残酷な描写あり
R-15
第十九話 巴蜀の不穏な空気
秦王嬴稷は、蜀より訪れた兄の蜀候嬴煇と母の宣太后の三人で、家族団欒を楽しんでいた。そこに、蜀での不穏な空気を察知した魏冄が現れる。
咸陽
秦王は宮殿にて、臣下の拝謁を受けていた。巴蜀(はしょく)を治める兄で蜀煇(しょくき)(嬴煇)は、臣従の証として、定期的に咸陽へ訪れていた。そこには、自分には反乱の意思はないと示す目的があった。
「臣下の蜀煇が秦王様に拝謁致します」
「面を上げよ」
「感謝致します」
儀礼を済ませ、若き秦王は笑った。
「兄上、よく来てくれた。余は家族に会えるのを嬉しく思うぞ」
「もったいなきお言葉にございます」
「兄上、そう畏まらずともよい……!」
「御意」
「兄上……」
そのやり取りを見ていた宣太后は、蜀煇をなだめた。
「お前の誠意はしかと伝わっているわ。今は家族として、ともに食卓を囲みましょう。そこにいるのは秦王ではなく、弟の稷(しょく)よ」
「母上もそう申している。兄上、さぁ食べましょうぞ。巴蜀の話を余に聞かせてくれ」
穏やかな家族団欒を楽しむ三人の許を魏冄が訪ねてきた。それに気づいた蜀煇は、箸を置き拱手をしながら挨拶をした。
「大将軍、息災ですか」
「おや、これは蜀煇様。お久しゅうございます。従者と話しておりましたが、巴蜀は安定しているようで、なによりです」
「司馬錯大将軍の助力により、なんとか反乱を防ぎ、治められています」
「巴蜀は豊かだが気性の荒い民が多いと聞きます。堅牢な成都城を築城されたことは、正しい判断だったと思います」
「それも司馬錯大将軍の考えだ。巴蜀は豊かな土地ながら、断崖絶壁が多く、攻めにくく守りやすい土地。その中心に城があるならば、地の利を得ている地域の民草が反乱を起こしても、必ず治められる」
蜀煇の言葉に秦王は誇らしげな顔をした。
「さすがは司馬錯殿。戦う前から戦に勝てるように準備しているとは、正に名将だ!」
魏冄は顎髭を撫でながら、秦王を見つめた。その目は秦王に不快感を与えた。
「戦とは元来、戦う前から始まっているものですぞ秦王様。反乱も同様。行動を起こす前から、準備は行われております」
「冄よ、どういうことなの」
「姉上、従者によると、不穏な動きがあるようなのです。それは……秦兵の一部が、蜀煇様を担ぎあげ、第二の公子壮にしたてあげようとしているとのこと」
「本当なの、煇よ……!」
宣太后の気迫のこもった問いに、蜀煇は一瞬の動揺を見せた。この事実を話すべきときを、見つけられずにいた彼は、ここで話す他ないと意を決した。
「母上、稷、叔父上の申す通りです。秦兵の多くは、稷を王とは認めず、叔父上と母上による専横が行われていると考えています。外戚(がいせき)による政の掌握は、国を誤らせる。ゆえに、私を主とし、司馬錯大将軍を国尉とすべきだと考えているのです」
「そんなはずがない! 余は王として未熟であるゆえ、支えてもらっているだけであるぞ!」
「事実より、傍から見える景色が大事なのだ。しかし信じてください。私は、担がれるつもりなどない……!」
秦王は宮殿にて、臣下の拝謁を受けていた。巴蜀(はしょく)を治める兄で蜀煇(しょくき)(嬴煇)は、臣従の証として、定期的に咸陽へ訪れていた。そこには、自分には反乱の意思はないと示す目的があった。
「臣下の蜀煇が秦王様に拝謁致します」
「面を上げよ」
「感謝致します」
儀礼を済ませ、若き秦王は笑った。
「兄上、よく来てくれた。余は家族に会えるのを嬉しく思うぞ」
「もったいなきお言葉にございます」
「兄上、そう畏まらずともよい……!」
「御意」
「兄上……」
そのやり取りを見ていた宣太后は、蜀煇をなだめた。
「お前の誠意はしかと伝わっているわ。今は家族として、ともに食卓を囲みましょう。そこにいるのは秦王ではなく、弟の稷(しょく)よ」
「母上もそう申している。兄上、さぁ食べましょうぞ。巴蜀の話を余に聞かせてくれ」
穏やかな家族団欒を楽しむ三人の許を魏冄が訪ねてきた。それに気づいた蜀煇は、箸を置き拱手をしながら挨拶をした。
「大将軍、息災ですか」
「おや、これは蜀煇様。お久しゅうございます。従者と話しておりましたが、巴蜀は安定しているようで、なによりです」
「司馬錯大将軍の助力により、なんとか反乱を防ぎ、治められています」
「巴蜀は豊かだが気性の荒い民が多いと聞きます。堅牢な成都城を築城されたことは、正しい判断だったと思います」
「それも司馬錯大将軍の考えだ。巴蜀は豊かな土地ながら、断崖絶壁が多く、攻めにくく守りやすい土地。その中心に城があるならば、地の利を得ている地域の民草が反乱を起こしても、必ず治められる」
蜀煇の言葉に秦王は誇らしげな顔をした。
「さすがは司馬錯殿。戦う前から戦に勝てるように準備しているとは、正に名将だ!」
魏冄は顎髭を撫でながら、秦王を見つめた。その目は秦王に不快感を与えた。
「戦とは元来、戦う前から始まっているものですぞ秦王様。反乱も同様。行動を起こす前から、準備は行われております」
「冄よ、どういうことなの」
「姉上、従者によると、不穏な動きがあるようなのです。それは……秦兵の一部が、蜀煇様を担ぎあげ、第二の公子壮にしたてあげようとしているとのこと」
「本当なの、煇よ……!」
宣太后の気迫のこもった問いに、蜀煇は一瞬の動揺を見せた。この事実を話すべきときを、見つけられずにいた彼は、ここで話す他ないと意を決した。
「母上、稷、叔父上の申す通りです。秦兵の多くは、稷を王とは認めず、叔父上と母上による専横が行われていると考えています。外戚(がいせき)による政の掌握は、国を誤らせる。ゆえに、私を主とし、司馬錯大将軍を国尉とすべきだと考えているのです」
「そんなはずがない! 余は王として未熟であるゆえ、支えてもらっているだけであるぞ!」
「事実より、傍から見える景色が大事なのだ。しかし信じてください。私は、担がれるつもりなどない……!」