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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百三七話 大梁を包囲する
 魏冄は副将の白起に別働隊を率いらせ、魏へと侵攻する。
 秦王は魏冄を総帥として軍を編成し、魏へ向けて発した。
 秦王は魏冄が勢力を盛り返しつつあることに危機感を抱くも、どこか余裕を感じていた。宣太后はそんな秦王を不思議に思い尋ねた。
「以前のあなたであれば、もっと慌てふためいているはず。なにか、冄を出し抜く術でも見つけたの?」
「そうではありませぬ。余はただ、時間を見ているのです」
「時間……そうね。私を含め、私の弟達は、髪も白くなり、頬も痩けて、老人となった」
「そうです。一度は風前の灯となっていた丞相らの勢力が、再び、余と張り合える程の勢力になるとは思いません。丞相の文武の右腕である王稽も、同年代の泠向や白起に比べれば、見劣りする。それに、こんな予感がするのです」
「どんな予感かしら……?」
「今は亡き楼緩に変わり、余を支える賢者が、魏で見つかる気がするのです。余が地上の天帝となるに当たり、余を支える文武の両輪が揃うと、占星術師が申しておりました。武官の武安君と並ぶ、文官の柱が、見つかる気がするのです」
「夢解きや占星術は、まやかしよ。でも、信じて見る程、心に余裕があるというのは素晴らしいことだわ。老いさらばえた母からの助言よ。文武の柱は、いわば龍虎。着かず離さずで、しっかりと飼いならさなければ、互いに血を流して倒れてしまうことになるわよ」
「助言、感謝申し上げます。龍虎を統べることこそ、余の役目であるような気が致します」

 魏冄は主力軍を率い、魏の城を攻めた。戦を行い功を立てることこそ、最も家族を豊かにし、自らも立身出世する方法である。そういった秦の国風により、連戦した兵は疲弊するどころか、まるで風に煽られた炎のように益々強くなり、最早魏など、敵ではなかった。
「私が函谷関の戦いで率いた秦兵とはまるで違うな。誰もが精鋭の兵士のようだ。白起が行った虐殺に付け入ることで彼らを私の勢力に引き入れられたが……今後はどうしようか。いいやそんなことは、悩むことではない。ただ魏の首都である大梁を正攻法で陥すのだ。そうすれば、白起に靡く者共も、自然と私に流れてくるであろう。城は固くないからな」

 別働隊を率いる副将の白起も、城を陥して進んでいった。白起に賛同する将兵は彼の下で励み、無類の強さを見せた。
 尽く城を陥す中、白起率いる別働隊は、暴鳶率いる韓軍から奇襲を受けた。全くの予想外な攻撃であったが、幸いにも韓軍の兵力は少なく、大きな損害を受けることはなかった。
「なんと、韓軍の中にも、魏へ情を持つ者がいたのか。韓王は自分の意見もなく優柔不断だと聞いたが……将軍に力説され、軍を派遣してしまったのであろう。司馬靳、韓軍を率いているのは誰だ?」
「暴鳶です。魏の芒卯と共闘したことが多い、親魏派閥の筆頭です」
「そうか。こいつを討てば、韓の親魏派閥は勢いを失い、聡い者らが親秦派閥を一大派閥にしてくれるであろう。命を下す。暴鳶の首を獲るのだ!」
 白起は平野にて、対決した。一撃離脱を繰り返す韓将暴鳶に対し、秦軍は翻弄された。しかし秦軍は数の力を活かし、韓軍の複数ある奇襲が隠れられる箇所を、大きな輪で完全包囲をした。
 そして徐々に輪を狭め、やがて姿を現した韓軍奇襲部隊を各個撃破し、遂に韓将暴鳶の本隊も見つけ出した後は、全方向からの攻撃を加え、その首を獲った。

 その間にも魏冄は侵攻を続け、遂に大梁を包囲した。遅れて現れた白起も大梁の包囲に加わり、魏は、絶体絶命となった。
司馬靳(生没年不詳)……戦国時代の秦の将軍。夏陽(現在の陝西省渭南市韓城市)の人。司馬錯の孫で、長平の戦いに参加した。
王稽(生年不詳〜没: 前255年)……戦国時代、秦の人。魏に使者として派遣され、范雎を救った。
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