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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第六話 秦国の宝
 山中で伏兵に襲われた李雲らを助けるため、将軍任鄙は自ら軍を率いて進軍する。
 伏兵に襲われる起らは、盾で矢を防ぎながらゆっくりと下山するしかなかった。しかし、入り組んだ道を何度も迂回し山奥に入っていたため、下山途中には幾つもの高い崖があり、数多の板楯(ばんじゅん)族によって頭上から矢を射掛けられた。
「盾を重ねろ!」
 百将の李雲はこの期に及んでも諦めてはいなかった。ほとんどただの農民である新兵たちは、半ベソをかいており、その目は恐怖に怯えていた。
「おい新兵、手が震えているぞ! しっかり構えねば射抜かれるぞ貴様!」
 李雲は横にいた、名も知らぬ新兵に激を飛ばした。公孫亮は「すみません……!」と震えた声で叫んだ。そのやり取りを見た起は、彼が死の恐怖に囚われているのだと感じた。やはり彼は、自分のように徴兵を受けるべきではなかった──。

 本陣がある丘を下りた任鄙は、逃げる敵を壊滅させた上で、山中の手前で停止していた右翼の数千を率いて、山自体を右側から迂回していた。
「左翼は壊滅したが、本隊の大部分は助けられた。それと合流し遠くから山中に入れば、連中を崖から突き落としてやれる!」
「任鄙よ、肩の力を抜け」
 老将の夏育は、鐙や鞍もない馬を可能な限りの速さで駆けさせながら、血走った目をしながら横を駆ける任鄙をなだめた。
「そなたは、復讐に気を取られ、やや冷静さを欠いているように見えるぞ」
「そんなことはありません。私はただ、勇猛果敢に山中に飛びこんだ勇者たちを、助けてやりたいのです。彼らは勇敢です。彼らこそ、失ってはいけない名もなき秦国の宝なのです!」
 任鄙は五年前、村を襲われ行く場所をなくした被災者たちを匿い、雍城に入れた。その後出兵するも無駄に兵を失っただけで、村を取り返すこともできなかった。
 彼は己が敗軍の将として汚名を着せられたことよりも、自分が鍛えあげた優秀な兵を失い、反撃の機会さえ失ったことを嘆いていた。
「我が秦国は、商鞅による改革により、徴兵ですべての男子を鍛えることで、もはや弱小国家ではなくなりました。今や、盛況を誇る隣国の魏さえ跳ね返す強国です。その土台は名もなき勇者であり、そういった勇者たちとともに戦で敵を退けることこそ、秦人(しんひと)の生きる誇りなのです!」
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