第2話 バケモノッッッッッ!!!!! 1 ―悪魔の力―
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キラキラと光り輝く"ソレ"は星の煌めき始めた空に現れると、夕暮れと夜の狭間の時間が流れる町に向かって、ひらひらと落ちていった。
ひらひらと………
ひらひらと………
大空からひとひらと……
明かりの灯った町へ、落ちていく、《王に選ばれし民》の標的とされた町へと……
不安を抱えたまま眠れぬ夜へと向かおうとしている町へと……
大きさも形も桜の花びらの一片にとてもよく似た"ソレ"。
もしこの時、空を見上げた者がいたとしたら、きっと『季節外れの桜が咲いているのか……?』と驚いただろう。そして、もしその者が勘の鋭い者であったならば、空に現れた光体とよく似た"異様な光"を放つ"ソレ"が、この世のモノではない異物だと気が付いたであろう。
しかし……
"ソレ"の存在に気付く者は誰もいなかった。
何故ならば、輝ヶ丘の人々は皆、下を俯き、表情を曇らせ、空を見上げる事をしなかったからだ。
いや、"しなかった"というよりも"出来なかった"からだ。『もしまた空が割れたら……』と誰もが皆、恐怖と不安を抱え、空を見上げる事など出来はしなかった。
もし空を見上げる事の出来る勇者がいたとしても、大空にポツポツと現れ始めた星々に"ソレ"は紛れてしまって、やはりその存在に気付く事は出来なかっただろう。
誰にも、気付くチャンスは無かった……
人々の隙を突いて、"ソレ"は輝ヶ丘への侵入を簡単に成功させた。
……………
………。
町へ侵入した一片の花びらの"ソレ"は、輝ヶ丘の人々の間を風に吹かれる様に飛んだ。
何故、"風に吹かれる様に"なのか、それは風が吹いていないからだ。風の吹かぬ町を、風に吹かれる様に"ソレ"は飛んだ。
"ソレ"は意思を持っているのだろうか。もし、そうならば、何処へ向かっているのか。
人々の間を通り抜けた"ソレ"が道路へと飛び出すと、丁度目の前をパトカーが通り過ぎた。
"ソレ"はそのパトカーを追い掛けた。
もし、追い掛ける"ソレ"の姿を誰かが見ていれば、"ソレ"の姿はまるでパトカーに吸い寄せられている様に見えたであろう。しかし、誰もそうは思わない。何故なら、誰もが皆俯いていて"ソレ"の存在に気付いていないからだ。
……………
………。
パトカーに追い付いた"ソレ"は、後部ガラスへと張り付いた。
後部座席に座るのは、二人の警官と一人の男。
後部ガラスの右角に張り付いた"ソレ"は、重力を無視してガラスの上を転がる様に登った。
"ソレ"の目的は、この後部座席に座る男だった様だ。
男の真後ろへと移動した"ソレ"は、一片の花びらの形から粒子状に姿を変えた。
そして………"ソレ"は後部ガラスを通り抜け、いとも簡単に車内へと侵入していった。
―――――
「クソが……あの……ガキが……」
後部座席の中央に座る男は、項垂れた格好で両手で顔を隠し、ボソボソと呟いた。
「おい……今、何か言ったか?」
男の声が男の左側に座った強面の警官の耳に届いた様だ。警官は男を睨み付ける。
「いや……何も……」
男は顔を隠したまま頭を振った。
「……ただ、腹が痛くて」
「腹……?」
警官の耳には男の声がハッキリとは届いてはいなかった。
両隣の警官に聞かれぬ様にとても小さな声で呟かれた男の言葉は、強面の警官の耳には『うぅ……うぅ……』と唸る様なとても不明瞭な声に聞こえていた。
「そうです……朝からあまり腹の調子が良くなくて」
「そうか……」
強面の警官の反対側に座ったキツネ目の警官が男をチラリと見た。
「……それは大変だな。もう少しだ、もう少し我慢しろ」
キツネ目の警官は男の言葉を切り捨てる様に、素っ気なく答えた。
この警官は男の言う事を本当に信じた訳ではない。ただ、面倒臭かった。男の相手をするのが。
決められた仕事をこなすだけで、今日をもう終わりにしたかった。
「そうだな……もう少しだ。後五分くらいで着く。我慢しろ」
強面の警官もキツネ目の警官に同意した。彼もまた面倒臭そうに素っ気なく答えた。
警官二人は"今日"はとても疲れていたんだ。いや、輝ヶ丘に住む者、勤める者の中に疲れていない人間などいなかった。誰もが皆、心を疲弊させていた。
急転する事態に慣れている警官でさえも、今日はもう疲れ果てていた。日常を破壊され、強制的に非日常をぶつけられ、皆、皆、疲れていた。
だから、警官二人は男の主張をほぼ無視する形で終わらせた。
『どうでも良い……』と終わらせた。
「はい……すみません」
男も素っ気なく答える。自分の呟いた言葉が警官の耳には届かなかった事を知ると、男はニヤリと笑った。
―――――
車内に侵入した"ソレ"は、再び花びらの形へと姿を戻した。
「こんな目に合わせやがって……絶対許さねぇ……アイツ」
またボソボソと呟き始める男……
そんな男に狙いを定めた"ソレ"は、誰にも気配を悟られる事なく男へと接近し、その首筋に張り付いた。
この瞬間……
"ソレ"の目的は達成した。
誰にも気が付かれる事なく、"ソレ"は目的を達成させてしまった。
男も、男を挟む形で座る警官二人も、何も気付く事は無かった。
男の首筋に張り付いた"ソレ"が、アスファルトへ落ちた雪が溶けて無くなる様に、男の体内へと消えていった事を……
そして……
「アイツ……セイギ……セイギって言ったよな」
夕暮れが終わり、夜へと移った町を走るパトカーは、爆音を上げて一瞬にして燃え上がった。
キラキラと光り輝く"ソレ"は星の煌めき始めた空に現れると、夕暮れと夜の狭間の時間が流れる町に向かって、ひらひらと落ちていった。
ひらひらと………
ひらひらと………
大空からひとひらと……
明かりの灯った町へ、落ちていく、《王に選ばれし民》の標的とされた町へと……
不安を抱えたまま眠れぬ夜へと向かおうとしている町へと……
大きさも形も桜の花びらの一片にとてもよく似た"ソレ"。
もしこの時、空を見上げた者がいたとしたら、きっと『季節外れの桜が咲いているのか……?』と驚いただろう。そして、もしその者が勘の鋭い者であったならば、空に現れた光体とよく似た"異様な光"を放つ"ソレ"が、この世のモノではない異物だと気が付いたであろう。
しかし……
"ソレ"の存在に気付く者は誰もいなかった。
何故ならば、輝ヶ丘の人々は皆、下を俯き、表情を曇らせ、空を見上げる事をしなかったからだ。
いや、"しなかった"というよりも"出来なかった"からだ。『もしまた空が割れたら……』と誰もが皆、恐怖と不安を抱え、空を見上げる事など出来はしなかった。
もし空を見上げる事の出来る勇者がいたとしても、大空にポツポツと現れ始めた星々に"ソレ"は紛れてしまって、やはりその存在に気付く事は出来なかっただろう。
誰にも、気付くチャンスは無かった……
人々の隙を突いて、"ソレ"は輝ヶ丘への侵入を簡単に成功させた。
……………
………。
町へ侵入した一片の花びらの"ソレ"は、輝ヶ丘の人々の間を風に吹かれる様に飛んだ。
何故、"風に吹かれる様に"なのか、それは風が吹いていないからだ。風の吹かぬ町を、風に吹かれる様に"ソレ"は飛んだ。
"ソレ"は意思を持っているのだろうか。もし、そうならば、何処へ向かっているのか。
人々の間を通り抜けた"ソレ"が道路へと飛び出すと、丁度目の前をパトカーが通り過ぎた。
"ソレ"はそのパトカーを追い掛けた。
もし、追い掛ける"ソレ"の姿を誰かが見ていれば、"ソレ"の姿はまるでパトカーに吸い寄せられている様に見えたであろう。しかし、誰もそうは思わない。何故なら、誰もが皆俯いていて"ソレ"の存在に気付いていないからだ。
……………
………。
パトカーに追い付いた"ソレ"は、後部ガラスへと張り付いた。
後部座席に座るのは、二人の警官と一人の男。
後部ガラスの右角に張り付いた"ソレ"は、重力を無視してガラスの上を転がる様に登った。
"ソレ"の目的は、この後部座席に座る男だった様だ。
男の真後ろへと移動した"ソレ"は、一片の花びらの形から粒子状に姿を変えた。
そして………"ソレ"は後部ガラスを通り抜け、いとも簡単に車内へと侵入していった。
―――――
「クソが……あの……ガキが……」
後部座席の中央に座る男は、項垂れた格好で両手で顔を隠し、ボソボソと呟いた。
「おい……今、何か言ったか?」
男の声が男の左側に座った強面の警官の耳に届いた様だ。警官は男を睨み付ける。
「いや……何も……」
男は顔を隠したまま頭を振った。
「……ただ、腹が痛くて」
「腹……?」
警官の耳には男の声がハッキリとは届いてはいなかった。
両隣の警官に聞かれぬ様にとても小さな声で呟かれた男の言葉は、強面の警官の耳には『うぅ……うぅ……』と唸る様なとても不明瞭な声に聞こえていた。
「そうです……朝からあまり腹の調子が良くなくて」
「そうか……」
強面の警官の反対側に座ったキツネ目の警官が男をチラリと見た。
「……それは大変だな。もう少しだ、もう少し我慢しろ」
キツネ目の警官は男の言葉を切り捨てる様に、素っ気なく答えた。
この警官は男の言う事を本当に信じた訳ではない。ただ、面倒臭かった。男の相手をするのが。
決められた仕事をこなすだけで、今日をもう終わりにしたかった。
「そうだな……もう少しだ。後五分くらいで着く。我慢しろ」
強面の警官もキツネ目の警官に同意した。彼もまた面倒臭そうに素っ気なく答えた。
警官二人は"今日"はとても疲れていたんだ。いや、輝ヶ丘に住む者、勤める者の中に疲れていない人間などいなかった。誰もが皆、心を疲弊させていた。
急転する事態に慣れている警官でさえも、今日はもう疲れ果てていた。日常を破壊され、強制的に非日常をぶつけられ、皆、皆、疲れていた。
だから、警官二人は男の主張をほぼ無視する形で終わらせた。
『どうでも良い……』と終わらせた。
「はい……すみません」
男も素っ気なく答える。自分の呟いた言葉が警官の耳には届かなかった事を知ると、男はニヤリと笑った。
―――――
車内に侵入した"ソレ"は、再び花びらの形へと姿を戻した。
「こんな目に合わせやがって……絶対許さねぇ……アイツ」
またボソボソと呟き始める男……
そんな男に狙いを定めた"ソレ"は、誰にも気配を悟られる事なく男へと接近し、その首筋に張り付いた。
この瞬間……
"ソレ"の目的は達成した。
誰にも気が付かれる事なく、"ソレ"は目的を達成させてしまった。
男も、男を挟む形で座る警官二人も、何も気付く事は無かった。
男の首筋に張り付いた"ソレ"が、アスファルトへ落ちた雪が溶けて無くなる様に、男の体内へと消えていった事を……
そして……
「アイツ……セイギ……セイギって言ったよな」
夕暮れが終わり、夜へと移った町を走るパトカーは、爆音を上げて一瞬にして燃え上がった。