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R-15
十七話 『お前はよくやった』
 テスト当日まで、沙々さんと勉強会を続け、家でも遊ぶ時間を減らして、寝るギリギリまで勉強を続けた。

 最初の数日は僕のその姿を見て、親は驚いた顔をしていたが、次第に察してくれたのか何も言わずに見守ってくれていた。

 時折、飲み物や夜食を持ってきてくれたりと、僕の自主学習をサポートしてくれていた。その心遣いに僕は感謝しかない。

 そんな沙々さんや家族の支えのおかげで、勉強への意欲を失わずに済み、試験期間を過ごしたのだった。

 そしていよいよテスト当日になった。

 僕は勉強した甲斐があって、なかなか手ごたえを感じ、人生で一番の出来ではないかと思えるほど。

 それに沙々さんにもやることはやった、あとは、落ち着いて取り組めと言われ自信を持ってテストに臨むことができた。

 二日間にもおよぶ中間テストを終えると、そのまままっすぐ帰宅してベッドにダイブする。

「疲れた~」

 さすがにずっと張り詰めて勉強していたせいか身体中が疲れきっていた。普段そんなに勉強しているわけじゃないから、余計そう感じてしまう。

 だけどなんとか中間テストは終わった。あとは結果を祈るだけだ。

 もし沙知より順位が上なら……沙知にもう一度告白しよう。僕が沙知をどれだけ好きなのかちゃんと伝えるんだ。

「はぁ~……ちゃんと問題解けたかな……」

 そんな心配事が疲れ切った僕の口から漏れる。するとどんどん不安が募ってしまう。

 スペルミスしてないよな。解答欄ちゃんと合っていたよな。あの計算正しいよな。

 一度溢れだしたら、どんどん出てくる不安感に僕は布団を被ると、無理矢理にでも眠ることにした。

 今日の僕はやりきったんだ。だから不安になることなんてない。そう言い聞かせながら。

 そして迎えたテストの返却日。僕は答え合わせは自信満々で余裕綽々と言った感じで……ではなく、結局、不安に思いながらこの時を待っていた。

 正直、めちゃくちゃ緊張して吐きそうになるくらい心臓がドキドキしていた。

 昨日なんて、結局眠れず、気持ち悪すぎて薬飲むくらいには緊張していた。

 やっぱり沙々さんからのお墨付きといっても、実際僕自身ちゃんと出来ていたかと言われたら確証を持てなかったから。

 そんなことを考えているうちに、ついに最初に数学のテスト結果が返却される日が来た。

 一呼吸、深呼吸をした後、意を決して僕は解答用紙を受け取りに先生のところへと行く。

「よし……って、まじか」

 解答用紙を受け取った瞬間僕は目を疑った。本当にこれ夢じゃないのかと思い自分の頬を抓ってみる。

 普通に痛い……やはりこれは現実だ。

 数学のテストの点数、九十七点。これまでの僕では考えられない点数だ。自分でも驚いてしまうような点数に僕はただただ戸惑う。

 多分、これは沙々さんの勉強会のおかげだろう。

 問題傾向を教えてくれたり、解き方の基本など、僕が一人でやっていたらとてもこんな点数は取れていない。本当に彼女には頭が上がらない。

 僕のテストを勝手に覗き込んできた佐々木は僕の点数を見て思わず大声を上げ、先生に怒られていた。

 それから次々と解答用紙が返却されていく。残りのテストもそのどれもが九十点台を越えていて、これまでだったら考えられない点数だった。

 そんな満足のいく点数が取れたことに僕は浮かれると、同時にこのテストで沙知が僕に負けたらどうしようかと不安にも思っていた。

 沙々さんの話を聞く限り、これでもかなりギリギリのライン。確実に勝つんだったら満点を取れれば良かったんだけど、今の僕ではここが限界。

 あとはただ祈るくらいしか僕には出来ることがなく、そわそわとしながら順位が発表されるのを待つしかない。

 ちなみに沙々さんには自分の点数を伝えてある。彼女も僕の点数を聞いて、褒めてくれたが、沙知に勝てるかははぐらかした。

 そうして一週間が経った頃にようやくテストの順位が張り出された。

 昼休みに僕と佐々木は確認しに掲示板の前に来ていた。掲示板の前にはたくさんの人が集まり、自分たちの順位を確認しては一喜一憂している。

「なあ……なんか心臓が張り裂けそうなんだけど」

 僕は震え声でそんなことを言う。その様子を見て佐々木は笑う。

「いやお前、ただ成績を確認すんだけだろ?」

 そうなんだけど、ここまで来てやっぱり逃げたい気持ちが芽生え始めてしまった。けど、確認しないとずっと不安でいっぱいで夜も眠れなくなる。というか、ここ一週間はマジで眠れなかった。

 休日だって気が休まらなくて、次のテストに向けて無駄に勉強するくらいだ。だから、ここまで来たら確認しないわけにはいかない。

「ほら、早くしろって」

 佐々木にそう言われ、僕は思い切って順位を見に行くことにした。

 何はともあれまずは一位の名前を確認する。もし沙知が一位なら僕の負けだ。

 そもそも入試を首席で通した彼女が、ここに名前がなければまだ僕にチャンスはある。

 僕は不安の気持ちを抱えながら、恐る恐る一位の名前を確認する。

 そこに書かれた名前を見て僕は絶望した。

 一位、佐城と書かれていたのだ。

 その事実に僕はその場に崩れ落ちそうになる。

「おい! 島田大丈夫かよ……」

 そんな僕を見て佐々木が心配そうに声を掛ける。僕は何とかふらつきながらも立ち上がった。

「うん、大丈夫……けど、ダメだった……」

 僕のその言葉で彼は察してくれたのか何も言わない。ただ悲しそうな表情を浮かべただけだった。

 そんな彼の姿を見て、僕がこれ以上心配をかけないよう気丈に振る舞う。

「まあ、しょうがない、相手は学年一位なんだからさ……さすがだよ沙知……」

 僕はそう言いながら自分に納得しようするが、心にくるものがある。でも何とか我慢しながら笑うことが出来た。

「じゃあ、教室に戻ろ……」

 僕はこれ以上ここにいたくなくて、すぐにでもその場を離れようとしたが……。

「おっ、島田か、順位はどうだった?」

 タイミング悪く沙々さんが僕に気付き声を掛けてきた。僕は顔を引きつらせながら彼女を見る。

 僕の顔を見た沙々さんは僕が何を思っているのか察したようで、口を開いた。

「その様子だと……いや、何も言うまい」

 その言葉に僕は顔を上げて沙々さんを見る。そんな僕に沙々さんは優しく微笑みかける。

「島田、お前は今回かなりの努力をした、それはオレがよく知っている」

 沙々さんの言葉に僕は小さく頷く。

 そう、努力したはずだ……必死に勉強して頑張って、いい点数を取ったのに沙知は上を行った。

「お前はよくやった、偉いぞ島田」

「あ、姉御……」

 沙々さんの言葉に僕の瞳から涙が流れる。

 あんなに必死にやって負けたというのに、この人だけは僕を褒めてくれる。それが何より嬉しくて僕は涙をこらえることができなかった。

「い、いや……泣くなよ島田……あと、姉御って呼ぶな」

 僕の涙を見て慌てだす沙々さんに、僕も何とか泣きやもうとするが全然止まらない。すると、沙々さんはいきなり僕を抱きしめ、頭をポンポンと優しく叩いてくれた。

「島田、よく頑張ったな」

 そんな沙々さんの優しさに僕はしばらく甘えさせてもらった。本当に僕の涙腺はおかしくなってしまったのかもしれない。そう思えてしまうほど涙が止まらなかった……。

 どのくらい泣いていたか分からないがようやく落ち着いた僕は沙々さんから身体を離した。

「ありがとう、沙々さん……」

「気にするな、オレとお前は共に勉強した友だ、これくらい当然だ」

 沙々さんにそう言われて、僕は再び泣きそうになるがなんとか堪えて話を続ける。

「本当に沙々さんのおかげで今回のテストはいい成績を取れたよ、ありがとう……」

 僕はそう言って改めてお礼を言う。そして僕が今まで頑張った成果が全て出し切れたと、心から思えたのもきっと彼女のお陰だ。

 本当に沙々さんには感謝しかない。

「それは何よりだな、ではオレも自分の順位を確認するとしよう、今回はあの愚妹に負けたようだが、自分の順位は気になるからな」

 沙々さんはそう言って、僕の隣から離れ掲示板の方へとゆっくりと歩いていく。

 沙々さんが離れたところで佐々木が驚いた顔で僕を見ていることに気付いた。

「島田お前……何で佐城姉とそんなに親しく話してるんだよ!!」

 どうやら彼は僕と沙々さんが親しげに話している姿を見て、驚いてしまったようだ。

「お前あれか!? 佐城妹がダメだったから、佐城姉に鞍替えってか!! しかもあんな優しくしてもらうなんてうらやましすぎだろ!!」

 僕が沙々さんと話していたのがどうやら気に入らないみたいで、何やら訳の分からないことを言いながら怒っている佐々木。

「いや、鞍替えとかじゃないから!!」

 そんな彼の勘違いに僕は全力で否定しておいた。何を勘違いしているか知らないけど、そこだけは強く否定する。

「チックショー、俺だってスタイル良い女子に優しくされてぇよ」

「それ、佐城さんの前で言ったらぶっ飛ばされるよ……」

 そんな僕の忠告を聞いているのかいないのか、彼は悔しそうに掲示板の方を見る。僕も彼が見た方を見るとちょうど沙々さんが自分の順位を確認している最中だった。

 すると、突然、沙々さんは慌てた様子でこちらに戻ってきた。

「沙々さん? どうしたの?」

 僕は彼女の慌てように声を掛けると、彼女は僕の腕を掴み掲示板の近くまで僕を連れて来た。

「あれをちゃんと見ろ……」

 彼女の突然の行動に僕は訝し気に思いつつも沙々さんが指さす方を見てみる。

 するとそこには……

 1位:佐城沙々 491点

 2位:島田頼那 487点

 3位:佐城沙知 486点

 そう書かれていた。つまり一位が沙々さん。二位は僕、そして三位はまさかの……沙知。

「はぁ!!??」

 思わず僕は驚きの声を上げてしまった。

「お前ちゃんと名前まで見ずに勝手に負けたとか勘違いしたんじゃないだろうな?」

 僕の様子を見て沙々さんが呆れたように言ってくる。

 確かに名前まで確認してなかった。

 そもそも沙々さんも佐城って名字なの完全に忘れていた。不安でいっぱいいっぱいで失念ってレベルじゃない。

 そしてさっきまでの自分の行動を思い出して恥ずかしくなってしまった。

 顔すごく熱い。いま、絶対顔真っ赤なんだろうなって分かる。

「とりあえず……おめでとう、島田」

 沙々さんはそう言って僕に微笑みかけた。

「うん……ありがとう、沙々さんも一位おめでとう……」

 真っ赤になってしまった顔を見せたくないから俯きながら僕は沙々さんにお礼を言う。

「ああ、お互いよく頑張ったな」

 僕の目の前に手を差し出す沙々さん。そんな彼女に僕は躊躇いつつも手を出すと彼女はその手を強引に掴み握手してきた。

「よし、ここからお前の正念場だ、頑張れよ」

「うん、沙々さんのおかげでなんだか頑張れそう」

 そしてお互いに頷きあうと、沙々さんは手を離して、視線を別に向ける。

「それで? お前はいつまでコソコソしているつもりだ?」

 そんな沙々さんの言葉に僕は振り返る。そこにはおずおずといった感じで僕たちを見ている沙知が立っていた。

「お、お姉ちゃん……」

 沙々さんが声を掛けると、彼女はばつが悪そうな顔をして口を開いた。

「その……お、おめでとう……お姉ちゃん……」

 どうやら沙知もお祝いを言ってるつもりみたいだが、その言い方はまるで動揺しているみたいだ。

 視線も定まってなく、心ここに在らずと言った様子。
 本当にいつもの彼女らしくない。

 いつもの彼女ならここで──

『一回勝ったからって、まだまだだね、お姉ちゃん』

 って感じで軽口を言ってくるはず。それなのに彼女はそう言わなかった。それがなんだか不思議に思える。

「沙知……?」

 僕は心配になり彼女に向かって一歩進むが……。

「うっ……」

 そう言うと沙知は俯きながら逃げるように自分のクラスがある教室の方へと戻って行った。

 そんな沙知を見つめていると、突然、背中を叩かれた。

「イッタ!!」

 いきなり叩いてきた沙々さんに僕は思わず声を上げて、彼女の向き直ると、追いかけろと言わんばかりの目で僕を見ている。

 僕はその目を見て、ただ頷くと沙知の後を追うために自分も自分のクラスの方へと戻るのだった。
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