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作者: ビーグル
第3話 空が割れた日 1 ―終焉の鐘は誰が鳴らしたのか―
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 目映い光と共に鳴り響いた轟音は、輝ヶ丘すべての住民に、日常が、平和な時間が……

 終わりを迎えた事を告げた。

 ―――――


 目映い光と鳴り響く轟音……

 輝ヶ丘の住民は、はじめはそれを天地を荒らす嵐の前触れかと思った。
 しかし、そうではないとすぐに分かった。何故なら、目映い光は雷よりも激しく、町全体を、空全体を、白一色に染め上げたからだ。そして、鳴り響いた轟音はとても禍々しく、どこか底冷えのする音色だった。空を見上げた誰かが呟いたという『これは、恐怖を目の前にした人間の叫び声だ……』と。

―――――

 桃井愛は、その轟音を輝ヶ丘高校の一階に足を踏み下ろした瞬間に聞いた。
「キャッ!!」
 階段の正面の窓から入ったまるで稲光の様な光が彼女の体を照らし、轟音が窓を揺らした。

「え……これって?」

 愛はすぐに勘づいた。この光が、轟音が、何を意味するのかを。

―――――

 それは勇気も同じく。

 彼は、愛と待ち合わせをしていた裏庭で轟音を聞き、光を浴びた。
「なに………!! ………この光は……この音は……!!」
 そして勇気も気付く。光と轟音の意味を……

 しかし、光は一瞬のまたたきののちに消え、轟音も勇気の耳の底に残響を残し、すぐに消え去った。

「消えた……のか?」
 光と轟音が消えると、勇気は辺りを見回した。すると、
「ん?」
 勇気は唖然とした表情で立ち尽くす愛の姿を見付けた。
「桃井!!」
 愛を見付けた勇気は、彼女の目の前の窓に近付き、窓枠を飛び越え校舎の中へと入った。
「桃井、おい! 大丈夫か!!」

「勇気くん……」
 勇気が声をかけると、愛は首だけを動かし勇気をチラリと見た。だが、すぐにまた校舎の外へと視線を移す。
 その顔は驚愕に染まり、勇気が開いた窓から校舎内に冷気が入り込んでいるにもかかわらず、額からは大粒の汗が流れていた。
 そして、
「ねぇ……勇気くん……これって?」
 窓の外を見詰めたまま、愛は勇気に質問を投げた。

 この愛が投げた質問は『いったいこれは何?何が起こったの?』こんな何もかも理解出来ずに投げ掛けた質問ではない。
 何が起こったのか理解している者同士だからこそ、"言葉足らずで投げ掛けられる"……そういう質問だった。

「あぁ……どうやらそうみたいだな」
 愛の質問の意味を理解した勇気は、コクリと頷き、後ろを振り向き窓の外を見た。
 轟音が鳴り止んだ今、勇気の目に映る窓の外の景色は、いつもと変わらぬ日常だった。裏庭の花壇に咲く色とりどりの花たちが風にそよがれ揺れている……

「早いよね……?」
 愛はガラス細工の様な虚ろな瞳で、揺れる花たちを見ていた。

「あぁ……早過ぎる。あまりにも……」
 愛の質問に答えた勇気の声はとても小さく、くぐもっている。
「そんな筈はない……"今日の17時"、その筈だろ……」
 これは勇気の自問自答だ。

 勇気の声がくぐもっている理由は、彼が唇を噛み締めていたからだ。強く噛んだ下唇からは血が溢れ出て、それでも勇気はその痛みに気が付かない。噛み締める力の加減は忘れてしまった。

 この時、勇気の心臓の音はドクンドクンと高鳴り始めていた。まるでハンマーで叩かれる様な激しい鼓動が胸を叩き、鼓動の速さは脈打つ度に増していく。そろそろタイムリミットを迎えようとしている時限爆弾の様に………

「うん……」
 勇気の言葉を自分への問い掛けと思った愛は、唇も動かさず喉から声を絞り出した。


 その時だ………


 再び稲光に似た光が走り、二回目の轟音が轟いたのは。

「あっ!!」

「うわっ!!」

 校舎へと入り込んだ目映い光が、愛と勇気の目を眩ませる。

「桃井、伏せろ!!」

「勇気くん……」

 二人は咄嗟に屈み込み、両手で顔を隠した。

 ガガガガガッ……

 窓が揺れる音が聞こえる。

「ク……クソッ……!!!」

 勇気は歯を食いしばった。食いしばって戦った。膝が震え出したんだ。いや、膝だけではない。全身が。全身が震えている。
 屈んだ体がその震えでバランスを崩し、倒れそうになる。

 しかし、大地が震えている訳じゃない。起きているのは鳴り響く轟音と目映い光だけ。では、何故、勇気は震えているのか、その理由は物理的なものではないんだ。それは、彼の心に芽生えたある感情のせいだった。

― な……何故、震える!! ま……まさか……俺が!! まさか……!!

 勇気は気付いてしまった自分の心に芽生えた感情に。でも、認めたくなかった。

― 嘘だ……嘘だ!! 俺が……そんな……

 しかし、否定したくても体の震えが教えている。

― 嘘だ……嘘だ!! 俺が…………恐れているだと!!

『お前は恐怖に怯えているのだ』と。

「うわぁぁぁぁ!!!!」

 勇気は勝てなかった。勇気は冷たい床の上に崩れ落ちてしまった。

「ク……クソッ……!!!」

 でも、勇気は諦めない。再び立ち上がろうと窓枠に手の伸ばす。

「あぁ……!!」

 しかし、震えた手が滑っていく。

― 俺の体だ……俺の物だ!! 何故、俺の自由にならない!! 震えるな……震えるなぁぁぁあ

「あ……あぁぁぁぁッッッ!!!」

 勇気は自分の体の自由を奪おうとする負の感情と懸命に戦った。目を開き、もう一度窓枠に手を伸ばす。しかし、目映い光が目に刺さる。

「う……うぅぅぅ……な……何なんだ!!」

 その光の中に、彼は見た。

「何なんだ………何なんだよお前は!!」

 それは、煙の様に浮遊する闇の塊……

「お……お前は、まさか……まさか!!!」

 勇気はソレが何者か即座に理解した。己の事だから分かるんだ。ソレは………"恐怖"………だと。

― 恐怖の化身……なのか? いや、ま……まさか……そんな!! 俺は英雄だぞ、俺は世界を救うために選ばれた英雄なんだ……なのに、何故、お前みたいな奴が!! 俺に……俺に取り憑くんだ!!

「邪魔をするな!! 俺の邪魔をするなぁ!!!」

 勇気は拳をつくり"恐怖"に向かって勢いよく振り上げた。

「勇気くん!!」

 その絶叫を聞いた愛は慌てた。瞼を閉じる愛には勇気に一体何が起きているのか分からなかったのだ。
 いや、瞼を開いていたとしても分からなかっただろう。だって、愛には見えないのだから。勇気が戦う闇の塊が、愛の瞳に映る事はないのだから……

「うわぁぁぁ!!!」

 勇気の拳はくうを切った。

「来るな!! 来るな!!!」

 彼の拳が"恐怖"に触れる事は出来なかった。人が"恐怖"に攻撃を加える事など出来はしないのだ。
 しかし、

「え……?」

 拳が空を切ると、煙の様に浮遊し漂っていた"恐怖"は、それこそ煙の様に、空中で分散されて消えていった。

 それはまるで、幻だったかの様に。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 勇気の"恐怖"が消えると同時、ニ度目の轟音は鳴り止んだ。目映い光も共に消えた……
そして、勇気の胸を打つ激しい鼓動も、体の震えも……
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