残酷な描写あり
R-15
第百五六話 義渠への復讐
秦王は遂に義渠による反乱の証拠を掴み、義渠の討伐の勅を下す。
前271年(昭襄王36年) 咸陽
秦王は宣太后に用事があり、宮殿内で宣太后を探した。しかしどこを探しても見つからず、諦めて帰ろうとした時、庭にて、鮮やかな化粧をした宣太后を見つけた。
池の魚や葦を眺める宣太后は色めき立っていた。その隣には一人の男がいた。その正体は義渠涼であると、すぐに分かった。
異民族独特のその装いに、秦王は反吐が出る思いだった。羊毛を服に巻き付けた、暖を取りやすいその服装は、秦王にとっては、破廉恥な野蛮人の動物的な服装に見えていた。
「母上は役者だな。あのような気持ちの悪い男と話しているのに、まるで恋する女子のような笑顔だ」
秦王は遠目に呟いた。
こういうことはよくあった。これは、宣太后が義渠を滅ぼす為、過去の板楯族による侵攻に彼らが関わっていた証拠を掴む為の、外交であった。
その日の夜、秦王は改めて宣太后を尋ねた。宣太后は、気分が良さそうであった。
「稷よ、遂に待ち望んだ日が来るわ」
「と、いいますと?」
「しっぽを掴んだわ。涼は老齢になり、心が弱っているわ。王位を回復させることをチラつかせて兵力や石高を確認したら、板楯族や羌族の生活圏も義渠県の石高として数えていることをうっかり零したわ。県程度の権力では、あそこまで正確に、遊牧民の生活圏に作られた僅かな田畑の大きさを計測できるなんて、実際に赴いていないと不可能だわ」
「ありがとうございます母上。ようやく、目の上のたん瘤を取り除くことができます」
秦王は朝議にて、義渠県令義渠涼を、過去の謀反を理由に討伐することを宣言した。魏冄はその時、華陽での遠征が老体に祟り、病を患っていた。故に、秦王は急いだ。強敵である板楯族の討伐にて魏冄が軍を率い、功績を立てれば、白起の価値が揺らいでしまう。しかし今白起が軍を率いて反乱を鎮圧したならば、白起の名声は益々高まり、引いては秦王自身の名声も高まるのである。
秦王は、いつまでも歳上の親族の威光がなければ、一人で君臨することも危ういという、誹謗中傷を拭いたかった。
「武安君へ勅を下す」
「ここに」
秦王はこのまたとない好機を活かす為、白起へ勅を下した。
「秦の精鋭を率い、恩知らずの蛮族どもを討伐せよ。秦国の北方を安んじ、天下に、秦軍こそ最強であると示すのだ!」
「御意!」
白起もまた、この日を朝な夕な待っていた。故郷を奪った板楯族を滅ぼし、その時侵略を先導した、極悪な義渠涼を、この手で始末するのである。
「齕よ、準備せよ。明日には出発する」
「はい。しかし旦那様、療養はもうよろしいのですか?」
「この時の為、私は生涯を通して戦を続けてきたのだ。心の鬱憤も、既に晴れた。それに、これは良い機会なのだ」
「と、いいますと?」
「板楯族は皆が戦士であり、武器を持つ敵である。恐れられる板楯族の兵を皆殺しにすれば、秦兵からの信頼を高められる。そして同時に、義渠県の民は傷つけず、南郡でしたように、秦人として迎え入れるのだ。主が変われば、野心を捨て、真に秦人になれるはずだ」
秦王は宣太后に用事があり、宮殿内で宣太后を探した。しかしどこを探しても見つからず、諦めて帰ろうとした時、庭にて、鮮やかな化粧をした宣太后を見つけた。
池の魚や葦を眺める宣太后は色めき立っていた。その隣には一人の男がいた。その正体は義渠涼であると、すぐに分かった。
異民族独特のその装いに、秦王は反吐が出る思いだった。羊毛を服に巻き付けた、暖を取りやすいその服装は、秦王にとっては、破廉恥な野蛮人の動物的な服装に見えていた。
「母上は役者だな。あのような気持ちの悪い男と話しているのに、まるで恋する女子のような笑顔だ」
秦王は遠目に呟いた。
こういうことはよくあった。これは、宣太后が義渠を滅ぼす為、過去の板楯族による侵攻に彼らが関わっていた証拠を掴む為の、外交であった。
その日の夜、秦王は改めて宣太后を尋ねた。宣太后は、気分が良さそうであった。
「稷よ、遂に待ち望んだ日が来るわ」
「と、いいますと?」
「しっぽを掴んだわ。涼は老齢になり、心が弱っているわ。王位を回復させることをチラつかせて兵力や石高を確認したら、板楯族や羌族の生活圏も義渠県の石高として数えていることをうっかり零したわ。県程度の権力では、あそこまで正確に、遊牧民の生活圏に作られた僅かな田畑の大きさを計測できるなんて、実際に赴いていないと不可能だわ」
「ありがとうございます母上。ようやく、目の上のたん瘤を取り除くことができます」
秦王は朝議にて、義渠県令義渠涼を、過去の謀反を理由に討伐することを宣言した。魏冄はその時、華陽での遠征が老体に祟り、病を患っていた。故に、秦王は急いだ。強敵である板楯族の討伐にて魏冄が軍を率い、功績を立てれば、白起の価値が揺らいでしまう。しかし今白起が軍を率いて反乱を鎮圧したならば、白起の名声は益々高まり、引いては秦王自身の名声も高まるのである。
秦王は、いつまでも歳上の親族の威光がなければ、一人で君臨することも危ういという、誹謗中傷を拭いたかった。
「武安君へ勅を下す」
「ここに」
秦王はこのまたとない好機を活かす為、白起へ勅を下した。
「秦の精鋭を率い、恩知らずの蛮族どもを討伐せよ。秦国の北方を安んじ、天下に、秦軍こそ最強であると示すのだ!」
「御意!」
白起もまた、この日を朝な夕な待っていた。故郷を奪った板楯族を滅ぼし、その時侵略を先導した、極悪な義渠涼を、この手で始末するのである。
「齕よ、準備せよ。明日には出発する」
「はい。しかし旦那様、療養はもうよろしいのですか?」
「この時の為、私は生涯を通して戦を続けてきたのだ。心の鬱憤も、既に晴れた。それに、これは良い機会なのだ」
「と、いいますと?」
「板楯族は皆が戦士であり、武器を持つ敵である。恐れられる板楯族の兵を皆殺しにすれば、秦兵からの信頼を高められる。そして同時に、義渠県の民は傷つけず、南郡でしたように、秦人として迎え入れるのだ。主が変われば、野心を捨て、真に秦人になれるはずだ」