残酷な描写あり
R-15
二話:入学式②
クローバーとマネッティアとルドベキアは市街地を散策していた。建物は壊れ、植物が覆っている。そんな中、廃棄された車などを乗り越えつつも、擬態したデストロイヤーが潜んでいないか目を皿にして探していた。
しかしルドベキアが、不満そうなのを隠そうともせずにいた。
「マネッティアさんがいなければ、クローバー様と二人っきりなのに。マネッティアさんさえいなければ」
マネッティアの呪詛を聞き流し、マネッティアは周囲の環境に圧倒されていた。大地はえぐれ、人工物は破壊され、植物が生える。まるで石器時代に戻されたような感覚だった。
「すごい、これがモンスターと戦った痕ですか?」
「ユグドラシル魔導学園自体がユグドラシル海岸から襲来するモンスターを積極的に誘引し、地形を利用した天然の要塞となる事で周囲の市街地に被害が及ぶことを防いでいるんですわ」
マネッティアの疑問に、ルドベキアが答える。
高い地面がそそり立つ割れた道を歩いていく。
「はぁ、何なんですか。この道は?」
「切り通しといって昔に作られた通路だね」
「歴史の勉強になりますわね」
モンスターを探して2時間ほど経った頃、休憩にちょうど良い場所を見つけたクローバー達は一度休息を取ることになった。
ルドベキアは大きくため息をつく。
「はぁ、入学式の前からくたびれ果てましたわ」
クローバーは少し離れて周囲を観察する。
「何にも出ないね」
「この辺りにはいないのではないですか?」
「これだけ探してもいないとなると、なかなか見つけるのは難しそうです」
「ん?」
クローバーは物陰で動く影を見た。すぐにモンスターだと判断できた。すぐさま魔導杖をシューティングモードに切り替えて、叫ぶ。
「戦闘準備! 目標、カモフラージュモンスター!」
クローバーはトリガーを引いて魔力弾丸の射撃を開始する。すぐさまルドベキアもそれに参加した。タコのようなモンスターは射撃をものともせず突っ込み、巨大な足が大きく振り上げられた。
それはマネッティアを目標に捉えていた。
マネッティアは咄嗟に魔導杖で防ごうとするが魔導杖は反応しない。沈黙したままではただの鉄の塊だ。
「な、動かない!?」
「世話が焼ける」
クローバーはマネッティアとモンスターの間に割って入り、モンスターの一撃を防ぐ。そしてスタングレネードを投げた。激しい閃光が瞬く。
クローバーは素早くマネッティアの体に手を回してその場を離脱した。
モンスターを距離をとった後、安全圏まで撤退するとルドベキアはマネッティアに詰め寄った。
「貴方、魔導杖も使えないで何をするおつもりでしたの!?」
「っ……ごめんなさい。動くとおもって」
マネッティアはまだ入学式を終えておらず、完全な魔導士ではない。
魔導杖との契約を済ませていないので、魔力もまともに使えない。だが知識と体術だけはあった。憧れたその時からクローバーについて調べて努力していたからだ。だから自分が役立たずなのは理解していてた筈だった。しかし憧れのクローバーに出会った事で、そのことをすっかり忘れてしまっていたのだ。
「全く」
ルドベキアは苛立ちげにマネッティアの横の壁を蹴る。
カリカリするルドベキアに対し、クローバーは冷静だった。
「ううん、マネッティアちゃんが新入生で、こういう自体が想定されるべきって考えなかった私が悪いんだよ」
「それはっ! だからって……自重すべきでしょう」
ルドベキアの鋭い視線がマネッティアに向けられる。
「貴方が」
「はい」
マネッティアは落ち込んでいた。憧れの人に会えて役に立てると思ったらその逆、足を引っ張ってしまったのだ。風間の言うことはもっともだった。自重すべきだったのだ。
クローバーはルドベキアに言う。
「少しの間、周りの警戒をお願いしても良いかな、風間ちゃん。マネッティアちゃんの魔導杖の契約を今済ませちゃうから」
「はい」
「手のひらを切るね。契約には血が必要なの」
「わかりました」
クローバーはシノアの手のひらを切ると背後に回って一緒に魔導杖を持った。血が流れて魔導杖の柄を濡らしていく。
魔導杖のコアに血が触れると刻まれたルーン文字が光始め、起動する。
「マネッティアちゃんの血液を通して、魔力が魔導杖に流れ込んでいるわ」
「魔力が、魔導杖に」
周辺警戒をしていたルドベキアが叫ぶ。
「きましたわ! 上空より襲来! 飛行形態で落下中!」
ルドベキアは目掛けて落ちてきたモンスターは格納していた四つ足を出し、ルドベキアに叩きつけた。ルドベキアは魔導杖で防ぐ。しかし上空からの落下によるエネルギーも相まって、ルドベキアの足が地面に大きなクレーターを作る。
「ぐぅっ」
ルドベキアを押し潰そうとしていた足が割れて、触手刃が現れる。それを見たルドベキアはモンスターを押し返しモンスターの下から脱出する。
モンスターの触手攻撃を避けて跳ぶ。高所を取ったルドベキアはブレードモードからシューティングモードに戦術機を変形させて弾丸を放つ。
「ヒット、ヒット、ヒット!」
着地硬直を狙ったモンスターの一撃を、近接モードで受け流し、距離を詰めて攻撃、射撃を交えつつ、触手刃を迎撃し、近接攻撃でモンスターにダメージを蓄積させていく。
近接は不利と悟ったモンスターは飛び上がり、白い煙を噴出する。煙幕が視界を遮った。
「ガス!?」
「目眩しか」
「これじゃあ私の格好良いところをクローバー様お見せできないんですってば!」
「ルドベキアちゃん、これは実戦だから真面目にやって!」
「うっ、すみません」
ルドベキアは煙の中から放たれる触手刃を弾き飛ばしながら叫ぶ。
クローバーはゆっくりとマネッティアの手を離す。
「魔導杖が完全起動するまで魔導杖から手を離さないでね」
「クローバー様、いつまで」
「その時になればわかるから」
クローバーの背後にモンスターが現れた。
「っ!?」
クローバーは咄嗟に魔導杖で迎撃しようとする。しかしマネッティアがクローバーの手を素早く引いて、頭を掴んで地へ伏せさせた。モンスターは攻撃する事なく上空へ逃げ、その後ろからルドベキアが高速で突撃してきていた。
「クローバー様!?」
「今の」
もしクローバーが魔導杖で迎撃していればルドベキアは真っ二つになっていただろう。クローバーも攻撃をやめなければルドベキアの魔導杖で串刺しだ。
危機一髪であった。マネッティアの判断がなければ二人とも死んでいたのだ。
上空へ逃げたモンスターは煙幕ガスを撒きながら再び降下してくる。クローバーは魔導杖を起動、ブレードモードで切り上げた。弾かれたモンスターは、お返しとばかりに光を放ってどこかへ消える。
「申し訳ありません、クローバー様」
「あのモンスター、私達の同士討ちを狙った?」
「まさか!? モンスターがそんな知恵を!?」
「擬態、目眩し、そしてこの知恵。油断できないね」
空から煙幕ガスが降ってくる。そして遅れてモンスターが四本の足で襲いくる。クローバーは魔導杖を近接モードにして受け止める。足を狙った攻撃をジャンプで回避し、空中で身動きが取れないところを狙った一撃をモンスターの足を叩き台にして更に上空へ上がる。
「触手は切り裂きつつ本体を!」
「了解ですわ!」
下ではルドベキアが触手刃を射撃モードで牽制しつつ、近接モードで触手刃を切り払う。しかしモンスターの足から射出される触手刃がクローバーを覆い尽くし全身を切り刻む。
「クローバー様!」
激しい血飛沫が辺りに撒き散らされる。
そこでマネッティアの魔導杖が待機状態から戦闘状態へ起動した。ブレードモードだ。
ルドベキアはマネッティアの背中にトンと体重を預けて、言う。
「一撃でしてよ、それくらいできまして?」
「ええ!」
お互いに魔導杖の切先を揃えて、モンスターに向かって突撃する。
『やあああああああ!!』
狙うは本体、ではなく触手刃。切断された触手刃の繭からクローバーが現れ、血まみれになりながら魔導杖をモンスターに叩きつけた。モンスターは地面に叩き落されて、触手刃を四方へ散らせながら爆散する。
青い体液が広がった。
「ルドベキアちゃん!」
「えっ!? きゃあ!?」
モンスターの触手刃が建造物にぶつかった事で、倒壊した瓦礫が降り注ぐ。ルドベキアに直撃する瓦礫だったが、マネッティアがルドベキアを突き飛ばした事でルドベキアは傷を負わなくて済んだ。しかしマネッティアが瓦礫の下敷きになった。更にモンスターの青い体液が雨のように降り注ぐ。
三人は自力で脱出すると、ユグドラシル魔導学園の校舎に戻ったのだった。
ユグドラシル魔導学園にてモンスターの体液を浴びたことで検疫することになる。
検疫するための部屋にはクローバーとマネッティアだけだった。ルドベキアはマネッティアに突き飛ばされた事で体液を浴びずに済んだのだ。
マネッティアは全身に包帯を巻き、クローバーは頭と腕と足を包帯でぐるぐる巻きにされていた。二人とも重傷だ。検疫中の為、二人は簡素な白い布の服を着させられていた。
クローバーは窓の外を見ながら言う。
「傷、残っちゃうね。ごめんね、もっと上手くやれなくて」
それはマネッティアの腕の傷に向けられていた。瓦礫によって押し潰されたマネッティアは腕が潰れて骨が突き出した状態になってしまった。
魔導士は普通の人間に比べて人体能力が高く、ユグドラシル魔導学園の治療技術も高いとはいえ完全に元通りとはいかなかったのだ。
腕には生々しい傷跡が残ってしまっている。
「これで今日のことを忘れずに済みます。それに動かすのには支障ありませんから大丈夫です」
「……」
マネッティアの言葉にクローバーは顔を歪める。
「私、数年前のニブルヘイム撤退戦で真昼様に助けていただいたんです」
ニブルヘイム撤退戦、その言葉でマネッティアには二人の魔導士の姿が思い起こさせる。
飛来した瓦礫を弾き飛ばし、危ない環境でも笑顔を絶やさず笑って元気つけてくれたクローバーの姿を思い起こさせる。だが今の真昼は違う。作り笑顔で、何かの痛みを堪えているような表情だ。
「ユグドラシル魔導学園所属の魔導士だとわかっても、それ以上のことは分からなくて」
「まさか、それだけでここに?」
「ええ」
「あはは、マネッティアちゃんは意志が硬いんだねぇ」
「すぐクローバー様に会えて、夢叶いました。でもクローバー様、前にお会いにした時より雰囲気が……いえ、何でもありません。もう一人の魔導士にも、お礼を言わなくてはなりませんね」
検疫終了。それと同時にメガネをかけた少女が入ってきた。彼女はマネッティアの隣に座った。
「やー! やー! 二人ともごめんね! 初めまして! 私はマジマ。標本にする筈だったモンスターをうっかり逃しちゃって。まさか厚さ50センチの封印檻をぶち抜くなんて想像できなかったわ!」
「本当に気をつけてねマジマちゃん!」
「予測は常に裏切られるものよ。なんせモンスターが発生して以来現在に至るまで何もわかっていないんだから! そのための魔導士でしょ? 勿論クローバーとこの子には感謝しているのよ」
「この子じゃなくてマネッティアちゃんです」
「クローバー様」
「わかっているわ。だからここにきたんでしょう? ああ、この言い方がいけないのよね。反省してます、ごめんなさい! てへっ」
服を着替えて検疫室を出るとルドベキアが体育座りをして待っていた。服装はボロボロで、埃みれ。あの戦いのままずっと検疫が終わるまで待っていたことがわかる。
「ルドベキアさん、さっきはつき飛ばしてしまって」
ルドベキアはマネッティアに抱きついた。
「どうしたの? 私はクローバー様じゃないわ」
「信じてもらえないのかもしれないですけど、私、そんな軽い女じゃありませんのよ」
「ルドベキアちゃんはマネッティアちゃんの事が好きになっちゃったんだね」
にっこりとクローバーが解説をする。
「え? えええ!?」
モンスター討伐の為に引き伸ばされていた入学式を終えて、それぞれの部屋に戻る。
クローバーの部屋にはある一人の少女がいた。半透明で、景色が透けている色素の薄い黒髪の少女。
既に死亡した筈の、存在。
最愛の姉にして、最高の恋人。
『おかえり、クローバー』
「クフィア、お姉様」
幽霊のような姿になったクフィアは笑う。
しかしルドベキアが、不満そうなのを隠そうともせずにいた。
「マネッティアさんがいなければ、クローバー様と二人っきりなのに。マネッティアさんさえいなければ」
マネッティアの呪詛を聞き流し、マネッティアは周囲の環境に圧倒されていた。大地はえぐれ、人工物は破壊され、植物が生える。まるで石器時代に戻されたような感覚だった。
「すごい、これがモンスターと戦った痕ですか?」
「ユグドラシル魔導学園自体がユグドラシル海岸から襲来するモンスターを積極的に誘引し、地形を利用した天然の要塞となる事で周囲の市街地に被害が及ぶことを防いでいるんですわ」
マネッティアの疑問に、ルドベキアが答える。
高い地面がそそり立つ割れた道を歩いていく。
「はぁ、何なんですか。この道は?」
「切り通しといって昔に作られた通路だね」
「歴史の勉強になりますわね」
モンスターを探して2時間ほど経った頃、休憩にちょうど良い場所を見つけたクローバー達は一度休息を取ることになった。
ルドベキアは大きくため息をつく。
「はぁ、入学式の前からくたびれ果てましたわ」
クローバーは少し離れて周囲を観察する。
「何にも出ないね」
「この辺りにはいないのではないですか?」
「これだけ探してもいないとなると、なかなか見つけるのは難しそうです」
「ん?」
クローバーは物陰で動く影を見た。すぐにモンスターだと判断できた。すぐさま魔導杖をシューティングモードに切り替えて、叫ぶ。
「戦闘準備! 目標、カモフラージュモンスター!」
クローバーはトリガーを引いて魔力弾丸の射撃を開始する。すぐさまルドベキアもそれに参加した。タコのようなモンスターは射撃をものともせず突っ込み、巨大な足が大きく振り上げられた。
それはマネッティアを目標に捉えていた。
マネッティアは咄嗟に魔導杖で防ごうとするが魔導杖は反応しない。沈黙したままではただの鉄の塊だ。
「な、動かない!?」
「世話が焼ける」
クローバーはマネッティアとモンスターの間に割って入り、モンスターの一撃を防ぐ。そしてスタングレネードを投げた。激しい閃光が瞬く。
クローバーは素早くマネッティアの体に手を回してその場を離脱した。
モンスターを距離をとった後、安全圏まで撤退するとルドベキアはマネッティアに詰め寄った。
「貴方、魔導杖も使えないで何をするおつもりでしたの!?」
「っ……ごめんなさい。動くとおもって」
マネッティアはまだ入学式を終えておらず、完全な魔導士ではない。
魔導杖との契約を済ませていないので、魔力もまともに使えない。だが知識と体術だけはあった。憧れたその時からクローバーについて調べて努力していたからだ。だから自分が役立たずなのは理解していてた筈だった。しかし憧れのクローバーに出会った事で、そのことをすっかり忘れてしまっていたのだ。
「全く」
ルドベキアは苛立ちげにマネッティアの横の壁を蹴る。
カリカリするルドベキアに対し、クローバーは冷静だった。
「ううん、マネッティアちゃんが新入生で、こういう自体が想定されるべきって考えなかった私が悪いんだよ」
「それはっ! だからって……自重すべきでしょう」
ルドベキアの鋭い視線がマネッティアに向けられる。
「貴方が」
「はい」
マネッティアは落ち込んでいた。憧れの人に会えて役に立てると思ったらその逆、足を引っ張ってしまったのだ。風間の言うことはもっともだった。自重すべきだったのだ。
クローバーはルドベキアに言う。
「少しの間、周りの警戒をお願いしても良いかな、風間ちゃん。マネッティアちゃんの魔導杖の契約を今済ませちゃうから」
「はい」
「手のひらを切るね。契約には血が必要なの」
「わかりました」
クローバーはシノアの手のひらを切ると背後に回って一緒に魔導杖を持った。血が流れて魔導杖の柄を濡らしていく。
魔導杖のコアに血が触れると刻まれたルーン文字が光始め、起動する。
「マネッティアちゃんの血液を通して、魔力が魔導杖に流れ込んでいるわ」
「魔力が、魔導杖に」
周辺警戒をしていたルドベキアが叫ぶ。
「きましたわ! 上空より襲来! 飛行形態で落下中!」
ルドベキアは目掛けて落ちてきたモンスターは格納していた四つ足を出し、ルドベキアに叩きつけた。ルドベキアは魔導杖で防ぐ。しかし上空からの落下によるエネルギーも相まって、ルドベキアの足が地面に大きなクレーターを作る。
「ぐぅっ」
ルドベキアを押し潰そうとしていた足が割れて、触手刃が現れる。それを見たルドベキアはモンスターを押し返しモンスターの下から脱出する。
モンスターの触手攻撃を避けて跳ぶ。高所を取ったルドベキアはブレードモードからシューティングモードに戦術機を変形させて弾丸を放つ。
「ヒット、ヒット、ヒット!」
着地硬直を狙ったモンスターの一撃を、近接モードで受け流し、距離を詰めて攻撃、射撃を交えつつ、触手刃を迎撃し、近接攻撃でモンスターにダメージを蓄積させていく。
近接は不利と悟ったモンスターは飛び上がり、白い煙を噴出する。煙幕が視界を遮った。
「ガス!?」
「目眩しか」
「これじゃあ私の格好良いところをクローバー様お見せできないんですってば!」
「ルドベキアちゃん、これは実戦だから真面目にやって!」
「うっ、すみません」
ルドベキアは煙の中から放たれる触手刃を弾き飛ばしながら叫ぶ。
クローバーはゆっくりとマネッティアの手を離す。
「魔導杖が完全起動するまで魔導杖から手を離さないでね」
「クローバー様、いつまで」
「その時になればわかるから」
クローバーの背後にモンスターが現れた。
「っ!?」
クローバーは咄嗟に魔導杖で迎撃しようとする。しかしマネッティアがクローバーの手を素早く引いて、頭を掴んで地へ伏せさせた。モンスターは攻撃する事なく上空へ逃げ、その後ろからルドベキアが高速で突撃してきていた。
「クローバー様!?」
「今の」
もしクローバーが魔導杖で迎撃していればルドベキアは真っ二つになっていただろう。クローバーも攻撃をやめなければルドベキアの魔導杖で串刺しだ。
危機一髪であった。マネッティアの判断がなければ二人とも死んでいたのだ。
上空へ逃げたモンスターは煙幕ガスを撒きながら再び降下してくる。クローバーは魔導杖を起動、ブレードモードで切り上げた。弾かれたモンスターは、お返しとばかりに光を放ってどこかへ消える。
「申し訳ありません、クローバー様」
「あのモンスター、私達の同士討ちを狙った?」
「まさか!? モンスターがそんな知恵を!?」
「擬態、目眩し、そしてこの知恵。油断できないね」
空から煙幕ガスが降ってくる。そして遅れてモンスターが四本の足で襲いくる。クローバーは魔導杖を近接モードにして受け止める。足を狙った攻撃をジャンプで回避し、空中で身動きが取れないところを狙った一撃をモンスターの足を叩き台にして更に上空へ上がる。
「触手は切り裂きつつ本体を!」
「了解ですわ!」
下ではルドベキアが触手刃を射撃モードで牽制しつつ、近接モードで触手刃を切り払う。しかしモンスターの足から射出される触手刃がクローバーを覆い尽くし全身を切り刻む。
「クローバー様!」
激しい血飛沫が辺りに撒き散らされる。
そこでマネッティアの魔導杖が待機状態から戦闘状態へ起動した。ブレードモードだ。
ルドベキアはマネッティアの背中にトンと体重を預けて、言う。
「一撃でしてよ、それくらいできまして?」
「ええ!」
お互いに魔導杖の切先を揃えて、モンスターに向かって突撃する。
『やあああああああ!!』
狙うは本体、ではなく触手刃。切断された触手刃の繭からクローバーが現れ、血まみれになりながら魔導杖をモンスターに叩きつけた。モンスターは地面に叩き落されて、触手刃を四方へ散らせながら爆散する。
青い体液が広がった。
「ルドベキアちゃん!」
「えっ!? きゃあ!?」
モンスターの触手刃が建造物にぶつかった事で、倒壊した瓦礫が降り注ぐ。ルドベキアに直撃する瓦礫だったが、マネッティアがルドベキアを突き飛ばした事でルドベキアは傷を負わなくて済んだ。しかしマネッティアが瓦礫の下敷きになった。更にモンスターの青い体液が雨のように降り注ぐ。
三人は自力で脱出すると、ユグドラシル魔導学園の校舎に戻ったのだった。
ユグドラシル魔導学園にてモンスターの体液を浴びたことで検疫することになる。
検疫するための部屋にはクローバーとマネッティアだけだった。ルドベキアはマネッティアに突き飛ばされた事で体液を浴びずに済んだのだ。
マネッティアは全身に包帯を巻き、クローバーは頭と腕と足を包帯でぐるぐる巻きにされていた。二人とも重傷だ。検疫中の為、二人は簡素な白い布の服を着させられていた。
クローバーは窓の外を見ながら言う。
「傷、残っちゃうね。ごめんね、もっと上手くやれなくて」
それはマネッティアの腕の傷に向けられていた。瓦礫によって押し潰されたマネッティアは腕が潰れて骨が突き出した状態になってしまった。
魔導士は普通の人間に比べて人体能力が高く、ユグドラシル魔導学園の治療技術も高いとはいえ完全に元通りとはいかなかったのだ。
腕には生々しい傷跡が残ってしまっている。
「これで今日のことを忘れずに済みます。それに動かすのには支障ありませんから大丈夫です」
「……」
マネッティアの言葉にクローバーは顔を歪める。
「私、数年前のニブルヘイム撤退戦で真昼様に助けていただいたんです」
ニブルヘイム撤退戦、その言葉でマネッティアには二人の魔導士の姿が思い起こさせる。
飛来した瓦礫を弾き飛ばし、危ない環境でも笑顔を絶やさず笑って元気つけてくれたクローバーの姿を思い起こさせる。だが今の真昼は違う。作り笑顔で、何かの痛みを堪えているような表情だ。
「ユグドラシル魔導学園所属の魔導士だとわかっても、それ以上のことは分からなくて」
「まさか、それだけでここに?」
「ええ」
「あはは、マネッティアちゃんは意志が硬いんだねぇ」
「すぐクローバー様に会えて、夢叶いました。でもクローバー様、前にお会いにした時より雰囲気が……いえ、何でもありません。もう一人の魔導士にも、お礼を言わなくてはなりませんね」
検疫終了。それと同時にメガネをかけた少女が入ってきた。彼女はマネッティアの隣に座った。
「やー! やー! 二人ともごめんね! 初めまして! 私はマジマ。標本にする筈だったモンスターをうっかり逃しちゃって。まさか厚さ50センチの封印檻をぶち抜くなんて想像できなかったわ!」
「本当に気をつけてねマジマちゃん!」
「予測は常に裏切られるものよ。なんせモンスターが発生して以来現在に至るまで何もわかっていないんだから! そのための魔導士でしょ? 勿論クローバーとこの子には感謝しているのよ」
「この子じゃなくてマネッティアちゃんです」
「クローバー様」
「わかっているわ。だからここにきたんでしょう? ああ、この言い方がいけないのよね。反省してます、ごめんなさい! てへっ」
服を着替えて検疫室を出るとルドベキアが体育座りをして待っていた。服装はボロボロで、埃みれ。あの戦いのままずっと検疫が終わるまで待っていたことがわかる。
「ルドベキアさん、さっきはつき飛ばしてしまって」
ルドベキアはマネッティアに抱きついた。
「どうしたの? 私はクローバー様じゃないわ」
「信じてもらえないのかもしれないですけど、私、そんな軽い女じゃありませんのよ」
「ルドベキアちゃんはマネッティアちゃんの事が好きになっちゃったんだね」
にっこりとクローバーが解説をする。
「え? えええ!?」
モンスター討伐の為に引き伸ばされていた入学式を終えて、それぞれの部屋に戻る。
クローバーの部屋にはある一人の少女がいた。半透明で、景色が透けている色素の薄い黒髪の少女。
既に死亡した筈の、存在。
最愛の姉にして、最高の恋人。
『おかえり、クローバー』
「クフィア、お姉様」
幽霊のような姿になったクフィアは笑う。