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作者: 寿甘
残酷な描写あり R-15
クリオ登場
 粗末な日干し煉瓦の林の中に、異質なビルが建っている。遺構管理所だ。国家が管理する施設なので首都と同等の文明レベルを誇る建物が、あまりにも周囲の家々と隔絶された空気をまとっている。整備された広い駐機場にナンディを置くと、入り口の自動ドアをくぐり抜ける。これだけ綺麗で立派な建物が貧民街のただなかにあって略奪の対象になっていないのは、カエリテッラ・大天回教という強大な組織の出先機関だからだ。天地がひっくり返っても敵うはずのない絶対強者に立ち向かうような自殺志願者は、そもそもこんなところで苦しい暮らしをする前に盗賊へ身を落とすというものだ。

 中には事務員らしき人物が窓口の向こうにいて、その手前の空間にエクスカベーターらしき若い男が一人だけ。ミスティカとしてはベテランのエクスカベーターに同行してもらいたいのだが、この場で事務員に目的を話せば確実に彼が名乗りを上げるだろう。単に大天回教の聖教徒というだけでなく、ミスティカは同行するエクスカベーターに破格の条件を提示する予定なのだ。すなわち、探索中に入手したアーティファクトについては一切の権利を譲ると。

 とはいえ、この状況を見て回れ右するのは不自然だ。やむを得まい、あるいは見た目に反して凄腕かもしれない。たまたま何かの用事でここにいるだけで、同行できないかもしれない。ジロジロ見るのも失礼だし、視線を前に向けたまま早々に窓口へと向かって用件を言うことにした。

「すみません。遺構の調査をしたいのですが、同行できるエクスカベーターの方を紹介していただけないでしょうか。深いところまで潜るつもりなので、出来るだけ優秀な人だと助かります」

「聖教徒様が自ら遺構の調査とは、大天回教も回天の準備が整いつつあるということでしょうか。失礼、余計な詮索をしてはいけませんね。うちで管理しているエクスカベーターの中で一番のベテランを呼びましょう」

 事務員は中年の男性で、やや恰幅の良い身体をしている、いかにも仕事慣れした風情の人物だ。口髭を生やした浅黒い肌から白い歯を見せて愛想の良い笑顔を見せる。信頼できそうだとホッとしたのも束の間、話を聞いていた若いエクスカベーターが声をかけてきた。

「へへっ、オイラに攻略できない遺構なんかないぜ! どこにいるか分からないオッサンよりオイラを連れていきなよ、聖教徒様」

 言うと思った。まだ条件も提示していないのだが、彼の様子からして仲間も見つからずにあぶれていたのだろう。遺構に向かえれば何でもいい、まだ経験の浅いエクスカベーターだ。しかし本人が自信ありげなのに勝手な決めつけをして嫌な顔を見せるわけにもいかない。これも巡り合わせだろうと観念し、微笑みを返した。

「何を言ってるんだ、クリオ。お前はまだ駆け出しだろう」

 呆れた様子の事務員がミスティカの見立てを裏付けてくる。だがそれを手で制し、クリオと呼ばれた若者に確認をした。

「クリオさんというのですか。今あなたは攻略できない遺構はないとおっしゃいましたね。正直に言いますと、私は大天回教も把握していない過去の歴史を調べようとしています。つまり未だ誰も到達したことのない深層の調査を目指します。それでも、あなたには攻略する自信があるのですか?」

 改めて目の前の若きエクスカベーターを観察する。背が頭一つ分高い彼の肌は滑らかな象牙色で、自分よりも若い印象を受ける。もしかしたらまだ十代なのかもしれない。大きく開いた目は明るい茶色で、強い意志の光を宿している。大聖堂ではあまり見ない目だ。あそこはただ教えに従うだけの従順な人間か、悩みを抱えて救いを求める人間ぐらいしかいなかった。そのクリオは、ミスティカの脅かすような言葉に嬉しそうな笑顔を見せた。

「それなら、まさにオイラが適任だね! オイラは何の取り柄もないけど、物心ついた時から遺構を遊び場にしてるんだ。仕掛けを解いたり怪しい場所を見つけるのはここの誰より得意なんだぜ」

 事務員のおじさんに視線を向けると、困ったような顔をしつつも頷いてクリオの言葉を肯定する。

「お前の探索能力は買ってるけどな、アルマでの戦闘はからっきしじゃないか。そんなんでどうやって深層を目指せるつもりだ」

 クリオは調査能力は高いが戦闘技術は低いようだ。発掘調査において戦闘は主目的ではないが、重要な場所は強力なガーディアンが守っているのがお約束というもので、発掘行ではやはり戦闘力が重視されるものだ。他に腕のいい戦闘員がいるなら話は別だが。しかしクリオは両手を開いて首を振り、何を言っているんだと言わんばかりの意外そうな顔を見せた。

「聖教徒様に護衛は必要ないでしょ? 機兵団でも苦戦するあのスコーピオンをボッコボコにした超・超・超・ツワモノなんだから」

 なんと、例のニュースはここでもしっかりと知られていたらしい。この言葉に事務員も「確かに」と顎に手を当てて頷いている。なんと希望に満ちた態度でミスティカを見ているのだろうか。とても真実を言い出せる雰囲気ではない。

 真実と言えば、あの時なぜナンディは機能を回復したのだろうと思い返す。さすがに呼びかけで目を覚ましたなんてことはないだろうし、罠を仕掛けた連中が肝心のところで抑えきれなくなるような半端なことをするとは思えない。となれば、信仰に生きる者として考えられることは一つだ。

「……これも神のお導きなのでしょう」

 大天回教のオカルトな部分を心から信じているとは言い難い。組織の中枢で生まれ育った身としては、神話なんて都合のいい創作だと分かっている。ただ現実の事象を元にして作られている話が大半を占めることも事実だ。つまり、神の仕業とでも考えなければ説明がつけられない出来事も世の中には多く存在するということだ。神や天使の存在を否定する根拠もないのだから、あれは神の命を受けた天使様が助けてくれたのだと考えておけば気持ちは収まるというものだ。

「じゃあ一緒に行っていいんだね、よろしく聖教徒様!」

「私の名はミスティカです。これからは名前で呼んでください、クリオさん」

 手を差し出し、握手を求める。何はともあれ、国家に身元の保証された仲間が増えるのは良いことだ。戦闘になったらどうしようと不安な部分もあるが、ミスティカ自身も初戦闘の時からナンディは結構強いのではないかと思っていたので、いくらか楽観的に考えているのだった。

 こうして、未熟者コンビの小さな発掘隊が誕生したのである。前人未到の地を調査するという無謀極まりない挑戦にも、未熟であるがゆえに踏み出せてしまうのだ。
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