異界の反逆者 2
「はい。それでは……」
「ちょっと待って。あなたの名前は?」
私は、いきなり話し始めようとする豚顔の悪魔に名前をたずねる。
流石に豚顔の悪魔だなんて呼べはしない。
「ああ失敬。おいらはピックルと申します。以後、お見知りおきを」
ピックルはわざわざ椅子から降りて、一礼する。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫よ?」
あんまり恭しい扱いをされるとやりにくい。
特にピックル達に対して何かをするつもりはないが、一応これでも大量の悪魔を殺してきた身だし、これからも殺す。そんな私に、悪魔であるピックルがかしこまる必要なんてない。
「いえいえとんでもない! レシファー様が契約なさっていた魔女様ともなれば、それだけで畏怖の対象なのです!」
ピックルは力強く説明する。
そんなものなのかしら?
この異界におけるレシファーの立ち位置がいまいち見えない。
「それって、レシファーが冠位の悪魔だから?」
「そうではございません。勿論、多少はそういった面もございますが、おいらたちにとって、レシファー様は尊敬に値する唯一の方です」
ピックルの言葉に少々驚く。
勿論レシファーの人格を理解しているから、尊敬されていると聞かされても、そこに驚きはしない。しないが、悪魔の中で他の冠位の悪魔は尊敬に値しないのだろうか?
「今の異界の情勢を申し上げますと、あちらの世界の異界化には、ほとんどの悪魔達は賛成派にまわっています。そのため、異界化に反対の悪魔達は声を出せない状態です。異界は自由では無いのです。残念ながらこれが現実です」
そう悔しそうにピックルは口にした。
彼の言う、あちらの世界というのは、私達魔女が逃げ込んだ結界。キテラの遺産のことだ。あの世界を異界化してから、賛成派の悪魔達は人間の世界に手を出すつもりだろう。
そしてピックルの今の口ぶり的に、私をここまで連れて来た彼らは、少数派。つまり異界化反対派なのだ。
でもどうして?
「逆に聞きたいのだけれど、どうしてピックル達は反対なの? カルシファーが悪魔の復讐と言っていたわ。貴方達にも、魔女に対する恨みとかはあるんじゃないの?」
シンプルに疑問だった。
異界化は、悪魔達にとってなんのデメリットもない。
さらに魔女に復讐も果せ、彼らにとっては万々歳なはずだ。
「魔女に対する恨み? そんなものを持っているのは、上級のさらに一部の悪魔達だけですよ。おいらたちのような弱小悪魔は、魔女の方々に契約してもらって、はじめて元の姿で人間界に存在できるのですから……感謝こそあれ、恨みなんてとんでもない!」
そうピックルは力強く宣言した。
そうか。上級の悪魔達は、自分たちだけでもある程度人間界に干渉出来るから、魔女との契約に不満を持ってしまうのか……弱小悪魔の場合は、人間界で本領発揮どころか、魔女と契約しないと本来の姿さえ維持できないのだ。
もしかしたらポックリもそうだったのかもしれない。
クローデッドが死んだ後もあの姿のままだったのは、私と仮契約したのもあるのだろうけど、どちらかといえば結界がすでに異界化し始めていたからなのだろう。
「それで、貴方達は私をここに連れてきてどうしようと思っているの?」
私は率直に疑問をぶつけた。
もう警戒はしていないが、彼らの目的は知っておくべきだ。
「はい。おいらたちには力が無いため、大それた事は出来ません。なので異界化には反対ですが、それをどうこうする事は出来ない。ですが、なんとかレシファー様だけは救って頂きたい! お願いします! 彼女の幸せが、おいらたちにとって救いなのです!」
そう言ってピックルは頭を深々と下げる。
「ちょ、ちょっと待って! レシファーを救うのは賛成よ。そのために来たようなものだし。ただ私には土地勘も無いし、実際レシファーがどこにいるのかも分かってないの」
レシファーが門番に話したのは、私を援助するようにというだけで、異界に戻された後の居場所については、なんの情報もないのだ。
「それでしたらお任せ下さい。おいらたちは、というよりこの異界の悪魔は、レシファー様の幽閉先を知っています」
うん? 幽閉? どういうこと?
「なんでレシファーが幽閉されているのよ!」
そうピックルに詰め寄りながら、私はなんとなく理由を察していた。
だけど信じたくなかった。だから別の答えが聞きたくて、私はピックルを問い詰めたのだ。
「……ご本人を前にして言い難いのですが、アレシア様と契約していたからです」
ああ……やっぱり。
「どうして私との契約で、幽閉されなくちゃならないの?」
私は白々しくも聞き返す。
分かっていても聞き返す。
「知れたこと。アザゼルとカルシファーが先陣を切って進めている、魔女への復讐、異界化計画。それらを妨害し続けたからです。勿論レシファー様は、計画の事は知りませんでした。レシファー様があちらの世界に向かわれたのは、三〇〇年以上も昔。その時はまだ、計画といえるようなものは何もありませんでした。しかし……」
ピックルは一度深呼吸をし、真っすぐな瞳で私を見据える。
「それでもレシファー様は、悪魔達の中で魔女への復讐心が育っていっていることは感じておりました。そんな状況下でアレシア様と対価の無い、異例の契約をなされた。それだけでも十分、悪魔達の反感を買っていたなかでの、魔女狩りのスタート。つまり計画の開始、そんな中でもレシファー様は、貴女を保護し続けた。庇い続けた」
ピックルは話ながら悔し涙を浮かべる。
「そして先日のカルシファーとの殺し合い。殺されて異界に戻されたのはレシファーだったけれど、その行動が、反逆者として幽閉される決定打になったと……そういうわけね?」
私はピックルの言葉を引き継いで、自分自身で分かっていた理由を口にした。
分かってはいたのだ。
全部私のせい。
私が悪い。
レシファーは優しいから、悪魔達の計画の事を知っていようと、おそらく私の味方だっただろう。
信じたくなかったけれど、やはり理由はこれだった。
結局私と関わった相手は、必ず不幸になっている。
悪魔以上の疫病神ね。
「しかし、そのことでアレシア様が気に病む必要はございません!」
ピックルの一言で、私の思考は停止した。
「アレシア様と契約し、悪魔達の計画の事を知らないままとはいえ妨害し、貴女を守り続けたのは、他ならぬレシファー様の意思です。アレシア様がそれに対して、後悔の念を抱くというのは、レシファー様の決断に対して失礼だと、おいらは思います!」
まさかここにきて、ピックルに正論を通されるとは思ってもみなかった。
冷静に客観的に見れば、そうなのだろう。
でも、中々割り切れるものではない。
自身の存在のせいで不幸になる人を見続けたら、その意見は口にできない。言えやしない。
正論がいつも正しいとは限らない。
「……ありがとう」
そう頭の中でいくら屁理屈を並べても、口から出た言葉は、シンプルなお礼の一言だった。
ありがとう。
そうだった。
私の味方してくれたり、側にいてくれた決して多くはない人達……そんな彼女らに私が言うべき言葉は、ごめんなさいじゃなく、ましてや後悔の言葉などではない。
言うべき言葉はありがとう。
こんな私の側にいてくれて、庇ってくれて、味方してくれて、好きでいてくれて。
本当にありがとう。
「そんな泣きながらお礼を言われると、おいらは困ってしまいます」
ピックルの指摘通り、私は泣いていた。
最近涙が出やすくなったと思う。
周りに誰もいなくなって、不安定になっているのかもしれない。
やっぱり私は弱い魔女。
追憶の魔女と恐れられても、所詮は一人では何もできない、ちっぽけな魔女なのだ。
「ちょっと待って。あなたの名前は?」
私は、いきなり話し始めようとする豚顔の悪魔に名前をたずねる。
流石に豚顔の悪魔だなんて呼べはしない。
「ああ失敬。おいらはピックルと申します。以後、お見知りおきを」
ピックルはわざわざ椅子から降りて、一礼する。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫よ?」
あんまり恭しい扱いをされるとやりにくい。
特にピックル達に対して何かをするつもりはないが、一応これでも大量の悪魔を殺してきた身だし、これからも殺す。そんな私に、悪魔であるピックルがかしこまる必要なんてない。
「いえいえとんでもない! レシファー様が契約なさっていた魔女様ともなれば、それだけで畏怖の対象なのです!」
ピックルは力強く説明する。
そんなものなのかしら?
この異界におけるレシファーの立ち位置がいまいち見えない。
「それって、レシファーが冠位の悪魔だから?」
「そうではございません。勿論、多少はそういった面もございますが、おいらたちにとって、レシファー様は尊敬に値する唯一の方です」
ピックルの言葉に少々驚く。
勿論レシファーの人格を理解しているから、尊敬されていると聞かされても、そこに驚きはしない。しないが、悪魔の中で他の冠位の悪魔は尊敬に値しないのだろうか?
「今の異界の情勢を申し上げますと、あちらの世界の異界化には、ほとんどの悪魔達は賛成派にまわっています。そのため、異界化に反対の悪魔達は声を出せない状態です。異界は自由では無いのです。残念ながらこれが現実です」
そう悔しそうにピックルは口にした。
彼の言う、あちらの世界というのは、私達魔女が逃げ込んだ結界。キテラの遺産のことだ。あの世界を異界化してから、賛成派の悪魔達は人間の世界に手を出すつもりだろう。
そしてピックルの今の口ぶり的に、私をここまで連れて来た彼らは、少数派。つまり異界化反対派なのだ。
でもどうして?
「逆に聞きたいのだけれど、どうしてピックル達は反対なの? カルシファーが悪魔の復讐と言っていたわ。貴方達にも、魔女に対する恨みとかはあるんじゃないの?」
シンプルに疑問だった。
異界化は、悪魔達にとってなんのデメリットもない。
さらに魔女に復讐も果せ、彼らにとっては万々歳なはずだ。
「魔女に対する恨み? そんなものを持っているのは、上級のさらに一部の悪魔達だけですよ。おいらたちのような弱小悪魔は、魔女の方々に契約してもらって、はじめて元の姿で人間界に存在できるのですから……感謝こそあれ、恨みなんてとんでもない!」
そうピックルは力強く宣言した。
そうか。上級の悪魔達は、自分たちだけでもある程度人間界に干渉出来るから、魔女との契約に不満を持ってしまうのか……弱小悪魔の場合は、人間界で本領発揮どころか、魔女と契約しないと本来の姿さえ維持できないのだ。
もしかしたらポックリもそうだったのかもしれない。
クローデッドが死んだ後もあの姿のままだったのは、私と仮契約したのもあるのだろうけど、どちらかといえば結界がすでに異界化し始めていたからなのだろう。
「それで、貴方達は私をここに連れてきてどうしようと思っているの?」
私は率直に疑問をぶつけた。
もう警戒はしていないが、彼らの目的は知っておくべきだ。
「はい。おいらたちには力が無いため、大それた事は出来ません。なので異界化には反対ですが、それをどうこうする事は出来ない。ですが、なんとかレシファー様だけは救って頂きたい! お願いします! 彼女の幸せが、おいらたちにとって救いなのです!」
そう言ってピックルは頭を深々と下げる。
「ちょ、ちょっと待って! レシファーを救うのは賛成よ。そのために来たようなものだし。ただ私には土地勘も無いし、実際レシファーがどこにいるのかも分かってないの」
レシファーが門番に話したのは、私を援助するようにというだけで、異界に戻された後の居場所については、なんの情報もないのだ。
「それでしたらお任せ下さい。おいらたちは、というよりこの異界の悪魔は、レシファー様の幽閉先を知っています」
うん? 幽閉? どういうこと?
「なんでレシファーが幽閉されているのよ!」
そうピックルに詰め寄りながら、私はなんとなく理由を察していた。
だけど信じたくなかった。だから別の答えが聞きたくて、私はピックルを問い詰めたのだ。
「……ご本人を前にして言い難いのですが、アレシア様と契約していたからです」
ああ……やっぱり。
「どうして私との契約で、幽閉されなくちゃならないの?」
私は白々しくも聞き返す。
分かっていても聞き返す。
「知れたこと。アザゼルとカルシファーが先陣を切って進めている、魔女への復讐、異界化計画。それらを妨害し続けたからです。勿論レシファー様は、計画の事は知りませんでした。レシファー様があちらの世界に向かわれたのは、三〇〇年以上も昔。その時はまだ、計画といえるようなものは何もありませんでした。しかし……」
ピックルは一度深呼吸をし、真っすぐな瞳で私を見据える。
「それでもレシファー様は、悪魔達の中で魔女への復讐心が育っていっていることは感じておりました。そんな状況下でアレシア様と対価の無い、異例の契約をなされた。それだけでも十分、悪魔達の反感を買っていたなかでの、魔女狩りのスタート。つまり計画の開始、そんな中でもレシファー様は、貴女を保護し続けた。庇い続けた」
ピックルは話ながら悔し涙を浮かべる。
「そして先日のカルシファーとの殺し合い。殺されて異界に戻されたのはレシファーだったけれど、その行動が、反逆者として幽閉される決定打になったと……そういうわけね?」
私はピックルの言葉を引き継いで、自分自身で分かっていた理由を口にした。
分かってはいたのだ。
全部私のせい。
私が悪い。
レシファーは優しいから、悪魔達の計画の事を知っていようと、おそらく私の味方だっただろう。
信じたくなかったけれど、やはり理由はこれだった。
結局私と関わった相手は、必ず不幸になっている。
悪魔以上の疫病神ね。
「しかし、そのことでアレシア様が気に病む必要はございません!」
ピックルの一言で、私の思考は停止した。
「アレシア様と契約し、悪魔達の計画の事を知らないままとはいえ妨害し、貴女を守り続けたのは、他ならぬレシファー様の意思です。アレシア様がそれに対して、後悔の念を抱くというのは、レシファー様の決断に対して失礼だと、おいらは思います!」
まさかここにきて、ピックルに正論を通されるとは思ってもみなかった。
冷静に客観的に見れば、そうなのだろう。
でも、中々割り切れるものではない。
自身の存在のせいで不幸になる人を見続けたら、その意見は口にできない。言えやしない。
正論がいつも正しいとは限らない。
「……ありがとう」
そう頭の中でいくら屁理屈を並べても、口から出た言葉は、シンプルなお礼の一言だった。
ありがとう。
そうだった。
私の味方してくれたり、側にいてくれた決して多くはない人達……そんな彼女らに私が言うべき言葉は、ごめんなさいじゃなく、ましてや後悔の言葉などではない。
言うべき言葉はありがとう。
こんな私の側にいてくれて、庇ってくれて、味方してくれて、好きでいてくれて。
本当にありがとう。
「そんな泣きながらお礼を言われると、おいらは困ってしまいます」
ピックルの指摘通り、私は泣いていた。
最近涙が出やすくなったと思う。
周りに誰もいなくなって、不安定になっているのかもしれない。
やっぱり私は弱い魔女。
追憶の魔女と恐れられても、所詮は一人では何もできない、ちっぽけな魔女なのだ。