悲哀の魔女クローデット 2
敵の軍勢はもう視認できる距離にいる、というよりも来ている。空を飛ぶ小型の翼竜のような魔獣と、地表を疾走するチーターのような魔獣だ。
空の翼竜は……流石のレシファーの仕掛けだ。
巨大な花が発射する種子の砲弾が次々と翼竜を撃墜し、砲弾を躱して接近してくる翼竜は、須らくツタに絡みつかれて絞り殺されている。
私も負けていられない。
チーターのような魔獣は、普段目にする犬型の魔獣とは比較にならないほどの猛スピードでこちらに迫ってくる。
しかし、そのスピードがあだとなる。
敵の接近を感知して、ギンピの毒針が狭い道一杯に斉射される。
敵は自身のスピードの制御が利かず、そのまま毒針が刺さり、溶けていく。
「今のところは順調ね、後は……」
敵の先発隊はあらかた潰し終えたが、まだまだ数はいる。ぱっと見でも100体は下らない数だ。それに、ボスもいる。
その巨体が歩くたびに地響きが鳴り、あたりの動物たちも逃げ出していく。
最初の見立て通り、大きさは小屋の3倍はあり、イノシシがベースにあるのか全身をこげ茶色の体毛が覆い、口の両側から二本の長い牙が生えている。
もしも本当にイノシシをベースにしているなら、突進してくることも想定しなくちゃいけない。
「突進されたら終わりね。壁を創っても時間稼ぎにもならないわ」
「どうします?」
「とりあえず突進という選択肢を無くすために、私がアイツの近くに居続けるわ!」
そうして翼を展開して飛ぼうとした私の右足を、レシファーが掴む。
「行くなら私も一緒です! 今の貴女の状態で、一人で突っ込むのは自殺行為です! それにあれを倒しても、向こうには悲哀の魔女がいる!」
珍しく声を荒げるレシファーの剣幕に戸惑った。レシファーがここまで怒ることは滅多にない。
「貴女はなんでも自分でこなそうとし過ぎなんです! なんのために悪魔と契約してるんですか!」
そう、契約中の悪魔本人に言われてしまってはぐうの音も出ない。
そうかもしれない、確かに私は全て自分で何とかしようとする癖がある。昔はそれでもやれてたから良いが、今はそうはいかない。護るものも出来たのだから……
私は知らず知らずのうちにレシファーに対して遠慮していた。
私達は異例の対価を払わない、ただの同情による契約だ。
そこに対する引け目、約三〇〇年に渡る長いあいだ、一人で戦線を維持させることになってしまった罪悪感、それらが私の行動を決定付けていた。
「罪悪感で自身を縛らないでください! 貴女が選んだ結果でそうなるのは構いません。でも、罪悪感なんかで道を決めないでください!」
レシファーは涙を浮かべながらそう訴える。彼女から見たら、私が自暴自棄になっているように見えたのかもしれない。
同情で私と契約した慈愛の悪魔、新緑のレシファー。
そんな彼女には、私がここで死の選択をするなど許せるわけがなかった。
「そうね、ごめんレシファー。私、他の魔女達と同じようにどこかおかしくなっていたみたい……力を貸して! レシファー!」
私は左手でレシファーの手をとり、共に飛翔する。
同時に私は右手を地面に向けて刻印を起動させ、小屋の前に棘の壁を創る。
万が一突破された時に短い時間でも侵攻を妨げてくれれば、十分だ!
巨大なイノシシのような魔獣が完全に森の範囲に入ったことで、リグナムバイタの木人が動き出し、後方をついてきた小型の魔獣を踏み散らしていく。
レシファーが用意した対空システム、私の用意したギンピの毒針と、リグナムバイタの木人によって小型の魔獣はどんどん数を減らしていく……
「行くわよ、レシファー!」
私はレシファーと共に巨大なイノシシの魔獣に向かって猛スピードで突っ込む。
突進をさせないためには、アイツの直線状にいなければいい。
私とレシファーは巨大イノシシの周りをぐるぐると飛び回る。
突進以外のコイツの攻撃手段を見たいところだけど……
そう思っていた矢先、巨大イノシシの背中から飛翔型の魔獣が皮膚を突き破って出てこようとしていた。
「なによあれ」
「どうやら周りにいた小型の魔獣も、このイノシシが生成していたみたいですね」
レシファーは冷静にそう分析する。要するにこの巨大イノシシは歩く魔獣工場ということになる。
となると、予想に反してコイツ自身の戦闘能力はあまり高くないのかもしれない。
「出てきたわね」
そうこうしているうちに、新しい飛翔型の魔獣が飛び出てきた。
大きさはちょうど人間の2倍ぐらいの大きさで、姿かたちは翼竜を思わせるフォルム。
さらに、生まれたばかりの段階で口から軽く火を噴き出していたので、下手したら炎弾を吐いて来るかもしれない。
「見てください! あのイノシシもう一体出そうとしてます」
レシファーの指摘通り、イノシシの背中から蠢く影が這い出てこようとしていた。形状的にこの翼竜タイプと同じに見える。
「とりあえずこの翼竜をどうにかするわ! レシファーはあの巨大イノシシを殺すために上空で待機してて」
「分かりました! 無理はしないでくださいね」
レシファーはそう言って巨大イノシシの遥か上空に陣取る。ここから彼女の姿を捉えるのが難しいほどの距離だ。
一方の私は残り少ない魔力を振り絞り、右手を前に掲げ、緑の魔法陣を展開させる。
翼竜は当然、目の前の私に向かって突っ込んできた。
私は緑の魔法陣から大木を生やし、翼竜に向けて高速で伸ばし続ける。
木の先端が翼竜を捉える刹那、翼竜は旋回して躱し、予想通り真っ赤な炎のブレスを私に向かって吐き出す。
咄嗟に木の壁でガードするが、火が燃え移り、次第に炭になっていく……
「相性最悪ね」
私は一人愚痴をこぼしながらスピードを上げ、翼竜と空中で絡み合う。
高速で、翼竜の放つブレスを躱しながら魔法陣からギンピの毒針を生成して飛ばすが、それも躱される。
そんな空中戦の最中、巨大イノシシから生まれた新たな翼竜が飛び立つ。
私に向かって飛んで来るかと思えば、真っすぐエリックのいる小屋に向かって突進していく。
この翼竜、私の弱点を知っている? 知性があるのかしら?
私にとっての弱点であるエリックを狙われはしたが、私は動じない。
目の前の翼竜に集中する。
いくら知性があろうとも、見たことが無いものは分からない。この翼竜はあの小屋の性能を知らない。
新たな翼竜は小屋に向かってブレスを吐くが、さっき私が展開した木の壁よりももっと分厚くて巨大な壁を、小屋が自動生成してブレスを難なくはじく。
ブレスが効かないと判断したと翼竜は、今度は直接小屋の中に乗り込む気なのか、小屋に向かって高速で接近する。
しかし、今度は小屋から伸びた無数のツタが翼竜を捉え、そのまま首をへし折って対処してしまった。
「やっぱりあの小屋ごと移動してきて正解ね」
私は小屋をチラ見して、そう一人呟く。
あの小屋の迎撃能力は、今の私を軽く超えている。最盛期の私とレシファーが制作したのだから当然だ。
それでも流石にあの巨大イノシシの突進を受けたら木っ端微塵でしょうけど。
それを分かってか、巨大イノシシは私を無視して突進のモーションに入る。
やっぱりこの魔獣達には知性があるわね。完全にエリックのいる小屋を狙っているもの。普通の魔獣なら、目の前の敵に絶対反応してしまうはずなのに……
でもまあ、ある意味好都合ね。自身の耐久力に絶対の自信があるのか、上空にいるレシファーには一切関心を向けていなかったもの。
お陰でコイツを殺せる!
「アレシア様、用意が出来ました。いつでも展開出来ます!」
レシファーから魔力での通信が耳に届く。
彼女はずっと魔力をため続け、上空に巨大な魔法陣を形成していた。相手が巨大で、ほとんど動かない場合にしか使えない大規模魔法だけど、今回はそれに救われた。
「良いわ! ぶっ放しちゃって!」
空の翼竜は……流石のレシファーの仕掛けだ。
巨大な花が発射する種子の砲弾が次々と翼竜を撃墜し、砲弾を躱して接近してくる翼竜は、須らくツタに絡みつかれて絞り殺されている。
私も負けていられない。
チーターのような魔獣は、普段目にする犬型の魔獣とは比較にならないほどの猛スピードでこちらに迫ってくる。
しかし、そのスピードがあだとなる。
敵の接近を感知して、ギンピの毒針が狭い道一杯に斉射される。
敵は自身のスピードの制御が利かず、そのまま毒針が刺さり、溶けていく。
「今のところは順調ね、後は……」
敵の先発隊はあらかた潰し終えたが、まだまだ数はいる。ぱっと見でも100体は下らない数だ。それに、ボスもいる。
その巨体が歩くたびに地響きが鳴り、あたりの動物たちも逃げ出していく。
最初の見立て通り、大きさは小屋の3倍はあり、イノシシがベースにあるのか全身をこげ茶色の体毛が覆い、口の両側から二本の長い牙が生えている。
もしも本当にイノシシをベースにしているなら、突進してくることも想定しなくちゃいけない。
「突進されたら終わりね。壁を創っても時間稼ぎにもならないわ」
「どうします?」
「とりあえず突進という選択肢を無くすために、私がアイツの近くに居続けるわ!」
そうして翼を展開して飛ぼうとした私の右足を、レシファーが掴む。
「行くなら私も一緒です! 今の貴女の状態で、一人で突っ込むのは自殺行為です! それにあれを倒しても、向こうには悲哀の魔女がいる!」
珍しく声を荒げるレシファーの剣幕に戸惑った。レシファーがここまで怒ることは滅多にない。
「貴女はなんでも自分でこなそうとし過ぎなんです! なんのために悪魔と契約してるんですか!」
そう、契約中の悪魔本人に言われてしまってはぐうの音も出ない。
そうかもしれない、確かに私は全て自分で何とかしようとする癖がある。昔はそれでもやれてたから良いが、今はそうはいかない。護るものも出来たのだから……
私は知らず知らずのうちにレシファーに対して遠慮していた。
私達は異例の対価を払わない、ただの同情による契約だ。
そこに対する引け目、約三〇〇年に渡る長いあいだ、一人で戦線を維持させることになってしまった罪悪感、それらが私の行動を決定付けていた。
「罪悪感で自身を縛らないでください! 貴女が選んだ結果でそうなるのは構いません。でも、罪悪感なんかで道を決めないでください!」
レシファーは涙を浮かべながらそう訴える。彼女から見たら、私が自暴自棄になっているように見えたのかもしれない。
同情で私と契約した慈愛の悪魔、新緑のレシファー。
そんな彼女には、私がここで死の選択をするなど許せるわけがなかった。
「そうね、ごめんレシファー。私、他の魔女達と同じようにどこかおかしくなっていたみたい……力を貸して! レシファー!」
私は左手でレシファーの手をとり、共に飛翔する。
同時に私は右手を地面に向けて刻印を起動させ、小屋の前に棘の壁を創る。
万が一突破された時に短い時間でも侵攻を妨げてくれれば、十分だ!
巨大なイノシシのような魔獣が完全に森の範囲に入ったことで、リグナムバイタの木人が動き出し、後方をついてきた小型の魔獣を踏み散らしていく。
レシファーが用意した対空システム、私の用意したギンピの毒針と、リグナムバイタの木人によって小型の魔獣はどんどん数を減らしていく……
「行くわよ、レシファー!」
私はレシファーと共に巨大なイノシシの魔獣に向かって猛スピードで突っ込む。
突進をさせないためには、アイツの直線状にいなければいい。
私とレシファーは巨大イノシシの周りをぐるぐると飛び回る。
突進以外のコイツの攻撃手段を見たいところだけど……
そう思っていた矢先、巨大イノシシの背中から飛翔型の魔獣が皮膚を突き破って出てこようとしていた。
「なによあれ」
「どうやら周りにいた小型の魔獣も、このイノシシが生成していたみたいですね」
レシファーは冷静にそう分析する。要するにこの巨大イノシシは歩く魔獣工場ということになる。
となると、予想に反してコイツ自身の戦闘能力はあまり高くないのかもしれない。
「出てきたわね」
そうこうしているうちに、新しい飛翔型の魔獣が飛び出てきた。
大きさはちょうど人間の2倍ぐらいの大きさで、姿かたちは翼竜を思わせるフォルム。
さらに、生まれたばかりの段階で口から軽く火を噴き出していたので、下手したら炎弾を吐いて来るかもしれない。
「見てください! あのイノシシもう一体出そうとしてます」
レシファーの指摘通り、イノシシの背中から蠢く影が這い出てこようとしていた。形状的にこの翼竜タイプと同じに見える。
「とりあえずこの翼竜をどうにかするわ! レシファーはあの巨大イノシシを殺すために上空で待機してて」
「分かりました! 無理はしないでくださいね」
レシファーはそう言って巨大イノシシの遥か上空に陣取る。ここから彼女の姿を捉えるのが難しいほどの距離だ。
一方の私は残り少ない魔力を振り絞り、右手を前に掲げ、緑の魔法陣を展開させる。
翼竜は当然、目の前の私に向かって突っ込んできた。
私は緑の魔法陣から大木を生やし、翼竜に向けて高速で伸ばし続ける。
木の先端が翼竜を捉える刹那、翼竜は旋回して躱し、予想通り真っ赤な炎のブレスを私に向かって吐き出す。
咄嗟に木の壁でガードするが、火が燃え移り、次第に炭になっていく……
「相性最悪ね」
私は一人愚痴をこぼしながらスピードを上げ、翼竜と空中で絡み合う。
高速で、翼竜の放つブレスを躱しながら魔法陣からギンピの毒針を生成して飛ばすが、それも躱される。
そんな空中戦の最中、巨大イノシシから生まれた新たな翼竜が飛び立つ。
私に向かって飛んで来るかと思えば、真っすぐエリックのいる小屋に向かって突進していく。
この翼竜、私の弱点を知っている? 知性があるのかしら?
私にとっての弱点であるエリックを狙われはしたが、私は動じない。
目の前の翼竜に集中する。
いくら知性があろうとも、見たことが無いものは分からない。この翼竜はあの小屋の性能を知らない。
新たな翼竜は小屋に向かってブレスを吐くが、さっき私が展開した木の壁よりももっと分厚くて巨大な壁を、小屋が自動生成してブレスを難なくはじく。
ブレスが効かないと判断したと翼竜は、今度は直接小屋の中に乗り込む気なのか、小屋に向かって高速で接近する。
しかし、今度は小屋から伸びた無数のツタが翼竜を捉え、そのまま首をへし折って対処してしまった。
「やっぱりあの小屋ごと移動してきて正解ね」
私は小屋をチラ見して、そう一人呟く。
あの小屋の迎撃能力は、今の私を軽く超えている。最盛期の私とレシファーが制作したのだから当然だ。
それでも流石にあの巨大イノシシの突進を受けたら木っ端微塵でしょうけど。
それを分かってか、巨大イノシシは私を無視して突進のモーションに入る。
やっぱりこの魔獣達には知性があるわね。完全にエリックのいる小屋を狙っているもの。普通の魔獣なら、目の前の敵に絶対反応してしまうはずなのに……
でもまあ、ある意味好都合ね。自身の耐久力に絶対の自信があるのか、上空にいるレシファーには一切関心を向けていなかったもの。
お陰でコイツを殺せる!
「アレシア様、用意が出来ました。いつでも展開出来ます!」
レシファーから魔力での通信が耳に届く。
彼女はずっと魔力をため続け、上空に巨大な魔法陣を形成していた。相手が巨大で、ほとんど動かない場合にしか使えない大規模魔法だけど、今回はそれに救われた。
「良いわ! ぶっ放しちゃって!」