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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第四二話 秦王、白起に韓攻めを命じる
 函谷関の戦いから二年。国力を少しづつ回復させつつあった秦は、魏と韓に狙いを定め、報復の兵を向ける。
 紀元前394年(昭襄王13年)

 秦王は朝議において、怒りを露わにしていた。しかし激昂する訳ではなかった。まるで冷静であるかのように、しかし確かに怒りを見せていた。それは己の感情ではなく、秦王として、秦が被った侵略の悲劇を悼むことから生まれる怒りであった。
「二年前、我が国は卑劣な斉、韓、魏に攻撃を受けた。楚の懐王は逃げ出して加勢を募ろうとし、また同盟国の趙も、敵対こそしなかったが日和見を決め込み、秦を助けなかった。こんな横暴を許す訳にはいかない。余は、諸国の攻撃を跳ね返した秦軍を讃えると同時に、かような真似をした諸国に、報復することを誓う」
 子供のように怒号を飛ばしたり、嫌味のような言葉を使わないその姿に、魏冄は、王の成長を感じた。
「この二年、秦は国力の回復に勤しんだ。兵を徴兵、訓練し、不要な役人を下野させて節約し、税を蓄え国庫を潤わせた。巴蜀は難しい治水を少しづつ進め、開墾し、人が増え兵や税も増えている。目下、楚は領土は広大で兵も多く、手強い。趙もまた名士が多く、戦となれば巧妙に抗ってくるであろう。斉はいわずもがな、依然として強国である」
「秦王様、つまり我々が攻めるのは……韓か魏のいずれかということですな」
 魏冄はしたり顔で、先読みをした。しかし秦王の答えは違った。
「両方を、同時にだ。魏や韓は弱小な上に、函谷関の戦いにて失った国力は回復しきっていない。仮に片方を攻めたとして、攻められなかったもう片方は、他国と同盟を結んで抗ってくる。そこまで明白である以上、我が国は決して万全でないのだとしても、両国を同時に攻める必要があるのだ。他国の介入は、決して許さぬ」
 秦王は玉座より立ち上がり、文武百官を眺めたあと、魏冄に目を向けた。
「丞相魏冄」
「ここに」
「そちは刃ではなくその舌先三寸で、敵軍を跳ね返す盾としての役割を果たした。その功で丞相となり、軍を含め秦の才ある者を多く知っているであろう」
「御意にございます」
「魏攻めは、余の幼なじみである向寿に託そう。しかし、韓めを任せられる将軍を、余では見定められぬ。秦も国力はギリギリであり、兵権を乱用して謀反を起こされれば、対応が難しい。ゆえに、才があり信用がおける将を、そなたに推挙してほしい」
「申し上げます。私は、白起将軍を推挙します」
「白起……二年前にそなたが上奏してきた男か。歳は若いが、二度も飛び級をして将軍となった男だが、その武勇や戦への熱い思いは確かなものであるといっていたな」
「左様でございます。白起は、新星と謳われた名将任鄙の配下として地獄をくぐりぬけてきた猛将です。必ずや、ご期待に添える戦いをするでしょう」
秦王は「よかろう!」と叫ぶと、詔を下した。
「向寿は魏攻めの総帥として、魏へ報復せよ!」
「御意!」
「魏冄は白起を副将とし、韓を攻めるのだ!」
「御意!」
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