがカクト様、我々が戦争を仕掛けたとしても、勝てる見込みはございません」
「は?」
カクトの歪められた顔がますます険しくなる。アーサスはその睨みに耐えながらも、冷静に戦況分析を明かす。
「我々ミチュアプリス王国の軍は総勢で1万兵ほど。対するディファイ王国の軍勢はその倍の2万兵ほどであります。通常敵の城を攻めるとなると、敵の兵力の3倍は必要となると言われております。これに従えばディファイ王国を攻めるのに必要な兵力は最低でも6万。1万の兵力しか持たぬ我々では到底勝つことはできませぬ」
「んなもん計略使えば何とでもなるだろ? お前『諸葛孔明』って知らないのかよ? 赤壁の戦いじゃ曹操の大軍を火計で壊滅させたんだよ」
「そ、そんな奇策など現実では到底あり得ません! 私はカクト様が仰る逸話を知りませぬが、少なくとも戦争の勝敗はどれだけ万全な準備ができるかにかかっています! 兵力を十分に整え、日々鍛錬を重ね、そして実践を幾度も経験する。たった一つの作戦で戦争の結果を覆せるほど現実は甘くないのです!」
「うるせぇ石頭! ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと戦争の準備してこいよ。お前、もしかしてビビってんのか?」
カクトの侮蔑的な挑発に、アーサスの名誉は傷つけられる。実際に戦場に立ったこともない若造が、どうしてここまで上から目線で物言いができるのか。所詮碌に現実を知らない者ほど、基礎をおろそかにして奇策や一発逆転などという極端な思考に走るものだ。
「カクト様……ならばいっそあなたが戦場に出れば良いのではないのですか?」
「あ?」
アーサスはあえて挑戦的な声で提言する。
「あなたにはカマセドッグ帝国を一瞬で滅ぼせるほどの絶大な魔力があります。それをディファイ王国の者たちに使うと脅しをかければ、きっと敵はあっさり降伏するでしょう。そうすればわざわざ軍隊を出兵させることもなく、勝利を収めることができます」
「ああ、まぁうん。それは俺も考えたんだけどさぁ」
カクトは面倒くさそうにアーサスに説明する。
「やっぱ最強な王には優秀な家来こそふさわしいじゃん? 部下が雑魚かったら、なんつーか俺の威厳? みたいなもんも低く見られるっていうかさぁ」
けっきょく自分の見栄のために戦争するのか。ティモンもアーサスも、そのカクトのどこまでも自己中心的な考え方に呆れ果てる。だがけっきょく彼らには、もはやカクトに反抗できるだけの力はなかった。
「んじゃ、そういうわけだから明日ディファイ王国に行って戦争して来いよアーサス。必ず勝って全員ぶち殺してこい」
そして後日、ミチュアプリス1万の軍勢は遠征し、ディファイ王国に戦争を仕掛けた。
「クヒャヒャ! 土地買っといて『税金のことは知らなかった』ってアホだろ!? その女とんでもなく間抜けな詐欺師だな!!」
玉座の間でヘラゲラスの馬鹿話が披露され、王であるカクトは大爆笑した。すっかり気分がよくなり、上機嫌となる。隣のレクリナもカクトの腕に抱きつき、クスクスと笑っていた。
そんな場が温まった頃合いに、階段から一人の兵が登ってくる。カクトの前で膝をつき、はきはきと陳述した。
「カクト様にお伝え申し上げます! たったいまティモン様がお戻りになりました!」
「ああ、ティモンの奴やっと帰ってきたの? まぁいいや。早速話を聞いてやるとするか」
カクトは満足したのでヘラゲラスを部屋に戻す。ヘラゲラスが小声で悪態を吐くのとは入れ違いに、ティモンが玉座の間に謁見した。
「おう、ティモン! 結果はどうよ? あいつら俺の言うこと聞いた?」
カクトがレクリナの顎をコロコロとさすりながら、気楽に問いかける。
「は、はい。では報告させて頂きます。オベデンス王国は我々の要求を承諾し、借款の取り消しと貢ぎ物の贈与を約束致しました」
「おお、いいじゃん! やっぱ最強の国なんだから周りの奴らが頭下げんのは当然だわな」
「で、ですが、ディファイ王国は我々の要求を却下しました。借金の取り消しはならず、貢ぎ物の送り届けも拒否しました」
「は?」
レクリナの顔で遊んでいたカクトの手がピタリと止まる。途端に表情が険しくなり、レクリナから手を外した。
「おい! アーサスを呼べ!!」
「は、はい!? 一体どのようなご用向きで?」
「いいから呼べっつってんだよ! ちょっとこりゃ会議開く必要あるわ」
そしてすぐさまアーサスが呼び寄せられる。物々しい足音を立てて玉座の間に現れたアーサスは、すぐに膝をついてカクトに拝礼した。
「カクト様、何用でございましょう? 我々の警固は万全のはずですが……」
「おうアーサス。お前この国の将軍だよな? だったら明日ディファイ王国に戦争仕掛けて滅ぼして来い」
「ッ!!!」
玉座の間は一瞬で津波が打ったように静まり返る。ティモンもアーサスも絶句して息を吞んだ。
「な、何故、ディファイ王国と戦争をするのですか?」
「そりゃ決まってんだろ? 俺の命令を無視しやがったからだ。この世界で俺に従わねぇ奴は死ね!」
あまりに身勝手と横暴を極めた命令に、アーサスの頭は理解が追いつかない。もはやこの男に常識など通用しないのか?
「素敵ですぅカクトさまぁ♥ 戦争なんて勇ましいですわぁ♥」
間髪入れずレクリナが抱きついて援護射撃をする。ティモンはその様子に唖然とする。もはやこの媚びるしか能がない女にも、状況を理解できる知性など期待できない。
「だよなぁレクリナ! やっぱこういうのって決断力ってもんが大事だよなぁ?」
「お、お待ちくださいカクト様!!」
そこでティモンは慌てて止めに入る。緩みきったカクトの顔は途端に鬱陶しそうになり、目の上のたんこぶでも見るような視線をティモンに注ぐ。
「ったく、そのセリフ何度目だよジジイ。また俺に意見するつもりか? まさかお前、戦争は人が大勢死ぬからいけないことだとか甘っちょろいこと抜かす気じゃねぇよな? 俺に歯向かう奴が何人死のうが構わねぇんだよ」
(やはりこの男は人の命など何とも思ってない……)
「い、いえ。倫理的な観点から見て私は戦争に反対するのではないのでございます。ですが流石に他国に戦争を仕掛けるというのは、このミチュアプリス王国にとっても甚大な国益の損失を招く結果となるでしょう」
「は? どういうこと?」
豆粒大の汗を流しながらも、ティモンは冷静にカクトを諭す。
「まず、戦争を仕掛けるというのは、莫大な費用が必要となります。遠征費、兵站の確保、出兵する兵たちの俸給、兵器の増産、その他諸々。今ミチュアプリスは財政が逼迫しており、とても他国に戦争を仕掛ける余裕などないのです」
「んなもんディファイ王国の奴らに勝った時に賠償金を支払わせばいいじゃん」
「い、いえ、それも現実的ではありません。ディファイ王国はミチュアプリス王国よりも規模が大きいと言えど所詮小国です。30年前の魔法大戦以来、街の復興作業に専念している状況であり、彼らもまた財政難に陥っているのです。そんな国に例え侵攻して勝ったとしても、戦争費用を賄えるだけの賠償金など得られるはずもありません」
「ああ~、うっぜぇなぁ。けっきょくお前の言ってることって金、金、金、って金ばっかじゃねぇか。俺は金のために戦うんじゃなくて、俺のプライドのために戦うんだよ。ディファイの奴らが俺の命令無視して馬鹿にしやがったからな。舐められっぱなしじゃムカつくんだよ」
カクトはティモンの弁論を一蹴する。その有無を言わせぬ戦争の決意に、ティモンの背筋は極限まで凍った。もし本当に戦争など起これば、これはファース大陸中を揺るがしかねない大惨事となる。かつて己が経験した30年前の魔法大戦、それがティモンの脳裡にありありと再生された。
(もはや戦争の経験などないこの男に、戦争の悲惨さを訴えても無駄か……)
カクトが理解できるはずもない意見は、口に出す前から黙殺されてしまう。だがその時、アーサスが一歩進み出て口を開いた。
「……お言葉ですがカクト様、我々が戦争を仕掛けたとしても、勝てる見込みはございません」
「は?」
カクトの歪められた顔がますます険しくなる。アーサスはその睨みに耐えながらも、冷静に戦況分析を明かす。
「我々ミチュアプリス王国の軍は総勢で1万兵ほど。対するディファイ王国の軍勢はその倍の2万兵ほどであります。通常敵の城を攻めるとなると、敵の兵力の3倍は必要となると言われております。これに従えばディファイ王国を攻めるのに必要な兵力は最低でも6万。1万の兵力しか持たぬ我々では到底勝つことはできませぬ」
「んなもん計略使えば何とでもなるだろ? お前『諸葛孔明』って知らないのかよ? 赤壁の戦いじゃ曹操の大軍を火計で壊滅させたんだよ」
「そ、そんな奇策など現実では到底あり得ません! 私はカクト様が仰る逸話を知りませぬが、少なくとも戦争の勝敗はどれだけ万全な準備ができるかにかかっています! 兵力を十分に整え、日々鍛錬を重ね、そして実践を幾度も経験する。たった一つの作戦で戦争の結果を覆せるほど現実は甘くないのです!」
「うるせぇ石頭! ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと戦争の準備してこいよ。お前、もしかしてビビってんのか?」
カクトの侮蔑的な挑発に、アーサスの名誉は傷つけられる。実際に戦場に立ったこともない若造が、どうしてここまで上から目線で物言いができるのか。所詮碌に現実を知らない者ほど、基礎をおろそかにして奇策や一発逆転などという極端な思考に走るものだ。
「カクト様……ならばいっそあなたが戦場に出れば良いのではないのですか?」
「あ?」
アーサスはあえて挑戦的な声で提言する。
「あなたにはカマセドッグ帝国を一瞬で滅ぼせるほどの絶大な魔力があります。それをディファイ王国の者たちに使うと脅しをかければ、きっと敵はあっさり降伏するでしょう。そうすればわざわざ軍隊を出兵させることもなく、勝利を収めることができます」
「ああ、まぁうん。それは俺も考えたんだけどさぁ」
カクトは面倒くさそうにアーサスに説明する。
「やっぱ最強な王には優秀な家来こそふさわしいじゃん? 部下が雑魚かったら、なんつーか俺の威厳? みたいなもんも低く見られるっていうかさぁ」
けっきょく自分の見栄のために戦争するのか。ティモンもアーサスも、そのカクトのどこまでも自己中心的な考え方に呆れ果てる。だがけっきょく彼らには、もはやカクトに反抗できるだけの力はなかった。
「んじゃ、そういうわけだから明日ディファイ王国に行って戦争して来いよアーサス。必ず勝って全員ぶち殺してこい」
そして後日、ミチュアプリス1万の軍勢は遠征し、ディファイ王国に戦争を仕掛けた。