残酷な描写あり
R-15
力比べ
リノアは街へと放り出される。右も左も分からない街で、リノアの目を引いたのは——
光のひしめく空で、アンウルが霞んでいる。二つあるうちの片方、シーロフアンウルは街の光に埋もれてその姿を隠していた。
夜が更けているにも関わらず、輝きに満ちた世界に満ちる喧騒。
その真っ只中に、リノアは呆然と立ち尽くしていた。
「結局、放り出されてしまった……。訳のわからないまま風影もいなくなってしまうし、困ったな」
あの後すぐに、風影はやることがあると言ってリノアの元を去っていった。取り残されたリノアは手持ち無沙汰になったため、自分の意志で風影のアジトから外へと出たのだった。
「そもそも宝石って、何のことなんだか……」
リノアにはその意味の見当すらついていなかった。余計に感じることはたくさん話すくせに肝心なことは教えてくれない。
途方に暮れながらも臙脂色の瞳がディケムの街を見渡して、丸くなる。
風貌さまざまな男女が入り混じり、くっついたり離れたりするたびに空気に混じる獣の香。光量の高い精霊光炉に照らされて浮かされる人々が視界の中を蠢いていた。
すれ違う彼らに視線を這わせながら、リノアは外の空気とそこに漂う存在たちを観察することにした。
「建物が邪魔で先が見えない……彼らも、多すぎて広いはずなのに狭い。――変な場所。この空気も、少し不思議な感じ」
新しいにおいと目に映る空間に酔いしれ、さりとて嫌悪を誘う世界に彼女はただただ惹かれていた。
行き交う人々に混ざり合いながらあることに気がつく。
彼らの首に刻まれた文字だ。見える範囲のおおよそ半数にはそれが確認できた。人混みに呑まれそうになりながらそれをいくつか読み取り、それがおそらく名前であるのだろうとあたりをつける。
「名前――を首に書くのが、この街のやりかたなの?」
「いいや、この街だけじゃないぜ。あれはルジュヴィである証さ」
「ルジュヴィ……?」
「よそ者だな姉ちゃん。しっかしそんな無防備な格好で歩き回るとは」
リノアは左手首を太く逞しい手に掴まれていた。毛皮に包まれた腕の先には猪頭のラネフスがいて、リノアをじっと見つめている。
純白のワンピースにショートブーツという簡易な出立。腕や脚など露出している肌色が多かった彼女の姿に、惹かれたようだ。
「しかもルジュヴィじゃないのか。どうだい姉ちゃん、オレのルジュヴィにならないか? 悪いようにはしないぜ」
身なりよく、がたいのいいスーツ姿の男の頭は猪で、袖から伸びる手は五本指だ。鼻息が荒く、力強く握りしめる手を離すつもりはないらしい。
「断る」
「ああ? おう気丈な女は嫌いじゃないぜ? 力ずくがお好みならぜひそうさせてもらうさ」
ぎりっと手首を握られリノアが顔を顰めた。状況の飲み込めないリノアをよそに、周囲からは人々が離れていく。しかし遠巻きに二人を眺めているのがわかるほどに、その視線は二人に注がれていた。
「へえ、よくよく見れば上玉じゃないか。しかもいないはずのファルときた。こいつはいい」
「そのくさい息をやめてもらえない? 吐きそうになる」
「なんだと?」
本能的に溢れ出す嫌悪感を感じ、冷たく強い瞳を向けるリノア。握られたままの左腕にも力が込められる。
「無礼は謝れば許してやる。無駄なことをするな。そんな細腕でオレから逃げられる訳ないだろう」
「……ふうん?」
余裕を見せる猪男。しかし油断はしていないらしく力を抜くそぶりはない。その目はリノアを舐めるように見つめ、鼻息は荒くなるばかりだ。
背筋がぞわりとする思いでリノアが力一杯に左腕を振り抜くと、猪男の身体が吹き飛んだ。男は驚愕の眼差しのまま、群衆に突っ込んでいく。
「女……貴様」
男はすぐに体勢を立て直し、鼻から真っ白な息を吹き出して目を血走らせた。怒り心頭に発するといった様子で、歯をぎりぎりと鳴らしてリノアを睨め付ける。
「恥をかかせてくれたな。何が何でも手に入れたくなったぞ!」
猪男は吠えると、力強く大地を蹴り付け走り出した。世間体も外聞も脱ぎ捨てた、欲望に満ちたその瞳でリノアを見つめ、猛進する。
「困ったな……これじゃあ宝石を探すどころじゃない」
リノアは頬を指先で掻いて、やれやれと肩をすくめた。
だが、彼女には冷静ながら状況を楽しんでいる節がある。わからないことばかりであった世界の中で、わかることが舞い込んできたのだ。
――単純で、それでいて心踊ることが。
口角をあげたリノア。その臙脂色の瞳が、燃え盛るような熱を帯びる。ワンピースから覗く薄墨色の四肢を光がなぞり、彼女の姿を世界に描き出していく。
「――よし」
猪男をまっすぐに見据えてリノアは構えた。彼女にとって初めて相手にする、直線的に過ぎる相手。しかしそのスピードたるや、瞠るだけの勢いがあった。そして、巨体にすら見えるほどの威圧感までも纏う。
目前にまで迫る全力の突進。その軌道を冷静に予測し、リノアは難なくいなした。そしてすれ違いざまに男の脇腹に両手を沈める。
「ぐっ……」
「思ったより真っ直ぐなんだ」
交わされる会話がお互いの耳を掠め、遠ざかる。
男は勢いのまま方向を変えられ、またも群衆へともつれ込む。それでも勢いを殺せず建物の壁へと激突した。
「でも、手に入れたい相手を壊すような勢いで突っ込むものかな……? まあ、手を抜かなかったのは誠実だと思うけど」
リノアは猪男の姿勢を見直して、うんうんと頷いてみせる。その声に嫌悪感は宿っておらず、むしろ好感が滲んでいた。壁に沈み込んだ男の後ろ姿をじっと眺めながら、とんとんと楽しそうに足踏みをしている。
猪男がふらつきながら振り返った。つきものの落ちたような顔だ。鼻っ柱が折れたのか、縦長の鼻から血が滴り落ちている。
「ふんっ!」
ごきん、とひどい音を出して、猪男は鼻を強引に直した。そして、もう一度駆け出す。スラックスが張り裂けんほどに太ももの筋肉が隆起しており、力の入れようがよくわかる。
「二度目はねえ……っ!」
「うん。だから、わたしもお前の全力に応える」
リノアは手を打ち鳴らすと、両手を突き出して構えた。
深く息を吸って、吐く。
炎を宿すような瞳が、正面に男を見据える。
巨漢はあっという間にリノアへと到達し、構えた両手へと手を噛み合わせた。
「くっ……!」
リノアの両腕に衝撃が走る。勢いで身体が一瞬浮き上がりそうになるも、両足で踏ん張り堪えてみせた。
遠巻きに見ていた群衆から歓声が上がる。
「まさかオレのタックルを正面から受け切る女がいるとはな。いったいどこにそんな力が……?」
「――余計なことを考えないで。わたしだけに集中して」
「っ……ああ!」
渾身の力を込めた猪男に、リノアの口角が上がる。
そしてじりじりと、リノアが前に足を踏み出し始めた。笑顔で、楽しそうに。
対する男は、どれだけ必死に踏ん張ろうと押し返すことができないことに困惑していた。
「うおっ……何者なんだ、お前は……?」
「わたし? わたしはリノア」
さらにリノアが力を込める。いつも以上に力が入っていることに気づいて、嬉しそうに。そして完全に男を押し切り、押し倒す。馬乗りになってじっと顔を近づけて勝利を確信し、満面の笑顔を向けた。
「わたしの勝ちかな?」
「……ああ」
悔しそうに、照れくさそうに負けを認める男の上から離れて、リノアは手をぱんぱんと払った。周囲を見渡し、眩しいばかりの光が自分に降り注いでいることに気づく。その向こうに群衆たちの奇異の目と、楽しそうな眼差しを見つけた。
またも歓声が上がる。しかしそれはすぐにおさまった。
「なんだ……?」
「リノア、悪いが騒ぎすぎたらしい。お前の見た目だ、もう少し考慮すべきだったな」
「そんなの知らない。お前が興奮して勝手にくっついてきただけじゃないか」
「それは、そうなんだが」
バツが悪そうな男をよそに、リノアはあらゆる方角から黒い集団が駆け寄ってくるのを目でしっかりと捉えていた。それはあれよあれよという間に二人を取り囲み、逃げ道を塞いでしまった。
風貌はさまざま、色すら違うくせに着ている服は黒一色のスーツという異様な面々だ。鋭い瞳たちが二人を睨め付け、身構えた。
「大立ち回り、見事でした。まさかあなたが負けるとは、ブルート・エリュファン殿? しかもオークション前夜にこれほど価値のある女をルジュもなしにルジュヴィにしようとは、お父上の――」
「黙れ、親父の名前を出すな」
ブルートと呼ばれた男は立ち上がり、汚れたスーツを払った。リノアと背中合わせに立ち、おしゃべりな黒服へと射抜くような視線を向ける。
「オレはまだ独り身だ。この女を妻に迎え入れるという形ならば問題ないだろう?」
「ほう。遊びの激しいあなたが随分と熱を入れたようだ。ならばその女の返答次第でここは手を引いて差し上げましょう」
黒服のリーダーと思しき男は、蛇のような頭をしていた。糸目に長い舌が特徴的で、わずかな動きも見逃すまいといった眼光を放っている。
「リノア、ここはオレの言う通りに」
「――嫌だ。わたしはお前にそこまでの魅力を感じていないから」
「くつくつ、これは傑作ですねブルート殿。その女は状況が飲み込めていないばかりか、判断力が欠如しています。嘘も方便、事を荒立てずに運べたかもしれないものを」
「わたしは、自分の力でここを切り抜ける」
リノアの力強い言葉に、蛇男は高笑いを返した。腹を抱えて笑う様に、他の黒服たちからもくすくすと笑いが漏れる。
ブルートは灰色の毛並みをした頭を抱え、ため息をついた。ふん、と鼻を鳴らす。
「……ま、そうでなくてはオレの妻は務まらん」
「妻にはならない」
「その言葉を覆す時が来るだろうさ。――道を拓く。行けるところまで走れ」
「わかった」
リノアとブルートの放つ温度の変化。それを即座に感じ取った蛇男は笑うのをやめ、冷めた顔をした。手を鳴らすと、他の黒服たちも同様に。
「作戦会議はすみましたか?」
「ああ。貴様らクソッタレどもを全員薙ぎ倒してやるってさ」
夜が更けているにも関わらず、輝きに満ちた世界に満ちる喧騒。
その真っ只中に、リノアは呆然と立ち尽くしていた。
「結局、放り出されてしまった……。訳のわからないまま風影もいなくなってしまうし、困ったな」
あの後すぐに、風影はやることがあると言ってリノアの元を去っていった。取り残されたリノアは手持ち無沙汰になったため、自分の意志で風影のアジトから外へと出たのだった。
「そもそも宝石って、何のことなんだか……」
リノアにはその意味の見当すらついていなかった。余計に感じることはたくさん話すくせに肝心なことは教えてくれない。
途方に暮れながらも臙脂色の瞳がディケムの街を見渡して、丸くなる。
風貌さまざまな男女が入り混じり、くっついたり離れたりするたびに空気に混じる獣の香。光量の高い精霊光炉に照らされて浮かされる人々が視界の中を蠢いていた。
すれ違う彼らに視線を這わせながら、リノアは外の空気とそこに漂う存在たちを観察することにした。
「建物が邪魔で先が見えない……彼らも、多すぎて広いはずなのに狭い。――変な場所。この空気も、少し不思議な感じ」
新しいにおいと目に映る空間に酔いしれ、さりとて嫌悪を誘う世界に彼女はただただ惹かれていた。
行き交う人々に混ざり合いながらあることに気がつく。
彼らの首に刻まれた文字だ。見える範囲のおおよそ半数にはそれが確認できた。人混みに呑まれそうになりながらそれをいくつか読み取り、それがおそらく名前であるのだろうとあたりをつける。
「名前――を首に書くのが、この街のやりかたなの?」
「いいや、この街だけじゃないぜ。あれはルジュヴィである証さ」
「ルジュヴィ……?」
「よそ者だな姉ちゃん。しっかしそんな無防備な格好で歩き回るとは」
リノアは左手首を太く逞しい手に掴まれていた。毛皮に包まれた腕の先には猪頭のラネフスがいて、リノアをじっと見つめている。
純白のワンピースにショートブーツという簡易な出立。腕や脚など露出している肌色が多かった彼女の姿に、惹かれたようだ。
「しかもルジュヴィじゃないのか。どうだい姉ちゃん、オレのルジュヴィにならないか? 悪いようにはしないぜ」
身なりよく、がたいのいいスーツ姿の男の頭は猪で、袖から伸びる手は五本指だ。鼻息が荒く、力強く握りしめる手を離すつもりはないらしい。
「断る」
「ああ? おう気丈な女は嫌いじゃないぜ? 力ずくがお好みならぜひそうさせてもらうさ」
ぎりっと手首を握られリノアが顔を顰めた。状況の飲み込めないリノアをよそに、周囲からは人々が離れていく。しかし遠巻きに二人を眺めているのがわかるほどに、その視線は二人に注がれていた。
「へえ、よくよく見れば上玉じゃないか。しかもいないはずのファルときた。こいつはいい」
「そのくさい息をやめてもらえない? 吐きそうになる」
「なんだと?」
本能的に溢れ出す嫌悪感を感じ、冷たく強い瞳を向けるリノア。握られたままの左腕にも力が込められる。
「無礼は謝れば許してやる。無駄なことをするな。そんな細腕でオレから逃げられる訳ないだろう」
「……ふうん?」
余裕を見せる猪男。しかし油断はしていないらしく力を抜くそぶりはない。その目はリノアを舐めるように見つめ、鼻息は荒くなるばかりだ。
背筋がぞわりとする思いでリノアが力一杯に左腕を振り抜くと、猪男の身体が吹き飛んだ。男は驚愕の眼差しのまま、群衆に突っ込んでいく。
「女……貴様」
男はすぐに体勢を立て直し、鼻から真っ白な息を吹き出して目を血走らせた。怒り心頭に発するといった様子で、歯をぎりぎりと鳴らしてリノアを睨め付ける。
「恥をかかせてくれたな。何が何でも手に入れたくなったぞ!」
猪男は吠えると、力強く大地を蹴り付け走り出した。世間体も外聞も脱ぎ捨てた、欲望に満ちたその瞳でリノアを見つめ、猛進する。
「困ったな……これじゃあ宝石を探すどころじゃない」
リノアは頬を指先で掻いて、やれやれと肩をすくめた。
だが、彼女には冷静ながら状況を楽しんでいる節がある。わからないことばかりであった世界の中で、わかることが舞い込んできたのだ。
――単純で、それでいて心踊ることが。
口角をあげたリノア。その臙脂色の瞳が、燃え盛るような熱を帯びる。ワンピースから覗く薄墨色の四肢を光がなぞり、彼女の姿を世界に描き出していく。
「――よし」
猪男をまっすぐに見据えてリノアは構えた。彼女にとって初めて相手にする、直線的に過ぎる相手。しかしそのスピードたるや、瞠るだけの勢いがあった。そして、巨体にすら見えるほどの威圧感までも纏う。
目前にまで迫る全力の突進。その軌道を冷静に予測し、リノアは難なくいなした。そしてすれ違いざまに男の脇腹に両手を沈める。
「ぐっ……」
「思ったより真っ直ぐなんだ」
交わされる会話がお互いの耳を掠め、遠ざかる。
男は勢いのまま方向を変えられ、またも群衆へともつれ込む。それでも勢いを殺せず建物の壁へと激突した。
「でも、手に入れたい相手を壊すような勢いで突っ込むものかな……? まあ、手を抜かなかったのは誠実だと思うけど」
リノアは猪男の姿勢を見直して、うんうんと頷いてみせる。その声に嫌悪感は宿っておらず、むしろ好感が滲んでいた。壁に沈み込んだ男の後ろ姿をじっと眺めながら、とんとんと楽しそうに足踏みをしている。
猪男がふらつきながら振り返った。つきものの落ちたような顔だ。鼻っ柱が折れたのか、縦長の鼻から血が滴り落ちている。
「ふんっ!」
ごきん、とひどい音を出して、猪男は鼻を強引に直した。そして、もう一度駆け出す。スラックスが張り裂けんほどに太ももの筋肉が隆起しており、力の入れようがよくわかる。
「二度目はねえ……っ!」
「うん。だから、わたしもお前の全力に応える」
リノアは手を打ち鳴らすと、両手を突き出して構えた。
深く息を吸って、吐く。
炎を宿すような瞳が、正面に男を見据える。
巨漢はあっという間にリノアへと到達し、構えた両手へと手を噛み合わせた。
「くっ……!」
リノアの両腕に衝撃が走る。勢いで身体が一瞬浮き上がりそうになるも、両足で踏ん張り堪えてみせた。
遠巻きに見ていた群衆から歓声が上がる。
「まさかオレのタックルを正面から受け切る女がいるとはな。いったいどこにそんな力が……?」
「――余計なことを考えないで。わたしだけに集中して」
「っ……ああ!」
渾身の力を込めた猪男に、リノアの口角が上がる。
そしてじりじりと、リノアが前に足を踏み出し始めた。笑顔で、楽しそうに。
対する男は、どれだけ必死に踏ん張ろうと押し返すことができないことに困惑していた。
「うおっ……何者なんだ、お前は……?」
「わたし? わたしはリノア」
さらにリノアが力を込める。いつも以上に力が入っていることに気づいて、嬉しそうに。そして完全に男を押し切り、押し倒す。馬乗りになってじっと顔を近づけて勝利を確信し、満面の笑顔を向けた。
「わたしの勝ちかな?」
「……ああ」
悔しそうに、照れくさそうに負けを認める男の上から離れて、リノアは手をぱんぱんと払った。周囲を見渡し、眩しいばかりの光が自分に降り注いでいることに気づく。その向こうに群衆たちの奇異の目と、楽しそうな眼差しを見つけた。
またも歓声が上がる。しかしそれはすぐにおさまった。
「なんだ……?」
「リノア、悪いが騒ぎすぎたらしい。お前の見た目だ、もう少し考慮すべきだったな」
「そんなの知らない。お前が興奮して勝手にくっついてきただけじゃないか」
「それは、そうなんだが」
バツが悪そうな男をよそに、リノアはあらゆる方角から黒い集団が駆け寄ってくるのを目でしっかりと捉えていた。それはあれよあれよという間に二人を取り囲み、逃げ道を塞いでしまった。
風貌はさまざま、色すら違うくせに着ている服は黒一色のスーツという異様な面々だ。鋭い瞳たちが二人を睨め付け、身構えた。
「大立ち回り、見事でした。まさかあなたが負けるとは、ブルート・エリュファン殿? しかもオークション前夜にこれほど価値のある女をルジュもなしにルジュヴィにしようとは、お父上の――」
「黙れ、親父の名前を出すな」
ブルートと呼ばれた男は立ち上がり、汚れたスーツを払った。リノアと背中合わせに立ち、おしゃべりな黒服へと射抜くような視線を向ける。
「オレはまだ独り身だ。この女を妻に迎え入れるという形ならば問題ないだろう?」
「ほう。遊びの激しいあなたが随分と熱を入れたようだ。ならばその女の返答次第でここは手を引いて差し上げましょう」
黒服のリーダーと思しき男は、蛇のような頭をしていた。糸目に長い舌が特徴的で、わずかな動きも見逃すまいといった眼光を放っている。
「リノア、ここはオレの言う通りに」
「――嫌だ。わたしはお前にそこまでの魅力を感じていないから」
「くつくつ、これは傑作ですねブルート殿。その女は状況が飲み込めていないばかりか、判断力が欠如しています。嘘も方便、事を荒立てずに運べたかもしれないものを」
「わたしは、自分の力でここを切り抜ける」
リノアの力強い言葉に、蛇男は高笑いを返した。腹を抱えて笑う様に、他の黒服たちからもくすくすと笑いが漏れる。
ブルートは灰色の毛並みをした頭を抱え、ため息をついた。ふん、と鼻を鳴らす。
「……ま、そうでなくてはオレの妻は務まらん」
「妻にはならない」
「その言葉を覆す時が来るだろうさ。――道を拓く。行けるところまで走れ」
「わかった」
リノアとブルートの放つ温度の変化。それを即座に感じ取った蛇男は笑うのをやめ、冷めた顔をした。手を鳴らすと、他の黒服たちも同様に。
「作戦会議はすみましたか?」
「ああ。貴様らクソッタレどもを全員薙ぎ倒してやるってさ」