悪魔のちょっかい 3
「アレシア様! エリック!」
ホッとした私の耳にレシファーの声が入ってくる。
読み通りにことが運んで気を抜いたのが良くなかった。
ミノタウロスはまだ絶命しておらず、最後の力を振り絞って斧をエリックに叩きつける。
「エリック!」
さすがに魔法も何もかもが間に合わない!
ミノタウロスが凄まじい勢いで振り下ろした斧は、激しい金属音を響かせ、エリックが前方に突き出した盾にぶつかる。
「え!?」
驚きの声がエリックからあがる。
見事にエリックの盾は、ミノタウロスの強力な斧の一撃を弾いたように見えた。
確かに弾いた。
エリックは無事だ。
そして斧を弾かれたミノタウロスは、それが最後の力だったのだろう。
そのまま再び崩れ落ち、動かなくなった。
「エリック! 大丈夫なの?」
私はエリックの肩を揺さぶる。
一瞬肝が冷えた。
今度こそ彼を失うかと体が震えた。
しかし無事だった。エリックの盾は冠位の悪魔が相手でもちゃんと役目を全うできたのだ。
「う、うん。僕は大丈夫だけど……盾が」
彼の驚いた声の原因はこれだった。
エリックの盾にはひびが入り、徐々にひび割れが広がっていき、朽ちていく。
彼自身が信じていたのだ。
この盾は、どんなものでも弾ける魔法の盾だと。
これで自分も皆の役に立つと……
エリックがそう思うのも当然だ。
私とレシファーもそう考えていた。この盾はなんでも受けれると。
だからこそのミノタウロスと戦う時のあの布陣だ。
盾の性能に不安が残るなら、エリックを隠しておくだろう。
そんな全幅の信頼をおいていた盾が、なくなってしまった。
エリックの唯一にして最後の魔法は、悪魔の一撃によって砕け散った。
龍の攻撃を防いだこの盾も、冠位の悪魔の最後となる必死の一撃には敵わなかったのだ。
「どうしよう……」
エリックは途方にくれていた。
「せっかく二人の役に立てると思っていたのに!」
エリックは静かに泣き出す。
彼は何か大事なものを失ったような、そんな表情だった。
「エリック……」
私はエリックになんと声をかければ良いのか迷っていた。
気にしないでというのも無理な話だし、大丈夫もなにか違う。
「エリック」
そんな迷っている私に変わって、レシファーがエリックに声をかける。
「盾を失ったのは事実、そして戦闘面において私たちの役に立たなくなったのも事実」
「ちょっとレシファー!」
レシファーはただ淡々と真実を告げる。
「だけどエリックが役に立たなくなっただけではありません。確かに戦闘においては役に立たないかも知れません。しかし、逆に言えばそれぐらいしかエリックが役に立たない面など無いのです。戦闘は私たちに、それ以外は貴方を頼りますよ? エリック」
エリックは黙って頷く。
涙も止んでいる。
レシファーが言葉巧みに誰かを励ますなんて意外だった。
「ありがとうレシファー」
エリックはお礼を言った後、少し考え、何かを思い出したように口を開く。
「ねえレシファー、レシファーが寝ている時に「境界を越えてやって来る、破滅がやってくる」って言ってたんだけど、どういう意味?」
「それ、私も気になるのよね……レシファーは何か分かる?」
私もエリックにならってレシファーに問いかける。
「寝言ですか? 私が? エリックが聞いた寝言の意味は分かりませんが、悪魔である私の寝言となると、まったく意味がないとは言い切れません」
レシファーは真剣な面持ちで私を見る。
彼女は嘘を言っていない。
というより、彼女が嘘をついたことなど今まであったかしら?
「「境界を越えてやって来る、破滅がやってくる」ってもしかしてさっきの悪魔のことかしら? 一応境界を越えて来てはいたわよね? アイツ……」
私の脳裏には、さっきまで魔剣に匹敵する斧をぶん回していたミノタウロスが浮かぶ。
「確かに境界を越えての部分は合ってますが、破滅という程では無いんですよね」
レシファーのいう通りだ。
確かにあれはレシファーと同じ冠位の悪魔だった。確かに強かったし、二人が来なければどうなっていたか分からない相手だった。
しかし、破滅がやってくるという程かと問われると微妙だ。
「ねえレシファー? 私はそこまで悪魔に詳しく無いのだけど、私が知らないだけで、悪魔が異界からこっちの世界に簡単に出入り出来るものなの?」
「いえ、普通はありえません。もちろん例外はあります。ある方法を使えば出入り自体は可能です。ですが、普通は一方通行です。私も死ねば異界に行けますが、戻っては来られません。異界とはそういう場所です」
うん……私の認識もそれだ。
しかしだからこそ、さっきの悪魔が気になる。
この大前提に背く悪魔など聞いたことがなかった。
「となるとさっきのミノタウロスは、異例中の異例ってこと?」
「そうなりますね……私も悪魔の皆さんの全てを知っているわけでは無いですが、あの悪魔は異常です。それに冠位の悪魔レベルの実力を備えていながら、人語を理解しない悪魔など聞いたことがありません」
そうなのだ。
普通、冠位の悪魔ともなれば人語を巧みに操り、人や魔女を騙したり唆したりするものだけれど、あのミノタウロスにはそんな芸当は出来そうにない。
「もしかして強い悪魔のペットだったり?」
エリックは突然口を挟む。
「ペット?」
「うん。なんとなく魔獣に似てたし……」
エリックは単純に見た目の話をしているのだろう。
彼の言う通り、ミノタウロスの見た目は獣に近かった。
「ペットかどうかは分かりませんが、普通の悪魔とも思えません。ちょっと警戒したほうが良さそうですね」
レシファーはそう締めくくった。
「それには同意ね。それとレシファー? 冠位の悪魔といえど、魔女と契約していない悪魔は全力を出せないと思っていたのだけれど、その前提が間違っているのかしら? さっきのミノタウロスは存分に実力を発揮していたようにも見えたのだけど?」
そこが問題だ。
もし本当にエリックの言う通り、あれが強力な悪魔のペット、つまり魔獣だった場合は納得できるのだが、そうでない場合は謎だ。
「そこはなんともですね……もしかしたら結界の想いを強くする効果が、何かしら影響しているかも知れませんし……」
レシファーは思案顔だ。
結界の影響……それは大きいのかも知れない。
私たちの知っている悪魔や、魔女の契約がどうのこうのというのは、あくまで普通の世界での常識だ。
忘れがちだが、ここはキテラの用意した結界の中、普通の常識など考えるだけ無駄なのかもしれない。
「もしも結界の効果で冠位の悪魔も、魔女と契約せずに本来の力を行使できるとしたら……レシファーは私を見捨てる?」
私は少し意地悪な質問をぶつけてしまった。
なんとなく不安になるときがある。
私のエリックへの気持ちと同様に、レシファーと私の関係……彼女が同情で私と契約してくれたことは知っている。知っているが、それでも不安になる。
私は彼女になにも与えてあげれていないし、貰ってばっかり。
もう愛想を尽かされているんじゃないかと……そう思ってしまう時があるのだ。
「変なことを言わないでください。私は貴女が好きで貴女と契約したのです……それ以外の理由などありません!」
レシファーはそう言ってそっぽを向いてしまった。
そっぽを向いたところで、頬が赤く染まっているのだから考えていることは丸わかりだ。
「ごめんごめん……ちょっと聞いてみたかっただけよ」
私はそう言ってゆっくりと歩き出す。
とりあえずここから離れなくちゃいけない。
「ああ、アレシアか? キテラの居場所を見つけた」
歩き出した私の耳に届いたのは、ポックリからの念話だった。
ホッとした私の耳にレシファーの声が入ってくる。
読み通りにことが運んで気を抜いたのが良くなかった。
ミノタウロスはまだ絶命しておらず、最後の力を振り絞って斧をエリックに叩きつける。
「エリック!」
さすがに魔法も何もかもが間に合わない!
ミノタウロスが凄まじい勢いで振り下ろした斧は、激しい金属音を響かせ、エリックが前方に突き出した盾にぶつかる。
「え!?」
驚きの声がエリックからあがる。
見事にエリックの盾は、ミノタウロスの強力な斧の一撃を弾いたように見えた。
確かに弾いた。
エリックは無事だ。
そして斧を弾かれたミノタウロスは、それが最後の力だったのだろう。
そのまま再び崩れ落ち、動かなくなった。
「エリック! 大丈夫なの?」
私はエリックの肩を揺さぶる。
一瞬肝が冷えた。
今度こそ彼を失うかと体が震えた。
しかし無事だった。エリックの盾は冠位の悪魔が相手でもちゃんと役目を全うできたのだ。
「う、うん。僕は大丈夫だけど……盾が」
彼の驚いた声の原因はこれだった。
エリックの盾にはひびが入り、徐々にひび割れが広がっていき、朽ちていく。
彼自身が信じていたのだ。
この盾は、どんなものでも弾ける魔法の盾だと。
これで自分も皆の役に立つと……
エリックがそう思うのも当然だ。
私とレシファーもそう考えていた。この盾はなんでも受けれると。
だからこそのミノタウロスと戦う時のあの布陣だ。
盾の性能に不安が残るなら、エリックを隠しておくだろう。
そんな全幅の信頼をおいていた盾が、なくなってしまった。
エリックの唯一にして最後の魔法は、悪魔の一撃によって砕け散った。
龍の攻撃を防いだこの盾も、冠位の悪魔の最後となる必死の一撃には敵わなかったのだ。
「どうしよう……」
エリックは途方にくれていた。
「せっかく二人の役に立てると思っていたのに!」
エリックは静かに泣き出す。
彼は何か大事なものを失ったような、そんな表情だった。
「エリック……」
私はエリックになんと声をかければ良いのか迷っていた。
気にしないでというのも無理な話だし、大丈夫もなにか違う。
「エリック」
そんな迷っている私に変わって、レシファーがエリックに声をかける。
「盾を失ったのは事実、そして戦闘面において私たちの役に立たなくなったのも事実」
「ちょっとレシファー!」
レシファーはただ淡々と真実を告げる。
「だけどエリックが役に立たなくなっただけではありません。確かに戦闘においては役に立たないかも知れません。しかし、逆に言えばそれぐらいしかエリックが役に立たない面など無いのです。戦闘は私たちに、それ以外は貴方を頼りますよ? エリック」
エリックは黙って頷く。
涙も止んでいる。
レシファーが言葉巧みに誰かを励ますなんて意外だった。
「ありがとうレシファー」
エリックはお礼を言った後、少し考え、何かを思い出したように口を開く。
「ねえレシファー、レシファーが寝ている時に「境界を越えてやって来る、破滅がやってくる」って言ってたんだけど、どういう意味?」
「それ、私も気になるのよね……レシファーは何か分かる?」
私もエリックにならってレシファーに問いかける。
「寝言ですか? 私が? エリックが聞いた寝言の意味は分かりませんが、悪魔である私の寝言となると、まったく意味がないとは言い切れません」
レシファーは真剣な面持ちで私を見る。
彼女は嘘を言っていない。
というより、彼女が嘘をついたことなど今まであったかしら?
「「境界を越えてやって来る、破滅がやってくる」ってもしかしてさっきの悪魔のことかしら? 一応境界を越えて来てはいたわよね? アイツ……」
私の脳裏には、さっきまで魔剣に匹敵する斧をぶん回していたミノタウロスが浮かぶ。
「確かに境界を越えての部分は合ってますが、破滅という程では無いんですよね」
レシファーのいう通りだ。
確かにあれはレシファーと同じ冠位の悪魔だった。確かに強かったし、二人が来なければどうなっていたか分からない相手だった。
しかし、破滅がやってくるという程かと問われると微妙だ。
「ねえレシファー? 私はそこまで悪魔に詳しく無いのだけど、私が知らないだけで、悪魔が異界からこっちの世界に簡単に出入り出来るものなの?」
「いえ、普通はありえません。もちろん例外はあります。ある方法を使えば出入り自体は可能です。ですが、普通は一方通行です。私も死ねば異界に行けますが、戻っては来られません。異界とはそういう場所です」
うん……私の認識もそれだ。
しかしだからこそ、さっきの悪魔が気になる。
この大前提に背く悪魔など聞いたことがなかった。
「となるとさっきのミノタウロスは、異例中の異例ってこと?」
「そうなりますね……私も悪魔の皆さんの全てを知っているわけでは無いですが、あの悪魔は異常です。それに冠位の悪魔レベルの実力を備えていながら、人語を理解しない悪魔など聞いたことがありません」
そうなのだ。
普通、冠位の悪魔ともなれば人語を巧みに操り、人や魔女を騙したり唆したりするものだけれど、あのミノタウロスにはそんな芸当は出来そうにない。
「もしかして強い悪魔のペットだったり?」
エリックは突然口を挟む。
「ペット?」
「うん。なんとなく魔獣に似てたし……」
エリックは単純に見た目の話をしているのだろう。
彼の言う通り、ミノタウロスの見た目は獣に近かった。
「ペットかどうかは分かりませんが、普通の悪魔とも思えません。ちょっと警戒したほうが良さそうですね」
レシファーはそう締めくくった。
「それには同意ね。それとレシファー? 冠位の悪魔といえど、魔女と契約していない悪魔は全力を出せないと思っていたのだけれど、その前提が間違っているのかしら? さっきのミノタウロスは存分に実力を発揮していたようにも見えたのだけど?」
そこが問題だ。
もし本当にエリックの言う通り、あれが強力な悪魔のペット、つまり魔獣だった場合は納得できるのだが、そうでない場合は謎だ。
「そこはなんともですね……もしかしたら結界の想いを強くする効果が、何かしら影響しているかも知れませんし……」
レシファーは思案顔だ。
結界の影響……それは大きいのかも知れない。
私たちの知っている悪魔や、魔女の契約がどうのこうのというのは、あくまで普通の世界での常識だ。
忘れがちだが、ここはキテラの用意した結界の中、普通の常識など考えるだけ無駄なのかもしれない。
「もしも結界の効果で冠位の悪魔も、魔女と契約せずに本来の力を行使できるとしたら……レシファーは私を見捨てる?」
私は少し意地悪な質問をぶつけてしまった。
なんとなく不安になるときがある。
私のエリックへの気持ちと同様に、レシファーと私の関係……彼女が同情で私と契約してくれたことは知っている。知っているが、それでも不安になる。
私は彼女になにも与えてあげれていないし、貰ってばっかり。
もう愛想を尽かされているんじゃないかと……そう思ってしまう時があるのだ。
「変なことを言わないでください。私は貴女が好きで貴女と契約したのです……それ以外の理由などありません!」
レシファーはそう言ってそっぽを向いてしまった。
そっぽを向いたところで、頬が赤く染まっているのだから考えていることは丸わかりだ。
「ごめんごめん……ちょっと聞いてみたかっただけよ」
私はそう言ってゆっくりと歩き出す。
とりあえずここから離れなくちゃいけない。
「ああ、アレシアか? キテラの居場所を見つけた」
歩き出した私の耳に届いたのは、ポックリからの念話だった。