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作者: 寿甘
残酷な描写あり R-15
クリオのアルマ
「100万オーロになります」

「えっ?」

 方舟で仕留めたガーディアンを管理所に持ち込むと、予想外の高額査定を受けた。アーティファクトの買取はその価値に対して非常に少ない額しかもらえない。これは真っ二つにされたガーディアンの評価額に対して恐らく1%に満たないだろう。ちなみに首都の販売店で最も高いナンディの販売価格は20万オーロである。

「三等分してもナンディを買って余裕が出ますよ」

「いや、これはあんたら二人分だ。俺はコアパーツを貰ってるからな」

 ミスティカの言葉をホワイトがすぐに訂正する。コアパーツとは無人式の機械に備わっている、機体の命令中枢だ。AIによって自律行動している機械だが、ガーディアンのようなアルマの無人化は現代の人類では再現できずにいる。これを他国に先んじて再現・実用化できれば、無人機による侵略戦争を繰り返し世界を掌握することも可能だろう。つまり、野心にあふれる国家群はガーディアンのコアパーツを何よりも求めているのだ。

「はぁ~、とんでもない話っすねぇ」

「なに他人事みたいに言ってるんだ。もう俺達三人の名前で全世界にニュースが配信されてるぞ。自分達がどれだけのことをしたのか、よく知っておきな」

 ホワイトが自分の腕輪から空中に映し出したビジョンに最新のニュースが流れている。ミスティカ・クリオ・ホワイトの三名が歴史的偉業を成し遂げたという話題だ。特にミスティカは先日スコーピオン三機を撃退している。その後の機兵団とスコーピオンの戦闘映像も同時に流され、救世主の登場とまで言われていた。スコーピオンが首都を襲撃した映像もあり、彼女が首都にいたら奴等の好きにはさせなかっただろう、などと熱っぽく語られていた。

「ああ……なんてことに」

「持て囃されるのは面倒だが、名声があるのは悪いことばかりじゃないさ」

 実態とかけ離れた自分の評判に頭を抱えるミスティカだが、ホワイトは楽観的に慰めるのだった。

◇◆◇

 大聖堂・教主室にて。先ほど配信されたニュース映像を示しながら、大天回教の幹部が教主に指示を仰いでいた。

「ホワイトにミスティカ……教主様に盾突く不届き者達が方舟を荒した様子です。いかがいたしましょう」

「……ゆるす」

「は?」

「あの子らは我等の悲願でもあるGCP-1型のコアパーツを手に入れ、法に則り正しい手順で献上した。人類史に残る偉大な貢献をしたのだ。なればこそ、彼等の犯したささいな罪など神はお赦しになるであろう」

 表情を変えず、抑揚のない声で教主ラザリアは部下への指示を出す。彼女達の行動は教団にとっても利益になるので生かしておけ、ということだ。そもそもホワイトもミスティカも、大天回教に敵対したことはない。教主がそう言うなら、と指示を仰いだ幹部も自分の勤めに戻り、彼女達はもう狙わなくていいと配下の者へ伝えるのだった。

 教主ラザリアは窓から眼下に広がる砂の海を見つめ、誰もいない空間に向かって語りかける。

「ミスティカ……愚かな娘よ。お前のやろうとしていることは手に取るように分かる。教団が伝える歴史の裏側に隠された真実を白日の下に晒し、我等の罪を問おうというのであろう。だが、その行いこそが我等大天回教、いやこの星に閉じ込められた人類全てを救う道となるのだ。故に、余はお前を赦そう」

 そこで聞いている者がいることに気付いているかのように、ラザリアははっきりとした口調で窓に向かって語った。

◇◆◇

「ホワイト……まだそこにいたのか」

 首都の一角にある機兵団の詰所で、機兵団長ブラックは最新のニュースを見ていた。かつての親友は、今やカエリテッラの敵である。とはいえ表向きには国家と敵対した事実などは無い。だから堂々と方舟で発掘の真似事なんかをしていられるわけだ。

「教主様もこのニュースをご覧になっているだろう。どういった判断を下されるのか」

 教主はホワイトの手配を解除したのだが、そのことはブラックには知らされていない。そもそも独断で何かをしていい立場ではないので、上の方針をわざわざ伝える必要もないのだ。ブラックは目を閉じ、親友が軍を抜けた当時のことを思い返すのだった。

◇◆◇

 クリオは50万オーロもの大金を受け取り――ただの数字データなので重みなどはないが――緊張の面持ちで新品のアルマを購入しに販売店へとやってきた。当然店員もニュースを知っているので、満面の笑みでクリオを迎え入れるのだ。その頭の中ではこの店で一番高いアルマを売る計画を立てているのは言うまでもない。

「長旅に耐えられる丈夫なアルマが欲しいんだ」

「ええ、ええ。そうでしょうとも! こちらは当店自慢の一品となります、クモ型アルマ『タランチュラ』です。高機動、高耐久で広大な砂漠を旅するのに最適のチューンに仕上がっておりますよ」

 最初から用意されていたらしい、大きなクモ型のアルマを指し示しながらクリオに近づく店員。その全身から「なんとしても売ってやろう」というオーラが立ち昇っているかのようだ。横で見ていたミスティカは首都での接客を思い出し曖昧な笑みを浮かべている。タランチュラの外観はかなりリアルなクモの形を再現しており、少々気味が悪いと感じたがあえて口に出さないでおく。

「クモかー、強そうだけどオイラに扱えるかな」

「アルマは操縦者との相性も大事だからな。クリオの性格に合わないとせっかくの高性能も活かせないぞ」

 ホワイトが上級者としてのアドバイスをする。店員が一瞬彼を射殺さんばかりの視線を向けるが、意に介した様子もない。展示されている他のアルマを順番に見ていくホワイトに、クリオ達もついて回った。店員はその都度性能などを述べていかにタランチュラの方が優れているかをアピールするが、その必死さが逆にクリオの購入意欲を下げてしまう結果となっていた。接客能力はお世辞にも高いとは言えないようだ。

「これなんかどうだ。なに型だかよくわらないが、こういうのは発掘されたアーティファクトを部品だけ換装したものが多い。意外と掘り出し物かもよ」

 ホワイトが見つけたのは、ずんぐりとした体型の四脚式アルマで、大きな尻尾らしきものが後ろについている。サイズは小さめで、イヌやウシとは明らかに違う形状をしている。

「これ、何の動物スか?」

「これは方舟の浅い階層で見つかったアルマで、機体に刻まれた古代文字から『ラタトスク』という名のようです。解明されていない機能が多く、うまく使いこなせる者もいなかったのであまりおすすめはできませんが……」

「気に入った!」

 クリオは「未解明の機能が多い」という部分に強く興味をひかれた。固有名詞っぽい名前がついているのも、いかにも掘り出し物っぽい。

「店員さん、これをさっきのタランチュラと同じ値段で譲ってくれないか。表示価格との差額は俺が負担する」

 何故かホワイトが値上げ要求をした。安く売ってくれというならともかく、高く売ってくれと言われることは想定外のことで店員も驚きを隠せないが、儲けが多くなるなら断る理由もない。タランチュラが売れなかったことで上司から叱られる心配もなくなりそうだ。

「どうして高く売ってもらうのですか?」

 クリオと店員が登録の手続きをしている間に、ミスティカがホワイトに理由を尋ねた。するとホワイトは肩をすくめ意地悪く笑って答える。

「後から文句を言われないようにするためさ」

 よく分からないが、ホワイトはこの『ラタトスク』という機体を非常に高く評価しているらしい。彼がそういうのならと、それ以上深く追及はしないことにするミスティカだった。
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