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作者: 桐谷 碧
18
「うわっ! なにあの看板。海斗くん見て見て、あれ絶対にわざとだよね」
 パチンコのパの部分だけの電飾が消えている、卑猥な看板を指差して美波は眉間に皺を寄せた。格好はいつものオーバーオールだったが、キャップにサングラス、更にはマスクを装備しているので不審者丸出しだ。しかし、地元ゆえに凪沙の知人に合わないとも限らない。彼女は中高一貫の私立だから地元に友達は殆どいないらしいが、面倒は避けるに越した事がないので念のため変装させている。
「あ、ゲームセンターだ。行ってみたいなー」
「そんな寄り道してる場合じゃないだろ」
 美波の実家に行くのにこの商店街を通る必要はない。しかし、美波が母校を覗きたいと我儘を言って聞かないので仕方なく回り道をしていた。アーケード付きの商店街は寒い冬や雨の日には重宝するが、真夏は蒸し風呂のように暑い。
「ちぇー」
「ほら、行くぞ」
 実年齢が二十四歳にもなってゲームセンターに後ろ髪を引かれる美波を無視して歩き出した。悠長に遊んでいる時間など無いのだ。
「こんにちは、佐藤さん」
 すると、真正面から突然声を掛けられて一瞬パニックになった。目の前の中年男性が誰だったか思い出すのに数秒かかる。ソフトボール部の顧問の田淵だ。ここは彼らのテリトリー、鉢合わせる事も予見しておくべきだった。
「げっ、ブッチ」
 言った後に、しまったと口を塞いでいるのはキャップにサングラス、マスクをした怪しい女だ。
「え?」  
 田淵の視線が美波に移る、その外見を見て訝しげな表情に変わったので、慌てて俺は話しかけた。
「どうも、田淵顧問、これから練習ですか?」
 美波に向けられていた視線がコチラに戻る。
「あ、いえ、今日は部活は休みです。しかし、ソフトボール部の顧問の前に三年生の担任なのでやる事が沢山ありまして。そもそも受験を控えたこの時期にですね、三中の元生徒が自殺なんてしたものですからマスコミがウチにまで――」
 話が長くなりそうなので適当に相槌を打ってからその場を辞去した。田淵は話足りなそうな表情だったが、しぶしぶ校舎の中に消えていった。
「びっくりしたー。あのおじさん、全然変わってないなあ」
 田淵だからブッチ。おそらく彼女たちが現役の頃の渾名なのだろう、しかし驚いたのはコッチだ。
「美波と妹は似てるのか?」
 先日、確認のため江ノ島で撮った美波の写真を田淵に見せた。中身は美波だが体は凪沙であるそれを見て、田淵は確かに美波だと頷いていた。もっとも、中年男の九年前の記憶など当てになるものではない。
「どーかなー? ママはそっくりって言うけど」
「そっか……」
 生きていれば近所でも評判の姉妹となったに違いない、そんな軽口がなぜか言えなかった。腫れ物に触れるような扱いを美波は決して望まないだろう。しかし、全てを知ってしまうと自然体で接するのが難しい。自殺するほどの絶望を、美波はこの七年間で乗り越える事が出来たのだろうか。それとも、自らを死に追い込んだ人間に復讐する機会を伺っていて、七年間で着々とその準備を整えていたのかも知れない。俺には後者の方がしっくりと胸に収まった。
 校舎の裏手に回ると今日は野球部が練習をしている。少しの間、その爽やかな風景を二人並んで観察していた。すると先日と同じ様に、遠くからの視線を感じる。犬を連れた主婦らしき三人。あそこで立ち話、いや悪評を垂れ流すのが彼女たちのルーティーンなのだろう。
「美波、行こうか」
「うん」
 校舎をグルリと一周してから、美波の自宅を目指して歩きだした。  
「もしや、スカウトだと思われたかな」
 不意に美波が呟いた。
「え?」
「ほら、犬のお散歩してたおばちゃん達、あたし達の事マジマジと観察してたから、野球部のスカウトと勘違いしてたんじゃ……」
「ふっ」
 なるほど、まったく同じ光景を見ても捉える人間によってどう感じるのかはまるで違うという訳だ。彼女たちが何を話していたか内容は分からない、知る必要もない。しかし、美波の考え方の方が自分よりも遥かに面白いし健全だ。
「きっとそうだな」
 どうしてだろう。彼女といると自分の考えが馬鹿らしく思えるのは、心の中が暖かくなって穏やかな気持ちになる。美波には誰かを恨んだり、復讐したいなんて想いはきっと無いのだろう。俺は安堵して、また少し美波を好きになり。また少し、自分の事が嫌いになった。
 商店街を抜けて五分ほど歩くと閑静な住宅地になった。似たような建売戸建が隙間なく並んでいて、そこに個性はない。機能性と利便性が何より求められる現代において、かつての下町風情は跡形もなく消え去っていた。俺が生まれ育った西口にも、かつては駄菓子屋が数軒あったらしいが、物心着く頃には置物のように動かない婆さんが一人で切り盛りする店が一軒だけで、それも中学生になる頃には取り壊され、マンションとなっていた。
 小さな児童公園を通り抜けた先に古びたアパートがあった。そこだけが昭和にタイムスリップしたかのように周りから浮いている。道路に面した窓は開け放たれていて、中にいる住民が丸見えだ。細くて黒い、ゴボウのような老人が下着姿で高校野球を見ていた。
「海斗くん、そこ。美波んち」
 一瞬、このボロアパートかと警戒したが、美波が指差しているのはアパートの隣に佇む瀟酒しょうしゃな一軒家だった。茶色い外壁の三階建てで、家の前には白いセダンが停まっていた。
「ここで美波は育ったのか……」
 美波の生家を見上げながら感慨にふけた。別に娘を嫁にくださいと、親に挨拶をする訳でもないのに足が震える。
「なんか恥ずかしいなぁ、本当に行くの?」
「ああ」
 美波の実家を訪れたのは、彼女を現世に繋ぎ止める何かを見つける為だったが嘘をついた。無駄な心配を掛けたくないし、俺の考えすぎかも知れない。何より美波の部屋に入ってみたいと言うのは、まんざら嘘でもないどころか正真正銘の本音だった。
 美波がオーバーオールのポケットをまさぐり、鍵を取り出した。しかし、それを鍵穴に差し込む前にガチャリと音がして、黒い扉が開かれた。
「あら、凪沙。帰ってきたの?」
 顔を出したのはショートカットの可愛らしい、小柄な女性だった。話によると五十歳手前の筈だが、三十代でも通用するほど童顔なその丸顔は、美波との血の繋がりを隠すことは出来ない。すぐに母親だと分かった。
「あ、うん。ちょっと忘れ物」
「何なの、そのサングラスは?」
「あ、これは変装、じゃなくて紫外線が眩しくて、うん」
「お婆ちゃんは、元気してる?」
「うん、めっちゃ元気。今朝もゲートボールに出掛けていった」
「そう、ならい――」
 そこで、やっと美波の後ろに突っ立っている俺に母親が気付いた。
「あ、同級生の佐藤くん。一緒に課題やってるんだ」
「初めまして、佐藤海斗です」
 俺は笑顔を作り丁寧にお辞儀をした。まずは母親に取り入って味方につけてから、最大の障壁であると予想される父親の牙城を崩す。いや、今日の目的はそっちじゃない。
「あらまぁ、二枚目な男の子。凪沙もやるわねぇ、いつの間に。へー、ふーん」
 母親はニタニタと笑みを浮かべながら、俺たちを交互に見た。美波は顔を真っ赤にして下を向いている。
「お母さん、今から病院だから。腰の検査。ヘルニアだったら大変よ」
「う、うん……」
「佐藤くん、ごめんなさいね、お構いできなくて」
「いえ、また改めてご挨拶させて下さい」
「え? それは結婚のご挨拶かしら?」
「ちょ、ママ!」
「はい」
「海斗くん!」
 青春って素敵ねー。と言い残して、美波の母親はママチャリにまたがり去って行った。その後ろ姿を見送りながら、俺は自分の母の背中を思い出し、鼻の奥がツンとした。
「ちょうど良かったね、ママがいたら美波の部屋に入りずらいからさ」
 玄関の上り框で靴を脱ぎながら美波は言った。それもそうだ、いま目の前にいるのは美波だが、母親から見たら凪沙な訳で、その彼氏と二人で死んだ姉の部屋を探るのは現実的に厳しかっただろう。
 美波が死んでからは父親と母親、凪沙の三人で暮らしていた。三階建の一軒家を持て余しているので、一人暮らしの祖母、つまり美波の母親の母親に同居するように打診してはいるが、生まれ育った地元の神田を離れたくないらしい。美波が夏休みのあいだ祖母の家で過ごすのは、俺の家から近いのと、祖母の様子を見るという使命があったようだ。他の男の家に寝泊まりしていると言う、俺の妄想は杞憂に終わった。
 一階のリビングに仏壇があった。遺影の中の美波は制服姿で笑顔をコチラに向けている。確かに似ていた。そして、改めて彼女がこの世にいない現実を突きつけられた気がした。俺は線香をあげると、しばらくその場で手を合わせた。美波は念のため部屋を片してくると言って、二階に行ったきり戻って来ない。
「よろしければ、お茶どうぞ」
 まず、誰もいないと思っていたリビングで、いきなり声をかけられた事に驚いた。慌てて振り向くと、長身で細身の男がお茶をのせた盆を持って立っている。その顔に見覚えがあったが思い出せない。
「お、お邪魔してます! みな、じゃなくて凪沙さんの同級生で佐藤海斗と申します」
 歳の頃からして美波の父親と思われるその男は、目元に皺を寄せて微笑んだ。
「先程、聞きましたよ。まあ、コチラに座ってください。暑いから喉も渇いたでしょう」
「ありがとうございます、頂きます」
 ダイニングチェアに腰を掛けると、正面に男も座った。ずっといたのだろうか、あまりに薄い存在感にまったく気が付かなかった。
「今日は誕生日なんですよ、娘の……」
「え?」
 俺が聞き返すと。美波の遺影を男は見つめた。
「えっと、凪沙さんのお姉さんが誕生日なんですか?」
「はい、生きていれば二十四歳になります」
 そう言えば、誕生日を聞いたことがなかった、夏に生まれたから美波、そう言っていた事を思い出す。
「だから美波……さんなんですね?」
「ええ、暦の上だともう秋なんですけどね、私がどうしても美波が良いって、我儘言ったんですよ」
 照れ臭そうに笑う横顔にやはり見覚えがある、最近だ。しかし、凪沙のボーイフレンドにはあまり興味がなさそうな父親は、美波の遺影を遠い目で見つめている。今なら美波のことを尋ねても不自然じゃなさそうだと思い、俺は聞いた。
「あの、美波さんは生前、目標と言うか。夢と言うか。やっぱりあったんでしょうね……」
 この世に未練、心残りがあるならば、それは何か。美波の実家に訪れた目的は、そいつを見つけ出して逆に利用する事だ。例えば死ぬ前にラーメンを食べたかったが、食べ忘れて成仏できない霊がいたとすれば、ラーメンを食べた時点で目的は達されて無事成仏するだろう。恨みがある人間がいるのなら、そいつに復讐すれば成仏できる。つまり前者はラーメンを食わせなければ、後者は復讐を完遂させなければ、永遠に成仏できずに現世に留まらせる事が可能。美波の未練、心残りをクリアさせない事で、ずっと一緒にいる事が出来る。
 安直だが理にかなっているようにも思える。もっとも、美波に出会っていなければ、こんな馬鹿げた妄想など考えもしなかっただろう。
「ええ、ありますよ。それが可笑しいんですよ。見てみますか?」
 そう言うと美波父は、コッチコッチと手招きして二階に案内してくれた。扉には『美波の部屋』と丸文字で書かれた札が掛かっている。扉を開けると六畳程の広さの部屋にベットと勉強机、壁には学校の制服がハンガーで吊るされていた。しかし、片付けに来たはずの美波の姿はない。階段を上がって来る気配を察して、出て行ったのだろうか。
「見てください、これ」
 ちょうど勉強机に座った時、正面に見える位置に白い紙が貼ってあった。筆で書かれた訓示のように見えた。
 
 一、ソフト部でレギュラーになる
 二、全国大会出場
 三、慶葉大学合格
 
「へえ、目標ですか、達筆ですねえ」
「二、までは叶えたんですよ」
 生きていればきっと三、も達成していたに違いない。と、なると美波が現世でやり残した事は、大学入試という事になる。それならば心配は要らない。夏休みしか体を使えない美波に、冬に行われる試験を受ける事は出来ない。すなわち成仏も出来ない。
「でもこれはダミーなんです」
「え?」
 ホッとした俺に美波父が言うと、机の抽出しを開けた。
「あれ?」
 頓狂な声をだした、彼の肩越しに抽出しを除いて見たが中身は空っぽで何も入っていない。
「どうされました?」
「無いんですよ、たしか手帳があったのですが」
「手帳ですか」
「ええ、母さんが別の所にしまったのかな」
 そう言いながら他の抽出を開けるが、手帳らしき物は見つからなかった。
「いえね、遺品整理の時に家内が見つけましてね、年頃の娘の手帳を見るのもどうかと思ったのですが、その時はどうしても、いや。理由が知りたくて中身を見させて貰いました。生真面目にスケジュールが書き連ねてあって、日記も毎日付けていました。最後のページには夏の目標、なんてタイトルで自分のやりたい事? 願い事みたいな事が記されていて、それは、もう、本当に普通の女の子の普通の夢と言いますか……」
 思い出して涙腺が緩んだのか、上を向いた美波父の瞳が濡れて光っている。
「海に行きたい、とか。花火を観たい、とか。そんな普通の事でした。でもあの子は、美波はそんな普通の事が中々言えなかったんです……」
「部活動が忙しかったからでしょうか?」
 美波父はゆっくりと被りを振った。
「もちろん、それもあったでしょうけど……。美波は親や周りの期待に応えようと常に努力していました。期待に応える美波に私たちはもっと期待する、それに応えるためにもっと努力する。きっとプレッシャーだったと思います」
「あの、他にはどんな事が書かれていましたか?」
 手帳の話が本当ならば、美波が成仏しない理由は間違いなくそっちだろう。大学入試なんかじゃない。そして、美波父の言った言葉を思い出して血の気が引いた。
 海に行きたい、花火を観たい。それは両方とも美波が俺に望んだ事であり既に達成している。手帳に書かれた願いが全て叶った時、美波は成仏して二度と現世に戻ってこない。のか? 分からない、しかし危険だと心の中で警鐘が鳴っている。
「彼氏が欲しいとかー。あと、なんだっけな」
 それも既にコンプリート済み。まさか、全て叶えてしまったのだろうか。そう言えば美波はどこに行った。まさか消えた?
「まだあるでしょ! よく思い出して下さい」
 俺が詰めより過ぎたのか、美波父は少しのけ反った。しかし、怪しむ様子はなく顎に手を当てて思案している。
「うーん、それだけだったような……。もう一つくらいあったような、自信がないなあ。母さんに聞いてみましょうか?」
 冗談半分にスマートフォンを取り出した美波父に「お願いします」と頼むと、意表をつかれたように目を見開いたが、すぐに笑顔に戻り「ちょっと待ってね」と言いながらスマートフォンを耳に当てた。
「パパ! お姉ちゃんの部屋に勝手に入って怒られるよ」
 俺と美波父は同時にビクッと肩をすくめた。つまみ食いがバレた猫のように声の主に顔を向けると、美波が開けっぱなしの扉の前で仁王立ちしている。
「あ、いやいや、ちょっと佐藤くんに見せてあげたくてね」
 勝手に部屋に入って怒る長女はいないのに、美波父は慌てて言い訳をしている。父親が娘の部屋に侵入する事はたとえ死後でも御法度らしい。あれこれ言い訳をしながら、思い出したようにスマートフォンを耳に当てると、「あ、母さん?」と言いながら部屋を出て行った。
「ほら、海斗くんも、もう良いでしょ?」
「ん、ああ」
 それから凪沙の部屋に移動して美波と話したが会話が頭に入ってこない。凪沙の部屋は如何にも女の子といったテイストで、ベッドにはぬいぐるみが並んでいた。
 美波父の優しい笑顔を思い出して胸が痛む。娘に自殺された父親の心境とは、どれほど苛烈なものだろうか。宝物のように育て、見守ってきた娘を理不尽な暴力により蹂躙され。自ら死を選んだ娘を救えなかった自分を、一体どれだけ責めただろう。復讐だって考えたに違いない、それでも残された家族のために踏み止まり、血の涙を流しながら奥歯を噛み締めて堪えたに違いないのだ。
 加害者はずっと何かに守られている。それは社会であり、法律であり、モラルであり、時には被害者の家族である。それはあまりにも救いがない世界だ。大切な家族を奪ったクズ達に復讐したくても、残った家族を守るために泣き寝入るしかない。法律の世界に興味はないがもっとシンプルで良いじゃないか、人を殺したらそいつも殺す。なぜこんな簡単な理屈に辿り着けないのか不思議だった。更生? 被害者にとって加害者が更生する事に何の意味がある。しなくて結構、死んでくれ。速やかに。
 両親を殺した野村賢治の記憶を呼び戻す。懲役十年と宣告された時の笑いを押し殺した顔は、すぐに脳裏に再生された。残された家族がいない俺はある意味幸せだ、遠慮なく野村を地獄に叩き落とせる。拷問し、陵辱し、泣き叫んでも決して終わらない死の宴。想像すると興奮して眠れなくなる。早く、早く出て来い。それだけを夢見て生きてきた。それだけを考えていれば良かった。
 美波と出会い、美波を好きになり。俺はこの先どうしたら良いのだろうか。俺がもし復讐を諦めたら父さんはなんて言うだろう、母さんはなんて思うだろう。分からない。分からないけどなぜか、なぜか泣いている二人が想像できて、また胸が苦しくなった。
「海斗くん! 聞いてる?」
 現実に引き戻されて美波を見つめる。
「お父さんには、お母さんもだけど……、明かさないのか?」
 パパ、ママ。美波だよ。本当はそう告白したいんじゃないのか。
「ダメだよ、そんなの。やっと二人とも立ち直って新しい人生を歩んでるんだから」
「そっか、そうだよな」
 俺はそれ以上なにも言えなかった。
 美波父に深々と頭を下げて、星野家を辞去した。去り際に美波の目を盗み、俺に耳打ちしてくれたのは生きていた頃の美波の夢。普通の女の子なら誰でも考えるような十七歳の願い。おそらく、それはまだ叶えられていないだろう。それが確認できて安心した。美波との安寧の日々を確実にする為に出来る事はすべてやろう。もう二度と大切な人を目の前で失わない為にも。
「そーいや、今日誕生日なんだってな」
 少し歩くと荒川土手があった。金八先生のオープニングに出てくるような緑の土手が遥か彼方まで続いている。夏の新緑の香りを楽しみながら二人並んで歩いていると、いつの間にか入手したオナモミを俺に向かって投げている美波の手が止まった。
「え? あ、ああ。そーだ、誕生日だ!」
 どうやら彼女自信忘れてしまっていたようだ、もっとも何歳の誕生日というのが正解か分からないが。
「よし、誕生祝いしよう。何食べたい?」
「焼肉!」
 夏休みが終わるまであと僅か。それは美波と一緒に過ごせる時間と考えるのが自然なのか。本当に彼女はフッと消え去って凪沙になるのか。そして本当に来年の七月二十日に戻ってくるのだろうか。結局なんの確証も得られないまま、俺たちの夏休みは最終日を迎えた
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