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作者: NO SOUL?
残酷な描写あり R-15
~念ずる決意~
序章~念ずる決意~

間違いないのね?

送った資料通りだよ 連中は上海から国外へ出て 必ず積み荷を日本で保管している そこから先は不明だけどね

今のところ日本から海外へ積み荷が移動された様な情報は見当たらないよ もう少し調べ込んでおきたいところだけどね

たった数週間でそこまで調べられるなんて どんな魔法を使っているの?

俺は念じるだけであらゆる情報にアクセスできるのさ

念じるだけで? 面白い冗談ね 笑えないけど

余計なお世話かも知れないけど 危ない連中だよアンタ一人じゃ荷が重いと思うけどな

どうだい? 警察に話す事をオススメするよ

考えておくわ

ありがとう ここまでで結構よ 報酬を送金します

まだ受け取れないよ 依頼は人探しだろ? その人見つけてない もう少し時間をくれないか?

ここまでで大丈夫

了解 今後ともCrackerImpを御贔屓に

でも報酬の方はもう少し保留させて アンタもまた俺が必要になるかもしれないしね 力になるよ 中途半端するとお師匠さんに悪いしね

優しいのね プロならもう少しドライな物じゃないの?

そうとは限らないさ 俺は年下には優しい性分なだけだよ

ところで 君から預かった画像から おもしろい情報が得られそうなんだけど 君のお母さんと一緒に写っていた人 きっと味方になれる





 香港の変わり者ハッカー“Captain・Snatch”から紹介された“CrackerImp”もやはり変わり者のハッカーだな。興味が湧いてくる。最もインターネットでの会話で下手な期待や理想を抱くのも不健康な話だが。

「ごめんなさいね、道が混んでて。空港で結構待ってたでしょ?」

 十三インチ程度のノートパソコンの小画面で、数週間前にやり取りしていたCrackerImpとのダイレクトメールのログを眺めていると、彩子さんが話しかけて来た。
 後部座席から見えるバックミラー越しの彼女の目は明るく、初対面の私にも、まるで警戒心はなかった。

「こちらこそ、わざわざ迎えに来て頂いて。お仕事中でしたでしょうに。ありがとうございます」

 ターミナルを抜けて、そのまま高速道へ合流する。
 香港から日本へ来る一ヶ月ほど前に、CrackerImpの計らいで、私は彩子さんに初めてコンタクトを取った。最初はメールでの簡単な自己紹介をして身の上話をし、そして電話で直接会話を重ねてきた。母が日本人という事もあり、円滑なコミュニケーションが取れたのは幸いだった。
 その入念な一か月のお陰で、私にも彩子さんにも緊張はなかった。今日が初対面であると言う実感も薄いぐらいだ。

「いいのよ、そんな事。アタシなんてどうせ窓際族なんだしね」

 笑いながら彩子さんは言ったが、それは謙遜だと言う事を知っている。
 CrackerImpから手に入れた情報によれば、刑事課に二十年近く務めているベテランの警部補。それが彼女の肩書だ。

「それにしても、あなたから連絡をもらった時は驚いたわ、まさか陽葵が香港で家庭を持っていたなんてね……」

 彩子さんの言葉に私の視線はみるみる下に下がっていく。車の後部座席にどんどん沈んでいく様な感覚さえあった。
 母の名である陽葵や、家庭という言葉が否が応でも忌々しい記憶を蘇らせるからだ。

「あ、ごめんなさい」

「いいんです」

 彩子さんはハッとした様子で謝ってきたが、それにほぼ重なる様に私も返した。
 普通の家庭だった。母と父がいて弟がいた普通の、いや、かなり恵まれた家庭だったろう。経済的にも、私や弟の才能においても。しかし、それが仇となったのだ。
 五年前、私の母と父は殺された。その原因となったのは私と弟だった。
 その忌々しい出来事のお陰で、私の心は二つに引き裂かれてしまった。私自身をより高めたい思う一方で、どうしようもなく忌々しくて全てを閉ざしてしまいたいと願う自分。
 この五年間、何時ものその二つに思いに心を乱されていた。でも自分のすべき事は決まっている。今の私は、前者の思いに突き動かされて生きていた。

「彩子さんは母とはどんな関係だったんですか?」

 狭い車内で重くなった空気を入れ替えたくて話題を変える事にする。これは日本に来て彩子さんに会ったなら、最初に聞きたいと思っていた事だ。メールや会話で母とは親しい関係の女性であるとは分かっていたが、はっきりと尋ねた事はなかった。
 それどころか彼女は母の名を聞き私が娘であると言う事を知ってから、疑う事も特になく驚くほど親身になってくれた。

「関係?」バックミラー越しに彩子さんと目が合う。「お友達よ、大学時代の。いつも一緒に過ごしていたの。とても良いお友達」

 言葉を選ぶ為の間を感じる、どこか歯切れ悪い雰囲気の答えに思えたが、そこに嘘はなさそうだ。私が変に勘繰っているだけだろうか。

「それより気になるのは、どうやってアタシの事を知ったの? 陽葵から聞いていたの?」

 彩子さんの質問は私が想定していた物だった。いよいよ、ここからが本番だ。
 私が日本に来たのは、当然ながら旅行ではなく、ましてや身寄りがなく頼れる人を求めた訳でもない。確かに中国では親戚の所をたらい回しになっていて、いよいよ限界と言う所まで来ていたが。

「そのまま運転に集中してもらっていいですか。どうか驚かないでください」

 彩子さんに念押しをする。まずこれを見た人は大体が慌て出す事は散々見てきている。こんな所でパニックを起こされて、自動車事故を起こされては堪らない。
 窓から流れる景色が緩やかになってきたのを確認し――私は念じた。
 この身に纏うコートの内ポケットから母の形見と思われる一枚の写真をふわりと取り出す。
 種も仕掛けもない、正真正銘の“念動力”である。こちらは視線も含めて微動だにせず、バックミラー越しに彩子さんの目を捉えている。さあ、よく見てほしい。
 一枚の写真、いや紙切れだろう。その紙切れが、これ見よがしに不自然に規則的に漂う様を彩子さんに見せ付ける。
 それを見た彩子さんの目から困惑を読み取るが、それとは正反対に望ましい行動に入ってくれた。車は路肩へ移り少しづつ減速していく。
 そのタイミングで宙に浮く写真を彩子さんの目の前へ移動させる。立体的に時計回りに反時計回りに写真を自在に動かし見せる。

「あなた、サイキックなの?」以外にも彩子さんの反応は冷静だった。「それにしても懐かしい写真ね、その日の事は今でもよく覚えているわ」

 その写真は若い頃に撮られたであろう母と彩子さんの二人が写っている写真。母の遺留品の中でも最も謎めいた写真だった。
 若い頃の母の印象は大して変わっていなかったが、彩子さんの印象は大分違っている。化粧も濃い目で髪も短く、どこか男勝りな風貌だった。
 二人とも楽しそうだ。母の腕が手前に伸びているので、自撮りした写真なのだろう。彩子さんとの会話で今分かった事だが、僅かに写っているレンガ造りの門の様な背景は大学の校門と言ったところか。
 CrackerImpも目敏い、頼み事の為に手持ちの写真と情報を差し出したが、一に対して十を返してくる――有能だ。

「母もサイキックでした。そして攫われた弟の家乐(ジャラ)も」

 人類にとって、この一世紀近い年月はウィルスとワクチンに浸された一世紀と言っても過言ではない。目覚しい発展も進歩もできない空白の一〇〇年と言われている。
 そんな疎ましく目まぐるしい闘争の中でウィルスと共に我々の中にも変異が現れたのは半世紀前から。普通の人が持ち得ぬ力を持つ私達は進化した者か、それともウィルスと同じく変異した者なのか。
 まだその答えは出ていはいないが、世界は俗に言う超能力を、それまでとは違う認識を以て受け入れた。
 多くの場合は優れた才能として歓迎されているが。それ故に悪用を企てる輩も現れる。
 私が家族を失ったあの惨劇の日、私はそこにいなかった。人生で最初で最後となった門限を破り、学校の友人達と遊び惚け、絶頂から絶望に一気に落ちたあの感覚は今でもはっきりと覚えている。

「私が日本に来たのは、弟を救う為」

 車を完全に停車し、彩子さんはハンドルから手を放して振り向いた。私の顔を真っ直ぐ見つめている。互いに目を逸らす事なく、ハザードランプが時を刻んでいる様な、或いは私達の鼓動を表しているかの様な。

「彩子さんが刑事だって知った時は頼もしかった。協力してもらえますか?」

 その気になれば私独りでもやれる自信はあるが、慣れない外国で動くなら協力者が欲しいと言うのも本音だ。その為にハッカーに調べさせた。
 それでも、警察の人間であると知った時は悩まされた。私がこれまでしてきた事も、これからやろうとしている事も、間違いなく法に触れる事だ。この国も一世紀前のウィルスパンデミックで事実上、崩壊している。そして今だに立ち直る事ができず法が機能していなとは言え、警察は法の番人だ。
 味方に出来るか。この国で最初の難関はここだろう。

「大胆な子ね……」車の窓開け、彩子さんは煙草に火を着けた。とても様になってる。大人の余裕と言ったところか。「大昔の日本の警察なら当てにできたかもしれないけど、今の警察に大した期待はしない方がいいわよ」

「私の国の警察と一緒ね、警察は当てにしてない。でも、刑事としての情報網や知識を持つ彩子さんに手伝ってほしいの」

 信じていた時もある。警察が必ず見つけてくれると、弟を助け罪を償わせてくれると。そして思い知った。期待など貴重な時間を失うだけの愚かな行為だと。
 待っていては駄目なのだ、自分で行動しなければ。そう決めた時、私の中で私を形作っていた普通は死に絶え、不本意を感じながらも――普通ではない私になったのだ。

「危険な橋を渡る事になるわよ。アタシは立場的に断るべきだし、あなたを止めるべきね」

「賢明な判断じゃない。邪魔をするなら……ここまでよ」

 彩子さんの答えは当然の事で想定内だ。私は次の一手を繰り出す。
 私はイメージして念じるだけでいい。車の前と後ろを両手で掴み持ち上げるようなイメージだ。グラグラと車が宙に浮かぶ。一メートル程浮かす。筋力等全く必要としない物だが、不思議な感覚。重い物を動かす時は何時もうなじの辺りから両腕にかけてズシッとした重さを感じる。それでもこれぐらいはまだまだ余裕だ。

「車を下ろしてくれる。下ろしなさい」

 初めて聞く彩子さんの慌てた姿、強めの口調。脅しが効いた証拠だ。
 車のタイヤが地面にゆっくり触れる様なイメージで車を降ろしたが、上下にガクンと衝撃が走る。大きな物を細かく動かすのは苦手だ。勢いよく持ち上げたり投げ飛ばす方が簡単だった。

「いいわ、協力しましょう。あなたの本気は充分伝わった」彩子さんは小さく深呼吸してから言った。「私も、陽葵の無念を晴らしたい」

 後に続いた彩子さんの言葉を私は嚙み締めた。写真で見た彩子さんに私は根拠もなく、この人なら助けになってくれる。そう信じていたからだ。
 少々強引にはなったが、これでようやく――始める事が出来る。

「ありがとう」

「よろしくね。宇辰(ユーチェン)」

 車がそろりと走り出し、車線を越えて徐々にスピードが上がっていった。私の胸の高鳴りの様に。
 必ず弟を、ジャラを救う。その為なら私は――凶暴な妖にだってなってみせる。
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