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作者: 月兎 咲花
残酷な描写あり
魔女と僕の選択
 あの日から数日、いつも通り学校に行ったり彼女と話す日々に戻った。
 僕はその時間に満足していた――
 それでも家に帰ると少し物淋しい気持ちと、なんとなくベッドに寝転がり手を上にかざし握ったり開いたりした。
 寝ようとして瞼の裏で繰り返されるのは、彼女を初めて斬ったあの時の光景と彼女の少しがっかりした表情。
 
 僕は彼女と明後日水族館へ行く約束をしている。
 初めてのデートもあってか、気持ちはきっと浮ついている。
 彼女のことを考えると何故かちづらのことが脳裏をよぎる。
 ふと僕は思う、きっと僕はちづらにまだ気持ちがある。
 駅でひとめぼれをして、追いかけて……。
 それでもいま目の前で手に入りそうなものを掴んでしまおうとする、弱い自分も見え隠れするのが少しだけ情けないとも思った。
 ちづらを思い、剣を初めて顕現させたときのことを思い出す。
 ベッドの上で同じようにする。
 まぁどうせ何も起きることはない、あれはあの中でだけの出来事だから。
 そう思っていたのだけれど、僕の手が光りい粒子が溢れ大剣の形を取っていく。
 徐々に形になるそれは間違いなく、あのときの剣。
 何故、この現象はあそこでしか起きないはずじゃないのか。
 剣をまじまじといろいろな角度から見てふと思った。
 この剣はあの時に出した剣と少し違う……、そんな気がする。
 しばらく眺めていると、少しずつ剣から光の粒子がほどけ始めた。
 少しずつ解けるように消えていく剣を見つめ、しばらくすると完全に消えてしまった。
 手の中から消えた剣の跡をぼーっと見つめる。
 そこには掌しかない。
 何故剣は突然現れ、消えてしまったのか。
 明日確認しにいこうと思った。
 あれから意識的に避けていたあの場所へ、山室さんにでも聞けばなにかわかるかもしれない。
 正直彼女と顔を合わせるのはまだちょっと気が重い。
 でもこの現象の理由は知っておきたい。
 明日あの病院へ行くと決めて目を瞑った。

 ガタンッ、ゴトンッ、ガタンッ、ゴトンッ――
 昨日決めた通り今日はインディゴへ向かっている。
 昨夜の施設内ではないにも関わらず、部屋で顕現した剣のことを考える。
 
 カツッ、カツッ、カツッ、カツッ――
 手に視線を落とし、掌に視線を取られていると。
 いつもの足音が聞こえる。
 顔を上げると少し手前で立っている。
 白髪の彼は僕を見つめるが何も口にしない。
 そのまま何も言わず彼は僕に託したはずの剣を出した。
「君も彼女を好きになってしまったんだね」
 そういうとおぞましい程の笑顔を浮かべた。
 僕はその顔に戦慄した。
 その顔を見ていると突然、手が震え始める。
 ガチガチガチガチガチ――
 何の音かと思えば顎が震え自分の歯がガチガチとなり続けている。
 ヤバい……。
 今までとはまるで違う。
 根源的な恐怖が襲ってくる。
「君に彼女を殺せるようにしてあげる……。やっと見つけた私の代わり……」
 今までとは全くの別人が現れたのかと思うほど雰囲気が違う。
 
「何故、どうしてそこまでして彼女を殺さないといけないんだ」
 彼を見ながら疑問をぶつけた。
「それを彼女が望むからだよ。彼女は殺さなくてはいけない」
「だから、どうしてだよ!!」
 僕が彼に対して叫んだ。
「この剣を持つということは、魔女に呪われたってことなんだ。何故僕が今でも彷徨っているんだと思う?魂の残滓だけになっても消えることが出来ないんだよ」
 僕ももしかして同じように彷徨うことになるのか……?
「私は彼女を愛していたし、魂が留まろうともよかったんだ。でもね、私にも耐えられないことはあった。彼女は人を愛しすぎる、僕以外の人間にそれを向ける日々を見ていると耐えられなくなっていった」
 死によって、お互いが救われるならそれ以上に幸福なことはないだろ。
 彼は真顔で僕に向かってそういうが、僕には理解の出来ない感情だった。
 彼らの答えは一致しているのかもしれないけれど、それに至る過程への気持ち悪さに身震いした。
「気持ち悪いなぁ……」
 思わず言葉として出てしまっていた。
 それを聞いた彼は気持ちの悪い笑みを再度浮かべた。
 そのゾッとする笑顔に再び恐怖を煽られる。
 彼女はどんな思いで彼を助け、共に過ごし、そして別れたのかそれは僕にはわからない。
 でもその思いの強さになんだか少しだけ悲しい気持ちも芽生えた。
 彼女はいったい彼にあったならどうするんだろうなーっと考えると掌に大剣が顕現する。
 彼が僕の手に顕現した剣を見るなり、笑みを深くする。
「もう少しで君も呪いに犯される、それから逃れる術は彼女を殺すしかないネ」
 彼は繰り返した。
「だから、私が、君を、本気にしてあげる」
 そういって斬りかかってきた。
 一瞬で距離を詰める、そして手に持つ僕のとは色違いの剣を振り下ろす。
 それをかろうじて防ぐと。
「いいねぇ、上手に防いだね」
 と身を乗り出すように言った。
 僕は彼の力に押されるがなんとか踏ん張る。
 すっ、と僕から距離を取ると今度は横なぎに剣を振る。
 大剣を盾にするように攻撃を防ぐ。
 ガンッ――
 彼の斬撃を受け止めるが衝撃に体は持っていかれる。
「ぐっ、はぁ……」
 なんとか斬撃を受け止めるが体制はすぐには立て直せない。
 彼は一歩踏み込むと、蹴りを繰り出す。
「がはぁ、あはっ」
 蹴り飛ばされ、壁に据え付けられた椅子に叩きつけられる。
「これが今の私と君との差だ。この程度じゃ魔女を殺せない」
 「僕は殺す為に剣を握っているわけじゃない!!」
 彼を睨みつけながら、言い捨てる。
「だが、結局殺すには変わりない。君にはそれを成してもらう」
「どうしてそこまで僕にこだわるんだ……」
 僕は剣を下げ、俯いた。
 突然手が伸びて来たかと思えば、それは僕の襟を掴み通路へ投げ飛ばされた。
 かはっ――
 肺が衝撃で押しつぶされ、中の空気を無理やり吐き出される。
「ガハッ、ゴホ、ゴホッ」
 咳き込む隙にまた腹に蹴りを入れられる。
「ウエェェェ、オエェェェ、ガハッ、ゴホッ」
 床一面に自分の吐しゃ物をぶちまける。
 はぁはぁ、と肩で息をする。
 それでも剣だけは必死に握っていた。
「うあぁぁぁぁぁぁ」
 気力だけで白髪の男に斬りかかる。
 が、当然余裕で避けられそして膝蹴りを入れられる。
「あはっ、はぁはぁっ」
 言葉にならない恐怖と痛みで、たった数分しか時間が経っていないのに疲れ果てていた。
「まったく話にならないな。やはり私がお前を使う方が良いか」
 彼はブツブツと、僕を目の前にしながら独り言を呟く。
 彼は僕の方へとゆっくりと歩いて近づく。
 僕は口の周りを自分の唾液でべとべとに汚しながらも、気力だけで彼を睨む。
「その根性だけは賞賛ものだな」
 彼はそういって剣を振る。
 僕が手に持つ剣を狙ったのか、剣を弾き飛ばされてしまう。
 何も持たず、抵抗の余地もなくなった自分へ彼の剣は無慈悲にも僕の心臓を貫いた。
 どう考えても僕の体を貫通しているほどの距離。
 だけど、血も痛みもない。
 僕は彼の剣を持つ手を両手でギリギリと名一杯の力を入れて掴む。
 彼の剣は僕に突き刺さったまま、ちょっとずつ粒子となって溶けていく。
 粒子は僕の体に取り込まれていく。
 完全に剣が僕に溶け込むと、彼の腕も僕の心臓に向かって押し込む。
 なんだか体の中をまさぐられているような感覚に襲われる。
「あ、あ、あ、あ……」
 神経を触れらている様な痛いような気持ち悪いような感覚。
 それからズブズブと彼の肉体が僕の中へと入っていく。
「私が、お前を使って彼女を殺してやるから。お前は見ているだけでいい」
 そう言うと完全に僕の中へと、彼は消えていった。
 周りを見渡すともともと僕が出した剣は消えており、椅子にはもともと居たであろう客が座っている。
 真ん中に座り込む、自分を不快そうな顔でチラチラと見る。
 足元には先ほどまき散らしたはずの吐しゃ物もない。
 とりあえず立ち上がって、車両を移動した。

 確かに彼は僕の中へと入ってくる感覚はあったが、心の中で声を掛けてみるも反応はない。
 試しにもう一度剣を出そうとするが、当然出すことも出来なかった。
 このまま彼女の元へ行くかは迷ったが、行かないと何も進展しないと思い当初の予定通りいくことにはした。

 だけどこの日は思った駅へは辿り着けなかった。
 学校への最寄り駅に着くまで、結局駅に停まることはなかった。
 試しに往復してみたが、結局その駅に停まることはなく、そのまま遅刻して学校へ行った。

 特に理由もなく遅刻したからなんだか教室に向かうのは気が重かった。
 無意味に電車で往復しただけになってしまったし。
 学校に着くと1限目が終わった直後の休み時間だった。
 席に着くと後ろの席の奴に声を掛けられた。
「おい、今日はなんで遅刻したんだよ。お前が来ないと目の前に壁がないだろ」
 「僕を壁にするな、授業をまじめに受けないお前が悪い」
「おいおいそりゃないぜ、とっつぁん」
 冗談交じりに言ってくる佐野を横目に僕は机に突っ伏した。
「だりぃ~」
 僕はため息を机に吐いた。
「――――」
 佐野が後ろから何か言っているが、それらを無視して僕は突っ伏して寝る。

 昼休みにいつも通り、彼女の元へいく。
 着くとすごく上機嫌な彼女が居た。
「明日楽しみね」
 僕と彼女は明日、水族館へい行く約束をしている。
 それに浮かれているのだろう。
 僕は今朝の出来事が教室で寝ているときもずっと夢でリフレインされていた。
 何度も何度も夢で蹴られて、刺される瞬間に目が覚める。
 僕は彼女に何とか答えるように
「僕も明日楽しみ」
 とだけ返した。
 なんとなく膝を抱えながら空を見ると、雨が降るほどどんよりとはしていないが少し曇り空。
「まぁた、君は何かに悩んでいるんだねー。吹っ切れたのかと思ったのに」
「んー、まぁ。いろいろなぁ」
 僕はそんな彼女に曖昧な返事しか返せなかった。
 彼女もいっしょに空を見上げながら。
「別の日でもいいのよー」
 彼女は投げやりに僕にそう言った。
「約束は守るよー」
 僕もその投げやりに返した。
「ハイハイ、じゃあ明日エスコートよろしくね」
「うぃー」
 僕らは昼休みが終わるチャイムが鳴るまで、二人して空を泳ぐ雲を眺めていた。

 学校からの帰り、まっすぐ帰る気にならなくて駅から少し離れたところを少し歩いていた。
 めったに来ない場所だからなんだか新鮮味がある。
 開いたりしまっていたりする店の前を通り、ウインドウショッピングをする。
 周囲には学生らしき姿はなく、時折僕の隣を車が通るくらい。
 久しぶりに一人で歩く道はなんだか淋しさも覚える。
 普段学校と家との往復しかしてないのに、その間でいろいろなことが起きたなと思いをはせる。
 魔女の彼女、白髪の男、剣、病院、そして彼女を殺す。
 彼女を殺す――
 僕にしか出来ない、と言われたこと。
 何故僕なんだろう。
 彼女に惹かれてしまったからなのか……。
 
 彼女の後姿を思い浮かべる、彼女は地雷系ファッションを好み、見かけるたびに髪型や服装がちょっとずつ違った。
 その変化をなんとなく眺めているうちに話しかけたくなった、それだけなのに。
 「なんか、とんでもないことに巻き込まれたなぁ……」
 独り言を呟くも当然周りに人はいないから、誰も反応はしてくれない。
 何度も同じフレーズを繰り返すトラックが僕の横を通る。
 そのトラックのピンクの看板を見ると彼女を想う。
 「好き、なんだろうなぁ」
 でも、僕の恋心は殺意ででしか届かない。
 刃だけが彼女の心臓こころに届く。
 彼女を知らないから、出来ることもあるのかもしれない。
 俯き加減に歩いていると、僕の目の前に立ち尽くす厚底ブーツを履いた華奢な足があった。
 顔を上げるとそこには魔女もといちづらがそこには居た。
「やぁ」
 少しぎこちない表情で僕に笑いかける。
 今日はピンクを基調にしたファッションでツインテールではなく、帽子を被っていた。
 彼女と初めて駅以外であったことに少し驚いた。
 それから僕はなんでもないような顔で、どうしたのと彼女に問うた。
 「君とでーとをしようと思って」
 今度はにぃっと笑顔でそういう。
 ずるいよなぁ。
 僕は心の中で思わず呟くと、何故だか笑えた。
 彼女は僕が突然笑ったから、驚きと戸惑いで、わ、わたし何か変な言い方したのかなぁと気まずそうに言う。
「ごめん、行こうよ」
 僕は彼女にそのまま笑顔で言った。
「もー、大丈夫なら不安にさせないで」
 と、顔をむくれさせていた。

 それから彼女と少し歩いた。
 彼女から行きつけのカフェがあるからそこにしようと提案をされたからだ。
 僕は何も考えずにいいよと答えて彼女の隣を歩く。
 しばらく歩くとある店の前に着いた。
 店の名前は――で、店の前にはメイド擬きもどきを着た女の子が立っていた。
 隣を歩く彼女を見つけると「おかえりなさいませ、お嬢様」と彼女は声を掛けてきた。
「ここは……」
 僕が言葉に困っていると。
「私の行きつけのコンカフェよ」
 コンセプトカフェ――
 通称コンカフェに連れてこられた。
 店に入るなり色とりどりのメイド服を着た女の子が「おかえりなさいませ、お嬢様」と口々に言う。
「ちなみに私はVIP会員なのよ」
 と、ドヤ顔をする。
 僕はそんな彼女と店の雰囲気に圧倒されつつ、案内された席に座った。
「あのさ、全然落ち着かないんだけど」
 僕は少し困惑気味に言うと
「まぁそのうち慣れるって、気にしない気にしない」
 と悪びれることもない。
 テーブルの上にあるメニューを手に取る。
 中を見ると、普通のカフェメニューもある。
 メニュー表はこんな感じだった
 ・王様のポチョムキンオムライス
 ・女王様の滅多打ちチャーハン
 ・姫様のグーパンチハンバーグ
 ・王子様のサマーソルトステーキ
 ・宰相の地団駄カレー
 ・執事のお抱えパフェ
  +チェキ指名料2000円

 その中で彼女が選んだメニューはコンカフェ嬢とチェキを撮れるメニュー。
 僕は無難におそらくオムライスだと思わしきメニューを頼んだ。
 「私は毎回おきにの子と、チェキ撮るのよ」
 そう言うとどこからともなく、たくさんのチェキを取りだした。
「これはねー、――ちゃんで。これは――ちゃん、この時は――ちゃんと撮ったんだけど変な奴が乱入してきたり……」
 彼女は一つ一つの思い出を僕に語る。
 5,6枚のチェキの思い出を聞いている途中に僕の頼んだオムライス擬きと彼女の頼んだパフェがテーブルに並べられる。
 パフェもなんだかこれ食べ物なん?って色をしていた。
「お嬢様、旦那様お待たせいたしました。こちらがご注文の品でございます。こちらのオムライスには何をお書きしましょうか」
 彼女はそのオムライス擬きをオムライスと言った。
 やっぱりオムライスだった!!
 彼女のケチャップお絵描きのテーマを考える。
「んー、じゃあ。可愛い女の子でも描いてもらおうかな」
 彼女はかしこまりましたー、といってケチャップで描き始める。
 しばらく描いているのを見ているとものの1分程でデフォルメされた女の子の絵が出来上がった。
「うまっ」
 彼女の描いた絵はお世辞抜きにもうまかった。
「ありがとうございますみゃ、ごゆっくり、お召し上がりくださいです」
 彼女は注文の品を置いて立ち去った。
 折角女の子を描いては貰ったけど、描いてもらったキャラクターが全くわからない。
 そのパフェをそっちのけで店内の女の子を物色している。
 「うふふ、どの子がいいかなー。あの子も捨てがたいなぁ……」
 ブツブツと女の子を物色している姿はちょっと呆れるくらいには、見た目と一致している年齢に思えた。
 店内の女の子に向けていた視線をオムライスに向けると
 「それってあの子だよー」
 といって前に居る女の子を指さした。
 僕はオムライスに描かれた絵と彼女を見比べて首を捻った。
「このお店に在籍する子には、それぞれの姿をデフォルメされた妖精がくっついているという設定があってね。それがあの子の妖精なの」
 僕は嬉々として語る彼女の顔に見蕩れていた。
「それでね……」と、このコンカフェの設定を楽しそうに語る。
 僕は彼女の説明を聞きながら店内を見回す。
 あちこちで給仕している女の子が目に入る。
 どの色の服も彼女に似合いそうだなと思った。
「で、本題なんだけど」
 彼女は少しまじめなまなざしをして話し始めた。
「もう、あの病院へ君は近づいてはダメだよ」
 少し強い口調で念を押すように僕に言う。

 彼女のその言葉に食べていたオムライスの手が止まる。
「どうして?僕が行かないと君の願いは叶えられないじゃないか」
 僕は彼女の言葉に食いつくように返した。
「君は彼とあってしまったんだろ?」
 彼とはきっと白髪のあいつのことに違いない。
「あの病院を建てたのは私の協力者でね、私を助けるために建てたのが始まりなのさ。でも、そういうことも含めて君には関係ないことなんだよ」
 少し寂しそうに優しく笑って僕を諭す。
「ふざけるなっ!!」
 僕は思わず激高してしまい、拳でテーブルを殴りつけていた。
 そのように周りの客も騒然となり、コンカフェ嬢たちも心配そうにこちらを見る。
 その様子に彼女は周りに謝り、コンカフェ嬢たちにも両手を合わせて謝るジェスチャーをした。
「なんで、そんなことを言うんだ。なんの為に僕は……」
 そう言って食べている途中のオムライスを残したまま席を立って、お店を出た。
 衝動的に口と体が動いてしまった、普段ならこんな風に感情的になって動くこともないのに……。
 僕はお店を出たところで立ち尽くしてしまった。
 少し歩いて、建物の影になっているところで座り込んで両手で顔を覆い俯く。
「はぁ~、今日はいったいどうしたんだろ……」
 突然の彼女との会合、デート、病院に来ないように言われ。
 僕の中の『感情』が衝動的に蠢く。
 自分が少し、自分ではないような気がした。
 少しそうしていると、遅れて僕を追いかけてきた彼女に缶のジュースを差し出された。
「どうして、どうして……!!」
 僕の口は周囲を憚ることなく、叫ぶように叫ぶ。
 体は彼女に詰め寄り、眼前の彼女に叫ぶ。
 「良いから、少し落ち着きなよ」
 彼女のは受け取らない缶ジュースをそのまま差し出し続ける。
 僕は感情的にその手をはたくと、ジュースは鈍い落下音をさせプシュシュシュシューという音中身が漏れ出るをさせた。
「あーあ、もったいない」
 そう言うと地面にシミを作る缶ジュースを拾い上げ、プシュッと正しい音をさせて口をつけた。
 飲みながらも、うぇー手がべとべとじゃんとか独り言を言いながら。
 今度は彼女の飲みさしの缶をぼくに差し出す。
「もったいないから、君も飲んで」
 それにも反応しない僕にイラついたのか、彼女は僕の頭上にそれを持ってきて頭からかけた。
「これでちょっとは頭冷えたでしょ。あそこ私のおきになのに行きづらくなったらどうしてくれるのよー」
 なんて、僕の気持ちの在りかとは全く関係のない、自分の話を続ける。
「それにせっかく今日は推しの子が来てたのにチェキも撮れなかったし最悪~」
 そこまで言われて流石にカッとなった僕は顔を上げて、彼女を見る。
 彼女は僕の顔をまじまじと見ながら、大きくまあるい瞳を僕の瞳に移すように凝視していた。
 その彼女の瞳に同調するように、僕の目も同じくらい見開かれるのを感じる。
 僕の体はそんな彼女に掴みかかった。
「この手は何?」
 彼女は驚き僕にそう尋ねる。
 僕も僕で咄嗟に動いてしまったことに驚いた。
 彼女に瞳に映る僕と数舜見つめあう。
 きっと彼女らも僕の瞳を通して見つめあっているだろう。
 それくらいの距離感で彼女の顔に僕は顔を寄せた。
「私は、ずっとあなたの願いを叶える為だけに生きていたのに……」
 僕の口から僕の声とも、僕の言葉でもないものが出た。
 それに彼女はただでさえ大きく見開いていた瞳を、眼球が落ちそうだなぁとどこか他人事のように思うほど見開いていた。
 「あなただけは、私を裏切らないと信じていたのに……」
 僕の口からなおも、僕のものではない何かが出ていく。
「私を拾い、愛してくれた恩返しがしたかった……」
 それを聞いた彼女は――なのか、と僕に向かって僕とは違う名前を呼んだ。
 ――?それは僕の名前じゃないよ、そう口にしようとするが思った言葉が口から出てこない。
 どうしよう……体も思うように動かなければ、言葉すら出てこないだなんて。
 彼女は一つため息を吐くと、僕を突き飛ばして距離を取る。
「彼を返しなさい」
 彼女は僕に向かっていう。
「今はまだ、返すことは出来ない。約束を果たすまで……」
「約束なんて、もういいの。その約束を終わらせるために今日私は彼に会いに来たのよ」
 彼女は少し怒ったような口調で言う。
「それじゃあ、あなたの願いを叶えることにはならない……。彼には必ずそれを成してもらう。そうしたら、私は帰る……」
 彼女はその言葉に何も返さなかった。
 その何も答えないことを返事と捉えたのか。
 「少しだけ会えて、よかったよ。またね、かあさん……」
 そう言うと僕の体の力は抜け、倒れそうになったところを彼女に抱き留められた。
 抱き留めた僕の耳元で彼女は「バカ……」と一言だけ呟いたのを僕は聞かなかったことにした。

 僕が自分の足でちゃんと立てるようになり、彼女から離れると彼女に頭を下げられ謝られた。
「ごめんなさい。私たちの親子げんかにあなたを巻き込んでしまったみたい……」
 彼女は頭を下げたまま、何度も僕にごめんなさいと繰り返した。
 僕は、もういいですから彼のことを教えてくれませんかと彼女に聞いた。

 こうなったら、私の昔話を話そうと思うわと彼女は言った。
 どうせ話をするのなら、ちょっと静かで邪魔の入らないところにしましょうか。
 そうして僕は先頭を歩く彼女の後ろについて、歩いた。
 彼女の向かった先は、廃駅だった。
 僕はこんなところに廃駅があっただなんて知らなくて驚いた。
 彼女に促されるまま、駅のホームにあるベンチに並んで座った。
「私にはあるとき以前の記憶がないの。ある意味で記憶喪失、君らの尺度で言えばあってもなくても変わらないくらい遠い遠い奥なんだけどね」
 彼女が話す姿はちょっと寂しそうだった。
「それでね、これから話すことは私が魔女になった話と彼の話をちょっとだけ」
 そういうと彼女は自分の過去を静かに語り始めた。
 
 私は気が付いたらそこにそこに居た。
 それ以前の記憶はなく、自分が何者なのかさえわからなかった。
 だけど傍らに私の手を引く、老人。
 おそらくは祖母が居た。
 祖母との生活は短かった、おそらく祖母だとされる人は私が私としての記憶が始まってから5年くらいで居なくなった。
 死んだ、とかではなくて、居なくなった。
 いつ、何があって居なくなったのかはわからないけど、神隠しにあったかのようにある日突然すべてのものがつい数舜まで使われていたかのようにそのままの状態で居なくなってしまった。
 私は周囲の人たちに聞いた、私の祖母はどこに行ったのかと。
 でも、みんなの反応は常に同じであった。
 みんな口を揃えて言うのだ『そんな老婆を知らない』と。
 私は何度も尋ね、探した。
 初めこそ丁寧に接してくれていた人たちも、2度3度と聞くうちに鬱陶しがられ。
 変なものにでも取りつかれたのかと街で噂までされるようになった。
 街中を朝も夜もなく、何度も日が落ちるのを見届けながらも、何日も祖母を探した。
 私はついぞ5年間の間に祖母に自分のルーツや、両親の存在さえも聞くことはなかった。
 何故聞かなかったかと問われれば、別に不便に思うようなことがなかったのと二人での生活に満足もしていた。
 あとはなんとなくその話題には触れるべきではないのだろうなという空気も感じていたからだろう。
 もしかしたら、彼女であれば不快な顔すらせず教えてくれたかもしれない。
 たけど、そんな彼女はどこかへ私を残して消えてしまった。
 祖母が居なくなってから、私は祖母と住んでいた家に一人で生活を続けていたある日。
 窓を割って、石が投げ込まれた。
 石を拾うと側には魔女は出ていけ、という紙が落ちていた。
 どうやら紙を石に巻き、この部屋に投げ込んだらしい。
 その紙を見ているとなんだから涙が出てきた。
 私はただ祖母を待っているだけなのに……。
 それから私は祖母を探しつつ、自分のルーツを知るために旅に出ることにした。
 最低限のものと、祖母につながりそうなもの、そしてお金に換えられそうなものを持ちそれ以外はそのまま置いていくことにした。
 私は出来るだけ深いフードを選び、目立たないように目深に被り、出来るだけ女とわからないように体の線が消える服装を着て家を出た。
 少し薄明るい早朝を選んで出たせいか、街にはほとんど人はおらず、誰かに声を掛けられることなくそのまま街を出ることが出来た。
 街を出て、ふと立ち止まった。
 街を出ることばかり考えていたせいで、どこに向かうのか、目的地を決めることなく勢いだけで出てきてしまった。
 ハッと思った時には東側から出てしまっていて、これからどこに向かおうとも考えてなかったのでとりあえずそのまま東を目指した。
 東を目指して歩き始め、何度か野宿を繰り返したのちようやく新しい街が見えてきた。

 新しい街に入ったが、資金もあまりなく途方に暮れていた。
 あたりが暗くなると、建物の隅で蹲って座り込んだ。
 お腹がぐぅ~っとなる。
 それを我慢しながら一生懸命寝ようとすると、ある男たちに声を掛けられた。
「おい。そこの。腹減ってるなら、うちに来るか?」
 そのうちの一人から声を掛けられる。
 後になって私を見て後ろの男たちはニタニタと笑っていた気がするけれど、その時の私にはただの善意にしか感じなかった。
 彼らについて行き、家に入ると私はベッドへと押し倒された。
「お前の飯の前に、俺らがお前を食べてやるよ」
 そう下種のような口調で彼らの一人は言い、私の衣服を剥ごうとした。
 その間必死に抵抗したが、他の男たちに体を押さえつけられ、何も抵抗できなくされる。
 必死に何かされるという恐怖と、そこから抜け出したいという思いで溢れそうになった瞬間――
 辺りに衝撃波が走る。
 自分を押さえつけてた男も、私を襲おうとしていた男もみんな建物の壁に叩きつけられる。
「お前、いったい何をした!!」
 私は怯え、自分でも何が起きたのか全く分からない。
「クソ、なんだよ。この得体のしれない気持ち悪い女はよ!!」
 そう男の一人は吐き捨てた。
 私の前に居て吹き飛ばされた男が、再度私に近づく。
 今しかないと思い、その男に渾身のタックルをする。
 男もろとも倒れ込み、男はそのまま壁に頭を打ち付け気を失った。
 激高した男のうちの一人が刃物をちらつかせながら距離を詰めてくる。
 男の後ろに扉がある。
 私は必死にそこから逃れるために、もう一度今度はその男へ飛び掛かった。
 男は必死にナイフを振るい、そのナイフは私の脇腹の辺りに刺さった。
 刺さった瞬間の痛みに顔をしかめたが、彼は私に刺してしまったということに動揺した。
 その隙に脇腹に刺さったままのナイフもそのままに後ろの扉から転げ出る様に逃げ出た。
 後ろからおいっ、とか待てっ、とか声だけが追いかけてくるが、その声も振り切った。
 脇腹から零れる血で彼らが本当jに私を見つけようとするのならば、時間の問題だろう。
 だけどこんな浮浪者を本気で追いかけてくる人間などいないだろう。
 きっと狐につままれた程度にしか思ってない。
 私は刺さったままになっているナイフの部分がじくじく痛む痛みに耐えられず、座り込んでしまう。
「いてて……」
 痛みで声が出ない、血も相当流したような気がする。
 なんだか頭もぼーっとするし、私はきっとこのまま死ぬのだろうなぁ。
 ああ、おばあさんともう一度ごはんを食べたかった。
 ああ、あんな甘言に惑わされなければ、一日食べないぐらい何てことなかったのに。
 体を仰向けに地面に転がしながら、後悔だけが募る。
 ぼーっとする意識の中、なんとかナイフを体から引き抜く。
 引き抜く最中痛みで、何度か意識が飛びそうになったり、引き戻されたりと繰り返した。
 カランッ――
 ナイフをようやくのこと引き抜いて、地面に捨てる。
 蓋がなくなったせいで、刺さっていた時よりも血が溢れる。
 右手で血があふれ出る傷口を抑える。
 もう助からないだろうな……、そう思いながらもあんな下種のものを体に入れたままの状況の方が許せなった。
 バイバイ……。
 心の中で呟くと、私は死へと意識を手放した。

 ――――
「おい――」
「おい、君――」
「おい、おい、大丈夫か」
 おじさんぽい声に私は目が覚めた。
「君、大丈夫か、こんなところで寝るもんじゃないぞ」
 私はハッとなって状態を起こして、体をまさぐる。
 体に傷がない――。
 服も襲われる前のままだ。
 私は時が止まったかのように混乱をした。
 体のあちこちをまさぐるが手に一切の血が付かない。
 上半身を起こして座り込んだまま、混乱で停止していた。
 自分の周りを見渡しても、血の跡すらなかった。
 あれだけ血を流していたのなら、ちょっとした血の池ぐらい出来ていても不思議でもないのに……。
 その間もおじさんは、何度も声を掛けてくれたが私が反応を示さないので「大丈夫か……」と言って立ち去っていった。
 思考が現実に帰り、見渡すと私が道のど真ん中で寝ていたことが分かった。
 幸いにしてまだそこまで人の往来はないが、通る人たちは私を怪訝そうな顔で遠巻きに見ながら歩き去っていく。
 さすがに移動しようと、立ち上がり近くの建物まで歩く。
 
 建物陰に入り、改めて体を撫でまわした。
 やはり血の痕跡どころか、ナイフに刺された形跡すらない。
 刺されたであろう部分を、服を脱ぎ確認したが結局何も残っていなかった。
 その辺に転がっていたちょっと尖った石を拾い、試しに指先を切ってみる。
「痛っ」
 普通に痛かった。
 切り口からは血が滴り、その落ちた雫が地面に跡を残す。
 指を口で咥え、指を舐めながら。
 普通に痛いし、舐めたら余裕で血の味がするじゃん!!
 私は昨夜の出来事を、恐怖のあまり本当はなかった出来事とごっちゃにしてしまったのだろうと結論づけた。
 少し休むと、本当は少しこの街に滞在したかったけど昨夜襲ってきた男たちにまた見つからないとは限らないから、街から移動することに決めた。
 
 街から出ると特に整備はされてないむき出しの土の道が目の前に続いている。
 だが往来はあるようで地面は固くなって道になっている。
 この道を行けばどこかの街には繋がっているだろうと、今度はこの道に沿って歩き始めた。
 道の両側には薄暗い森が広がっている。
 時折ガサガサと森の中で草が何かに擦れる音がしている。
 私はその音から何かが出てくるのかと、音が聞こえるたびにドキドキした。
「たった一人で、こういう夜道を歩くのはやっぱり怖いな……。道中で気のよさそうなキャラバンがいれば同行させて貰おうか……。でも、また襲われるのは嫌だなぁ…………」
 一人でブツブツと呟きながら歩く。
 早朝から歩くも、結局誰も通りかかることはなかった。
 辺りが暗くなり、この辺で野宿をしようと薪を集めに森に入った。
 落ちた枝を拾っているうちに少し奥に入ってしまった。
 すっかりと落ちた陽と、それ以上に重なる葉が光を通さない木々。
 近くでガサガサと音がしたとき「しまった!?」と思った。
 だけどもう手遅れ。
 手に小さなナイフを持ち、どこから襲われても良いように身構えるがなかなか襲ってはこない。
 しばらく耳を澄ませるが、音が突然しなくなった。
 そのまま音がしていた方へ意識を集中させる。
 しばらく凝視しても、何も反応がない。
 ふっと息を抜いた瞬間、それは襲い掛かってきた。
 息を抜いた瞬間だったから、反応が遅れた。
 その大きな狼は私に馬乗りになって、体に爪を立てる。
 なんとか一度その狼を押しのけるが、今度はその狼は姿を隠すことなく睨みあう。
 私はてっきりその狼しかしないと思い込んでいた、思い込まされてしまっていた。
 真横から別の狼が私にめがけて、飛び掛かってきた。
 一瞬気を取られるが、殴り飛ばして難を流れる。
 視線を戻した時にはそこにさっきの大きな狼は居ない――
 今度は三匹が一度に襲い掛かってくる。
 それぞれの狼に腕やら肩やらをガブガブ嚙まれたり、ズタズタに引き裂かれる。
 手に持ったナイフでそのうちの一体の喉を切り裂き蹴り飛ばす。
 そこから二匹増え、三匹増え、必死に抵抗をしたが、数で押し切られズタズタにされ、体の肉を食われる感触と振動だけがする。
 なんとか、二、三匹程度は屠ったが、結局はその狼たちの糧となった。
 肉や内臓まで食われ、片目も潰されたのか半分見えない、かろうじて見える視界には自分の肉や骨が見え隠れする。
 今度こそ終わったと思った。
 痛みもここまで八つ裂きにされると感じないんだなぁと思いながら、もうちょっと幸せになりたかったなと思った。

「こうして私は中身を狼たちに食われて、内臓をグチャグチャに食い散らかされたり、骨だけになったりしたのでした」
 あの時は腸とかも飛び出してた、びろーんって。
 懐かしそうに自身のグロテスク体験を語ると彼女は昔話もおしまいという感じで、おちゃらけた風に締めた。
「いま、普通に生きてんじゃん」
 僕は唐突な締めに突っ込みを入れた。
「それからも、何度か同じような目にあったりしてー。ようやく、あっ自分って死なないんだって思ったんだよね」
 彼女はそれらもさもなんでもなかったかのように語る。
 それでも、当時の彼女にとっては辛い出来事だったはずだ。
 なにせ、痛み自体は未だ無くなってないはずなのだ。
 でなければ箱の中での攻撃に苦悶の声や声が出るはずない。
「それにさ、歳も取らないの。あなたからしたら大分おばあちゃんだからね」
 歳を取らないことに気づくのはそれから40年くらい経ってからだけどねと彼女は笑った。
 彼女の見た目は僕よりもちょっと歳が上に見えるくらいしか変わらなく見える。
 ピピピピピピピピ――
 「彼の話だけど――」
 何かの音と彼女の会話が重なる。
「ちょっと、ごめん」といって、カバンからスマホを取り出した。
 ショッキングピンク色をした、なんとも彼女らしい色のスマホだなと思いながら取り出すスマホを見た。
 彼女は電話越しに何かしらのこちらには会話の内容が想像つかない応答する。
 「じゃあまたあとで」そう言って通話を終えた。
 スマホはすぐにしまわず、スマホに付けたストラップをブラブラとさせたまま。
「ごめん、話の続きはまた今度。本当にごめん」といい、僕を残して立ち去ってしまった。
「彼女は不老不死なのか……」僕もそこに独り言を残し、立ち去った。
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