エムレオス 3
「その声はまさか……ポックリ!?」
私はあまりにも懐かしい声に驚く。
「ああそうだよ。アレシア」
ポックリは私の声掛けに応じて、茂みの中から姿をあらわした。
その姿は、あちらの世界で殺される直前と同じ姿、いつもの見慣れたポックリの姿だった。
「良かった……会えて良かった!」
ずっと考えていた。レシファーは冠位の悪魔という立場もあって、門番からの情報や、異界に来てからもピックルたちから居場所を聞いたりと、足跡を辿ることが出来た。
だけどポックリは違う。そうじゃない。
彼は冠位の悪魔どころか、上級ではない。下級に分類される悪魔だ。そんな彼の足跡など誰も知らず、追いようもなかった。
だからこうして会えたことが奇跡だと思えた。
私には彼を探し出す術が無かったのだから。
「でもどうしてここに?」
そこだけは謎だ。
ポックリと私は契約していたわけではない。
レシファーを介しての仮契約。それもレシファーとポックリが殺されたことで、解除されている。それに一緒にいた時間も長くない。
契約が解除されていても、ある程度同じ時間を共有していれば、契約していた悪魔と魔女のあいだには絆が生まれる。
その絆が具体的に何かしてくれるわけではないが、いざという時には、その絆が運命を左右すると思っている。
奇跡……とは違うのかな? それでも魔法という奇跡を体現する者として、そういう絆は大事にしていきたい。
そしてその絆は、私とポックリに至ってはまだ構築段階だったはずだ。
だからこうやって自然に出会えることは無いと思っていた。
「簡単だ。俺が必死にお前を探してたんだよ! 悪魔の復讐計画を知ったのは、俺が異界に送られてからだ。そしてレシファー様から、俺宛のメッセージが届いた」
そう言ってポックリは、彼の体程の大きさの葉っぱを広げる。
おそらく彼女が幽閉される直前に、魔法で届けたのだろう。
普通の葉っぱに擬態させて届ける、彼女の情報伝達手段の一つだ。
そこには懐かしいレシファーの字体で、ポックリに対しての指示が書かれていた。
「正直俺はアレシアも殺されると思っていた。だけどレシファー様は違った。アレシアの本当の力を知っていたから、キテラに負けるはずがないと踏んでた。そして、例の計画を阻止するため、なにより俺とレシファー様を連れ帰るために、アレシアが異界に乗り込んでくると信じていた!」
ポックリは可愛い狸顔を涙で濡らしている。
「そう……流石ねレシファー」
この可愛い狸の言動から察するに、手紙には例の計画のこと、私がキテラに打ち勝ち異界に乗り込んでくること、そしてそんな私を探すように書かれていたのだろう。
本当にレシファーにはかなわない。
実の姉に殺されてショックも大きかったでしょうに、それでも大局を見通す力と、先を読む力、そして幽閉されていても確実に私を先導してくれるところ……やっぱり彼女は私の尊敬するレシファーだ。
「でも良く見つけたわね私を」
そうなのだ。この広い異界で、ただ闇雲に探したってそうそう見つかるものではない。普通は出会えない。
「町に張り紙がしてあったのさ」
ポックリはニヤニヤしながら答える。
「何を笑ってるのよ、気持ち悪いわね」
「ああ失敬失敬。おかしくて」
ポックリは、わざとらしく顔を横に振って弁明した。
「それで……ポックリが思わずニヤニヤしちゃった張り紙ってなんなのよ」
私は答えを催促する。
正直答えはほとんど想像できているが、こういうのは本人の口から聞きたい。
「打倒! 悪魔を殺し歩く非道の魔女アレシア」
ポックリはどこの誰だか分からない、張り紙をした悪魔の声マネで答える。
「それが張り紙の内容ってわけね」
どことなく否定しきれないのが悔しいが、逆切れもいいところね。
おかげさまで、どうしてあれだけの数の悪魔が集まっていたのかが理解できた。
つまりポックリが見たという張り紙が、異界のいろんな町に貼ってあって、それを見た有志の集まりがさっきの悪魔の軍勢というわけだ。
おまけに異界では消滅しないと思っているから、あちらの世界で私に殺された悪魔達にとっては、復讐にうってつけだった。
「それを見つけた俺は、こうして巻き込まれないように隠れてたんだ」
ポックリは得意顔で腕を組む。
「何はともあれ会えて良かった、私はこれからレシファーを救出に行くわ。ポックリは隠れてて……」
「いや、俺も行く!」
ポックリは私の言葉を遮って、ついてくると主張し始めた。ピックルたちだけでなく、ポックリにまで慕われるって……レシファーらしいわね。
「ダメよ。異界で死んだ悪魔は消滅する。しばらくしたら戻ってこれるというのは間違いなの」
私はポックリの誤解を解く。
ピックル同様に、ポックリは強くない。戦いになれば殺されてしまう。ポックリもピックル同様、戻ってこられると思っているから、軽々しくついていくなどと口にする。
「分かってるよ」
ポックリは静かに呟く。
「そんなのは分かっている。レシファー様からの手紙にも書いてあった! 悪魔は異界で死ねば完全に消滅する。だから、絶対私を助けようとはしないで……そう書いてあった」
そこら辺まで考えてるあたりは、本当にレシファーらしい。
「でもだったら手紙に従って、大人しく待ってなさい! 私が必ず助け出すから! 死んだら終わりなのよ?」
「それは、アレシアだって同じだろ?」
ポックリの指摘に、私は息が止まる。
そう……貴方もピックルと同じことを言うのね。ピックルもポックリもレシファーも、本当にあなたたちは悪魔なの? 魔女である私の身を案じている場合じゃないでしょうに。
「それはそうね。だけど」
「行くったら行く! 俺はエムレオス出身だ! 町の構造も、幽閉されている場所も知っている。アレシアは知らないだろ? 一人でどうやってレシファー様のところに辿り着くつもりだ?」
ポックリの正論にぐうの音も出なかった。
実際、私には当然ながら土地勘はない。
初めての世界に、初めての土地、周囲は悪魔だらけ。あちらの世界の常識やルールが通用しない場所。
「確かに私一人では、レシファーのもとに辿り着くのに時間がかかる。それでも……」
「大丈夫、大丈夫! 案内だけしてあとは隠れてるから」
ポックリは私の心配を取り除くように、話を持っていく。
口がうまい狸だ。
「ああもう分かったわ! 良いわよ、ついてきなさい。ただし、戦闘になったら絶対に隠れてて。どんな状況になってもよ」
「わかったよ」
ポックリは軽い返事をする。
分かってないわね、この狸……
「良い? 私が殺されそうになっても、絶対に出てきてはダメよ? 私が殺されてしまったら、貴方は静かにその場を去りなさい」
「うっ……わっわかったよ!」
ポックリは頭を抱えながら渋々同意した。
半ば強制的に同意させたけれど、そうじゃなければ、私は絶対にポックリを連れて行きはしない。
「分かったなら結構よ。行きましょう」
私はポックリを置いて歩き出した。
「どうしたの? 案内するんでしょう?」
後ろを振り返り、未だに頭を抱えているポックリに声をかける。
「するよ! するから、簡単に死ぬとか言わないでよ」
ポックリは半泣き状態で、私に追いついた。
「勿論殺されてやる気なんて微塵もないわ。ただの可能性よ。だけどさっきの約束は絶対に守りなさい」
私はそう強い口調で釘をさしておく。
ここまで言っておかないといけない。
あちらの世界でのポックリの死に様が、私の脳裏をよぎる。
あの時だって隠れていれば良かったのに、私とエリックを庇ってキテラの前に飛び出してきた。
弱いくせに……弱いのだから、私の後ろにいれば良いのよ。
そうすれば私は、何も失わずに済む。
もう誰かを失うのだけは嫌よ……
私はあまりにも懐かしい声に驚く。
「ああそうだよ。アレシア」
ポックリは私の声掛けに応じて、茂みの中から姿をあらわした。
その姿は、あちらの世界で殺される直前と同じ姿、いつもの見慣れたポックリの姿だった。
「良かった……会えて良かった!」
ずっと考えていた。レシファーは冠位の悪魔という立場もあって、門番からの情報や、異界に来てからもピックルたちから居場所を聞いたりと、足跡を辿ることが出来た。
だけどポックリは違う。そうじゃない。
彼は冠位の悪魔どころか、上級ではない。下級に分類される悪魔だ。そんな彼の足跡など誰も知らず、追いようもなかった。
だからこうして会えたことが奇跡だと思えた。
私には彼を探し出す術が無かったのだから。
「でもどうしてここに?」
そこだけは謎だ。
ポックリと私は契約していたわけではない。
レシファーを介しての仮契約。それもレシファーとポックリが殺されたことで、解除されている。それに一緒にいた時間も長くない。
契約が解除されていても、ある程度同じ時間を共有していれば、契約していた悪魔と魔女のあいだには絆が生まれる。
その絆が具体的に何かしてくれるわけではないが、いざという時には、その絆が運命を左右すると思っている。
奇跡……とは違うのかな? それでも魔法という奇跡を体現する者として、そういう絆は大事にしていきたい。
そしてその絆は、私とポックリに至ってはまだ構築段階だったはずだ。
だからこうやって自然に出会えることは無いと思っていた。
「簡単だ。俺が必死にお前を探してたんだよ! 悪魔の復讐計画を知ったのは、俺が異界に送られてからだ。そしてレシファー様から、俺宛のメッセージが届いた」
そう言ってポックリは、彼の体程の大きさの葉っぱを広げる。
おそらく彼女が幽閉される直前に、魔法で届けたのだろう。
普通の葉っぱに擬態させて届ける、彼女の情報伝達手段の一つだ。
そこには懐かしいレシファーの字体で、ポックリに対しての指示が書かれていた。
「正直俺はアレシアも殺されると思っていた。だけどレシファー様は違った。アレシアの本当の力を知っていたから、キテラに負けるはずがないと踏んでた。そして、例の計画を阻止するため、なにより俺とレシファー様を連れ帰るために、アレシアが異界に乗り込んでくると信じていた!」
ポックリは可愛い狸顔を涙で濡らしている。
「そう……流石ねレシファー」
この可愛い狸の言動から察するに、手紙には例の計画のこと、私がキテラに打ち勝ち異界に乗り込んでくること、そしてそんな私を探すように書かれていたのだろう。
本当にレシファーにはかなわない。
実の姉に殺されてショックも大きかったでしょうに、それでも大局を見通す力と、先を読む力、そして幽閉されていても確実に私を先導してくれるところ……やっぱり彼女は私の尊敬するレシファーだ。
「でも良く見つけたわね私を」
そうなのだ。この広い異界で、ただ闇雲に探したってそうそう見つかるものではない。普通は出会えない。
「町に張り紙がしてあったのさ」
ポックリはニヤニヤしながら答える。
「何を笑ってるのよ、気持ち悪いわね」
「ああ失敬失敬。おかしくて」
ポックリは、わざとらしく顔を横に振って弁明した。
「それで……ポックリが思わずニヤニヤしちゃった張り紙ってなんなのよ」
私は答えを催促する。
正直答えはほとんど想像できているが、こういうのは本人の口から聞きたい。
「打倒! 悪魔を殺し歩く非道の魔女アレシア」
ポックリはどこの誰だか分からない、張り紙をした悪魔の声マネで答える。
「それが張り紙の内容ってわけね」
どことなく否定しきれないのが悔しいが、逆切れもいいところね。
おかげさまで、どうしてあれだけの数の悪魔が集まっていたのかが理解できた。
つまりポックリが見たという張り紙が、異界のいろんな町に貼ってあって、それを見た有志の集まりがさっきの悪魔の軍勢というわけだ。
おまけに異界では消滅しないと思っているから、あちらの世界で私に殺された悪魔達にとっては、復讐にうってつけだった。
「それを見つけた俺は、こうして巻き込まれないように隠れてたんだ」
ポックリは得意顔で腕を組む。
「何はともあれ会えて良かった、私はこれからレシファーを救出に行くわ。ポックリは隠れてて……」
「いや、俺も行く!」
ポックリは私の言葉を遮って、ついてくると主張し始めた。ピックルたちだけでなく、ポックリにまで慕われるって……レシファーらしいわね。
「ダメよ。異界で死んだ悪魔は消滅する。しばらくしたら戻ってこれるというのは間違いなの」
私はポックリの誤解を解く。
ピックル同様に、ポックリは強くない。戦いになれば殺されてしまう。ポックリもピックル同様、戻ってこられると思っているから、軽々しくついていくなどと口にする。
「分かってるよ」
ポックリは静かに呟く。
「そんなのは分かっている。レシファー様からの手紙にも書いてあった! 悪魔は異界で死ねば完全に消滅する。だから、絶対私を助けようとはしないで……そう書いてあった」
そこら辺まで考えてるあたりは、本当にレシファーらしい。
「でもだったら手紙に従って、大人しく待ってなさい! 私が必ず助け出すから! 死んだら終わりなのよ?」
「それは、アレシアだって同じだろ?」
ポックリの指摘に、私は息が止まる。
そう……貴方もピックルと同じことを言うのね。ピックルもポックリもレシファーも、本当にあなたたちは悪魔なの? 魔女である私の身を案じている場合じゃないでしょうに。
「それはそうね。だけど」
「行くったら行く! 俺はエムレオス出身だ! 町の構造も、幽閉されている場所も知っている。アレシアは知らないだろ? 一人でどうやってレシファー様のところに辿り着くつもりだ?」
ポックリの正論にぐうの音も出なかった。
実際、私には当然ながら土地勘はない。
初めての世界に、初めての土地、周囲は悪魔だらけ。あちらの世界の常識やルールが通用しない場所。
「確かに私一人では、レシファーのもとに辿り着くのに時間がかかる。それでも……」
「大丈夫、大丈夫! 案内だけしてあとは隠れてるから」
ポックリは私の心配を取り除くように、話を持っていく。
口がうまい狸だ。
「ああもう分かったわ! 良いわよ、ついてきなさい。ただし、戦闘になったら絶対に隠れてて。どんな状況になってもよ」
「わかったよ」
ポックリは軽い返事をする。
分かってないわね、この狸……
「良い? 私が殺されそうになっても、絶対に出てきてはダメよ? 私が殺されてしまったら、貴方は静かにその場を去りなさい」
「うっ……わっわかったよ!」
ポックリは頭を抱えながら渋々同意した。
半ば強制的に同意させたけれど、そうじゃなければ、私は絶対にポックリを連れて行きはしない。
「分かったなら結構よ。行きましょう」
私はポックリを置いて歩き出した。
「どうしたの? 案内するんでしょう?」
後ろを振り返り、未だに頭を抱えているポックリに声をかける。
「するよ! するから、簡単に死ぬとか言わないでよ」
ポックリは半泣き状態で、私に追いついた。
「勿論殺されてやる気なんて微塵もないわ。ただの可能性よ。だけどさっきの約束は絶対に守りなさい」
私はそう強い口調で釘をさしておく。
ここまで言っておかないといけない。
あちらの世界でのポックリの死に様が、私の脳裏をよぎる。
あの時だって隠れていれば良かったのに、私とエリックを庇ってキテラの前に飛び出してきた。
弱いくせに……弱いのだから、私の後ろにいれば良いのよ。
そうすれば私は、何も失わずに済む。
もう誰かを失うのだけは嫌よ……