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R-15
文学少女と天才ピアニスト その十
 10

 帰る途中、ぼくは両親に予め連絡して沙音のことを泊まらせると伝えた。

 両親は快諾してくれたので、問題は無いだろう。

 そうしてぼくは沙音の手を引いて、自宅へと向かうことにしたのだった。

 自宅に戻ってくると、玄関の鍵を開けて中へと入る。そして玄関で靴を脱いで家に上がると沙音のほうを見る。

「さあ、入ってくれ」

「お邪魔します……」

 そう言って中に入ると、沙音は靴を脱いで揃えてから家に上がる。

「とりあえず、ぼくの部屋に行こうか」

「わかった……」

 そう言ってぼくは沙音を自分の部屋へと案内する。そして彼女をベッドに座らせると、ぼくは彼女の隣に座った。

「サヨサヨの部屋って、意外と普通なんだね……」

「もしかして、ぼくの部屋一面に本でも敷き詰めてあると思っていたのかい?」

「うん……なんかこう……サヨサヨのことだからめっちゃ本とか置いてそうなイメージがあった……」

 沙音はぼくの部屋を見回しながら意外そうにしている。

 まあ、確かに彼女の言う通りぼくの部屋には本はほとんど置いていない。あるのは机やクローゼットなどの必要最低限のものくらいだ。あとはパソコンが一台あるだけ。
「でも女子っぽくないのは、そこは予想通りで安心した」

「君の期待に答えられたのは良いが……何か釈然としないね……」

「あはは、ごめんごめん」

 沙音はそう言いながら笑うと、ぼくもつられて笑ってしまう。どうやら少しは元気が戻ってきたようだ。

「そういえばサヨサヨのご両親は? 急に押し掛けたから挨拶くらいはしておかないと」

「ああ、それならもう少しすれば母が仕事から帰ってくると思う」

 そんな会話をしていたら、ぼくのスマホから着信音が鳴り響く。

「おや? 噂をすればなんとやらだ」

 ぼくはスマホを手に取って画面を確認すると、予想通りお母さんからの電話だった。

「もしもし? お母さん?」

『あっ! 沙葉? ちょっと玄関まで来てくれる? 荷物が多くて一人じゃ大変なの!』

「わかったよ、今行く」

 ぼくはそう言って電話を切ると、沙音のほうを見る。

「というわけですまないが、少し待っていてくれるかい?」

「うん……あーしも手伝おうか? そのままサヨサヨのお母さんに挨拶したいし」

「それはありがたいね、じゃあ一緒に来てくれるかい?」

「オッケー」

 沙音はそう言うと立ち上がり、二人で玄関へと向かう。

 そして二人で玄関を出ると、すぐ近くの駐車場に車が止まっており、運転席でお母さんが座って待っていた。車の中には大量の謎の荷物が詰め込まれていた。

 一体何を買ってきたんだろう……。

 そんなことを考えながらぼくが運転席の近くまで来ると、お母さんが気付いて車から降りてきた。

「お母さん、お帰り」

「ただいま、沙葉」

 互いに挨拶を済ませると、お母さんはぼくの隣にいる沙音に目を向けて、驚いた表情を浮かべた。

「あら? その子は……」

 そう言って沙音に近づいてくるお母さん。沙音はというと、顔こそはお母さんのほうを見ているが、視線は違った。

 彼女の視線はぼくとお母さんを交互に見ていた。まるで見比べるように。

 やっぱり……気付くよね……。ぼくはそんな沙音の反応を見て確信する。

「ああ、紹介するよ。彼女は……」

 ぼくが紹介しようとする前に、沙音はぼくの前に一歩出ると、お母さんに向かって頭を下げた。

「初めまして、月城沙音です、この度は突然の訪問、失礼致します」

 沙音が礼儀正しくお辞儀をしながら自己紹介すると、お母さんも笑顔で応える。

「あらあら、これはご丁寧にどうも……うちの沙葉がお世話に……」

「お母さん、まずは荷物を運ぼうよ」

 そう言ってぼくは大量の荷物を持つと、二人は手伝いながら家の中に運び込むことにした。

「ふう……これで最後かな?」

「そうね、ありがとう沙葉」

 そしてすべての荷物を家の中に入れると、お母さんは沙音に向かって頭を下げる。

「沙音ちゃんも本当にありがとうね、助かったわ」

「いえ! こちらこそ急に押し掛けた上に泊めていただくので、これくらいは当然です、あとこちら、つまらないものですが……」

 沙音はそう言いながら包装された箱をお母さんに渡す。帰る途中で買っておいた手土産だろう。さすがは礼儀正しい沙音だ。

「ふふ……本当にいい子ね……うちの沙葉にはもったいないくらい」

「ちょっとお母さん!! それどういう意味!?」

「だってあなた昔から人見知りするし、人付き合いも苦手だから心配なのよ……」

「それは……そうだけど……」

 確かにぼくは昔から人付き合いが苦手だった。でも最近はそれなりには改善されているはず……多分。

「でも沙音ちゃんが仲良くしてくれてるから安心ね、これからもうちの娘をよろしくね」

「お母さん!? ちょっと止めてよね!!」

 ぼくは顔を真っ赤にして抗議するが、お母さんは笑いながら受け流している。その様子を沙音はぼくとお母さんの顔を見ながら微笑んでいた。

「サヨサヨのお母さん、面白いね」

「もう……恥ずかしいから勘弁してくれ……」

 ぼくは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆うと、沙音は可笑しそうに笑っていた。

 それから夕食の時間までぼくの部屋に戻り、沙音と話をする。

「サヨサヨとサヨサヨのお母さんって仲良いんだね」

「そうかい? ぼくは特に意識したことはなかったけどね」

「そう? なんか二人の雰囲気を見てるとそんな感じしたけど」

「まあ、仲が悪いよりは良いと思うよ」

「それもそうだね……ところでさ……」

 沙音はそこで一旦言葉を区切ると、ぼくをじっと見つめてくる。なんだろう? ぼくは不思議に思いながらも彼女の言葉を待つ。

「サヨサヨはさ、お母さんの前だと、ちょっと喋り方変わるよね」

「え?」

 沙音の言葉にぼくは少し戸惑った。確かにお母さんと話しているときは少し口調が変わるかもしれない。

「変かな?」

「ううん、変じゃないと思う……むしろいいと思うよ? ……なんか、サヨサヨが素でいられている感じするから……」

 そう言う沙音の顔はどこか羨ましそうな、寂しそうな表情を浮かべていた。

「沙音、どうしたんだい? そんな顔をして……」

「なんでもない……」

 沙音はぼくから視線を逸らすように横を向くと、そのまま黙り込んでしまった。

 ぼくはそんな彼女の様子を心配に思いながらも、それ以上は追及しなかった。

 やっぱり何か悩みでもあるのだろう。でなければわざわざ家に泊まりに来るわけがない。

 でも、本人が話したくないなら無理に聞き出すことはしたくない。彼女が話したくなるまで待つしかないだろう。

「それにしても友人を家に招いたことがなくて、何をすればいいのかわからないな」

 ぼくは話題を逸らすように、そんなことを呟いた。沙音はそれを聞いて少し驚いた表情を浮かべる。

「え? 天道を家で遊んだりしなかったの?」

「なぜそこで天道さんの名前が出るんだい?」

「いや、だって……天道とサヨサヨって仲良いじゃん? 二人とも幼馴染みなんでしょ?」

「まあ……仲が良いのは否定しないが……」

 ぼくは少し歯切れ悪く答えると、沙音は何かに気付いたのかニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「そういえば、サヨサヨって天道のことが好きだったんだっけ?」

「確かに好きだったとは言ったけど……それは過去のことだよ」

「じゃあ、今は違うの?」

 沙音は少しからかうような口調で尋ねてくる。ぼくは少し考えてから答えることにした。

「天道さんに対して好意を持っていないと言えば嘘になるよ、でもそれは友人としての好意であって、異性として意識しているわけではない」

 ぼくの初恋は間違いなく天道さんだった。でもそれも過去の話だ。ぼくはもう彼との恋心にはちゃんと整理をつけてある。

「じゃあ、天道が告白してきたらサヨサヨはどうする?」

「思いっきり振ってやるつもりだが?」

「うわ……はっきり言うね……」

 沙音は苦笑を浮かべながら、呆れた声でそう言った。ぼくも苦笑いしながら言葉を続ける。

「こんな美人を一度振っておいて、今さら告白なんて虫が良すぎるからね、あと、正直一度振られるくらいしないと、ぼくの気が済まない」

 ぼくがそう言うと、沙音は呆れたように笑う。

「アハハ……めっちゃ根に持ってるじゃん」

「当たり前だ、当時、内気な文学少女だったぼくが、勇気を振り絞って告白したというのに……」

 ぼくは当時のことを思い出して少しイラっとしてしまった。

 あの時は色々とタイミングが悪かった。というよりもあそこでぼくの告白を受け入れてはダメな状況だった。

 それをちゃんと分かった上でぼくのために振ってくれたのは、天道さんなりにぼくを想っての行為だったのだということは理解している。

 そこには感謝しているし、納得もしている。でもそれとこれとは話が別だ。

「なんというか……サヨサヨってこういうところはちゃんと女の子してるよね」

「どういう意味だい? それは……」

「そのままの意味、サヨサヨって普段はクールでキザだけど、意外と乙女っぽいところがあるというか……」

「失礼な、ぼくだって普通に女子なんだけど」

 ぼくが少し拗ねたように答えると、沙音はクスクスと笑う。

「ごめんごめん、冗談だってば」

 そう言って沙音は笑いながら軽く謝ってくる。まあ、別に怒っていたわけではないので別にいいのだが……。

 ぼくは沙音の横顔をチラッと見ると、少し安心した。

 どうやら少しは元気が戻ってきたみたいだ。やはり彼女には笑顔が一番似合う。

 沙音が何に悩んでいるのかそれは預かり知らぬことだが、少しでも彼女の力になれたのなら嬉しい限りだ。

 それからしばらくの間、ぼくたちは雑談を楽しんだ。
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