残酷な描写あり
R-15
殺試合
「うほっ! こりゃ壮観だな! ウジ虫みてぇに兵士どもがうじゃうじゃ並んでやがる!」
櫓から草原を見晴らしたカクトは、大きなはしゃぎ声を上げた。
玉座を模した椅子に座り、猿のように手を叩いている。
「はい、これが我が軍の総力であります」
カクトの隣に立つアーサスが受け答える。
戦士部隊9500名、魔術師部隊500名。総勢1万のミチュアプリス王国の軍勢が二人の眼下に広がっていた。
「そっかそっかぁ! こいつら全部俺のものってことか! んじゃアーサス、早速兵士どもを動かしてみろ!」
「……わかりました」
アーサスは正面に立つ軍勢に向き直り、バッと勢いよく手を広げる。
「防御陣形! 構え!」
アーサスの号令が轟くと、鼓笛隊が一斉に太鼓を鳴らした。
一気に兵士たちは背中に背負った盾を構えて密集する。
人でできた強靭な防壁が、瞬く間に草原を埋め尽くした。
「止め! 配置に戻れ!」
アーサスが再び叫ぶと、兵士たちは盾をしまい間隔を空けて移動する。先ほどと同じ待機の態勢を取った。
「クヒャ~! 圧巻圧巻! こんな大勢の人間が動くとこなんて『三国志』シリーズでしか見たことねぇや!」
カクトは精悍な顔つきで並ぶ兵士たちの姿に満悦する。
虫の習性のように忠実に動く様を見て、このうえなく上機嫌だった。
「おいアーサス! もっとやってみろ!」
「……わかりました」
興奮するカクトにアーサスは頷く。
兵士たちに向かってもう一度手を広げた。
「行軍開始! 東の方向! 右向け右!」
そして兵士たちは鼓笛部隊の合図に合わせて東の方を向く。
「前進!」
全軍が一斉に行軍する。
一糸乱れず歩調を合わせ、真っすぐに軍靴を鳴らして闊歩した。
「止め! 全軍停止!」
鼓笛部隊の合図とともにピタリと一斉に止まる。
そしてアーサスがまた西へ行軍せよと命令を出すと、全軍が先ほどと同じ位置まで戻り、カクトの前に整列した。
「クヒャ~クヒャ~!! こいつぁ面白れぇや!! 犬よりも躾がなってるなぁ!」
カクトはバンバンと手を叩いて、身体を前傾しながら笑い転げる。
アーサスは喜び回るカクトを見て、いくらか安堵しながら説明を加えた。
「はい、これも我が軍が毎日欠かさず鍛錬に励んだ賜物であります。我々はミチュアプリス王国を守るために皆忠誠を誓っております」
「なるほどねぇ。クヒャヒャ! 軍隊ってのは堅苦しいだけだと思ってたけど、いざ動いてるのを見たら感動的だなこりゃぁ!!」
カクトは少年のように瞳を輝かせる。
無駄な身動きひとつせず、ただ次の命令を待つ従順さが気に入った。
「んじゃ、俺も命令してみっか! おいお前ら! 全員南に向かって走れ!」
カクトは椅子から勢いよく立ちあがり、櫓からアーサスの真似をして手を広げる。
だが兵士たちは動かない。戸惑ったように互いの顔を見合わせ、どう行動したらいいか判断に迷っていた。鼓笛部隊も太鼓のメロディの鳴らし方がわからない。
「あれぇ? こいつら俺が命令してるのに全然動かないんだけどぉ?」
カクトが途端に不満そうな声を漏らす。
「カ、カクト様……軍というものは規律があって初めて行動できるものなのです。決められた通りの合図でなければ兵を動かすことはできません。それに、このミチュアプリス軍の全指揮権は私にあり、それ以外の者の命令は誰であろうと従うわけにはいかないのです」
「は? 何でこの国で一番偉い俺の命令が無視されんの? 王様の言うこと聞けないとか無能かよこいつら」
カクトの喜色満面だった顔が、どんどんと険しくなる。
その気まぐれなカクトの豹変に、アーサスは額から冷たい汗を流した。
「も、申しわけありませんカクト様。ですが大勢の人間を動かすということは、大勢の信頼を得なければならないということなのです。カクト様は王の位に着いたばかりであり、まだ臣下たちの信任を得られておりません」
「あっそ。つまり俺に歯向かう奴ばっかりってことね」
カクトは再びどっかりと椅子に座った。
ひじ掛けに片肘をつき、手の甲をつまらなそうに頬に乗せる。
「じゃあいいや。ならこいつら戦わせろ」
「も、模擬戦をご所望ですか?」
「ちげぇよバカ。実際に殺し合わせるんだよ」
アーサスは目を瞠る。
兵士たちの顔色も一斉に血の気の引いたものとなった。
そして今まで忠実に命令に従ってきたアーサスが、流石に反論を述べる。
「で、ですが、無闇に味方同士で戦わせたら兵力を無駄に消耗してしまいます。それに今まで培ってきた国家への忠誠心だって失われてしまうでしょう。実際に殺し合いをさせるなど無益でしかありません」
「あぁそう? そこまで言うなら10人ぐらいでいいよ10人で。あっ、じゃあそこの一番前の黄色の鎧着た奴らと青い鎧着た奴ら前に出ろ。俺んとこまで来い」
兵士たちは青ざめた顔で互いの顔を見合わせ二の足を踏んだ。
だがその時カクトは『クラフトニードル』を唱え、兵士たちの眼前に巨大な黒い針を出現させた。
「さっさと来いって言ってんだろ? 来ねぇなら全員殺すぞ?」
兵士たちはビクリと体を竦ませる。
ぎこちない足取りで針の間を縫ってカクトの眼下まで集まった。
「じゃあ黄色チームが左、青チームが右に並べ」
大人しく命令に従い、黄色の鎧の者が5人、青の鎧の者が5人、整列する。
だが皆凍りついた顔を俯けたままだった。
「じゃあそろそろ舞台も整ったことだし殺し合いを始めるとすっか。生き残った方が昇進な?」
しかし誰も剣を抜こうとしない。沈黙した空気だけが流れる。
だがしばらくすると、おずおずと青チームの一人が声を上げた。
「あ、あの……我々は戦いたくありません」
「は?」
「我々は苦楽をともにして戦ってきた同じ仲間です。なので味方同士で殺し合いをすることなんてできません。ですのでどうか、命令の取り下げを……」
「クラフトニードル」
異議を唱えた青の兵士の足元から、突然巨大な針がせり上がった。
そのまま兵士の身体を突き上げ、股間から脳天を貫く。
兵士はカッと目を見開き、しばらくバタバタと手足を動かすと絶命した。
だらりと全身の力が抜け、そのままズリズリと自重に従って針が股間に食い込んでいく。
「ヒ、ヒイイイイイッ!」
死体を見た青チームの一人が悲鳴を上げた。
体をよろめかせながら、無我夢中になって部隊から逃げ出す。
だがカクトが再び『クラフトニードル』を唱えると、逃亡した兵士は先ほどの兵士と同じ末路を辿った。草原の鮮やかな緑に、血だまりが二つ滴った。
「あれぇ? 青チーム、アホ二人が死んだせいでもう三人になっちゃったんだけどぉ? これでもう青チームが生き残れるのは絶望的かなぁ?」
カクトはケラケラと笑いながら煽り立てる。
櫓の前で生き残った8人の兵士たちは、絶望の表情でカクトを見上げた。
「おい、さっさと全員剣抜いて殺し合えよ!」
カクトの鋭い命令に、慌てて兵士たちは抜剣する。
だがその剣先は誰もが震えている。まともに立つこともできないほど、足元が覚束なくなっていた。
「じゃあ試合開始ぃ。10秒以内に誰か一人でも死なないなら全員殺すから」
その脅迫に、一斉に兵士たちは弾かれたように剣を振りかざす。
青チームの一人が斬り殺された。
数的優位に立った黄色チームはすぐにもう一人の青も殺す。
そして残り一人となった青の兵士を、5人の黄色兵たちが一斉に取り囲んだ。
それでも生き残った青の兵士は盾を構え、必死に猛攻を塞ぐ。敵の円陣から脱出を計ろうと藻掻き続けた。だが黄色チームの連携は凄まじく、一歩たりとも動けない。もはや青の兵士の命は風前の灯火だった。
「クラフトニードル」
だが突然、周囲を囲っていた四人の黄色兵士の股間が貫かれる。
あっさりと絶命する黄色の兵士たち。これでもう、青と黄色のチームはお互いに一人だけとなった。
「もう勝負が見えてる試合とか眺めてもつまんねぇからさぁ、ちょっと舞台を面白くしてみたわ。軍隊のぶつかりあいもいいけど、やっぱり一騎打ちっていうのもそそられるしさぁ」
カクトは手の甲を頬に当てたまま、ニヤニヤと兵士たちを眺める。
その時、突然黄色の兵士の身体が小刻みに震え出した。
「へへへ、へひゃひゃ、へへ、ひゃはは……」
そして涙を垂れ流しながら青の兵士に剣を振りかざす。
もはや黄色の兵士の目は尋常じゃなかった。
力任せに武器を振り回し、叩きつけるように攻撃を繰り返す。
「へひゃひゃひゃ! へひゃ! へひゃひゃっ!」
笑いながら何度も剣を振り下ろす黄色の兵。
だがその時、盾で攻撃を防ぎ続けた青の兵士の目が光る。
刹那、青の兵士の刃が一閃。目にも止まらぬ速さで剣身を薙ぎ払った。
ブシャアアアアアアッ!!
血飛沫を上げながら黄色の兵士の胴体が弾け飛ぶ。
切断された上半身がドサリと草原に落ち、大腸と小腸をぶちまける。
垂直に立っていた下半身が力をなくして膝をつき、そのまま地面に倒れ込んだ。
「うほほぅっ! 生で人間が真っ二つになるとこなんて初めて見た! 面白れぇ! 人間の腸って本当にピンク色なんだなぁ!」
手を叩いて喜ぶカクト。
生き残った青の兵士は血塗れになっていた。
だがその剣の柄を握る拳は震えている。
それは恐怖ではなく、怒りだった。
「……ふざけるなよ」
「あ?」
「ふざけるなよ暴君め! 俺とムジャルは戦友だったんだ!」
青の兵士は血塗られた剣をカクトに向ける。
「ムジャルだけじゃない! お前が殺した兵士たちにも大切な人がいた! 家族が! 恋人が! 友人が! 貴様が兵士たちに殺し合いをさせたことで、大勢の者が二度と癒えぬ悲しみを背負ったのだ! わかるか? この業が!? 貴様の無意味な余興のせいで皆、人間としての尊厳を踏みにじられたのだ!!」
「は? 名無しのモブが何いきなり説教垂れてんの?」
カクトは小指で耳の穴をかっぽじりながら、小うるさそうに生あくびを掻く。
生き残った兵士は、屈辱を超えた怒りが滾る。
「殺してやるッ……! 殺してやるぞタナカカクトッ!!」
そして櫓に掛けられた梯子を血塗れの手で登り始める。
もはや生き残りの兵士には恐れなどなく、憎しみで頭がいっぱいだった。
「よせマカド! カクト様に近づくなッ!」
「あ~はいはい。クラフトニードル」
なおざりな声で呪文が唱えられると、生き残りの兵士は一瞬でハリネズミとなった。
そのまま梯子から手が離され、ドサリと草原の上に落ちる。
心臓や脳など、あら ゆる致命傷となる臓器を貫かれて絶命した。
「あ~あ、俺はただこの軍の実力を見たかっただけなのになぁ。こんな裏切り者が出てくるなんて、こいつら異常すぎるわ。お前、本当にちゃんと部下の教育してんの?」
「も、申しわけありませんカクト様……」
アーサスはただ顔を俯けて目をきつく閉じる。
だが彼の瞼の裏では、先ほど死んだ兵士たちの苦悶の形相がこびりついて離れなかった。
堪えがたいほどの罪悪感に苛まれる。
自分の意気地なさのせいで、部下たちは皆死んでしまったのだ。
「んじゃ、俺はそろそろ飯にするわ。生の腸にちなんで、今日はソーセージにすっか。まぁ異世界人が何人死のうが俺には関係ないし、お前らも気にすんなよ」
そして『ワープホール』を唱えてカクトは消えていく。
1万の軍勢が惨劇を前に絶句し、王国の兵士たる誇りすら見失った。
(これが、今のミチュアプリス王国なのか……アルマデス陛下も晩年は暴政を振るったが、ここまで残虐ではなかったぞ! やはりあの男にとって、人間の命など自分の玩具でしかないのか?)
アーサスは地面に転がった10人の屍の群れを見下ろす。
皆自分の妻子を持っており、家族の幸せを守るために国に仕えた者たちだった。
櫓から草原を見晴らしたカクトは、大きなはしゃぎ声を上げた。
玉座を模した椅子に座り、猿のように手を叩いている。
「はい、これが我が軍の総力であります」
カクトの隣に立つアーサスが受け答える。
戦士部隊9500名、魔術師部隊500名。総勢1万のミチュアプリス王国の軍勢が二人の眼下に広がっていた。
「そっかそっかぁ! こいつら全部俺のものってことか! んじゃアーサス、早速兵士どもを動かしてみろ!」
「……わかりました」
アーサスは正面に立つ軍勢に向き直り、バッと勢いよく手を広げる。
「防御陣形! 構え!」
アーサスの号令が轟くと、鼓笛隊が一斉に太鼓を鳴らした。
一気に兵士たちは背中に背負った盾を構えて密集する。
人でできた強靭な防壁が、瞬く間に草原を埋め尽くした。
「止め! 配置に戻れ!」
アーサスが再び叫ぶと、兵士たちは盾をしまい間隔を空けて移動する。先ほどと同じ待機の態勢を取った。
「クヒャ~! 圧巻圧巻! こんな大勢の人間が動くとこなんて『三国志』シリーズでしか見たことねぇや!」
カクトは精悍な顔つきで並ぶ兵士たちの姿に満悦する。
虫の習性のように忠実に動く様を見て、このうえなく上機嫌だった。
「おいアーサス! もっとやってみろ!」
「……わかりました」
興奮するカクトにアーサスは頷く。
兵士たちに向かってもう一度手を広げた。
「行軍開始! 東の方向! 右向け右!」
そして兵士たちは鼓笛部隊の合図に合わせて東の方を向く。
「前進!」
全軍が一斉に行軍する。
一糸乱れず歩調を合わせ、真っすぐに軍靴を鳴らして闊歩した。
「止め! 全軍停止!」
鼓笛部隊の合図とともにピタリと一斉に止まる。
そしてアーサスがまた西へ行軍せよと命令を出すと、全軍が先ほどと同じ位置まで戻り、カクトの前に整列した。
「クヒャ~クヒャ~!! こいつぁ面白れぇや!! 犬よりも躾がなってるなぁ!」
カクトはバンバンと手を叩いて、身体を前傾しながら笑い転げる。
アーサスは喜び回るカクトを見て、いくらか安堵しながら説明を加えた。
「はい、これも我が軍が毎日欠かさず鍛錬に励んだ賜物であります。我々はミチュアプリス王国を守るために皆忠誠を誓っております」
「なるほどねぇ。クヒャヒャ! 軍隊ってのは堅苦しいだけだと思ってたけど、いざ動いてるのを見たら感動的だなこりゃぁ!!」
カクトは少年のように瞳を輝かせる。
無駄な身動きひとつせず、ただ次の命令を待つ従順さが気に入った。
「んじゃ、俺も命令してみっか! おいお前ら! 全員南に向かって走れ!」
カクトは椅子から勢いよく立ちあがり、櫓からアーサスの真似をして手を広げる。
だが兵士たちは動かない。戸惑ったように互いの顔を見合わせ、どう行動したらいいか判断に迷っていた。鼓笛部隊も太鼓のメロディの鳴らし方がわからない。
「あれぇ? こいつら俺が命令してるのに全然動かないんだけどぉ?」
カクトが途端に不満そうな声を漏らす。
「カ、カクト様……軍というものは規律があって初めて行動できるものなのです。決められた通りの合図でなければ兵を動かすことはできません。それに、このミチュアプリス軍の全指揮権は私にあり、それ以外の者の命令は誰であろうと従うわけにはいかないのです」
「は? 何でこの国で一番偉い俺の命令が無視されんの? 王様の言うこと聞けないとか無能かよこいつら」
カクトの喜色満面だった顔が、どんどんと険しくなる。
その気まぐれなカクトの豹変に、アーサスは額から冷たい汗を流した。
「も、申しわけありませんカクト様。ですが大勢の人間を動かすということは、大勢の信頼を得なければならないということなのです。カクト様は王の位に着いたばかりであり、まだ臣下たちの信任を得られておりません」
「あっそ。つまり俺に歯向かう奴ばっかりってことね」
カクトは再びどっかりと椅子に座った。
ひじ掛けに片肘をつき、手の甲をつまらなそうに頬に乗せる。
「じゃあいいや。ならこいつら戦わせろ」
「も、模擬戦をご所望ですか?」
「ちげぇよバカ。実際に殺し合わせるんだよ」
アーサスは目を瞠る。
兵士たちの顔色も一斉に血の気の引いたものとなった。
そして今まで忠実に命令に従ってきたアーサスが、流石に反論を述べる。
「で、ですが、無闇に味方同士で戦わせたら兵力を無駄に消耗してしまいます。それに今まで培ってきた国家への忠誠心だって失われてしまうでしょう。実際に殺し合いをさせるなど無益でしかありません」
「あぁそう? そこまで言うなら10人ぐらいでいいよ10人で。あっ、じゃあそこの一番前の黄色の鎧着た奴らと青い鎧着た奴ら前に出ろ。俺んとこまで来い」
兵士たちは青ざめた顔で互いの顔を見合わせ二の足を踏んだ。
だがその時カクトは『クラフトニードル』を唱え、兵士たちの眼前に巨大な黒い針を出現させた。
「さっさと来いって言ってんだろ? 来ねぇなら全員殺すぞ?」
兵士たちはビクリと体を竦ませる。
ぎこちない足取りで針の間を縫ってカクトの眼下まで集まった。
「じゃあ黄色チームが左、青チームが右に並べ」
大人しく命令に従い、黄色の鎧の者が5人、青の鎧の者が5人、整列する。
だが皆凍りついた顔を俯けたままだった。
「じゃあそろそろ舞台も整ったことだし殺し合いを始めるとすっか。生き残った方が昇進な?」
しかし誰も剣を抜こうとしない。沈黙した空気だけが流れる。
だがしばらくすると、おずおずと青チームの一人が声を上げた。
「あ、あの……我々は戦いたくありません」
「は?」
「我々は苦楽をともにして戦ってきた同じ仲間です。なので味方同士で殺し合いをすることなんてできません。ですのでどうか、命令の取り下げを……」
「クラフトニードル」
異議を唱えた青の兵士の足元から、突然巨大な針がせり上がった。
そのまま兵士の身体を突き上げ、股間から脳天を貫く。
兵士はカッと目を見開き、しばらくバタバタと手足を動かすと絶命した。
だらりと全身の力が抜け、そのままズリズリと自重に従って針が股間に食い込んでいく。
「ヒ、ヒイイイイイッ!」
死体を見た青チームの一人が悲鳴を上げた。
体をよろめかせながら、無我夢中になって部隊から逃げ出す。
だがカクトが再び『クラフトニードル』を唱えると、逃亡した兵士は先ほどの兵士と同じ末路を辿った。草原の鮮やかな緑に、血だまりが二つ滴った。
「あれぇ? 青チーム、アホ二人が死んだせいでもう三人になっちゃったんだけどぉ? これでもう青チームが生き残れるのは絶望的かなぁ?」
カクトはケラケラと笑いながら煽り立てる。
櫓の前で生き残った8人の兵士たちは、絶望の表情でカクトを見上げた。
「おい、さっさと全員剣抜いて殺し合えよ!」
カクトの鋭い命令に、慌てて兵士たちは抜剣する。
だがその剣先は誰もが震えている。まともに立つこともできないほど、足元が覚束なくなっていた。
「じゃあ試合開始ぃ。10秒以内に誰か一人でも死なないなら全員殺すから」
その脅迫に、一斉に兵士たちは弾かれたように剣を振りかざす。
青チームの一人が斬り殺された。
数的優位に立った黄色チームはすぐにもう一人の青も殺す。
そして残り一人となった青の兵士を、5人の黄色兵たちが一斉に取り囲んだ。
それでも生き残った青の兵士は盾を構え、必死に猛攻を塞ぐ。敵の円陣から脱出を計ろうと藻掻き続けた。だが黄色チームの連携は凄まじく、一歩たりとも動けない。もはや青の兵士の命は風前の灯火だった。
「クラフトニードル」
だが突然、周囲を囲っていた四人の黄色兵士の股間が貫かれる。
あっさりと絶命する黄色の兵士たち。これでもう、青と黄色のチームはお互いに一人だけとなった。
「もう勝負が見えてる試合とか眺めてもつまんねぇからさぁ、ちょっと舞台を面白くしてみたわ。軍隊のぶつかりあいもいいけど、やっぱり一騎打ちっていうのもそそられるしさぁ」
カクトは手の甲を頬に当てたまま、ニヤニヤと兵士たちを眺める。
その時、突然黄色の兵士の身体が小刻みに震え出した。
「へへへ、へひゃひゃ、へへ、ひゃはは……」
そして涙を垂れ流しながら青の兵士に剣を振りかざす。
もはや黄色の兵士の目は尋常じゃなかった。
力任せに武器を振り回し、叩きつけるように攻撃を繰り返す。
「へひゃひゃひゃ! へひゃ! へひゃひゃっ!」
笑いながら何度も剣を振り下ろす黄色の兵。
だがその時、盾で攻撃を防ぎ続けた青の兵士の目が光る。
刹那、青の兵士の刃が一閃。目にも止まらぬ速さで剣身を薙ぎ払った。
ブシャアアアアアアッ!!
血飛沫を上げながら黄色の兵士の胴体が弾け飛ぶ。
切断された上半身がドサリと草原に落ち、大腸と小腸をぶちまける。
垂直に立っていた下半身が力をなくして膝をつき、そのまま地面に倒れ込んだ。
「うほほぅっ! 生で人間が真っ二つになるとこなんて初めて見た! 面白れぇ! 人間の腸って本当にピンク色なんだなぁ!」
手を叩いて喜ぶカクト。
生き残った青の兵士は血塗れになっていた。
だがその剣の柄を握る拳は震えている。
それは恐怖ではなく、怒りだった。
「……ふざけるなよ」
「あ?」
「ふざけるなよ暴君め! 俺とムジャルは戦友だったんだ!」
青の兵士は血塗られた剣をカクトに向ける。
「ムジャルだけじゃない! お前が殺した兵士たちにも大切な人がいた! 家族が! 恋人が! 友人が! 貴様が兵士たちに殺し合いをさせたことで、大勢の者が二度と癒えぬ悲しみを背負ったのだ! わかるか? この業が!? 貴様の無意味な余興のせいで皆、人間としての尊厳を踏みにじられたのだ!!」
「は? 名無しのモブが何いきなり説教垂れてんの?」
カクトは小指で耳の穴をかっぽじりながら、小うるさそうに生あくびを掻く。
生き残った兵士は、屈辱を超えた怒りが滾る。
「殺してやるッ……! 殺してやるぞタナカカクトッ!!」
そして櫓に掛けられた梯子を血塗れの手で登り始める。
もはや生き残りの兵士には恐れなどなく、憎しみで頭がいっぱいだった。
「よせマカド! カクト様に近づくなッ!」
「あ~はいはい。クラフトニードル」
なおざりな声で呪文が唱えられると、生き残りの兵士は一瞬でハリネズミとなった。
そのまま梯子から手が離され、ドサリと草原の上に落ちる。
心臓や脳など、あら ゆる致命傷となる臓器を貫かれて絶命した。
「あ~あ、俺はただこの軍の実力を見たかっただけなのになぁ。こんな裏切り者が出てくるなんて、こいつら異常すぎるわ。お前、本当にちゃんと部下の教育してんの?」
「も、申しわけありませんカクト様……」
アーサスはただ顔を俯けて目をきつく閉じる。
だが彼の瞼の裏では、先ほど死んだ兵士たちの苦悶の形相がこびりついて離れなかった。
堪えがたいほどの罪悪感に苛まれる。
自分の意気地なさのせいで、部下たちは皆死んでしまったのだ。
「んじゃ、俺はそろそろ飯にするわ。生の腸にちなんで、今日はソーセージにすっか。まぁ異世界人が何人死のうが俺には関係ないし、お前らも気にすんなよ」
そして『ワープホール』を唱えてカクトは消えていく。
1万の軍勢が惨劇を前に絶句し、王国の兵士たる誇りすら見失った。
(これが、今のミチュアプリス王国なのか……アルマデス陛下も晩年は暴政を振るったが、ここまで残虐ではなかったぞ! やはりあの男にとって、人間の命など自分の玩具でしかないのか?)
アーサスは地面に転がった10人の屍の群れを見下ろす。
皆自分の妻子を持っており、家族の幸せを守るために国に仕えた者たちだった。