残酷な描写あり
第9回 謎に躓く 秘密を明かす:3-2
「あのね、さっきからずっと考えてるんだけど、実は幾つか可能性は浮かんだ」
「え、マジか」
「魂があの世へ行けないように、呪術か何かで体に閉じ込めてあったとか——あの世へ行けなければ、〈冥府の女王〉に訴えることもできないからね。今になって呪術が緩んで、魂が体を離れられるようになったのかもしれない。それに、龍王が遺体を保存していて、何年も経ってから訪れた遺族に引き渡したっていう話もあるよ。井戸にも龍王がいることはあるでしょ。または——国を建てたような人ならありうる話だけど——天命がはっきり決まっていて、それを果たすまで本当には死なないっていうケースもある。反対に、神罰の一種で本当には死なせてもらえないケースもあるかな」
「……俺らの手に負える話じゃねえかもしれねえってことか」
トシュが額に皺を寄せる。ジョイドはセディカに向き直った。
「お嬢様、時間をいただけますか。詳しい知人に訊いてみます。その後でまた、相談を」
「知人に?」
相談を、とは院主に向けた言葉で、院主はその少し前の部分を訊き返した。ジョイドは後を頼むとばかりの視線をトシュへ投げ、主人役のセディカに礼をすると、すたすたと扉に歩み寄って開け放ち——足元に雲を起こして、飛び去った。
院主の隣りでセディカも口を開けてしまった。鷹であるジョイドは自分の翼で飛ぶのが常だから、雲にも乗れるとは知らなかったのだ。
「黙ってて悪かったが、方士でね」
「合点が行きましたわい」
トシュが肩を竦め、院主は苦笑いを浮かべた。院主の反応に内心首を傾げていると、トシュから察しよく解説が来る。
「お姫さんは知らんだろうが、寺院によっちゃあ方士を毛嫌いしてることもあるんだ。いらん喧嘩は売りたくねえから、特に理由がなけりゃ言わんことにしてる」
その心理は、セディカには痛いほどわかるものだった。自分が西国の血を引いていることは、明かすに足るだけの理由がなくては明かせない。相手が偏見を持っていると知れてから、初めて隠しても遅いのだ。
寺院が嫌悪を露骨に表すとは意外であったけれど、寺院同士であっても、宗派や教義の違いで対立することはある。考えられないと驚愕するほどではなかった。大体、「方士」という言葉すら最近まで知らなかったセディカに、寺院や僧侶と、その秩序に組み込まれていない方士との間の緊張がどのようなものか、わかるはずがない。
「本当のことを言いますと、方士を嫌うとは言わないまでも、思うところがあるのだろう者はこの寺院にもおります。褒められたものではありませんが、五年前のことがありましたのでな」
院主が言うのは、僧侶たちには果たせなかった雨乞いを、例の方士が成功させたことだろう。
「小人のことも、我々が気にするまでもなかったわけですな。方士ならそういったことにはお詳しそうだ」
「まあな」
トシュは涼しい顔で肯定した。
「さて、どうするかな。あいつが帰るのを待ったんじゃいつになるかわからん。とりあえず、うちのお姫さんにはもう休んでもらって構わんと思うんだが」
「そうですな。若い娘さんを付き合わせるのは気が引けます」
待っていては夜も更けるだろうから、ではないだろう。恐らく、そこに死者が横たわっているから——だ。セディカとて、この場に居続けたいわけではなかったが。
「……部屋にいた方がいい?」
従者として扱うことをつい忘れて、上目遣いにトシュを見る。眉を上げたのは気に障ったのではなく、意図がわからなかったのだろうけれども、その先を口にするにはちょっとした抵抗に打ち克つ必要があった。
「……怖い」
「え、マジか」
「魂があの世へ行けないように、呪術か何かで体に閉じ込めてあったとか——あの世へ行けなければ、〈冥府の女王〉に訴えることもできないからね。今になって呪術が緩んで、魂が体を離れられるようになったのかもしれない。それに、龍王が遺体を保存していて、何年も経ってから訪れた遺族に引き渡したっていう話もあるよ。井戸にも龍王がいることはあるでしょ。または——国を建てたような人ならありうる話だけど——天命がはっきり決まっていて、それを果たすまで本当には死なないっていうケースもある。反対に、神罰の一種で本当には死なせてもらえないケースもあるかな」
「……俺らの手に負える話じゃねえかもしれねえってことか」
トシュが額に皺を寄せる。ジョイドはセディカに向き直った。
「お嬢様、時間をいただけますか。詳しい知人に訊いてみます。その後でまた、相談を」
「知人に?」
相談を、とは院主に向けた言葉で、院主はその少し前の部分を訊き返した。ジョイドは後を頼むとばかりの視線をトシュへ投げ、主人役のセディカに礼をすると、すたすたと扉に歩み寄って開け放ち——足元に雲を起こして、飛び去った。
院主の隣りでセディカも口を開けてしまった。鷹であるジョイドは自分の翼で飛ぶのが常だから、雲にも乗れるとは知らなかったのだ。
「黙ってて悪かったが、方士でね」
「合点が行きましたわい」
トシュが肩を竦め、院主は苦笑いを浮かべた。院主の反応に内心首を傾げていると、トシュから察しよく解説が来る。
「お姫さんは知らんだろうが、寺院によっちゃあ方士を毛嫌いしてることもあるんだ。いらん喧嘩は売りたくねえから、特に理由がなけりゃ言わんことにしてる」
その心理は、セディカには痛いほどわかるものだった。自分が西国の血を引いていることは、明かすに足るだけの理由がなくては明かせない。相手が偏見を持っていると知れてから、初めて隠しても遅いのだ。
寺院が嫌悪を露骨に表すとは意外であったけれど、寺院同士であっても、宗派や教義の違いで対立することはある。考えられないと驚愕するほどではなかった。大体、「方士」という言葉すら最近まで知らなかったセディカに、寺院や僧侶と、その秩序に組み込まれていない方士との間の緊張がどのようなものか、わかるはずがない。
「本当のことを言いますと、方士を嫌うとは言わないまでも、思うところがあるのだろう者はこの寺院にもおります。褒められたものではありませんが、五年前のことがありましたのでな」
院主が言うのは、僧侶たちには果たせなかった雨乞いを、例の方士が成功させたことだろう。
「小人のことも、我々が気にするまでもなかったわけですな。方士ならそういったことにはお詳しそうだ」
「まあな」
トシュは涼しい顔で肯定した。
「さて、どうするかな。あいつが帰るのを待ったんじゃいつになるかわからん。とりあえず、うちのお姫さんにはもう休んでもらって構わんと思うんだが」
「そうですな。若い娘さんを付き合わせるのは気が引けます」
待っていては夜も更けるだろうから、ではないだろう。恐らく、そこに死者が横たわっているから——だ。セディカとて、この場に居続けたいわけではなかったが。
「……部屋にいた方がいい?」
従者として扱うことをつい忘れて、上目遣いにトシュを見る。眉を上げたのは気に障ったのではなく、意図がわからなかったのだろうけれども、その先を口にするにはちょっとした抵抗に打ち克つ必要があった。
「……怖い」