第4話 王に選ばれし民 6 ―王に選ばれし民 魔女―
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真っ黒なローブを纏った老婆……
セイギは形を成した煙をそう思った。
いや、もうそれは煙じゃない。完全に人間だ。
いや、人間じゃない。人間な訳がない。人間の形をしているが、ここは大空、大空を飛べる人間がいる訳がないから。それに煙が人間に成れる訳もない。
「フフフ……」
腰の曲がった老婆は、不敵に笑った。顔はフードを目深に被って口元しか見えない。口元しか見えないが、肌が白いのは分かる。白だとしても、色白とは違う。色がない。ただ白い。しかし、唇だけは反対に、ローブと同じ色、黒だ……
「フフフ……」
口元しか見えない白い顔で、真っ黒な唇で、老婆は笑った。
「何だお前は……お前もあのピエロの仲間か!!」
突然の老婆の出現に、セイギの眉間には刻まれた様な深い皺が寄る。その深い谷間に汗がタラリと流れた。
「フフフ……お前だなんて、なんて汚い言葉を使う坊やだこと……」
嗄れた声で老婆は囁くと、右手に持った杖をセイギへ向けた。その杖は映画や漫画に出てくる魔法使いが持つ杖に似ていて、セイギに向けた先端は人の拳の様に丸く、杖の色は唇と同じで毒々しいくらいに黒い。
「……お仕置きをしてあげなくちゃねぇ」
「ケケケケケケケケッ!!」
老婆の発言に反応する様にピエロは再び高笑いをあげた。しかも、スクリーンの中からセイギ達を指差して……
「ケケケケケケケケッ! おいおいおいおい! 五月蝿い蝿がブンブンブンブン飛んでるかと思ったら、俺達の邪魔をした奴がそんな所にいたなんてッ!! ねぇねぇ我が愛しの《魔女》よ! どうするつもりなの? どうするつもりなの? あぁ~~ボクちゃん今晩焼き鳥が食べたいなぁ~~!!」
「フフフ……静かにしなさい、ピエロよ。私は鳥よりも、人間の方が好きよ……」
《魔女》と呼ばれた老婆がそう言うと、杖の先端の黒がより濃く、漆黒へと変わる。
「あっ!!」
それを見たボッズーは『何かが起こる!!』そう感じて叫び、
「セイギ!! 危ないボズッ!!!」
咄嗟に片翼をセイギの体の前に降ろした。
「フフフ……こざかしい鳥ちゃんだねぇ……」
「ボッズー!! やめろ!!」
セイギは気付いた。ボッズーが自分の盾になろうとしてる事を。しかし、制止してももう遅い。老婆……いや《魔女》の杖からは火炎放射器のような猛烈な勢いで炎が噴き出したからだ。その炎もまた黒い、まるで墨で書いた様に漆黒の炎。
「うわぁーー!!!」
ボッズーの翼はセイギを守った。
「うわぁぁぁあ!!! クソォォ!! 負けてたまるかボッズー!!!!」
ボッズーはただの鳥ではない、翼もボッズー同様ただの翼ではない。そんじょそこらの炎には負けやしない、焼かれやしない。しかし、老婆が吹き出した炎が"そんじょそこらの炎"である筈がなかった。
「うっ……クッ……クソォ!!!」
噴きつけ続ける炎にセイギの盾になったボッズーの翼はジリジリと焼かれ始めた。
「ボッズーッッッ!!!」
セイギは叫んだ。仲間が、友が、自分を守る為に攻撃を受けている。そんな状況にセイギが堪えられる男ではない。
「ボッズー、代われ!! 代わるんだ!! 俺が、この炎と戦う!! だから代われ!!」
「た……戦うってどうやってだボズぅ!!」
「そ……それは!」
問い掛けられてもその答えはセイギの中にも出ていなかった。ただ『どうにかしなくては!』という考えしか無かった。
「この剣を使って!!」
「無理ボズよ! お前も分かってるだろボッズー!その剣は敵の攻撃を斬る事で敵の力を剣の力に変えるボズ! でも、元々の剣の力より敵の攻撃が強いと斬る事は出来ないボズよ! この炎はお前の剣では斬れないボズ!!」
「じゃ……じゃあ、どうすれば!!」
「このまま焼かれるしかないボズ! ボズボズボズボズボズボズボズボズぅーーー!! 焼き鳥になっちゃうボズぅーーー!! ケケケケケケケケッ!!俺だよ~~ッ!! ケケケケケケケケッ!!」
「クソォーー!! 俺の真似すんなボッズーー!!」
「馬鹿にしやがってぇぇ!!」
焼かれるのもキツいが、魔女の放った炎の勢いも凄まじい。今のボッズーは片方の翼でしか飛べていない。魔女の炎に押されてボッズーの飛行は安定せず、セイギとボッズーの二人はドンドンと薔薇の城から遠ざけられてしまう。
「フフフフフフ……」
魔女は再び笑った。
「ピエロのボクちゃん……残念ながら、この坊やと鳥ちゃんを焼き鳥にするのはまた今度だよ。今日はこの子達を殺しはしない……」
「え!! なに? なんでよ!! 焼いちゃってよ!! 焼かれて苦しむ声が聞きたいのにぃ!!」
ピエロはテーブルを両手でバン! と叩いた。
「フフフ……忘れたのかい?《王》の言葉を……」
「《王》の言葉ぁ?? あっ……そうか……そっか! そっか! そっか! クッソぉぉぉぉ食べたかったのにぃぃぃ!!!」
ピエロはドンドンと足を踏み鳴らし、地団駄を踏んだ。
「フフフフ……わざとらしい。本当は分かってるくせに……」
「え?! そう? そうだった?? ケケケケケッ!!!」
「フフフ……」
「ちき……しょうッッ!!」
「クッソォ……ボッズーッッ!!」
魔女の姿も、薔薇の城も、紅の穴もあっという間に遠く離れてしまった。目の前にいた魔女との距離の単位がメートルからキロに達するくらいに。
しかし、何故か魔女のか細い笑い声はすぐ耳元に聞こえる。
「フフフ……それじゃあ坊や、また会いましょう」
魔女は突然そう言った。そして、魔女がセイギに別れを告げると、噴きつける炎は止んだ。
二人を城から遠ざける事が魔女の狙いだったのか……魔女の真意は分からないが、攻撃を止めると魔女は
「フフフ……」
笑い声だけを残して再び風の中へと消えていった。
「うぅ……くっ……うぅ」
「ボッズー、大丈夫か!!」
「うん……なんとかね。でも、こんな翼じゃ飛ぶのはちょっとキツいボズ……。少し休ませてもらっても良いボズか? 少し休めば、また行けるはずだから」
セイギを庇ったボッズーの右の翼は炭をまぶした様に黒く焦げてしまっていた。
「あぁ、勿論だ! 今すぐどっかに降りよう!」
セイギはそう言うと『何処か今すぐに降りれる場所はないか?』と町を見下ろした。すると、
「あっ、丁度良い所があるぞ。俺達の下だ。デカいビルがある。そこに降りよう」
セイギは自分達の下方に広い屋上のあるビルを発見した。
「俺達の下……ボズか? 分かったボズ。じゃあ……降りるボズよ。真っ直ぐ下で良いんだボズね?」
そう言うボッズーは喋るのもキツそう。痛みで辺りを見回す余裕も無いのだろう。ただセイギに言われるままに翼を動かした。
「あぁ、そうだ! ゆっくりで良いぞ、慎重にな!」
「うん……」
ボッズーは片翼だけを使って慎重に高度を下げていった。
ゆっくり、ゆっくりと屋上へ向かって。
真っ黒なローブを纏った老婆……
セイギは形を成した煙をそう思った。
いや、もうそれは煙じゃない。完全に人間だ。
いや、人間じゃない。人間な訳がない。人間の形をしているが、ここは大空、大空を飛べる人間がいる訳がないから。それに煙が人間に成れる訳もない。
「フフフ……」
腰の曲がった老婆は、不敵に笑った。顔はフードを目深に被って口元しか見えない。口元しか見えないが、肌が白いのは分かる。白だとしても、色白とは違う。色がない。ただ白い。しかし、唇だけは反対に、ローブと同じ色、黒だ……
「フフフ……」
口元しか見えない白い顔で、真っ黒な唇で、老婆は笑った。
「何だお前は……お前もあのピエロの仲間か!!」
突然の老婆の出現に、セイギの眉間には刻まれた様な深い皺が寄る。その深い谷間に汗がタラリと流れた。
「フフフ……お前だなんて、なんて汚い言葉を使う坊やだこと……」
嗄れた声で老婆は囁くと、右手に持った杖をセイギへ向けた。その杖は映画や漫画に出てくる魔法使いが持つ杖に似ていて、セイギに向けた先端は人の拳の様に丸く、杖の色は唇と同じで毒々しいくらいに黒い。
「……お仕置きをしてあげなくちゃねぇ」
「ケケケケケケケケッ!!」
老婆の発言に反応する様にピエロは再び高笑いをあげた。しかも、スクリーンの中からセイギ達を指差して……
「ケケケケケケケケッ! おいおいおいおい! 五月蝿い蝿がブンブンブンブン飛んでるかと思ったら、俺達の邪魔をした奴がそんな所にいたなんてッ!! ねぇねぇ我が愛しの《魔女》よ! どうするつもりなの? どうするつもりなの? あぁ~~ボクちゃん今晩焼き鳥が食べたいなぁ~~!!」
「フフフ……静かにしなさい、ピエロよ。私は鳥よりも、人間の方が好きよ……」
《魔女》と呼ばれた老婆がそう言うと、杖の先端の黒がより濃く、漆黒へと変わる。
「あっ!!」
それを見たボッズーは『何かが起こる!!』そう感じて叫び、
「セイギ!! 危ないボズッ!!!」
咄嗟に片翼をセイギの体の前に降ろした。
「フフフ……こざかしい鳥ちゃんだねぇ……」
「ボッズー!! やめろ!!」
セイギは気付いた。ボッズーが自分の盾になろうとしてる事を。しかし、制止してももう遅い。老婆……いや《魔女》の杖からは火炎放射器のような猛烈な勢いで炎が噴き出したからだ。その炎もまた黒い、まるで墨で書いた様に漆黒の炎。
「うわぁーー!!!」
ボッズーの翼はセイギを守った。
「うわぁぁぁあ!!! クソォォ!! 負けてたまるかボッズー!!!!」
ボッズーはただの鳥ではない、翼もボッズー同様ただの翼ではない。そんじょそこらの炎には負けやしない、焼かれやしない。しかし、老婆が吹き出した炎が"そんじょそこらの炎"である筈がなかった。
「うっ……クッ……クソォ!!!」
噴きつけ続ける炎にセイギの盾になったボッズーの翼はジリジリと焼かれ始めた。
「ボッズーッッッ!!!」
セイギは叫んだ。仲間が、友が、自分を守る為に攻撃を受けている。そんな状況にセイギが堪えられる男ではない。
「ボッズー、代われ!! 代わるんだ!! 俺が、この炎と戦う!! だから代われ!!」
「た……戦うってどうやってだボズぅ!!」
「そ……それは!」
問い掛けられてもその答えはセイギの中にも出ていなかった。ただ『どうにかしなくては!』という考えしか無かった。
「この剣を使って!!」
「無理ボズよ! お前も分かってるだろボッズー!その剣は敵の攻撃を斬る事で敵の力を剣の力に変えるボズ! でも、元々の剣の力より敵の攻撃が強いと斬る事は出来ないボズよ! この炎はお前の剣では斬れないボズ!!」
「じゃ……じゃあ、どうすれば!!」
「このまま焼かれるしかないボズ! ボズボズボズボズボズボズボズボズぅーーー!! 焼き鳥になっちゃうボズぅーーー!! ケケケケケケケケッ!!俺だよ~~ッ!! ケケケケケケケケッ!!」
「クソォーー!! 俺の真似すんなボッズーー!!」
「馬鹿にしやがってぇぇ!!」
焼かれるのもキツいが、魔女の放った炎の勢いも凄まじい。今のボッズーは片方の翼でしか飛べていない。魔女の炎に押されてボッズーの飛行は安定せず、セイギとボッズーの二人はドンドンと薔薇の城から遠ざけられてしまう。
「フフフフフフ……」
魔女は再び笑った。
「ピエロのボクちゃん……残念ながら、この坊やと鳥ちゃんを焼き鳥にするのはまた今度だよ。今日はこの子達を殺しはしない……」
「え!! なに? なんでよ!! 焼いちゃってよ!! 焼かれて苦しむ声が聞きたいのにぃ!!」
ピエロはテーブルを両手でバン! と叩いた。
「フフフ……忘れたのかい?《王》の言葉を……」
「《王》の言葉ぁ?? あっ……そうか……そっか! そっか! そっか! クッソぉぉぉぉ食べたかったのにぃぃぃ!!!」
ピエロはドンドンと足を踏み鳴らし、地団駄を踏んだ。
「フフフフ……わざとらしい。本当は分かってるくせに……」
「え?! そう? そうだった?? ケケケケケッ!!!」
「フフフ……」
「ちき……しょうッッ!!」
「クッソォ……ボッズーッッ!!」
魔女の姿も、薔薇の城も、紅の穴もあっという間に遠く離れてしまった。目の前にいた魔女との距離の単位がメートルからキロに達するくらいに。
しかし、何故か魔女のか細い笑い声はすぐ耳元に聞こえる。
「フフフ……それじゃあ坊や、また会いましょう」
魔女は突然そう言った。そして、魔女がセイギに別れを告げると、噴きつける炎は止んだ。
二人を城から遠ざける事が魔女の狙いだったのか……魔女の真意は分からないが、攻撃を止めると魔女は
「フフフ……」
笑い声だけを残して再び風の中へと消えていった。
「うぅ……くっ……うぅ」
「ボッズー、大丈夫か!!」
「うん……なんとかね。でも、こんな翼じゃ飛ぶのはちょっとキツいボズ……。少し休ませてもらっても良いボズか? 少し休めば、また行けるはずだから」
セイギを庇ったボッズーの右の翼は炭をまぶした様に黒く焦げてしまっていた。
「あぁ、勿論だ! 今すぐどっかに降りよう!」
セイギはそう言うと『何処か今すぐに降りれる場所はないか?』と町を見下ろした。すると、
「あっ、丁度良い所があるぞ。俺達の下だ。デカいビルがある。そこに降りよう」
セイギは自分達の下方に広い屋上のあるビルを発見した。
「俺達の下……ボズか? 分かったボズ。じゃあ……降りるボズよ。真っ直ぐ下で良いんだボズね?」
そう言うボッズーは喋るのもキツそう。痛みで辺りを見回す余裕も無いのだろう。ただセイギに言われるままに翼を動かした。
「あぁ、そうだ! ゆっくりで良いぞ、慎重にな!」
「うん……」
ボッズーは片翼だけを使って慎重に高度を下げていった。
ゆっくり、ゆっくりと屋上へ向かって。