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作者: 寿甘
残酷な描写あり R-15
遺構に到着
 ミスティカは目的の遺構に近づいていた。周辺に住む者達に『キャンプ』という言葉を使わないように気を付けなければ、と自分に言い聞かせつつ、地平線の下から徐々に顔を覗かせてくる構造物に注目する。

「この距離からあんなに大きく見えるということは、話に聞く以上に大きな遺構だということですね。ナンディさんでもそのまま入れそう」

 ナンディは通常のアルマよりかなり大きいので、遺構の中に入れないのではないかと危惧していたのだ。遺構は危険が多い。生身の人間が足を踏み入れていい場所ではなく、発掘する者はアルマに乗るか、有力な発掘者エクスカベーターが通った後をこっそりとつけていっておこぼれにあずかるしかない。危険の原因は大きく二つ。数千年のうちに住み着いた凶暴な生物と、遺構を侵入者から守るために襲ってくる『ガーディアン』と呼ばれるアルマの存在だ。

 ガーディアンには乗り手が存在しない。AIのみで自律行動ができる上に高い戦闘力を有していることから、鹵獲ろかくして軍事利用しようと考える国家は少なくないのだが、どうにも上手くいかないようだ。

「『方舟』か……我々の祖先はいったいどうやってあんなに大きなもので空を飛んでいたのでしょうね」

 この遺構はかつて人間が地球から乗ってきた移民船の残骸だ。地面に突き刺さるような状態になっているから、かつての人々は空から落ちてきたのだ、いや長い時の流れで砂に埋もれてしまっただけだ、と不毛な議論が今も続いている。まず方舟がどんな形状をしていたのかすら、現代人はよく分かっていないのだ。

 その方舟の周囲に住み着き、アーティファクトを発掘して暮らす人々の居住する場所が、例の『キャンプ』である。実際に目の当たりにするとその言葉の意味がよく分かったミスティカは、思わず「なるほど」と呟いた。

 とても町とは呼べないほどにまばらな住居群、それもただ乾燥させただけの日干し煉瓦れんがを積み上げた粗末な家ばかりだ。技術的な理由ではない。貧民がこの砂漠で手作りの家を建てて住み着いているのだ。住民の管理が行き通っていないのは間違いないだろう。それはつまり、行政から食料の配給を受けることもできず何らかの仕事で稼いだ金を使って食料を入手し日々を生きている者が多数存在するということである。

 そんな居住地にやってきたナンディに、一機のオペラが近づいてきた。無限軌道カタピラの上にコンテナが乗っただけの、非常に簡単な形状をしているが、これはどこの町にも存在する非常に高い技術で作られた排泄物回収車だ。要するに人間が出した糞尿を回収する業者のオペラである。この仕事はどこの国でも国家が直接管理する国家公務員が行っている。それだけ重要な仕事だからだ。

「こんにちは、宣教師様。どうか施しを頂けないでしょうか」

 廃品回収業者スカベンジャーが指向性無線通信で話しかけてきた。アルマやオペラに乗っている者同士が会話をするために開発された技術だ。

「ええ、少々お待ちください」

 ミスティカはナンディを停め、貨物室に積んであった自分の排泄物を台車に乗せて運び出す。どれも綺麗にパックされていて、外観も白い不透明の入れ物なので不潔な印象は一切ない。人が乗る機械には必ず高度な排泄物回収機能が備えられており、トイレはもちろん、操縦席でをしてしまっても大丈夫なように尿の一滴までも残さず吸い取り、身体を徹底的に洗浄してしまう。これはシャワーの排水も同じで、処理をしてきれいな水とそれ以外の成分に分離し、水は再利用する。

 これらの機能は人間が綺麗好きだったりものぐさだったりするからついているものではなく、人間の身体から出る老廃物は全て回収して生産プラントで処理し肥料等として再利用するためだ。生産プラントは無から食料を生み出すわけではない。今は資源の乏しい砂漠の星で生きるため、そして元々は宇宙を旅する移民船で、閉じられた空間内において食料の生産を半永久的に継続するため、その糧を得た人間は出したものをまた返す必要があるのだ。それは、命を落とした後の自分の身体とて例外ではない。このような辺境の貧しい土地では、プラントの生産力を上げるためにも旅人が持ち込んだ排泄物を強く求める。これは旅人から土地への〝施し〟なのだ。

 戦闘が終わった後の戦場には、スカベンジャーが集まる。破壊されたアルマの残骸や、命を落とした人間の肉体を、砂漠に呑み込まれてしまう前に回収するのだ。先日ナンディが踏み荒らした機械と人間達も、その日のうちに回収されていっただろう。

 現実的な理由により墓を作る文化を失い、その生涯を終えた家族の身体を処理機械に送るようになった人々は、己の生きる意味を疑うようになりやすい。そのため、生きる意味を見失いやすい人々の心を救うための宗教が生まれた。

 宗教の本質は〝誤魔化し〟だ。

 人間が、自分達の生に意味を求め、野生動物や機械と変わらぬ世界の一部であることから目をそらし、決して短くない人生を絶望することなく過ごすため。心の拠り所として『教え』を必要とするのだ。人々が自分の人生の無意味さに気付かないように世界の姿を誤魔化し、優しい嘘で騙すのだ。神や悪魔が本当に存在するかなんて、宗教の存在意義にとっては全くどうでもいい話なのである。

 だからこそ、宗教家は人々の幸せに対してだけは誠実であらねばならないとミスティカは思っていた。私腹を肥やし、欲望のままに悪事を働くなど、言語道断である。

「……神よ赦し給えディジーロ・ペラディーオ

 教主が、教徒の幼い少女を秘密の部屋に連れ込み無体を働くのを見た。数日後に少女が機械に処理されていくのを遺族と共に見送った。

「どうされました?」

 とても嫌なことを思い出したミスティカの頬に一筋の涙が流れた。突然目の前の女性に泣かれたスカベンジャーは驚きを隠せない。

「あっ、すみません。しばらくアルマの中にいたので、外の空気が目にしみてしまいました」

 ここでも嘘をつく。嘘をつくことが、宗教家の誠意なのだろうか。少なくとも今の場面で正直に話しても良いことは何もないのは確かだ。

「そうでしたか。この辺は特に埃っぽいですからね」

 業者は安心した様子で排泄物の代金を支払うと、オペラに荷物を載せて次の目標へ向かっていった。

「さて、まずは方舟の管理所を訪ねてみましょう。腕のいいエクスカベーターとご一緒できるといいのですが」

 ミスティカは過去の歴史を調べたい。となると遺構の中でも特に深いところを調査しなくてはならないのだ。そろそろ信頼できる仲間が欲しいところだ。白い日干し煉瓦の家を横目に、遺構の管理所を目指してナンディと共に歩き出した。
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