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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第五六話 白起、凱旋し朝議に参内す
 咸陽へ凱旋した白起は、朝議に参内する。
 秦 咸陽

 秦王、丞相の命令で、将軍白起は魏から撤兵した。この約一年間で陥した城は破格で、六一城にも上っていた。
 昨年の春に韓へ出兵してから約二年が経過しており、雪が降る真冬の咸陽に戻った将軍白起は、どこか見覚えのない場所へ来たような気分だった。
馬車の荷車から降りると、出発する時には大勢いた近衛兵は少数になっており、驁らの姿もなかった。 
「百将らはともに帰還したのではなかったのか。一言、労いの言葉をかけてやるべきだった」
「百将らは各々の宿舎へ戻られました。数日後の論功行賞まで、そこで各々方、自由に過ごされます」
「そうか。野営地の天幕は狭く、隣の音も響いてきて、どうも息苦しいからな。……それで私はこれからどこへ?」
「ここからは内城を徒歩で進み、宮殿へ向かいます。国尉として、朝議に参内するのです」
「相分かった」

 朝議に参内する為、白起は咸陽宮を訪れた。玉や青銅製の龍や麒麟が置かれた大階段を登る。一段、また一段と登る毎に近づく巨大な門に、彼はこの二年間で果たした立身出世と、神と呼ばれるまでに増大した名声の大きさを、肌で感じていた。まっ白な雪が伝える冷たさが、有頂天になりそうになる彼に冷静さを取り戻させた。
「国尉白起、参内せよ」
 官吏の声で門が開き、白起は秦王や文武百官が集う朝議へ参内した。拱手をし、白起は告げた。
「秦王様に拝謁致します」
「面を上げよ、我が秦国の宝、国尉白起よ」
「ありがとうございます」
 この二年間で朝臣となっていた新米の文武百官は、彼を見て、その威風堂々とした佇まいについて、ひそひそと語りあった。
 将軍白起は、それを少々不快に感じながら、周囲を見渡した。甲冑姿の者はいるが、帯剣が許されているのは、国尉である自分だけであることに気がついた。
 秦王が咳払いをすると、文武百官は静まり返った。
「白起よ、そちは余の為に韓と魏を討ち、多くの敵を挫き、また多くの地を獲った。よって、余はそちに追って恩賞を与える」
「ありがとうございます」
「また、追って論功行賞を執り行い、秦の将兵にも爵位や恩賞を与えようと思う」
 秦王は、将軍白起の労を労うと、朝議を開始した。
「余は丞相へ命じ、主に大国の斉や楚との国交を正常化を図らせている。今後、魏や韓が各国と合従することを防ぐ政策について、皆と協議したい。ちなみに、余や向寿将軍、文官の重鎮である老臣の楼緩(ろうかん)は、このまま魏や韓を圧倒的な力で攻めつづけ、他国の介入を、力で防ぎたいと考えている」
 その言葉に賢人、泠向(れいこう)はいった。彼は、魏冄に取り立てられ、二十年余り外交に携わってきた人物であった。
「斉は現在、王が名声高き孟嘗君を疎んじ、政から遠ざけようと画策しています。また楚も、元より各地方豪族の力が強く王の力が弱い為、懐王が咸陽で薨去し王の求心力が下がったことで、強大さはあれど国内が一致団結しておらず、秦へ手を出せません。言わずもがな趙は同盟相手であり、燕は遠く、数年前に斉に叩きのめされて以降は驚異ではありません。今は、我が国は国力の回復に務めるべきです」
 その言葉を聞いた秦王は、白起に意見を求めた。派閥争いの匂いが感じられたが、白起は軍の頂点として、兵の状況から意見をした。
「兵は連戦し疲弊しています。泠向殿が仰るように諸国に攻め込まれる危険が考えずらいのならば、勢いが挫かれることもないでしょう。兵を休ませる時間を頂きたいです」
 秦王は、「所詮は丞相の右腕か」と小声で呟いた。不貞腐れながら白起や泠向の意見を採用し、方針とした。
泠向(生没年不詳)……戦国時代、秦の政治家。斉による宋攻め後押しするように秦王に進言した。

楼緩(生没年不詳)……戦国時代、秦の政治家、縦横家。
秦で丞相であったが、前295年(昭襄王13年)に罷免され、魏冄が丞相となった。
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