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作者: 京泉
「聖女」

「それじゃ、先に行くね」
「向こうへ着いたらちゃんと「地点設定」してくれよ。二人を頼んだぞシロ」

 聖獣シロは近くで見るとかなり大きい。四頭立て馬車の三台分位だろうか。巨大な狼の姿をしていた。
 シロはアレンに頬擦りをして「了解」とでも言うかの様に小さく「クゥン」と鳴いた。

 栗色の髪を一つに束ね、ワンピースの上にエプロンを着けたマリアはひらりとシロの背中に乗ると手を伸ばしてクリストファーを引き上げ、シロの長毛を腰に巻き付け落ちないように固定する。
 二人の準備が整うとシロはふわりと浮き上がった。

「高い所は大丈夫ですか? 怖いならシロにしがみ付いてて下さいね」
「大丈夫だ、問題ない」

 アレンの頭上を旋回し、シロは急上昇するとブワッと風圧が顔に押し付いてくる。
 前言撤回。クリストファーは恐怖した。

──全然大丈夫ではないっ!

 クリストファーは格好付けた事を後悔し、シロにしがみ付いた。

「あはは。しっかり掴まってて下さいねー」

 上昇を終えたシロはゆったりと空を駆けて行く。

 眼下には何日も苦労した山が流れ、中継した村が見える。
 やっと慣れたクリストファーはマリアと雑談が出来るまでに落ち着いた。

「この調子なら日が昇る頃に王都に着きますよ」
「そんなに早く⋯⋯か」

 クリストファーの「咎人の村」を目指す旅は村から村へ乗合馬車を使い山越えはひたすら歩いた。野宿もした。辿り着けるか不安にもなった。
 それでも歩き続けたのは傷付いた王都の人達の為だ。放り投げようとは一度も思わなかったが身体が重くなる度に自分の無力さを憎んだ。
 山を越え「咎人の村」が見えた時に疲れ切った身体が力を取り戻した。

 不思議な事に獣道はクリストファーを誘導するように開かれ、導かれるように「咎人の村」に辿り着いたのだった。
 あんなに疲れていた身体は村に入ると軽くなり、小川の水で顔を洗い、口にすれば身体中の痛みが消えた。

「あの村は人を選ぶんですよ。クリストファー様は村に歓迎されたんです」

 歓迎されない訪問者には山を越えても見えないと言う。また、獣道は村への道を迷わせる。

 シロが「ウォォン」と吠えた。

⋯⋯ボクと世界樹が守っているから⋯⋯
「そうなのか。凄いなシロは」
「ええっ! クリストファー様シロの言ってる事分かるんですか? 村の人達しか分からないのに。かなり、気に入られましたねー。さすが婚約解消されるだけありますねー」
「関係ないだろう、それは」

 「咎人の村」は傷付いた「もの」を歓迎する。
 心の傷だったり身傷だったり。
 断罪されたマリアが傷付いていたから、村人が傷付いていたから、そう言う「もの」を受け入れる村になったとアレンが言っていた。

「私は、傷付いていたのか」
「少なくとも婚約解消には傷付いてないと思いますよー。さて、そろそろ着きますよ」

 地平線から光が差す。朝霧の中にそびえる王宮と煌びやかな貴族街が見え始めた。
 それは破壊された城壁と破壊し尽くされた街との落差が酷く、クリストファーは悔しさに唇を噛んだ。

 魔物は西側からやって来た。最初の襲撃で大きく口を開けた西側にシロがゆっくりと降り立つとマリアはシロの背中から飛び降り、城壁に一番近い破壊された一軒の家へと走り寄った。

「クリストファー様、この家使いますね」

 「良い」とも「悪い」ともクリストファーが返事をしていないのにマリアは「よっし!」と気合を入れると両手で家の一部に触れる。
 両手が金色に輝き、白金色の光が家を包み込みその光が引くと、朽ち果てていた家が建てたばかりの姿に戻っていた。

「これ、足でも出来るんですよ」
「それは行儀が悪いだろう」

 「ですよねー」と言いながら再生された家の中に入ったマリアは荷物の中から木炭を出して床に魔法陣を描き始め、描き終わるとパンパンと手を鳴らした。

「地点設定終わり。シロ、アレン呼んできて」
「まて、シロの大きさでは⋯⋯」
「ウォンッ」

 クリストファーが驚いて慌てる側に白い犬が座っていた。

「シロは大きくも小さくもなれますよ」

 クリストファーを見上げ尻尾を振ったシロは魔法陣の中に踏み込んだ。
 シロが「ウォンッ」と吠えるとその姿は消えたのだった。

「聖女のゲートか。昨日アレンが買い物に行くと言っていたが村に店は無いのに不思議だった」
「はい。魔法陣と魔法陣を繋げてます。王都は二度と来ないつもりだったので魔法陣を置いてなかったんですよねー」

 マリアは続けて説明する。
 「咎人の村」は店が無い。必要なものを手に入れる為にマリアは幾つかの村や町に魔法陣を置いたと言う。
 村の魔法陣は世界樹に置いてある。
 村人なら誰でも使えるが、外から魔法陣で帰ってくる際には世界樹の認めた人やもの以外は弾かれる。

「魔法陣が消される事は無いのか?」
「描いた「聖女」本人にしか消せませんよ。あとですね、世界には「聖女」は何人もいますから。其々、魔法陣の形が違うんです」

 マリアの声に被さるように教会の鐘が鳴った。
 祝福を知らせる高い音ではなく低く響く鐘の音は鎮魂の祈りが捧げられる時間を知らせるもの。

 「試してみますね」とマリアが胸の前で両手を組み祈った。
 マリアの全身が仄かに輝くと柔らかい光が広がり家を、街を包んで行った。

「うまくいっていれば街の人の痛みが少し和らいでいると思います」
「凄いな⋯⋯「聖女」とは」

 血筋や地位、爵位の上で踏ん反り返っているだけで何も役に立たない自分が恥ずかしいとクリストファーが笑うとマリアは首を振って「何言ってるんですか」とケラケラと笑う。

「あのですね。「聖女」の力って自分の為には使えないんですよ。常に他者優先なんです。自分の為に使うと「聖女」ではなくなるんです。
他者の為の「聖女」の力を「聖女」は使わせてもらっているんです。だから「聖女」なんですよ」

 マリアは自分も役に立たないただの生き物で「聖女」の力を役に立たせてもらっているだけだと言う。
 崇められ信仰されるだけでは「聖女」ではないと。

 考え方が「聖女」だ。クリストファーはうっかり口にしそうになり留まった。マリアは「聖女」なのだ。何を当たり前のことを。
 「聖女」について考えすぎて「聖女」のゲシュタルト崩壊を起こしてしているとクリストファーは笑った。

「次はどうしますか? 街を直して回ります? 怪我人を癒します? ああ、でもみんなお腹空いてますよね」
「炊き出し⋯⋯だな。私は一度王宮に帰って人手を連れてくる」
「じゃあ、準備しておきますね」

──────────

 マリアと一度別れたクリストファーは王宮にいた。
 多少の損傷はあれど街に比べると全くダメージが無い城と貴族街に嫌悪感が込み上げる。

 魔物の襲来時、騎士と言う騎士、魔導士という魔導士が城と貴族街に集められた。
 「王族、貴族を命に代えても守れ」と。
 街を守るものが居なくなり壊滅して行くのを王族、貴族は見ようとしなかった。否、見えていなかった。
 
 彼らにとって「皆」とは王族、貴族だけなのだから。

「クリストファー様! 国の有事に一週間も一体何をされていたのですか!」
「⋯⋯ライラ」

 ピンクゴールドの髪をハーフアップに結い上げているのはレースのリボン。
 本人からすれば地味なのだろうが質の良い仕立ての紺色のドレス。
 有事という割に身に着けるものとしては些か高級だ。

「わたくし、クリストファー様がシャルケ国の指導者として成長されるのを期待しておりますのに!」
「⋯⋯ライラすまないが急いでいるんだ」
「クリストファー様! 国の事以外に急ぎのものなんて有りませんわっ」

「国の事を考えないなんて王族失格だな。クリストファー、君にはつくづくガッカリする」
「こんなのが兄だなんて、僕は認めないね。ライラを悲しませるなんて以ての外だし」
「ジル様、アーチ、そんな言い方はしないで。クリストファー様は今は周りが見えていないだけよ。わたくしはクリストファー様に立派な王になっていただきたいのです」
「ライラ、貴女は優しすぎる」
「こんな兄より僕が王様になるだろうけどね」

 ライラを守るのは卒業から三年経っても国へ帰らず「真実の愛」を見つけたと言う隣国の王子ジルベルトと弟アーチハルト。

 話が致命的に通じないトリオだ。彼らに時間を取られている場合ではない。

「好きにガッカリしてくれ。私は急いでいる」
「クリストファー様!」
「ライラ、そんな奴放っておけ。貴女はもう、奴の婚約者ではないのだから。さあ「聖女」の仕事が貴女にはある。急ごう」
「そうだよライラ。「皆」がライラを待ってるよ」

 背後からライラを慰め、褒め称え、崇める声にクリストファーを非難する声が混じるがそんなものどうでも良い。

──何が「聖女」の仕事だ。

 悪態も吐きたくなる。
 それでも、ライラも「聖女」だ。マリアが言っていた様に「聖女」は一人ではない。
 ただ、ライラはライラの「好き」なものにしか「聖女」の力を使っていないのだからマリアの様な「他者優先」では無いのだろう。ライラは私情など無く「皆」の為に「聖女」の力を使っていると信じているが。

 自覚無しに「好き」なものを優先する事でライラが得をする因果がマリアの様な「聖女」の力を得る事が出来なかったという事なのだろうか。

 クリストファーがイライラに任せて自室の扉を開けばテーブルに街の地図を広げたままソファーに、床に倒れ込んで寝ていた友人達が驚いて飛び起きた。

「クリス? お前、本物か? 早くないか?」
「本物だ。マリアに連れて来てもらった」
「会えたんだね! 良かった」
「一緒には来ていないのか?」

 騎士団の副団長になったゲルガー、宰相補佐官になったフィール、リード公爵家を継いだハイデン。
 彼らは国を変えるには偉くならねば誰も話を聞いてはくれない、誰も付いてこないと日々考え行動する友人であり、同志だ。

「一週間何があったか聞かせてくれ」
「⋯⋯二、三日は居ない事を隠せていたが、ライラが頻繁に来てバレてな」
「こんな緊急時に王子が居ないなんて! 「わたくしが「皆」を救います」って言ってたんだけど。元気になりつつあるのはお察しの通り元々元気な貴族だけだよ」
「街の状態は全く変わらず。人々が疲弊しているから悪化したと言えるな」

 つまり、状況は悪化の一途。
 少し期待をしていた。王都には「聖女」が居るのだからと。

「昔からだけどライラ達は自分のやっている事は「善」だって思い込んでるからね」
「確かに善い事をしては居るんだが偏ってると言うか」
「ジルベルトとアーチハルトまで付いてくると全く話が通じないんだよな」

 余程彼らの相手はしんどかったのか三人は弱々しく笑う。
 クリストファーが出立する前にもライラに「街に、国民にも目を向けて欲しい」と言うと「当然です。わたくしは「聖女」ですのよ。「皆」を守るのはわたしの使命です」と返して来た。確かに「皆」を守っているが、その「皆」中に街の国民が入っていない。
 国民を思いやってくれるのならばライラ達が何をしようと、クリストファー達を悪く言おうと勝手にしてくれて構わないのだが。

「マリアが王都西側で炊き出しの準備をしている。手を貸して欲しい」

疲れている三人に申し訳ないが人手が欲しい。

「手を貸す? 俺達がやらないで誰がやるんだよ」

 頼もしい返事を貰いクリストファーに感動が込み上げた。
 泣いている場合では無いと奮い立たせ三人を連れて王都西側に居る「聖女」の元へと急いだ。
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