残酷な描写あり
第12回 狼の奮迅 青年の意地:1-1
戦闘シーン(暴力描写)が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「そう来たか」
もう一人のセディカの向こうにトシュが降り立った。セディカの背後でも着地の足音がして、びくりと見返ればこちらはジョイドである。ジョイドはセディカを見、もう一人を見、トシュを見て——首を振った。
見分けがつかないのか、と絶望に駆られた刹那、トシュがパチンと指を鳴らす。途端に服がぱっと元に戻って、セディカは自分を見下ろした。
そうか、と遅れて理解する。セディカの服を巫女服に変えていた術を解いたのだ。それで元に戻るのは、つまり、本物だからである。
安堵の笑みがこぼれる前に、だが、トシュでもジョイドでもない誰かが走ってくるのを聞きつけた。はっとした。トシュとジョイドの他にも、役人たちが、就中武官たちが、この場にいることを忘れていた。
「偽物、覚悟!」
衣冠でそれとわかる将軍が、宝刀を高く振りかざした——セディカ目がけて。
キン! と刃が鳴ったと同時、ジャラ! と金輪が音を立てた。ジョイドが杖で受け止めたのだ。
「逆です! あいつの術が届く方が本物だ!」
その間にトシュは偽のセディカに打ってかかろうとしたようだったが、そちらをかばおうと動いた武官もいたらしく、どけと怒鳴る声がする。見返る余裕はない。とにかく将軍から離れようと飛び下がったとき、霧が再び爆発するように広がった。
ジョイドの背中を見失うまいとしたセディカを、誰かがぐいと引き寄せるや、突き飛ばすというよりもほとんど投げ出すようにした。今度は、セディカは倒れ込んだ。
立ち上がったときには、方向が、つまりどこに誰がいるのかが、わからなくなっていてぞっとする。トシュとジョイドを呼ぼうとして、だが、やめた。妖怪に名前を聞かれてはまずいのだったろうか、と気がついたのだ。
先ほどと同様、長くは経たずに霧が晴れた。そこでセディカは、ジョイドの後ろの地面に転がっている偽物を認めた。
「ジョ、——後ろ! 偽物が……!」
それは自分が本物であるという主張でもあったし、ジョイドが後ろから襲われるのではないかという恐怖でもあった。
「違うわ! わたしは偽物じゃない!」
さっと向き直るジョイドに、偽のセディカが慌てて身を起こしながら訴える。巫女服はセディカと同じ服に変わっていた。折角区別をつけられたところだったのに!
「本物なのよ! 信じて……!」
「どっちも捕まえろ!」
鋭い叫びを認識したのとどちらが早かったか、両膝ががつんと敷き石を打った。右腕を背中へねじり上げられ、左肩をつかまれている自分を、一呼吸置いて見出した。
左腕は一応自由だったが、セディカは呆然とした。霧の中で飛びついてきたのも突き飛ばしてきたのも、偽国王即ち敵であったはずだ。敵ならおかしいことはない。だが、今、右の手首を痛いほどきつく捕まえているのは、トシュの手で——。
「本物ならおわかりですね? 食前の祈りを唱えてください、お母様に教わった方を!」
顔を上げた。ジョイドは自分が押さえつけているもう一人のセディカから目を離していなかったが、よく通る声を張り上げたのは、こちらにも聞かせるためであるはずだ。
唾を呑んで、セディカは口を開く。背後のトシュに聞こえるよう、声を励まして唱え始めた——食前の祈りと聞いて、普通は思い浮かぶはずのない、〈慈愛天女〉の守護呪を。
手首を捕まえていた力が緩んだ。
「五秒、我慢しろ」
次の瞬間、セディカは地面に叩き伏せられた——と、周りには見えただろう。実際、セディカは地面に伏していた。が、衝撃は全く感じられなかったし、ぶつけた痛みも押さえつけられた痛みもない。ただ、突然水の中にでも落とされたかのように、空気でない何かに包まれたかのように、息ができなくなった。その何かがクッションになったから、衝撃から守られたかのようでもあった。
予言通りの五秒か、一秒長くか短くかが、過ぎて。
もう一人のセディカの向こうにトシュが降り立った。セディカの背後でも着地の足音がして、びくりと見返ればこちらはジョイドである。ジョイドはセディカを見、もう一人を見、トシュを見て——首を振った。
見分けがつかないのか、と絶望に駆られた刹那、トシュがパチンと指を鳴らす。途端に服がぱっと元に戻って、セディカは自分を見下ろした。
そうか、と遅れて理解する。セディカの服を巫女服に変えていた術を解いたのだ。それで元に戻るのは、つまり、本物だからである。
安堵の笑みがこぼれる前に、だが、トシュでもジョイドでもない誰かが走ってくるのを聞きつけた。はっとした。トシュとジョイドの他にも、役人たちが、就中武官たちが、この場にいることを忘れていた。
「偽物、覚悟!」
衣冠でそれとわかる将軍が、宝刀を高く振りかざした——セディカ目がけて。
キン! と刃が鳴ったと同時、ジャラ! と金輪が音を立てた。ジョイドが杖で受け止めたのだ。
「逆です! あいつの術が届く方が本物だ!」
その間にトシュは偽のセディカに打ってかかろうとしたようだったが、そちらをかばおうと動いた武官もいたらしく、どけと怒鳴る声がする。見返る余裕はない。とにかく将軍から離れようと飛び下がったとき、霧が再び爆発するように広がった。
ジョイドの背中を見失うまいとしたセディカを、誰かがぐいと引き寄せるや、突き飛ばすというよりもほとんど投げ出すようにした。今度は、セディカは倒れ込んだ。
立ち上がったときには、方向が、つまりどこに誰がいるのかが、わからなくなっていてぞっとする。トシュとジョイドを呼ぼうとして、だが、やめた。妖怪に名前を聞かれてはまずいのだったろうか、と気がついたのだ。
先ほどと同様、長くは経たずに霧が晴れた。そこでセディカは、ジョイドの後ろの地面に転がっている偽物を認めた。
「ジョ、——後ろ! 偽物が……!」
それは自分が本物であるという主張でもあったし、ジョイドが後ろから襲われるのではないかという恐怖でもあった。
「違うわ! わたしは偽物じゃない!」
さっと向き直るジョイドに、偽のセディカが慌てて身を起こしながら訴える。巫女服はセディカと同じ服に変わっていた。折角区別をつけられたところだったのに!
「本物なのよ! 信じて……!」
「どっちも捕まえろ!」
鋭い叫びを認識したのとどちらが早かったか、両膝ががつんと敷き石を打った。右腕を背中へねじり上げられ、左肩をつかまれている自分を、一呼吸置いて見出した。
左腕は一応自由だったが、セディカは呆然とした。霧の中で飛びついてきたのも突き飛ばしてきたのも、偽国王即ち敵であったはずだ。敵ならおかしいことはない。だが、今、右の手首を痛いほどきつく捕まえているのは、トシュの手で——。
「本物ならおわかりですね? 食前の祈りを唱えてください、お母様に教わった方を!」
顔を上げた。ジョイドは自分が押さえつけているもう一人のセディカから目を離していなかったが、よく通る声を張り上げたのは、こちらにも聞かせるためであるはずだ。
唾を呑んで、セディカは口を開く。背後のトシュに聞こえるよう、声を励まして唱え始めた——食前の祈りと聞いて、普通は思い浮かぶはずのない、〈慈愛天女〉の守護呪を。
手首を捕まえていた力が緩んだ。
「五秒、我慢しろ」
次の瞬間、セディカは地面に叩き伏せられた——と、周りには見えただろう。実際、セディカは地面に伏していた。が、衝撃は全く感じられなかったし、ぶつけた痛みも押さえつけられた痛みもない。ただ、突然水の中にでも落とされたかのように、空気でない何かに包まれたかのように、息ができなくなった。その何かがクッションになったから、衝撃から守られたかのようでもあった。
予言通りの五秒か、一秒長くか短くかが、過ぎて。