R-15
十八話 『約束』
教室に戻る途中で、沙知の背中が見えたから、僕は彼女に声を掛ける。
「さ、沙知!!」
僕が声をかけると彼女はピタリと止まる。だけど、それも一瞬で一度も振り返ることなく、またスタスタと歩き出した。
そんな彼女の背中を僕は急いで追いかけると、彼女は走り出した。僕を置いて行くように。
「さ、沙知!? 待ってよ!!」
僕は慌てて彼女に声を掛けて、追いかける。けど、その必要はなかった。
走り出した彼女の脚はびっくりするくらい遅かったからだ。
「遅っ!!」
沙知の遅さに、ついそんな言葉が出てしまう。だって正直早歩きの僕でもすぐに追い付けるくらいだからだ。
むしろ、歩いたほうが速いレベルで足が遅い。なんだったらもう息を切らして肩で息をしている。
「はあ……はあ……」
もう限界なのか彼女は立ち止まって、息を整える。僕はそんな彼女にゆっくり近づいた。
「沙知……大丈夫……」
僕がそう声を掛けると、彼女は僕の方をゆっくりと振り向いて顔を合わせる。
彼女の顔はとても青ざめて苦しそうだ。すると、沙知は口元を手で押さえると突然──
「オエェー」
沙知はその場でしゃがみ込み、吐いてしまった。
※※※
それから僕は沙知を保健室に連れて行き、保健室にあるベッドを借り寝かしつけた。
僕は保健室の先生に事情を説明して、沙知が落ち着くまで側にいさせてもらうことにした。
そんな僕の姿に先生は気を遣ってくれて「先生ちょっと吐き気止め買ってくるからお願いね」と言ってくれた。本当に親切な先生だと思う。
そんな先生の好意に甘えるように、僕はベッドで横になる沙知の側に寄る。
ちなみに沙知が汚してしまった廊下は沙々さんが掃除してくれた。
「身体弱いのに走るから……」
僕はそう言うと、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。
「だって……君が追いかけてくるから……」
ベッドに横になって顔を僕の方から逸らす沙知は蚊の鳴くような声で小さく答えた。
「沙知に話したいことがあったから追いかけたんだよ……それに少し心配だったから」
「何が……?」
「さっきからずっと様子がおかしかったから……」
僕がそう問うと彼女は、身体をビクッとさせて黙り込んでしまう。
「ねえ、何かあった?」
「……」
「僕が何かしたなら謝るからさ……」
僕は心配になり彼女に問い詰める。すると彼女は少し俯いた後……小さく口を開いた。
「……君は何もしてないよ」
彼女の言葉を聞いて僕は安心して息をつく。でも彼女の言葉はそれで終わりではなかった。
「……むしろ、君はよく頑張ったよ……頼那くん……」
「えっ……」
僕は彼女のその言葉に戸惑う。今、頼那くんて……彼女が僕のことを名前で呼ぶなんて……。
「あたしが君の名前、覚えていたの意外だった?」
彼女の言葉を聞いて、僕はゆっくり頷く。だって彼女は自分が興味ないものを覚えているはずがなかったから。
そんな僕の反応を見た彼女は僕の方を向いて口を開く。
「だって、毎日家に来て、お姉ちゃんと一緒に勉強しているんだもん、自然と覚えるよ」
「そ、そうなんだ……」
沙知とは初日以外全く顔を合わせることもなかったのに、彼女は僕のことを覚えていた。なんだかそれが無性に嬉しかった。
「すごいね……さすがはお姉ちゃんの彼氏だ……」
「えっ?」
僕は彼女の予想外の言葉に思わず声を漏らしてしまう。
僕が沙々さんの彼氏? それは一体どういうことなのだろう?
「えっ……て、頼那くんはお姉ちゃんの彼氏でしょ、毎日一緒に楽しそうに勉強して、仲が良いし……」
沙知は首を傾げながら僕を見て言う。どうやら彼女は盛大な勘違いをしているみたいだ。
「いや、全然違うから!! 僕と沙々さんは友だち!!」
「えっ、そうなの……?」
僕が誤解を解こうとして思わず大きな声を出してしまい、沙知が戸惑いながら僕に聞いてくる。その彼女の言葉に僕は強く頷いた。
「それに僕が好きなのは沙知……君だから」
「えっ……」
ふと、出てしまった言葉に沙知は驚いた顔で僕を見てくる。その顔を見た瞬間、自分が何を言ったか自覚して身体が熱を持ち始めた。
多分、自分の出てしまった言葉で顔が真っ赤になっていると思う。
でもこのときのために僕は勉強を頑張り、テストで彼女に勝ったんだ。だからこそ、僕は恥ずかしがることなく彼女に想いを告げる。
「改めて言うね……佐城沙知さん、僕はあなたのことが好きです」
真っ直ぐ彼女を見つめながら二度目の告白を彼女にした。すると彼女は困惑しきった顔で僕を見て、口を開いた。
「なんで……」
なんで。
彼女から溢れた言葉は一度目に告白したときと同じものだった。
あのときと同じように動揺した顔する沙知。そんな彼女は震えた声で僕に向かって口を開く。
「わかんない……」
これもあのときと同じだ。まるで理解したくない。知りなくないという感じの声。
「沙知……」
彼女は顔を僕から逸らし、両手で顔を隠すと涙をこぼして震えてしまっている。
「わかんないよ……そんなの……」
そんな彼女の絞り出したような声が僕の耳に静かに響いた。
まるで前回の二の舞だ。沙知が僕の言葉を信じず、ただ拒絶してしまう。だけど、今回は前回とは違う。
「沙知は覚えているか分からないけど、僕がテストで君に勝ったら僕の言ったことを信じてくれるって約束したよね」
前回のときに彼女と交わした約束。沙知は約束のこと忘れているけど、僕はその約束のために努力した。
「だから僕は沙知に勝ったよ……沙知のことが大好きな僕が、君のことが好きだって気持ちを信じて貰うために本気で勉強したから……」
そう、今回の僕は本気だった。本気で勉強して沙知に勝とうと思った。彼女との約束は僕を奮い立たせてくれたから……。
けど、約束をした相手が覚えてないのならただの自己満足なのかもしれない。それでも僕が頑張ってこれたのは、彼女に信じて貰えるように頑張るためだから。
それに別に沙知と付き合いたいとは思っていない。
いや、本当は付き合いたいけど、僕に対して恋愛感情のない彼女にそれを望むのは酷な話だ。ただ彼女に信じてもらうためのきっかけになるだけでいい。
例え約束を覚え──
「分かってるよ……だから……分かんないんだよ……」
「えっ……」
彼女の言葉に僕の思考は止まってしまう。だって彼女は僕との約束を覚えていないはず。
だから何が分かっているのか、彼女の言葉の意味が僕には理解できなかったから。すると、沙知は顔を僕の方から見えないように布団で隠したまま、口を開いた。
「約束……覚えてるよ……」
そんな予想外の彼女の言葉を聞いて、僕は固まってしまう。
「えっ……噓……でしょ……?」
だって沙知は僕とのことを覚えてないはずで……覚えてるってことはつまり……。
「ウソじゃないよ……頼那くんがあたしのこと……好きだってことは信じるよ……」
「じゃあ……」
彼女がようやく信じて貰えたことに対する喜びと、理解してくれたことへの混乱がごちゃ混ぜになって僕は脳で処理しきれない。すると、僕の頬からポロッと何かが流れていく感覚がした。
「えっ……」
驚いて頬に触れて見ると、指先が濡れている。それを目にしてようやく僕は自分が涙を流しているのだと気付くことができた。
それを自覚した瞬間、涙が止まらなくなった。
なんで泣くんだよ、僕。好きな子の前で情けなく泣くなんて……。
けど、溢れだした涙は止まらない。止められるはずがない。
だって好きな子に自分の気持ちを信じて貰えたから。嬉しくて仕方がない。
「だ、大丈夫……」
そんな泣いている僕を見て沙知が布団から顔を出して心配そうに僕を見てきた。だから僕はそんな情けない涙だらけの顔を腕で隠しながら言う。
「大丈夫だよ……ちょっと気が抜けただけだから……心配してくれてありがとう」
彼女の気持ちがどうあれ、僕の想いが届いたことに変わりはないから、涙が止まるまでそう答えたのだった。
「さ、沙知!!」
僕が声をかけると彼女はピタリと止まる。だけど、それも一瞬で一度も振り返ることなく、またスタスタと歩き出した。
そんな彼女の背中を僕は急いで追いかけると、彼女は走り出した。僕を置いて行くように。
「さ、沙知!? 待ってよ!!」
僕は慌てて彼女に声を掛けて、追いかける。けど、その必要はなかった。
走り出した彼女の脚はびっくりするくらい遅かったからだ。
「遅っ!!」
沙知の遅さに、ついそんな言葉が出てしまう。だって正直早歩きの僕でもすぐに追い付けるくらいだからだ。
むしろ、歩いたほうが速いレベルで足が遅い。なんだったらもう息を切らして肩で息をしている。
「はあ……はあ……」
もう限界なのか彼女は立ち止まって、息を整える。僕はそんな彼女にゆっくり近づいた。
「沙知……大丈夫……」
僕がそう声を掛けると、彼女は僕の方をゆっくりと振り向いて顔を合わせる。
彼女の顔はとても青ざめて苦しそうだ。すると、沙知は口元を手で押さえると突然──
「オエェー」
沙知はその場でしゃがみ込み、吐いてしまった。
※※※
それから僕は沙知を保健室に連れて行き、保健室にあるベッドを借り寝かしつけた。
僕は保健室の先生に事情を説明して、沙知が落ち着くまで側にいさせてもらうことにした。
そんな僕の姿に先生は気を遣ってくれて「先生ちょっと吐き気止め買ってくるからお願いね」と言ってくれた。本当に親切な先生だと思う。
そんな先生の好意に甘えるように、僕はベッドで横になる沙知の側に寄る。
ちなみに沙知が汚してしまった廊下は沙々さんが掃除してくれた。
「身体弱いのに走るから……」
僕はそう言うと、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。
「だって……君が追いかけてくるから……」
ベッドに横になって顔を僕の方から逸らす沙知は蚊の鳴くような声で小さく答えた。
「沙知に話したいことがあったから追いかけたんだよ……それに少し心配だったから」
「何が……?」
「さっきからずっと様子がおかしかったから……」
僕がそう問うと彼女は、身体をビクッとさせて黙り込んでしまう。
「ねえ、何かあった?」
「……」
「僕が何かしたなら謝るからさ……」
僕は心配になり彼女に問い詰める。すると彼女は少し俯いた後……小さく口を開いた。
「……君は何もしてないよ」
彼女の言葉を聞いて僕は安心して息をつく。でも彼女の言葉はそれで終わりではなかった。
「……むしろ、君はよく頑張ったよ……頼那くん……」
「えっ……」
僕は彼女のその言葉に戸惑う。今、頼那くんて……彼女が僕のことを名前で呼ぶなんて……。
「あたしが君の名前、覚えていたの意外だった?」
彼女の言葉を聞いて、僕はゆっくり頷く。だって彼女は自分が興味ないものを覚えているはずがなかったから。
そんな僕の反応を見た彼女は僕の方を向いて口を開く。
「だって、毎日家に来て、お姉ちゃんと一緒に勉強しているんだもん、自然と覚えるよ」
「そ、そうなんだ……」
沙知とは初日以外全く顔を合わせることもなかったのに、彼女は僕のことを覚えていた。なんだかそれが無性に嬉しかった。
「すごいね……さすがはお姉ちゃんの彼氏だ……」
「えっ?」
僕は彼女の予想外の言葉に思わず声を漏らしてしまう。
僕が沙々さんの彼氏? それは一体どういうことなのだろう?
「えっ……て、頼那くんはお姉ちゃんの彼氏でしょ、毎日一緒に楽しそうに勉強して、仲が良いし……」
沙知は首を傾げながら僕を見て言う。どうやら彼女は盛大な勘違いをしているみたいだ。
「いや、全然違うから!! 僕と沙々さんは友だち!!」
「えっ、そうなの……?」
僕が誤解を解こうとして思わず大きな声を出してしまい、沙知が戸惑いながら僕に聞いてくる。その彼女の言葉に僕は強く頷いた。
「それに僕が好きなのは沙知……君だから」
「えっ……」
ふと、出てしまった言葉に沙知は驚いた顔で僕を見てくる。その顔を見た瞬間、自分が何を言ったか自覚して身体が熱を持ち始めた。
多分、自分の出てしまった言葉で顔が真っ赤になっていると思う。
でもこのときのために僕は勉強を頑張り、テストで彼女に勝ったんだ。だからこそ、僕は恥ずかしがることなく彼女に想いを告げる。
「改めて言うね……佐城沙知さん、僕はあなたのことが好きです」
真っ直ぐ彼女を見つめながら二度目の告白を彼女にした。すると彼女は困惑しきった顔で僕を見て、口を開いた。
「なんで……」
なんで。
彼女から溢れた言葉は一度目に告白したときと同じものだった。
あのときと同じように動揺した顔する沙知。そんな彼女は震えた声で僕に向かって口を開く。
「わかんない……」
これもあのときと同じだ。まるで理解したくない。知りなくないという感じの声。
「沙知……」
彼女は顔を僕から逸らし、両手で顔を隠すと涙をこぼして震えてしまっている。
「わかんないよ……そんなの……」
そんな彼女の絞り出したような声が僕の耳に静かに響いた。
まるで前回の二の舞だ。沙知が僕の言葉を信じず、ただ拒絶してしまう。だけど、今回は前回とは違う。
「沙知は覚えているか分からないけど、僕がテストで君に勝ったら僕の言ったことを信じてくれるって約束したよね」
前回のときに彼女と交わした約束。沙知は約束のこと忘れているけど、僕はその約束のために努力した。
「だから僕は沙知に勝ったよ……沙知のことが大好きな僕が、君のことが好きだって気持ちを信じて貰うために本気で勉強したから……」
そう、今回の僕は本気だった。本気で勉強して沙知に勝とうと思った。彼女との約束は僕を奮い立たせてくれたから……。
けど、約束をした相手が覚えてないのならただの自己満足なのかもしれない。それでも僕が頑張ってこれたのは、彼女に信じて貰えるように頑張るためだから。
それに別に沙知と付き合いたいとは思っていない。
いや、本当は付き合いたいけど、僕に対して恋愛感情のない彼女にそれを望むのは酷な話だ。ただ彼女に信じてもらうためのきっかけになるだけでいい。
例え約束を覚え──
「分かってるよ……だから……分かんないんだよ……」
「えっ……」
彼女の言葉に僕の思考は止まってしまう。だって彼女は僕との約束を覚えていないはず。
だから何が分かっているのか、彼女の言葉の意味が僕には理解できなかったから。すると、沙知は顔を僕の方から見えないように布団で隠したまま、口を開いた。
「約束……覚えてるよ……」
そんな予想外の彼女の言葉を聞いて、僕は固まってしまう。
「えっ……噓……でしょ……?」
だって沙知は僕とのことを覚えてないはずで……覚えてるってことはつまり……。
「ウソじゃないよ……頼那くんがあたしのこと……好きだってことは信じるよ……」
「じゃあ……」
彼女がようやく信じて貰えたことに対する喜びと、理解してくれたことへの混乱がごちゃ混ぜになって僕は脳で処理しきれない。すると、僕の頬からポロッと何かが流れていく感覚がした。
「えっ……」
驚いて頬に触れて見ると、指先が濡れている。それを目にしてようやく僕は自分が涙を流しているのだと気付くことができた。
それを自覚した瞬間、涙が止まらなくなった。
なんで泣くんだよ、僕。好きな子の前で情けなく泣くなんて……。
けど、溢れだした涙は止まらない。止められるはずがない。
だって好きな子に自分の気持ちを信じて貰えたから。嬉しくて仕方がない。
「だ、大丈夫……」
そんな泣いている僕を見て沙知が布団から顔を出して心配そうに僕を見てきた。だから僕はそんな情けない涙だらけの顔を腕で隠しながら言う。
「大丈夫だよ……ちょっと気が抜けただけだから……心配してくれてありがとう」
彼女の気持ちがどうあれ、僕の想いが届いたことに変わりはないから、涙が止まるまでそう答えたのだった。