第1話 少年とタマゴ 15 ―輝ヶ丘大防災訓練―
15
「……でぇ~あるからしてぇ」
マイクの反響が体育館に響く。
フォワワン……
「輝ヶ丘大防災訓練はぁ」
フォワン……
『もう反響なんてそんな事いちいち気にしない』……とでも言うように校長のスピーチは続く。
「あなた達、輝ヶ丘に住む者や、私達輝ヶ丘で働く者にとって、一大イベントであり、且つとっても大事なぁ、命を守るための訓練でもあります」
選挙演説の様に一言一言切るようにして話す校長のスピーチは、愛や勇気たち輝ヶ丘校生にとってはそらでも真似出来るものだ。
だって『同じ人が台本を書いたのか?』と言いたくなる程小中高の校長先生は皆同じ事を言うんだから。
子供の頃から輝ヶ丘に住む彼らにとっては、もう聞き馴染みのものだ。
「ふぁ~あ……」
誰だろう? 誰かがアクビをした。
「ふぁ~……」
「ふぅ~う……」
伝染する様に次から次へとアクビが続く。
クラスメートが続々と感染していくなか、愛だけは校長のスピーチを真剣な表情で見ていた。
と言っても校長の言葉を大事に聞いている訳ではない。
校長のスピーチはいつも一緒なのだから。
ただ、今年の大防災訓練は愛にとって『めんどくさい」』や『退屈』と思えるものではなくなっていた。
昼休みが終わる前、愛は勇気から聞いたんだ。
今年の大防災訓練が街の住民の生死を分ける大事なものである事を……
時刻は少し遡る。昼休みの終了10分前まで。
「ハハッ……まさか偶然とでも思っていたのか?」
勇気は校庭のベンチから立ち上がると、キョトンとした顔で固まっている愛を振り返った。
「だっ……だって、まさか勇気くんの差し金だなんて思わないもん!」
「おいおい、差し金なんて変な言葉使うなよ。まるで俺が悪い奴みたいじゃないか!」
勇気は愛の言葉遣いにツッコミながら、残り少なくなった牛乳の最後の一口をストローでチューっと吸い込んだ。
その顔には天使の微笑み。
飲み干した牛乳パックを手で綺麗に折り畳むと、ベンチの横に備えられたゴミ箱にポイっと投げた。
「でもそうは言ってもな、俺も驚いたさ。まさか爺さんがあんなにすんなりと俺の言う事を聞いてくれるなんて思っちゃいなかったからな!」
「どんな風にお願いしたの?」
愛はまだベンチに座ったまま。
首を傾げて尋ねる。
「簡単なモンさ……」勇気はまたまた天に向かって両手を広げた。少し体を傾けているから天秤みたいだ。左の方が重たいらしい。「……その日は進みたい大学のさるお方の公開講義があるんだ、どうしても行きたい、その次の日にしてくれないか? ……ってな」
「へっ? それだけ?」
愛は驚いた。
「あぁ……それだけだ」
勇気は笑って答えた。
さっき勇気は『俺も驚いた』と言ってはいたが、愛の目には、その驚きは出来事の大きさと比べると本来感じるべき驚きに圧倒的に足りないように思えた。
どこか自慢話のように話す勇気の表情は『驚き』というよりも、『当然』といった感じにも見えた。
愛がそう感じてしまうのも無理はない、だってあんな大規模な催しの日程を一介の高校生がそんな一言で変えられるなんて普通ならあり得ない。
―――――
……と言っても、読者の方々にはいまいちピンときていないだろう。
なぜなら『輝ヶ丘大防災訓練』の説明を後回しにしていたのだから。
そろそろ説明を入れないと、愛に感情移入することが出来なくなってしまうだろうし、このまま物語が進んでしまえば説明をする機会を逃してしまうだろう。愛が勇気の言葉に驚き固まっているこの隙にここに『輝ヶ丘大防災訓練』について説明を載せておこう。
しかし、長々と説明しても眠たくなるだけだろうから、なるべく簡潔に……
『輝ヶ丘大防災訓練』とは、愛や勇気が生まれるずっと前から、年に一度行われているある意味でこの町一番のビックイベントだ。
楽しみにしている住民はそう居ないが……
何をするかと言うと、その名の通りの防災訓練だ。
数十年前に輝ヶ丘の再開発が当時の市長 鈴木隆一氏から発表された時の一番の"売り"が『強固な防災設備を備えた町作り』という文句だった。
市長のその言葉通り、輝ヶ丘には一万五千平方メートルに及ぶ地下シェルターが作られ、町を12ブロックに分けて各ブロックに一つ入口を設置した。
そのシェルターを使い、行われているのが輝ヶ丘大防災訓練のメインであるシェルターへの避難訓練だ。
輝ヶ丘の住民は当日の15時までに各ブロックの集合場所に集まり、災害時・テロ事件を想定した輝ヶ丘消防署・輝ヶ丘警察署の指導の元、午後15時30分に一斉に避難訓練を開始する。
全ての住民がシェルター内部に入るまで約一時間。
そしてそれから始まるのが輝ヶ丘消防署の隊員によって行われる、防災・緊急避難に関する講義だ。
その年によって取り扱われる内容が変わり、今年は『災害時の最適な避難行動と、備えておいてほしい備蓄品に関して』という内容の講義が行われる予定である。
こちらも約一時間行われ、
それからまた一時間、今度はブロックごとに、消火器や簡易トイレ・レスキューシート等の実物を使っての消火訓練や防災グッズの説明会が行われる。
そこでやっと大防災訓練は終了となるが、開始から終了までに約三時間もの時間がかかる。
そしてまた参加した全ての住民がシェルターを出るまでに一時間がかかり、町に全ての住民が戻るまでにざっと四時間。
大防災訓練中は町から殆どの住民が居なくなる。
一体全体誰がこんな奇天列な行事を考案したのか、一体全体誰が『はじめよう!』とGoサインを出したのか……
どうやらそれは鈴木元市長ではないらしい。
まぁ、それは別にどうでもいいとして……
他に類を見ないこの大規模で特殊な防災訓練は"奇祭"と捉えられ、毎年国内から、そして時折海外からもテレビの取材が入る程だ。
昔は訓練中の空き巣や車上荒し等の被害が多かったらしく、実施を反対する住民もいるが、警官が町中に配備される等の改善策は取られるものの防災訓練自体が無くなることはなかった。
実施される時期は毎年、春・夏・秋・冬のどれかランダムで、その時期が発表されるのは年明けの三が日が過ぎてから。今年は早々に2月の上旬、2月15日に行われる事になった。
それは正に"今日"だ。
では物語に戻ろう。
―――――
「あの人は昔から俺に甘いからな。父さんが早くに逝ってしまったから、きっと……その分俺の世話を焼いて父親代わりをしてやろうと思っているんだろう。時々、ウザッたい時もあるが今回はその気持ちに甘えさせてもらった。2月中に行う事を爺さんから聞いたのは半年前だったな、別に俺の方から聞き出した訳ではないぞ……」
愛は別に何も言ってない。
勇気が勝手に訂正を入れた。
「……爺さんが『来年は大防災訓練を2月の上旬にやるから、来年は命日に墓参りに行ける』と、母さんに話しているのを聞いたんだ。去年も一昨年も、爺さんは仕事で父さんの命日に墓参りに行くことが出来なかったからな……」
「そっか、丁度明日だったよね?勇気くんのお父さんの……」
「あぁ……今年で十回忌だ。父さんの顔は、もう写真を見ないと思い出せないよ……」
勇気は苦い顔を浮かべて下唇を噛んだ。
ゴクリと喉仏が動く。
「あ……勇気くん、ごめん」
愛は咄嗟に謝った。
でも、勇気は自分の顔が曇った事を意識してなかった。
「ん? ははっ……何故、桃井が謝るんだ? まぁ……そういう事で、爺さんに試しにデマカセ立ててお願いしてみたんだ。そしたら、こんな結果さ!」
勇気はまた両手を広げた。
「これで約束の17時には町からは人が殆ど消えてる筈さ。その間に、俺たちの手で終わらせよう。"今日"起きた出来事は『都市伝説だ』と言われるくらいに一瞬で」
勇気は愛に向かってニコリと微笑んだ。
「うん!」
愛も勇気に向かってニッコリと微笑んで、『私も同意見だ』と示すように元気いっぱいに立ち上がった。
「そうだね! 絶対にそうしよう!」
「ははっ! ん……おっと、少し話し過ぎたな……」勇気は校舎を振り返って時計を見た「……もうすぐ昼休みが終わる。そろそろ戻ろうか」
「あっ! 本当だぁ!」
時刻は12時55分。
「急げだよ、勇気くん!」
二人は校舎に向かって駆け出した。
そして、時刻を戻そう。校長のスピーチが行われている時に。
愛は真剣な表情で校長のスピーチを聞きながら、『俺たちの手で終わらせよう』この勇気の言葉を思い出していた。
― 出来る! 出来るよ、私達なら!
愛は心の中で呟きながら先生達にバレない様にこっそりと左手につけた腕時計の文字盤を叩いた。
― こうやってもまだ何も起きないけど、でも信じて良いんだよね? 私達は選ばれたんだから……
「……でぇ~あるからしてぇ」
マイクの反響が体育館に響く。
フォワワン……
「輝ヶ丘大防災訓練はぁ」
フォワン……
『もう反響なんてそんな事いちいち気にしない』……とでも言うように校長のスピーチは続く。
「あなた達、輝ヶ丘に住む者や、私達輝ヶ丘で働く者にとって、一大イベントであり、且つとっても大事なぁ、命を守るための訓練でもあります」
選挙演説の様に一言一言切るようにして話す校長のスピーチは、愛や勇気たち輝ヶ丘校生にとってはそらでも真似出来るものだ。
だって『同じ人が台本を書いたのか?』と言いたくなる程小中高の校長先生は皆同じ事を言うんだから。
子供の頃から輝ヶ丘に住む彼らにとっては、もう聞き馴染みのものだ。
「ふぁ~あ……」
誰だろう? 誰かがアクビをした。
「ふぁ~……」
「ふぅ~う……」
伝染する様に次から次へとアクビが続く。
クラスメートが続々と感染していくなか、愛だけは校長のスピーチを真剣な表情で見ていた。
と言っても校長の言葉を大事に聞いている訳ではない。
校長のスピーチはいつも一緒なのだから。
ただ、今年の大防災訓練は愛にとって『めんどくさい」』や『退屈』と思えるものではなくなっていた。
昼休みが終わる前、愛は勇気から聞いたんだ。
今年の大防災訓練が街の住民の生死を分ける大事なものである事を……
時刻は少し遡る。昼休みの終了10分前まで。
「ハハッ……まさか偶然とでも思っていたのか?」
勇気は校庭のベンチから立ち上がると、キョトンとした顔で固まっている愛を振り返った。
「だっ……だって、まさか勇気くんの差し金だなんて思わないもん!」
「おいおい、差し金なんて変な言葉使うなよ。まるで俺が悪い奴みたいじゃないか!」
勇気は愛の言葉遣いにツッコミながら、残り少なくなった牛乳の最後の一口をストローでチューっと吸い込んだ。
その顔には天使の微笑み。
飲み干した牛乳パックを手で綺麗に折り畳むと、ベンチの横に備えられたゴミ箱にポイっと投げた。
「でもそうは言ってもな、俺も驚いたさ。まさか爺さんがあんなにすんなりと俺の言う事を聞いてくれるなんて思っちゃいなかったからな!」
「どんな風にお願いしたの?」
愛はまだベンチに座ったまま。
首を傾げて尋ねる。
「簡単なモンさ……」勇気はまたまた天に向かって両手を広げた。少し体を傾けているから天秤みたいだ。左の方が重たいらしい。「……その日は進みたい大学のさるお方の公開講義があるんだ、どうしても行きたい、その次の日にしてくれないか? ……ってな」
「へっ? それだけ?」
愛は驚いた。
「あぁ……それだけだ」
勇気は笑って答えた。
さっき勇気は『俺も驚いた』と言ってはいたが、愛の目には、その驚きは出来事の大きさと比べると本来感じるべき驚きに圧倒的に足りないように思えた。
どこか自慢話のように話す勇気の表情は『驚き』というよりも、『当然』といった感じにも見えた。
愛がそう感じてしまうのも無理はない、だってあんな大規模な催しの日程を一介の高校生がそんな一言で変えられるなんて普通ならあり得ない。
―――――
……と言っても、読者の方々にはいまいちピンときていないだろう。
なぜなら『輝ヶ丘大防災訓練』の説明を後回しにしていたのだから。
そろそろ説明を入れないと、愛に感情移入することが出来なくなってしまうだろうし、このまま物語が進んでしまえば説明をする機会を逃してしまうだろう。愛が勇気の言葉に驚き固まっているこの隙にここに『輝ヶ丘大防災訓練』について説明を載せておこう。
しかし、長々と説明しても眠たくなるだけだろうから、なるべく簡潔に……
『輝ヶ丘大防災訓練』とは、愛や勇気が生まれるずっと前から、年に一度行われているある意味でこの町一番のビックイベントだ。
楽しみにしている住民はそう居ないが……
何をするかと言うと、その名の通りの防災訓練だ。
数十年前に輝ヶ丘の再開発が当時の市長 鈴木隆一氏から発表された時の一番の"売り"が『強固な防災設備を備えた町作り』という文句だった。
市長のその言葉通り、輝ヶ丘には一万五千平方メートルに及ぶ地下シェルターが作られ、町を12ブロックに分けて各ブロックに一つ入口を設置した。
そのシェルターを使い、行われているのが輝ヶ丘大防災訓練のメインであるシェルターへの避難訓練だ。
輝ヶ丘の住民は当日の15時までに各ブロックの集合場所に集まり、災害時・テロ事件を想定した輝ヶ丘消防署・輝ヶ丘警察署の指導の元、午後15時30分に一斉に避難訓練を開始する。
全ての住民がシェルター内部に入るまで約一時間。
そしてそれから始まるのが輝ヶ丘消防署の隊員によって行われる、防災・緊急避難に関する講義だ。
その年によって取り扱われる内容が変わり、今年は『災害時の最適な避難行動と、備えておいてほしい備蓄品に関して』という内容の講義が行われる予定である。
こちらも約一時間行われ、
それからまた一時間、今度はブロックごとに、消火器や簡易トイレ・レスキューシート等の実物を使っての消火訓練や防災グッズの説明会が行われる。
そこでやっと大防災訓練は終了となるが、開始から終了までに約三時間もの時間がかかる。
そしてまた参加した全ての住民がシェルターを出るまでに一時間がかかり、町に全ての住民が戻るまでにざっと四時間。
大防災訓練中は町から殆どの住民が居なくなる。
一体全体誰がこんな奇天列な行事を考案したのか、一体全体誰が『はじめよう!』とGoサインを出したのか……
どうやらそれは鈴木元市長ではないらしい。
まぁ、それは別にどうでもいいとして……
他に類を見ないこの大規模で特殊な防災訓練は"奇祭"と捉えられ、毎年国内から、そして時折海外からもテレビの取材が入る程だ。
昔は訓練中の空き巣や車上荒し等の被害が多かったらしく、実施を反対する住民もいるが、警官が町中に配備される等の改善策は取られるものの防災訓練自体が無くなることはなかった。
実施される時期は毎年、春・夏・秋・冬のどれかランダムで、その時期が発表されるのは年明けの三が日が過ぎてから。今年は早々に2月の上旬、2月15日に行われる事になった。
それは正に"今日"だ。
では物語に戻ろう。
―――――
「あの人は昔から俺に甘いからな。父さんが早くに逝ってしまったから、きっと……その分俺の世話を焼いて父親代わりをしてやろうと思っているんだろう。時々、ウザッたい時もあるが今回はその気持ちに甘えさせてもらった。2月中に行う事を爺さんから聞いたのは半年前だったな、別に俺の方から聞き出した訳ではないぞ……」
愛は別に何も言ってない。
勇気が勝手に訂正を入れた。
「……爺さんが『来年は大防災訓練を2月の上旬にやるから、来年は命日に墓参りに行ける』と、母さんに話しているのを聞いたんだ。去年も一昨年も、爺さんは仕事で父さんの命日に墓参りに行くことが出来なかったからな……」
「そっか、丁度明日だったよね?勇気くんのお父さんの……」
「あぁ……今年で十回忌だ。父さんの顔は、もう写真を見ないと思い出せないよ……」
勇気は苦い顔を浮かべて下唇を噛んだ。
ゴクリと喉仏が動く。
「あ……勇気くん、ごめん」
愛は咄嗟に謝った。
でも、勇気は自分の顔が曇った事を意識してなかった。
「ん? ははっ……何故、桃井が謝るんだ? まぁ……そういう事で、爺さんに試しにデマカセ立ててお願いしてみたんだ。そしたら、こんな結果さ!」
勇気はまた両手を広げた。
「これで約束の17時には町からは人が殆ど消えてる筈さ。その間に、俺たちの手で終わらせよう。"今日"起きた出来事は『都市伝説だ』と言われるくらいに一瞬で」
勇気は愛に向かってニコリと微笑んだ。
「うん!」
愛も勇気に向かってニッコリと微笑んで、『私も同意見だ』と示すように元気いっぱいに立ち上がった。
「そうだね! 絶対にそうしよう!」
「ははっ! ん……おっと、少し話し過ぎたな……」勇気は校舎を振り返って時計を見た「……もうすぐ昼休みが終わる。そろそろ戻ろうか」
「あっ! 本当だぁ!」
時刻は12時55分。
「急げだよ、勇気くん!」
二人は校舎に向かって駆け出した。
そして、時刻を戻そう。校長のスピーチが行われている時に。
愛は真剣な表情で校長のスピーチを聞きながら、『俺たちの手で終わらせよう』この勇気の言葉を思い出していた。
― 出来る! 出来るよ、私達なら!
愛は心の中で呟きながら先生達にバレない様にこっそりと左手につけた腕時計の文字盤を叩いた。
― こうやってもまだ何も起きないけど、でも信じて良いんだよね? 私達は選ばれたんだから……