残酷な描写あり
第4回 虎の約束 狼の誓い:2-1
三人を見送ったトシュは、バンダナを巻き直して踵を返し——五歩目でダン! と地面を蹴って宙高く跳んだ。
ほんの一瞬遅れて、地面を突き破って先の尖った木が伸び上がる。トシュは木の枝に降りるのを避けて、足元に雲を起こして乗ると、地上からこちらを睨みつけている老人を見下ろした。
「気が早いぜ、爺さん。虎どのが見てたらどうすんだ」
「使えんやつだ」
「おいおい。虎どのはおまえの詩が好きなんだろうに」
そう言ったのは当て推量にすぎない。あの虎も詩作を愛しているから、同好の士として親しくしているのだろうと推測しただけだ。
いつから潜んでいたのかまでは気をつけていなかったからわからないが、トシュが虎の爪で引き裂かれることでも期待して見に来たのだろうか。
「あんた一人か。仲間を誘えてねえってことは、褒められたことじゃねえって自覚はあるんだな」
昨夜は憤怒に任せて怒鳴りつけて終わった相手に、余裕ある態度に戻って対応してみせるのも面映ゆくはあったが、あのときは第三者の目がなかったのである。今ここで爆発するわけにはいかない。首領虎がああ請け合ってくれたから、実際、余裕はあることだし。
「わしらが気に食わんのであれば、黙って避ければよかろうものを。己の好みに合わぬからとて首を突っ込んで斬って回るとは、とんだ正義もあったもの」
「気に食う食わんのレベルじゃないことをやらかしてんだと再三言っとろうが。盗み聞きしてたんじゃねえのかよ」
虎たちの前でも力説したはずだが。
「ちょうどいい、おまえの仲間がいないから遠慮なく言うぞ。他のやつは知らんが、おまえは意識的にあいつを引き留めようとしてたろ」
意図したわけではなかったが、自分の耳に届いた声は厳しかった。
自分たちが乗り込む前はどうだったにせよ、自分たちに対しては、折角の新入りを連れ去らないかと警戒するように目を光らせていたのだ。まさか詩の話を棒術の演武で邪魔されたから睨んでいたわけではあるまい。
「最初の一本だったってんなら、仲間が増えるのはそりゃ楽しいだろうがな。それとも、人間が仲間に入れば自分らの格が上がるとでも思ったか? 適当に死なせて肥料にする気だったわけじゃねえだろ?」
「無礼にも程があるぞ、小僧。思い込みで物を言うのもいい加減にせんか」
どん、と老人が杖で地面を鳴らす。中傷だと心から憤っているにせよ、図星を指されたゆえの誤魔化しにせよ、非を認めるつもりがないことはよくわかる。危険なことだとは知らなかったのだからと、百歩譲ってその点は目を瞑ったとしても、教わった上でこうなのだから始末が悪い。
「おまえらがしでかしたことを思えば妥当な推測なんだよ。……何も、あいつの周りに茨を繁らせたのもおまえだろうとは言ってねえぞ」
ふと浮かんだ仮定が外れていることは、何を言っているのかわからないと雄弁に語る表情でわかった。父親や従者でなくあの木々の策略であって、茨で囲んであの宴の場に誘導したのだったら、と思ったのだけれど。……そう何もかもがたった一人の悪役に集中してくれるわけでもないか。
「わけのわからんことを言いおって」
老人の非難は今回は尤もなものだったが、無視する。
「なあ、爺さんよ。俺は正義と平和のために、おまえらを一本残らず根刮ぎにしてやってもいいんだぜ。おまえも杏も檜も、楓も蝋梅も」
全てを見通しているかのような口振りで、正体を見抜けた、または聞いたものだけを並べ立てた。どのみちはったりだ、〈慈愛天女〉のしもべなどと豪語した身でそんな真似はできない——と言えば、殴るのはよいのかとジョイドにからかわれるかもしれないが。
「見逃してやるのはここが虎どののシマだからさ。虎どのに感謝するんだな」
ちらりと斜め下を振り返った。まだ遠くへは去っていなかったあの三人が、足を止めてこちらを見上げている。
聞かれていると知りつつ黙っていたことを、不公平だろうかと気にするほど殊勝ではないが。長引かせるのは、意地が悪いだろう。
「さっさと仲間のところに帰れ」
手を振ったのは、後は任せたという首領への合図でもあった。
ほんの一瞬遅れて、地面を突き破って先の尖った木が伸び上がる。トシュは木の枝に降りるのを避けて、足元に雲を起こして乗ると、地上からこちらを睨みつけている老人を見下ろした。
「気が早いぜ、爺さん。虎どのが見てたらどうすんだ」
「使えんやつだ」
「おいおい。虎どのはおまえの詩が好きなんだろうに」
そう言ったのは当て推量にすぎない。あの虎も詩作を愛しているから、同好の士として親しくしているのだろうと推測しただけだ。
いつから潜んでいたのかまでは気をつけていなかったからわからないが、トシュが虎の爪で引き裂かれることでも期待して見に来たのだろうか。
「あんた一人か。仲間を誘えてねえってことは、褒められたことじゃねえって自覚はあるんだな」
昨夜は憤怒に任せて怒鳴りつけて終わった相手に、余裕ある態度に戻って対応してみせるのも面映ゆくはあったが、あのときは第三者の目がなかったのである。今ここで爆発するわけにはいかない。首領虎がああ請け合ってくれたから、実際、余裕はあることだし。
「わしらが気に食わんのであれば、黙って避ければよかろうものを。己の好みに合わぬからとて首を突っ込んで斬って回るとは、とんだ正義もあったもの」
「気に食う食わんのレベルじゃないことをやらかしてんだと再三言っとろうが。盗み聞きしてたんじゃねえのかよ」
虎たちの前でも力説したはずだが。
「ちょうどいい、おまえの仲間がいないから遠慮なく言うぞ。他のやつは知らんが、おまえは意識的にあいつを引き留めようとしてたろ」
意図したわけではなかったが、自分の耳に届いた声は厳しかった。
自分たちが乗り込む前はどうだったにせよ、自分たちに対しては、折角の新入りを連れ去らないかと警戒するように目を光らせていたのだ。まさか詩の話を棒術の演武で邪魔されたから睨んでいたわけではあるまい。
「最初の一本だったってんなら、仲間が増えるのはそりゃ楽しいだろうがな。それとも、人間が仲間に入れば自分らの格が上がるとでも思ったか? 適当に死なせて肥料にする気だったわけじゃねえだろ?」
「無礼にも程があるぞ、小僧。思い込みで物を言うのもいい加減にせんか」
どん、と老人が杖で地面を鳴らす。中傷だと心から憤っているにせよ、図星を指されたゆえの誤魔化しにせよ、非を認めるつもりがないことはよくわかる。危険なことだとは知らなかったのだからと、百歩譲ってその点は目を瞑ったとしても、教わった上でこうなのだから始末が悪い。
「おまえらがしでかしたことを思えば妥当な推測なんだよ。……何も、あいつの周りに茨を繁らせたのもおまえだろうとは言ってねえぞ」
ふと浮かんだ仮定が外れていることは、何を言っているのかわからないと雄弁に語る表情でわかった。父親や従者でなくあの木々の策略であって、茨で囲んであの宴の場に誘導したのだったら、と思ったのだけれど。……そう何もかもがたった一人の悪役に集中してくれるわけでもないか。
「わけのわからんことを言いおって」
老人の非難は今回は尤もなものだったが、無視する。
「なあ、爺さんよ。俺は正義と平和のために、おまえらを一本残らず根刮ぎにしてやってもいいんだぜ。おまえも杏も檜も、楓も蝋梅も」
全てを見通しているかのような口振りで、正体を見抜けた、または聞いたものだけを並べ立てた。どのみちはったりだ、〈慈愛天女〉のしもべなどと豪語した身でそんな真似はできない——と言えば、殴るのはよいのかとジョイドにからかわれるかもしれないが。
「見逃してやるのはここが虎どののシマだからさ。虎どのに感謝するんだな」
ちらりと斜め下を振り返った。まだ遠くへは去っていなかったあの三人が、足を止めてこちらを見上げている。
聞かれていると知りつつ黙っていたことを、不公平だろうかと気にするほど殊勝ではないが。長引かせるのは、意地が悪いだろう。
「さっさと仲間のところに帰れ」
手を振ったのは、後は任せたという首領への合図でもあった。