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作者: 月兎 咲花
残酷な描写あり
魔女と今昔物語
 彼女が白髪の少年を拾ってからたくさんのことがあった。
 ガリガリにやせ細った腕と体は肉付きの良い体になり、ボサボサで黄ばんだ白髪は絹のように光を反射するほどに綺麗な白髪になっていた。
 結局髪は切らなかった、彼女にこの髪を褒めてもらったからそしてこの髪を彼女が手入れをしてくれるから。
 毎日お風呂上りに髪を梳いてもらう時間が何よりも好きだった。
 時折野党に襲われては返り討ちにし、街を移動するたびに新しい街で仕事をする。
 彼女は容赦がなく野党や暴漢に襲われた時には逆に相手の身ぐるみを剥いだ。
 街での仕事は郵便配達、探し物、清掃業務、害獣駆除なんでもやった。
 時には路上で魔法を使った大道芸をしてチップを稼いだりしたこともあった。
 少年が少し大人になる頃、彼女の気持ちは変わっていた。
 少年に自分を殺させることを考えないようにしていた。
 だけど、少年はずっと彼女が死にたがっていることを知っていた。
 そのために少年を育てていることも。
 でも少年に対して愛情が芽生え、少年に自分を手にかけさせることを考えられなくなった。
 だから彼女は自分を殺せるだろう可能性がある人間を集め始めた。
 理由は大きな力を持った怪異を倒すために……。
 その怪異は彼女が生み出したもので、それを倒せる人間ならば彼女を殺せるだろうと彼女自身が考え出して作り上げられた怪異モンスターである。
 それまでも彼女は実験的に怪異を生み出していた。
 街を移動するたび、道中で多種多様な怪異を。
 それらを討伐する依頼が定期的に出される程度には彼女は彼女自身の力をふるった。
 少年も何体もの数えきれないほどの怪異と戦った。
 時には逃げることも、時には友達となることも。
 でもそれらはただの現象に過ぎなくて、仲良くなっても結局いつかは消えてしまう。
 それは「死」
 彼女の足元のにはいくつの足跡の形をした『死』が続いてきたのか、僕にはわからない。
 少年が彼女と居た時間では、その足跡も増えることはなかった。
 それをよかった、と少年は思っていた。
 だけど彼女を通り過ぎる死はそれに目を瞑り続けはしてくれなかった。
 少年が大人になっていくにつれて、彼女はうなされるようになった。
 その時間が少しづつ伸びていき、彼女の心を蝕んだ。
 一生懸命に彼女へと少年が寄り添おうとすればするほど、激しくうなされる。
 とうとう彼女は一睡もすることが出来なくなった。
 そしてありとあらゆる手段で自傷行為を始めた。
 初めは手の甲にナイフを突き立てた、その次に手首を切り落とした、その次は目玉を突いて、ナイフを飲み込んだ。
 とうとう首をかき切った、その日青年は部屋から飛び出し誰かに助けを求めるために街を走った。
 街を走って走って走った、今度は自分が壊れたかのように走って――
 人にぶつかった。
 それは初老の老人。
 彼は僕がぶつかってびっくりはしたけど、受け止めるだけの膂力りょりょくを持っていた。
 普通なら青年ほどの体格のものが男とはいえ、初老の人間にぶつかれば向こうが倒れるだろうに青年を受け止めたのである。
 青年は老人の目を見据えると自然と言葉が出た。
 助けてほしい――
 その老人は被っていた帽子の位置を直すとキミを・・・かな?と尋ねる。
 少し俯きながら首を左右に振ると、案内してくれるかなといい少しだけ帽子のつばを下げた、気がした。
 老人は青年の足取りに一切遅れることなくついて行く。
 彼女の居る宿に着くころにはすっかり青年は息を切らしていた。
 青年とは打って変わって、その老人は息すら上がっていない。
 老人はつばを掴んで顔と一緒に少し上げると、建物の外観と看板を見た。
 青年は速足に彼女の住む部屋まで行き、老人はその後ろを付いていく。
 彼女の元に着くと目の前にはベッドのシーツを被り、ものすごいクマでげっそりとした顔、そしでギョロギョロとした目が青年を見る。
 震える彼女に老人は話しかけた。
「お初にお目にかかります、魔女様。この青年に導かれてやってまいりました。あなたは私に何をお望みか」
 そう老人は問いかける。
 彼女は言う。
 死にたい――
 死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。
 ただ死にたい。もう生きるのに疲れたんだ……と。
 彼女は老人にうわごとのように口に出して、縋った。
 老人は頷くと。
「私では力が不足しております。望みを叶えるならばきっと彼が適任なんでしょうが、如何せんまだ未熟です」
 それは知っている、と彼女はかすれるような声で返す。
「よろしければ、彼をしばらく私に預けてくれませんか。その方があなたにとっても良いとは思いますよ。あなたの体が良くなった頃に迎えに来てください」
 彼女は最初その老人の提案に対してかなり渋った、今では自分のことよりもその少年がなによりも大切な存在になっていたから。
 可能な限りその少年と共に時間を過ごしたいという思いが強すぎた。
 だから、彼女は壊れたのだ……。
 彼女は自分を殺させるために彼を拾った。
 だけど情が移り過ぎて、殺させたくなくなった。
 本来であれば自分を殺させるために育てなければならなかったのに彼女はそれを出来なかった。
 少年は素直で、笑顔が眩しく、愛嬌があった。
 彼女もそんな少年に惹かれていっていた。
 だからこそ苦しんだ。
 それをわかったからの老人からの提案だった。
 彼女は短く老人に「わかった……」とだけ言った。
 その言葉を聞いた老人は帽子を脱ぎ、恭しくお辞儀をした。
 それから老人は青年を連れて帰った。
 その日から老人にありとあらゆる剣術を叩き込まれた。
 何度も何度も叩きのめされ、一切攻撃を与えられない日々を繰り返した。
 髪が肩より伸び、短髪にまで切る――
 何度目かわからないが肩まで髪が伸びた頃、彼女は現れた。
 「久しぶりね、ちょっとは強くなった?」
 彼女は昨日別れたばかりのように、見た目も何も変わらない。
 青年は大人になったが、彼女は相変わらず少女のまま初めて会ったその姿のまま。
 ニヤッと笑う顔があの頃を思い出す。
 彼女との久しぶりの再会で少し感傷に浸っていると……。
「ちゃんと成長した?」
 あのときと同じく、厚底ブーツで蹴りかかってくる。
「久しぶりの再会なのにいきなりだな……」
 今回は蹴りをキチンと受け止めた。
 「あはははははっ、あの頃よりは良くなったね」
 少ししびれる手を振り払い、手に持っていた剣で彼女に斬りかかった――
 彼女はよけるそぶりすらしない。
 勢いを殺すことが出来ず、そのまま彼女を斬りつけた。
 ガッ――
 剣は彼女の骨の部分で止められた。
 血が自分の振るった剣の刃から零れ落ちる。
「何故……」
「何故、避けなかったのかって?避ける必要がないからだよ」
 彼女は青年の言葉に被せるように言葉を継ぐ。
 
 青年は手にグッっと力を入れる――
 だが刃がそれ以上進むどころか、自分の手に血がにじむ。
 手に滲む血で滑り、剣が落ちる。
 斬りつけたはずの彼女の傷跡はもうそこにはなかった。
 自分の掌に滲む血が斬りつけたことが、嘘ではなかった現実を青年に突きつける。
 落ちた剣を拾い上げ、彼女にもう一度斬りかかった。
 今度彼女は攻撃を受け止めた。
「はぁ、私から離れて修行したのに……こんなものか……」
 青年の攻撃を受け止めながら、後ろに控える老人を睨む。
「あんた言ったよな、私が来る頃には仕上げておくって」
 怒りをにじませつつも、気持ちを抑えながら老人に向かって彼女は言う。
 老人は彼女を見て。
「仕上げはあなたにお願いしますよ」
「はぁ、そういうことね」
 ため息を吐き、分かったわと。
 
 ――――。
 刹那、彼女は青年に肉薄する。
 青年は彼女の動きに呼応するように剣を振るった。
 が、その剣を彼女は受け止める。
「まさか、この動きについてくるなんて思ってもみなかったわ」
 剣の刃に片方の掌を当て、剣線を止めてしまう。
 青年も「うるらぁぁぁぁぁぁぁ」と叫びながら力を込めるがびくともしない。
 剣を片手で受け止めながら、剣を掴み押し返してくる。
 お互いの鼻先がもう少しで付きそうな距離まで彼女は迫り、剣を奪い取ると青年を押し倒し馬乗りになった。
 青年は必死に逃れようと動くが一切の身動きが出来ない。
 彼女はグイっと青年に顔を近づけた。
 青年の額と彼女の額が付きそうな距離。
「結構強くなったのね……」
「何もさせてくれないのによく言うよ」
 青年は彼女に言いながらもなんとか逃れる術を探す。
「そりゃ、私には勝てないさ」
 ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「で、これからどうするんだ?」
 そう問いかけをすると。
「こうするのさ」
 そういうと彼女は青年委口づけをして、手に持っていた剣を青年の心臓に突き刺した。
 剣の刺し口から血が流れる。
 突き立てた剣がそのままにされているせいで、傷口から噴き出すこともできず中で行き場を失った血液がのど元へと上がってくる。
 「んぐ、んぐ、んぐ」
 その青年の口から溢れる血を彼女は飲む。
 飲み切れなかった分の血液が口と口の間から滴り落ちる。
 青年はかすれるような声で何故?と問うた。
「これから仕上げをするのよ」
 そういうと剣が発光し始め、彼女が握った部分から傷口に向かって液体のようなものが伝っていく。
 彼女は胃にため込んだ青年の血を吐き戻す。
 青年はその吐き戻された血を溺れるように飲み込む。
 ングッ、ングッ――
 自分の血をひたすら飲まされる、彼女の唾液で少し甘くなったと錯覚するほどには少しだけまろやかになってる気がした。
 吐き戻された血を飲み干すころ、突き刺された剣が引き抜かれ彼女も立ち上がった。
 青年は刺されたはずのところを触るが、あるはずの傷が無かった。
 立ち上がり彼女を見る。
 彼女は手に持っていた剣を地面に突き刺し、かかって来いと手でジェスチャーをする。
 青年は彼女が突き刺した剣を奪い取ろうと彼女の元へ走る。
 剣まであと一歩まで迫るが、悠々と彼女に蹴り飛ばされる。
 それを何度も繰り返すがあと一歩で、手が届く寸前で届かない。
 もうあとほんの少しなのに……。
 何故、あの剣を取ることすら出来ないんだ……。
 悔しさに拳を握りしめたとき――
 突然手から光が溢れる。
 徐々に光の粒子が何かの形へとなっていく。
 粒子は剣の形を取った、先ほどまで持っていた細身の剣ではなく幅の広い大きな剣だった。
 その剣を掴んで持ち上げるが、そこにはまるで剣など存在していないかのように重さは存在しなかった。
 見た目とは裏腹にずっしりという実感も、そこに存在するという存在感も全くない。
 でも目の前に確かに存在して、この手に持っている。
 剣を顕現させると老人は目を見開いた、その様は目玉が落ちるのではないかと思うほどだった。
 彼女はその剣を見ると、嬉しそうに笑った。
 青年は二振り、剣を振るうと彼女めがけて走り込んだ。
 彼女はそれに応戦する構えを取る。
 青年が彼女に対して大剣を横に振った……。
 彼女の左腕が体から千切れ、飛ぶ。
 
 ウッ――
 と、彼女は呻いた。
 今まで決して斬るところまでいかなかった剣の軌道は今度こそ止められることなく切り捨てた。
 まさか武器が変わるだけで、こんなに簡単に切れてしまうとは……。
「私の魔力を注ぎ込んで作っただけはあったみたいね」
 彼女はどこか恍惚とした表情で、僕ではなく手に持つ剣に視線を向ける。
 「さぁ、私を殺してくれよ」
 彼女の声に呼応するように大剣を両手で持ち、彼女に向かって踏み込んだ。
 青年の掴むその剣が今度こそ彼女の胸を貫いた。
 その剣の幅から心臓をどう考えても貫いていた。
 彼女は口からおびただしい量の血を吐き出しながら叫んだ。
 「そのまま斬れぇぇぇぇぇぇぇ」
 だが剣はそこから動かない。
 剣から彼女へと小刻みに震える振動のみ伝わる。
 「どうしたの?」
 彼女は心配そうに青年を見つめる。
 「こんなことしたくないよ……。だって僕にとってあなたは親なんだ。親を殺したいと思う子なんて、いるはずないじゃないか……」
 青年の綺麗な青い瞳から透明な雫がとめどなく零れ落ちる。
 「そうだよね、でもごめんなさい。私の最初で最後の願いを叶えてほしい……の」
 彼女は口からゴポゴポと血を吐き出しながら、青年に微笑む。
 青年は剣の柄に力を入れたり、緩めたりしながら、悩みに悩んだ。
 自分の恩人の願いは叶えてあげたい、だけれども、それでも青年は彼女と共に生きられる限り生きたいと願った。
 願ってしまったんだ――
 その願いに呼応するように、剣が眩く輝くとゆっくりと彼女から剣が抜けていった。
 抜けた剣の傷跡は徐々に元の姿に戻っていき、斬り飛ばされたはずの左腕ももとに戻っていた。
 その光景には青年だけでなく、少女も含めたその現象を見た全員が驚いた。
 時が戻るように治っていく、そんなことがあっていいのか……。
 その光景に立ち会った三人の様子はそれこそ三者三様であった。
 望みが叶えられず崩れ落ちる少女、剣が淡く粒子へと帰っていくのを眺める青年、それらを興味深く観察し帽子を目深に被る老人。
 その中で真っ先に動いたのは青年だった、彼女に背を向け「ごめん……」とだけ口にしてその場から立ち去った。
 そして残された老人と少女。
 老人はいう。
 「もう一度あなたの願いを叶えるお手伝いを致しましょう」
 少女はもう全てがどうでもよくなっていた。
 「なんでもいいから、私の望みを叶えて」
 それが青年に届いた、最後の彼女の言葉であった。
 
 青年はそのまま立ち去り、そして二度と彼女の前には現れなかった。
 それから老人と彼女は施設を作った、それがこの病院であり、あの箱である。
 
 「あの箱には魔女の血が使われている。そして箱に適合した人間を集めてずっとああいうことをしているのさ」
 そう山室さんは締めくくった。
 
 その青年があの白髪の男ということか。
 僕は改めて自分の掌を見た。
「まぁ、ホントかウソかは正直分からないレベルの話じゃから。話半分くらいに聞いておけ」
 そういうと立ち上がり、その場から離れていった。

 カツカツカツ――
 山室さんがこの場所から離れてからほんの少したってから、足音が近づく。
 「話は終わったかな」
 彼女は笑って僕に尋ねる。
「あの話はどこまでが本当のことなんだ?」
ほとんど・・・・事実だよ」
 彼女はそれだけしか答えなかった。
「僕は彼の代わりなのか?」
 少し怒気を含ませた声で彼女に問う。
「そうとも言えなくはないけど、君は君」
 彼女はすこし悲しそうで、どこかすまなそうな顔をした。
 僕は拳を力いっぱい握り込み、そうなんだなといってその場から立ち去ることにした。
 彼女の隣を通り過ぎる瞬間「ごめんね」という声が耳に届いたが、その言葉には彼女を振り返るだけの力はなくそのまま背を向けて彼女を置いて病院を出た。
 外はまだ明るく、ほんの少しだけ淋しい気持ちが胸に沸いたが空を漂う雲を眺めながら帰路についた。
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