姉妹 5
「レシファー……」
カルシファーは実の妹に睨まれ、うろたえる。
「お姉様の気持ちは分かりました。しかし、私は私。私は貴女の所有物ではありません。カルシファーとレシファーは別々の悪魔です。ですので、お姉様のしたことを肯定することは出来ません! ましてや……」
私は痛んだ体に鞭を打って立たせる。
それぐらい、目の前のレシファーの魔力が憤っていたから……
「それで私にアレシア様を殺させようなどと、絶対に許しません!」
そう言い放ったレシファーの周囲には、不自然なほどの魔力が満ち溢れ、一秒毎にその凄みを増している。
今まで私が見てきたレシファーとは全く異なる姿……
本当に怒っているのだ。
おそらく、私がイザベラに殺されそうになった時よりもさらに激しく、強烈に。
彼女の怒りが、熱量が、レシファーの後ろに立っている私でさえ強烈に感じられる。
これを正面から受けているカルシファーは、どのような心境だろう?
「姉妹で殺しあうの?」
カルシファーは弱弱しい声で問いかける。
「私だって、出来れば殺したくはありません。しかし、先に一線を越えたのは貴女です。カルシファー!」
レシファーも、本心では自分の手で殺したくないだろう。腐っても姉だ。それも昔はこんなでは無かったのだから尚更……
「レシファー……下がりなさい」
私はふらつく体でレシファーの肩を掴むと、前に出る。
「アレシア様、一体どういうつもりですか?」
レシファーの瞳に不安が映る。
そんなに心配しなくても良いのに……
「私が殺すわ。カルシファーは私の獲物。私の復讐の相手なのよ」
そう私は嘯く。
勿論本心ではない。
復讐の相手ではあるが、そうじゃない。一番の理由は贖罪だ。
この姉妹の関係を壊したのは、他ならぬ私自身。
だったら最後まで壊さなければ、責任逃れもいいところだ。
「その体では無茶です!」
レシファーは自分でつけた傷を、申し訳なさそうに見る。
そんなこと気にしなくても良いのに……
「大丈夫よ。レシファー貴女、私の異名を忘れたの? 言ってみなさい」
私はここであえて強がる。意地を張る。
忘れたとは言わせない。
私の異名。
強さの証明。
私が唯一持っているものが、この強さなのだから。ここで発揮しなくていつ発揮する。
「追憶の魔女です……」
レシファーはため息交じりで答えた。
彼女はもう分かっているのだ。
私がこう言い出したら聞かないことぐらい。
「行くわよカルシファー」
私はふらつきながらも、レシファーに負けないくらいの魔力を放出させる。
「そうね。貴女なら殺りやすい!」
カルシファーはそう言って右手に刃物を生成する。
あれは確か……
間違いない。エリックを殺した治癒が出来ない武器。
「切られたら終わりってわけね」
今の私には接近戦用の魔法は無い。さらに言えば、体はズタボロでそうそう激しく動くことは出来ない。
「行くわよ! アレシア!」
カルシファーはそう叫ぶと、私と同じタイミングで魔法を展開する。
「命よ、木々の果てよ、あの者に串刺しの刑を!」
「追憶魔法、我の周囲に追憶を、対象者の時を戻せ!」
カルシファーの魔法により私の足元から鋭い木が生えて、私を串刺しにしようと伸びてくるが、私はそれを飛んで躱す。
一方、私も追憶魔法でカルシファーがいた地点の時間を戻したが、一度見られているためか、彼女も難なく躱してしまう。
「それは見切ってるわ!」
カルシファーは右手の刃物を構えて、私に踊りかかる。
その間も地面から木々は生え続け、私を串刺しにしようと迫る!
私は無詠唱で追憶を細かく飛ばすが、それらを全て躱して私の懐に潜り込んでくる!
なんとか躱し続けているが、体がいう事を聞かず、次第に躱しきれなくなってきた。
「もらった!」
カルシファーの勝利宣言は、その直後に響き渡る彼女自身の悲鳴でかき消された。
「うっ!!!」
カルシファーは床に転がり、消え去った右腕を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
「一体……何をした?」
私は騒ぐカルシファーから距離を取り、一度深呼吸をした。
「気がつかなかった? 貴方が知らないだけで、私の周囲にはずっと設置型の追憶が回っていたのよ」
「嘘よ! 無詠唱で飛ばした追憶は全部躱したし、そんな設置型を発動するタイミングなんて……」
カルシファーは、自身のねじ切られた右腕を庇いながら喚く。
「最初よ最初。ちゃんと聞かなくちゃ。我の周囲に追憶をって言ってたでしょう?」
おそらく彼女と私の詠唱が重なったせいで、こっちの詠唱の中身が聞こえなかったのだろう。
しかも私の詠唱で、彼女のいた空間が抉れていたのだから、あの現象が魔法の効果の全てだと思っても仕方がない。
「もう終わりよカルシファー。万が一にも貴女に勝ち目はない。冠位の悪魔の中でも、最弱な貴女には負けない」
私は自身の推測をぶつける。
カルシファーの顔が、苦痛とは違った意味で歪んだ。
「異界には五つの町があり、五体の冠位の悪魔がそれを支配していると聞いたわ。その時思ったの。そもそもこの町、エムレオスの支配者はレシファー。だから当然レシファーは、冠位の悪魔。でもそれじゃあ数が合わない。五つの街に六体の冠位の悪魔になってしまう」
そこで気づいたのだ。
カルシファーは、レシファーがあちらの世界に行ってから冠位の悪魔になった。六体目の冠位の悪魔。所詮はレシファーの代わり。代理……だから当然実力も冠位の悪魔の中では一番低いだろうと。
「カルシファー。貴女はレシファーの穴埋め」
「うるさい!」
カルシファーは、怒りを露わにして木の槍を無数に飛ばすが、それらは全て私の追憶魔法に飲まれて消えていく。
「無駄よ」
「クソ!」
カルシファーは悪態をついて俯く。
「レシファー。悪いけど彼女を殺すわ。それが門番との契約だから」
私の言葉にレシファーは神妙な顔で静かに頷いた。
「さようならカルシファー。これが私達魔女の復讐よ」
私は最後の別れをカルシファーに告げる。
残酷に、冷徹に。
この空間に広がる風が一層強く吹き荒れる。
「レ、シファー……」
カルシファーは床に転がったまま、残った左腕をレシファーに向けて伸ばす。
彼女は後悔と惜別の表情を浮かべ、涙を流し始めた。
少し躊躇したけれど、もう後には戻れない。
やってしまったことは消えない。
当然、私の復讐もここで終らせることなど出来やしない。
「追憶魔法、対象者の時を戻せ!」
私の詠唱が終了すると同時に魔法が発動し、容赦なくカルシファーを消滅させた。
「ハァハァ……」
私はカルシファーを消滅させると、その場に蹲る。
正直体は限界だった。
しばらくは動けそうにない。
「アレシア様!」
「アレシア!」
すぐに私のもとに駆け寄ってきたレシファーは、私の体をしゃがんで支える。
階段の窪みに隠れていたポックリも、急いで駆け寄ってくる。
二人ともなんて顔してるのよ。死んじゃいないわよ。
「流石にもう動けそうにないわ……」
私は体を支えてくれているレシファーに、珍しく弱音を吐く。
いくら魔力の消耗は無いと言っても、体のダメージは蓄積される。
「大丈夫です。ここにはもう敵はいません。ここは私の町ですから!」
レシファーは気丈そうに振舞う。
ここは彼女の好意に甘えよう。
「ここの下のフロアに部屋があるので、そこで休みましょう」
そう言ってレシファーは、私をお姫様抱っこで抱え上げ、階段を降りていく。
「ちょっと恥ずかしいんだけど……」
「何を今さら恥ずかしがっているんですか? ここには私と狸しかいませんよ?」
そう茶化してレシファーは、ゆっくりと階段を下っていく。途中、ポックリが狸扱いされたことにブーブー言っていたが、レシファーは気にせず部屋に向って進んでいく。
「これからのことは、部屋で話しましょう」
レシファーは静かにそう言った。
カルシファーは実の妹に睨まれ、うろたえる。
「お姉様の気持ちは分かりました。しかし、私は私。私は貴女の所有物ではありません。カルシファーとレシファーは別々の悪魔です。ですので、お姉様のしたことを肯定することは出来ません! ましてや……」
私は痛んだ体に鞭を打って立たせる。
それぐらい、目の前のレシファーの魔力が憤っていたから……
「それで私にアレシア様を殺させようなどと、絶対に許しません!」
そう言い放ったレシファーの周囲には、不自然なほどの魔力が満ち溢れ、一秒毎にその凄みを増している。
今まで私が見てきたレシファーとは全く異なる姿……
本当に怒っているのだ。
おそらく、私がイザベラに殺されそうになった時よりもさらに激しく、強烈に。
彼女の怒りが、熱量が、レシファーの後ろに立っている私でさえ強烈に感じられる。
これを正面から受けているカルシファーは、どのような心境だろう?
「姉妹で殺しあうの?」
カルシファーは弱弱しい声で問いかける。
「私だって、出来れば殺したくはありません。しかし、先に一線を越えたのは貴女です。カルシファー!」
レシファーも、本心では自分の手で殺したくないだろう。腐っても姉だ。それも昔はこんなでは無かったのだから尚更……
「レシファー……下がりなさい」
私はふらつく体でレシファーの肩を掴むと、前に出る。
「アレシア様、一体どういうつもりですか?」
レシファーの瞳に不安が映る。
そんなに心配しなくても良いのに……
「私が殺すわ。カルシファーは私の獲物。私の復讐の相手なのよ」
そう私は嘯く。
勿論本心ではない。
復讐の相手ではあるが、そうじゃない。一番の理由は贖罪だ。
この姉妹の関係を壊したのは、他ならぬ私自身。
だったら最後まで壊さなければ、責任逃れもいいところだ。
「その体では無茶です!」
レシファーは自分でつけた傷を、申し訳なさそうに見る。
そんなこと気にしなくても良いのに……
「大丈夫よ。レシファー貴女、私の異名を忘れたの? 言ってみなさい」
私はここであえて強がる。意地を張る。
忘れたとは言わせない。
私の異名。
強さの証明。
私が唯一持っているものが、この強さなのだから。ここで発揮しなくていつ発揮する。
「追憶の魔女です……」
レシファーはため息交じりで答えた。
彼女はもう分かっているのだ。
私がこう言い出したら聞かないことぐらい。
「行くわよカルシファー」
私はふらつきながらも、レシファーに負けないくらいの魔力を放出させる。
「そうね。貴女なら殺りやすい!」
カルシファーはそう言って右手に刃物を生成する。
あれは確か……
間違いない。エリックを殺した治癒が出来ない武器。
「切られたら終わりってわけね」
今の私には接近戦用の魔法は無い。さらに言えば、体はズタボロでそうそう激しく動くことは出来ない。
「行くわよ! アレシア!」
カルシファーはそう叫ぶと、私と同じタイミングで魔法を展開する。
「命よ、木々の果てよ、あの者に串刺しの刑を!」
「追憶魔法、我の周囲に追憶を、対象者の時を戻せ!」
カルシファーの魔法により私の足元から鋭い木が生えて、私を串刺しにしようと伸びてくるが、私はそれを飛んで躱す。
一方、私も追憶魔法でカルシファーがいた地点の時間を戻したが、一度見られているためか、彼女も難なく躱してしまう。
「それは見切ってるわ!」
カルシファーは右手の刃物を構えて、私に踊りかかる。
その間も地面から木々は生え続け、私を串刺しにしようと迫る!
私は無詠唱で追憶を細かく飛ばすが、それらを全て躱して私の懐に潜り込んでくる!
なんとか躱し続けているが、体がいう事を聞かず、次第に躱しきれなくなってきた。
「もらった!」
カルシファーの勝利宣言は、その直後に響き渡る彼女自身の悲鳴でかき消された。
「うっ!!!」
カルシファーは床に転がり、消え去った右腕を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
「一体……何をした?」
私は騒ぐカルシファーから距離を取り、一度深呼吸をした。
「気がつかなかった? 貴方が知らないだけで、私の周囲にはずっと設置型の追憶が回っていたのよ」
「嘘よ! 無詠唱で飛ばした追憶は全部躱したし、そんな設置型を発動するタイミングなんて……」
カルシファーは、自身のねじ切られた右腕を庇いながら喚く。
「最初よ最初。ちゃんと聞かなくちゃ。我の周囲に追憶をって言ってたでしょう?」
おそらく彼女と私の詠唱が重なったせいで、こっちの詠唱の中身が聞こえなかったのだろう。
しかも私の詠唱で、彼女のいた空間が抉れていたのだから、あの現象が魔法の効果の全てだと思っても仕方がない。
「もう終わりよカルシファー。万が一にも貴女に勝ち目はない。冠位の悪魔の中でも、最弱な貴女には負けない」
私は自身の推測をぶつける。
カルシファーの顔が、苦痛とは違った意味で歪んだ。
「異界には五つの町があり、五体の冠位の悪魔がそれを支配していると聞いたわ。その時思ったの。そもそもこの町、エムレオスの支配者はレシファー。だから当然レシファーは、冠位の悪魔。でもそれじゃあ数が合わない。五つの街に六体の冠位の悪魔になってしまう」
そこで気づいたのだ。
カルシファーは、レシファーがあちらの世界に行ってから冠位の悪魔になった。六体目の冠位の悪魔。所詮はレシファーの代わり。代理……だから当然実力も冠位の悪魔の中では一番低いだろうと。
「カルシファー。貴女はレシファーの穴埋め」
「うるさい!」
カルシファーは、怒りを露わにして木の槍を無数に飛ばすが、それらは全て私の追憶魔法に飲まれて消えていく。
「無駄よ」
「クソ!」
カルシファーは悪態をついて俯く。
「レシファー。悪いけど彼女を殺すわ。それが門番との契約だから」
私の言葉にレシファーは神妙な顔で静かに頷いた。
「さようならカルシファー。これが私達魔女の復讐よ」
私は最後の別れをカルシファーに告げる。
残酷に、冷徹に。
この空間に広がる風が一層強く吹き荒れる。
「レ、シファー……」
カルシファーは床に転がったまま、残った左腕をレシファーに向けて伸ばす。
彼女は後悔と惜別の表情を浮かべ、涙を流し始めた。
少し躊躇したけれど、もう後には戻れない。
やってしまったことは消えない。
当然、私の復讐もここで終らせることなど出来やしない。
「追憶魔法、対象者の時を戻せ!」
私の詠唱が終了すると同時に魔法が発動し、容赦なくカルシファーを消滅させた。
「ハァハァ……」
私はカルシファーを消滅させると、その場に蹲る。
正直体は限界だった。
しばらくは動けそうにない。
「アレシア様!」
「アレシア!」
すぐに私のもとに駆け寄ってきたレシファーは、私の体をしゃがんで支える。
階段の窪みに隠れていたポックリも、急いで駆け寄ってくる。
二人ともなんて顔してるのよ。死んじゃいないわよ。
「流石にもう動けそうにないわ……」
私は体を支えてくれているレシファーに、珍しく弱音を吐く。
いくら魔力の消耗は無いと言っても、体のダメージは蓄積される。
「大丈夫です。ここにはもう敵はいません。ここは私の町ですから!」
レシファーは気丈そうに振舞う。
ここは彼女の好意に甘えよう。
「ここの下のフロアに部屋があるので、そこで休みましょう」
そう言ってレシファーは、私をお姫様抱っこで抱え上げ、階段を降りていく。
「ちょっと恥ずかしいんだけど……」
「何を今さら恥ずかしがっているんですか? ここには私と狸しかいませんよ?」
そう茶化してレシファーは、ゆっくりと階段を下っていく。途中、ポックリが狸扱いされたことにブーブー言っていたが、レシファーは気にせず部屋に向って進んでいく。
「これからのことは、部屋で話しましょう」
レシファーは静かにそう言った。