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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百四九話 華陽の戦い 後編
 楊摎は白起の命に従い、川で橋を破壊する。それを確認した白起が次なる一手を打つと思っていた司馬靳は、白起が動かないことを不思議に思う。
 楊摎率いる騎馬別働隊は、背後の川にかかる橋を破壊した。
 白起はそれを確認したが、特に攻撃の方法に、変更は行わなかった。白起は日が暮れ出しても、全部隊に迎撃を続けさせ、無理に川の方向へ敵軍を押し出すことはしなかったのである。
「司馬靳殿。追い詰められているのは敵軍だ。なぜだか分かるか」
「分かりませぬ。数の優位は変わらず、楊摎殿に後方を襲われても、後詰めで対応すれば良い。つまり優勢なのは、依然として敵軍であるように思えます」
「それは違うな。前方は我が秦軍に阻まれていて、本陣の私や、その背後にある華陽を攻撃することはできない。後方は橋を落とされ、川に阻まれている。西方は森林に阻まれて大軍を速やかに撤退させることはできず、東方の禿げ山は、軽騎兵の別働隊が下馬し、高所から弓を構えている。隘路を塞いでいる故、道は通れない」
「つまり事実上、敵は侵攻の目的を達成できないようになっており、そして同時に我が軍は、敵軍を包囲し、攻撃目標である敵軍の撃退の達成へ一歩近づいたのですか!」
「そうだ、だがそれだけではない。まず、魏将芒卯もこの位は予想していた筈だ。だからこそ全力で楊摎を妨害したのだ。橋が落とされた今、後方の部隊は川の方へ撤退を始めている。傷が浅い内に、主力に敵を率いさせた上で、大将だけは逃がすつもりなのだ」
「敵主力が我が軍の追撃を防ぐのであれば、また芒卯を逃がしてしまうことに……!」
「だがそうはさせん。魏は政が下手であり、数ばかりを求めて趙兵を招いた。しかしそれが裏目となって、自らの首を絞めるのだ」
 後方にいた趙兵は、騎兵を率いて川を渡ろうとした。趙兵の強さは、北方の異民族との戦闘を優位にする重装騎兵であり、川を渡るには向いていなかった。楊摎は河岸の高所から、用意していた長弓で一方的に攻撃した。騎馬して駆け回りながら、大量の敵軍を攻撃していった。
「白起将軍は、いつから敵軍に趙兵が混じっていると、気づいていたのですか」
「魏軍の総数が多すぎるからだ。事実上、秦へ降伏している魏の内情は把握しており、兵になれる男の総数も、おおよその予想はつく。それを数万単位で上回っているのならば、同盟国の趙が兵を出したと考えるのが妥当だ。だが、趙は我が秦の同盟国でもあり、名の知れた名将や、歴戦の猛者である精鋭を連れてくることはできないだろう。せいぜい、訓練時に優秀だった若手の精鋭くらいだ」
「政の目線から敵を分析し……趙兵がいたとすれば、あくまで前線にはおかず、追撃などの目立たない活躍をするしかなく、後方にいることまで見破る。正に将軍のような神のようなお方にしかできぬ芸当です」
「そなたもできるようになる。よく学ぶのだ。私も、臨淄出身の楊摎殿から兵法を学び、実戦して体得したのだ。そなたには私という師がいて、有能な秦兵がついている。そなたならやれる」

 撤退しようとする趙兵二万と趙将賈偃を、楊摎は殲滅し、川は趙兵の亡骸が浮かんでいた。
 後方からの撤退を諦めた魏軍は逃げ惑った。
 白起は魏軍の包囲殲滅を命じ、蒙驁ら歩兵部隊は敵軍を魏軍を攻撃し、遂に魏軍は瓦解。白起は、一兵卒に変装し逃亡しようとした芒卯を捕えることに成功した。
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