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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百四十話 范雎、厠に捨てられる
 秦国の包囲を解いた須賈は、丞相魏斉の命を受け、斉との同盟を結ぶべく斉へ発つ。しかし交渉は難航し、食客の范雎に、責任を擦り付ける。
 中大夫の須賈は、目の上のタンコブである魏冄を退けたことで、丞相魏斉から感謝された。
「丞相、今は魏冄を退けられましたが、万全ではありません。魏冄はやはり知恵者のようです。魏冄は、三晋がいまや有名無実の同盟であることを、見抜いています」
「左様か……しかし我らは、仲間がいなくては立つことも難しい。今は七雄の中でも、最弱とさえいえる有様だ。我らは、誰を頼るべきか」
「思いますに、斉が適切です。強国から転じて、今は弱小となった者同士、手を取り合わねばなりません」
「そうか……それもそうだな。須賈よ、私や新魏王様に代わり、斉へ向かってくれ」

 任を受けた須賈は、斉へ向かった。しかし同盟の交渉は難航し、悪戯に時間だけが過ぎた。
「これは……失敗に終わりそうだな。だが手ぶらでは帰れぬ……そんなことをすれば、私の出世の道は……」
 苦慮する須賈の許に、食客の一人が、こんなことを口にした。
「范雎殿が、斉王と密かに会って、金や美酒を賜ったのだとか」
「なんだと……! 穣候の前で瓶を割り私に酒をかけた次は、斉王から賄賂を受け取っただと……!」
 須賈は激怒した。そして冷静になって、閃いた。このまま賄賂疑惑を利用して、同盟締結失敗の責任を、范雎へ擦り付けようとしたのである。

 魏へ帰国後、須賈は魏斉へ讒言した。事実の確認はロクにせず、ただひたすらに、魏王の怒りを范雎へ向けようと励んだ。
 魏斉は讒言に惑わされ、遂に、范雎を宮廷へ招き、そのまま捕らえた。
「魏斉丞相! なに故私を捕らえるのですか……?」
「貴様が信義に背き、私利私欲に走ったからだ!」
「その様な事実はございませぬ。どうか誤解を解かせてください!」
「そなたは口が達者らしいな。そなたの口舌に惑わされるつもりはない。斉王からの賄賂を受け取り同盟を破談にさせるなど……笑止千万! 誰か、棒で百回叩け!」
「そんな! 私は受け取ってはおりませぬ! 須賈様! 魏斉丞相へ誤解だとお伝えください! 須賈様!」
 叫びながら抵抗する范雎を、屈強な近衛兵が数人がかりで押さえつけ、台の上に寝かせた。そのまま棍棒で殴りつけ、范雎は肉が割れて流血し、骨折して、遂に気絶した。
 范雎が死んだと思った魏斉は、憎しみの余り、その亡骸を厠(かわや)へ捨てるよう近衛兵へ伝えた。そして気分転換に、須賈と共に酒を呑みに行った。
范雎(生年不詳〜没:前255年)……魏の人。秦の昭襄王に仕え、遠交近攻策を献上した。
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