残酷な描写あり
出来息子
「錫の鉱脈を発見した? それは本当か?」
「ええ。間違いありません」
大久保が僕に話があると言ったので評定の間で聞いてみると、興味深い話が出てきた。
「錫か……僕はあまり詳しくないが、食器に使われるものだったな。それ以外に用途はあるのか?」
「神社の神具にも使われることもありますが……重要なのはそれだけじゃありません」
大久保は少し興奮しながら「銅と混ぜると青銅になると南蛮人が言っていました」と言う。
「青銅? それは本当か?」
「ええ。青銅なら高く売れます。それに噂で聞く大砲も作れるかもしれません」
大砲……遠い距離から標的目がけて撃てて、城壁なども破壊できる、南蛮渡来の武器か。
「なるほど。しかし大砲を作る技術が僕たちにはない。そこはどうする?」
「鉄砲職人に作らせるわけにはいきませんか?」
「勝手が違うだろう。それに南蛮人が教えてくれるかも分からない」
大久保は頭を悩ませて「一先ず大砲は後回しにしましょう」と切り替えた。
「青銅はかなり需要がありますから、銅を仕入れてその倍か三倍で売りましょう」
「そうだな。角倉ら商人と相談して販路を設けてくれ」
「委細承知。ではこれから本格的に掘り進めます」
僕は「鉱毒に気をつけて掘ってくれ」と念を押した。
「ええ。溜め池を作っておきます。それでだいぶ防げるでしょう」
「開墾が上手くいっているから、なるべく土を汚したくない。もし酷くなるようなら採掘自体やめなければならない。そこは分かっているね?」
大久保は「承知いたしました」と深く頭を下げた。
「流石、信玄公で働いていた実績があるな」
「それほどじゃありません。では失礼します」
大久保が退席した後、僕も評定の間から出て秀勝くんのところへと向かう。今は島に兵法を習っているはずだ。
部屋の外で兵法書を音読する声が聞こえた。
「孫子曰く、地形とは兵の助けなり。故に用兵の法には、散地有り、軽地有り、争地有り、交地有り、衢地有り、重地有り、泛地有り、囲地有り、死地有り」
孫子だろうなと当たり前のことを思いつつ「入るよ」と一言かけて入室した。
「あ、雨竜さん。お話は終わりましたか?」
秀勝くんが振り返って僕に訊ねた。見る限り兵法書は手元に無い。ということは暗唱をしていたようだ。
「終わったよ。島、そっちはどのくらいで終わる?」
「こちらはもう少しですね。若さまの疑問に答えたら今日は終了とします」
島は秀勝くんに向き合って「地形によって兵の心情や周りの状況が変わるということです」と答えた。
「では、どの地形で戦うのが良いのですか?」
「どれが良いというわけではありません。地形に応じて戦い方を変えるのが重要なのです」
島の話を熱心に聞く秀勝くん。学ぶことに関しては貪欲だった。こちらが臆してしまうぐらいに。
「分かりました。やはり書物だけでは分からぬことばかりですね」
納得が言ったらしく秀勝くんは満足げに頷いた。
僕は「次の雪隆の剣術の前に、軽く昼ご飯を食べよう」と秀勝くんを誘った。
「島も忙しいところご苦労だった」
「いえ。俺も良い勉強になりました」
島と別れて僕たちは城の廊下を歩く。
「次は真柄さんの剣術ですか。今日こそは一本取れるように頑張ります」
「ああ、その意気だ。ところで一ヶ月経つけど、もう慣れたのかな?」
秀勝くんは「これだけの日数が経てば慣れてしまいます」と真面目に答えた。
「もっと勉強して父上の役に立ちたいです」
やる気があるのは良いことだけど、少しだけ危ういなと思ってしまった。
頑張ることは大切だけど、頑張り過ぎることは良くない。
その晩、僕は秀勝くんのことを聞こうと思い、秀晴を自室に呼び出した。
「秀晴。僕は仕事の合間に秀勝くんと会ってはいるけど、詳しい様子は見ていない。だからどういう感じなのか、僕の居ない間で世話をしている君に聞きたい」
秀晴は正座のまま「あまりよろしくはないですね」と意見を述べた。
「よろしくない? まさか不真面目というわけでもないだろう?」
「むしろ逆で真面目すぎています。生き急いでいるような、何かに焦っているような……そんな印象を受けます」
僕と同じ考えだった。
「そうか……まあ勉強という名目で来ているのだから当然だけど。もう少し肩の力を抜いてほしいな」
「……若さまの気持ちはよく分かります」
秀晴が悲しげに笑った。
「父さまに捨てられないかと怯えていた頃の俺によく似ている」
「……そうか」
「父さま。ここは俺に任せてもらえませんか?」
秀晴が珍しく熱のこもった声で僕に懇願する。
「俺が教えられることは少ないけど、それでも教えることはできると思うんです」
「何を教えるつもりなんだ?」
秀晴は目線を落として「それは言えません」と答えた。
「でも決して悪いことは教えません。それは誓います」
「分かった。明日にでも教えてやってくれ」
秀晴は「……良いんですか?」と意外そうに言う。
「俺のこと、信用してくれるんですか?」
「ああ。この際だからはっきり言うけど――お前は出来た息子だよ」
秀晴は一瞬、泣きそうな顔をして、それをぐっと堪えた。
◆◇◆◇
秀晴と秀勝くんの会話を聞く気はなかったけど、おせっかいな女忍びのなつめ――丈吉たちと一緒に秀勝くんの護衛を影から行なっている――が詳細を教えてくれた。
『秀晴さん。話とはなんですか?』
秀勝くんはそう言って秀晴の正面に座った。秀晴は『丹波国はどうですか?』と訊ねた。
『どうって……良き国だと思います。たまに秀晴さんが城下に連れてくれたとき、活気溢れるところを見ましたから』
『俺も良い国だと思います。まあ父さまが治めているのですから当然でしょう』
秀晴が何を言わんとするのか、掴みきれない秀勝くんは『雨竜さんは優秀なんですね』とだけ答えた。
『ええ。優秀な父を持つと苦労します』
『…………』
『劣等感。父の期待を受けている感覚。それを超えようと努力する。どれもこれも重荷でしかない』
秀勝くんは震えた声で『そ、そうなんですか……』と言う。
秀晴はそこで意外そうな顔をしたらしい。
『なんだ。若さまも同じ気持ちだと思っていましたが』
『――っ!?』
的中というか心中を察しられたのだろう、秀勝くんは驚愕したみたいだった。
『な、何を言って――』
『違っていたらすみません。俺の勘違いで間違いだったら謝ります』
すっと頭を下げる秀晴に戸惑った秀勝くん。
しばらく黙って、それから溜息を吐いて『……どうして分かったんですか?』と答えたらしい。
『父さまが仕えている羽柴秀吉さまは偉大な人物です。俺の比じゃないほど重圧があるのでしょう』
『…………』
『先ほど気持ちが同じなんてことを言いましたが……大きく違いますね。天下人の後継者と丹波国の跡継ぎでは』
秀勝くんは唇をきゅっと噛み締めた。
『若さま。俺はまだまだ父さまに及ばない。才も能もない、ただの凡人です』
秀晴の正直で真っ直ぐな言葉を秀勝くんは黙って聞いていた。
『しかしそんな凡人で父親と比較される身として、一つだけ言えることがあります』
『……それは、なんでしょうか?』
かすれた声で秀勝くんが問う。
秀晴は覚悟を決めた顔で言ったらしい。
『父親を超えたいと思うのは当然ですが――別に全てで超えなくてもいいんです』
その言葉に秀勝くんは衝撃を受けた顔をした。
『超えたければ努力し続ける。超えられないのなら別のことで超えればいい』
『…………』
『俺は、天下人として羽柴さまは超えるのは難しいと思いますが、為政者としての若さまなら、羽柴さまを超えられると思うんですよ』
秀晴は優しげな口調で言ったらしい。
『俺は丹波国の民のように、活気溢れる日の本を創りたいと思っています。戦国乱世を制するであろう羽柴さまではできない、二代目だからこそできる太平の世を、あなたなら見せてくれると思います』
あまりに予想外で優しい言葉、そして暖かい期待に――秀勝くんは涙を堪えていて、でも耐え切れずに、ぽろぽろと涙を流した。
『ほ、本当に、なれるんでしょうか……』
秀勝くんは涙を流しながら言う。
『私一人では、何もできない……』
『皆に協力してもらいましょう。少なくとも俺が居ます』
秀晴は歩み寄って秀勝くんの手を取った。
『若さまのためなら、協力も努力も惜しみません』
『秀晴さん……』
『俺は、あなたの家臣として――お助けします』
◆◇◆◇
僕は全てを聞いた後、紙と筆を取った。
僕の精魂を込めた、内政の極意を記した書を書こうと思った。
書物好きな秀勝くんに最も喜ばれるだろう。
同時に秀晴の成長を喜びたい気持ちで一杯だった。
本当に出来た息子だ。
「ええ。間違いありません」
大久保が僕に話があると言ったので評定の間で聞いてみると、興味深い話が出てきた。
「錫か……僕はあまり詳しくないが、食器に使われるものだったな。それ以外に用途はあるのか?」
「神社の神具にも使われることもありますが……重要なのはそれだけじゃありません」
大久保は少し興奮しながら「銅と混ぜると青銅になると南蛮人が言っていました」と言う。
「青銅? それは本当か?」
「ええ。青銅なら高く売れます。それに噂で聞く大砲も作れるかもしれません」
大砲……遠い距離から標的目がけて撃てて、城壁なども破壊できる、南蛮渡来の武器か。
「なるほど。しかし大砲を作る技術が僕たちにはない。そこはどうする?」
「鉄砲職人に作らせるわけにはいきませんか?」
「勝手が違うだろう。それに南蛮人が教えてくれるかも分からない」
大久保は頭を悩ませて「一先ず大砲は後回しにしましょう」と切り替えた。
「青銅はかなり需要がありますから、銅を仕入れてその倍か三倍で売りましょう」
「そうだな。角倉ら商人と相談して販路を設けてくれ」
「委細承知。ではこれから本格的に掘り進めます」
僕は「鉱毒に気をつけて掘ってくれ」と念を押した。
「ええ。溜め池を作っておきます。それでだいぶ防げるでしょう」
「開墾が上手くいっているから、なるべく土を汚したくない。もし酷くなるようなら採掘自体やめなければならない。そこは分かっているね?」
大久保は「承知いたしました」と深く頭を下げた。
「流石、信玄公で働いていた実績があるな」
「それほどじゃありません。では失礼します」
大久保が退席した後、僕も評定の間から出て秀勝くんのところへと向かう。今は島に兵法を習っているはずだ。
部屋の外で兵法書を音読する声が聞こえた。
「孫子曰く、地形とは兵の助けなり。故に用兵の法には、散地有り、軽地有り、争地有り、交地有り、衢地有り、重地有り、泛地有り、囲地有り、死地有り」
孫子だろうなと当たり前のことを思いつつ「入るよ」と一言かけて入室した。
「あ、雨竜さん。お話は終わりましたか?」
秀勝くんが振り返って僕に訊ねた。見る限り兵法書は手元に無い。ということは暗唱をしていたようだ。
「終わったよ。島、そっちはどのくらいで終わる?」
「こちらはもう少しですね。若さまの疑問に答えたら今日は終了とします」
島は秀勝くんに向き合って「地形によって兵の心情や周りの状況が変わるということです」と答えた。
「では、どの地形で戦うのが良いのですか?」
「どれが良いというわけではありません。地形に応じて戦い方を変えるのが重要なのです」
島の話を熱心に聞く秀勝くん。学ぶことに関しては貪欲だった。こちらが臆してしまうぐらいに。
「分かりました。やはり書物だけでは分からぬことばかりですね」
納得が言ったらしく秀勝くんは満足げに頷いた。
僕は「次の雪隆の剣術の前に、軽く昼ご飯を食べよう」と秀勝くんを誘った。
「島も忙しいところご苦労だった」
「いえ。俺も良い勉強になりました」
島と別れて僕たちは城の廊下を歩く。
「次は真柄さんの剣術ですか。今日こそは一本取れるように頑張ります」
「ああ、その意気だ。ところで一ヶ月経つけど、もう慣れたのかな?」
秀勝くんは「これだけの日数が経てば慣れてしまいます」と真面目に答えた。
「もっと勉強して父上の役に立ちたいです」
やる気があるのは良いことだけど、少しだけ危ういなと思ってしまった。
頑張ることは大切だけど、頑張り過ぎることは良くない。
その晩、僕は秀勝くんのことを聞こうと思い、秀晴を自室に呼び出した。
「秀晴。僕は仕事の合間に秀勝くんと会ってはいるけど、詳しい様子は見ていない。だからどういう感じなのか、僕の居ない間で世話をしている君に聞きたい」
秀晴は正座のまま「あまりよろしくはないですね」と意見を述べた。
「よろしくない? まさか不真面目というわけでもないだろう?」
「むしろ逆で真面目すぎています。生き急いでいるような、何かに焦っているような……そんな印象を受けます」
僕と同じ考えだった。
「そうか……まあ勉強という名目で来ているのだから当然だけど。もう少し肩の力を抜いてほしいな」
「……若さまの気持ちはよく分かります」
秀晴が悲しげに笑った。
「父さまに捨てられないかと怯えていた頃の俺によく似ている」
「……そうか」
「父さま。ここは俺に任せてもらえませんか?」
秀晴が珍しく熱のこもった声で僕に懇願する。
「俺が教えられることは少ないけど、それでも教えることはできると思うんです」
「何を教えるつもりなんだ?」
秀晴は目線を落として「それは言えません」と答えた。
「でも決して悪いことは教えません。それは誓います」
「分かった。明日にでも教えてやってくれ」
秀晴は「……良いんですか?」と意外そうに言う。
「俺のこと、信用してくれるんですか?」
「ああ。この際だからはっきり言うけど――お前は出来た息子だよ」
秀晴は一瞬、泣きそうな顔をして、それをぐっと堪えた。
◆◇◆◇
秀晴と秀勝くんの会話を聞く気はなかったけど、おせっかいな女忍びのなつめ――丈吉たちと一緒に秀勝くんの護衛を影から行なっている――が詳細を教えてくれた。
『秀晴さん。話とはなんですか?』
秀勝くんはそう言って秀晴の正面に座った。秀晴は『丹波国はどうですか?』と訊ねた。
『どうって……良き国だと思います。たまに秀晴さんが城下に連れてくれたとき、活気溢れるところを見ましたから』
『俺も良い国だと思います。まあ父さまが治めているのですから当然でしょう』
秀晴が何を言わんとするのか、掴みきれない秀勝くんは『雨竜さんは優秀なんですね』とだけ答えた。
『ええ。優秀な父を持つと苦労します』
『…………』
『劣等感。父の期待を受けている感覚。それを超えようと努力する。どれもこれも重荷でしかない』
秀勝くんは震えた声で『そ、そうなんですか……』と言う。
秀晴はそこで意外そうな顔をしたらしい。
『なんだ。若さまも同じ気持ちだと思っていましたが』
『――っ!?』
的中というか心中を察しられたのだろう、秀勝くんは驚愕したみたいだった。
『な、何を言って――』
『違っていたらすみません。俺の勘違いで間違いだったら謝ります』
すっと頭を下げる秀晴に戸惑った秀勝くん。
しばらく黙って、それから溜息を吐いて『……どうして分かったんですか?』と答えたらしい。
『父さまが仕えている羽柴秀吉さまは偉大な人物です。俺の比じゃないほど重圧があるのでしょう』
『…………』
『先ほど気持ちが同じなんてことを言いましたが……大きく違いますね。天下人の後継者と丹波国の跡継ぎでは』
秀勝くんは唇をきゅっと噛み締めた。
『若さま。俺はまだまだ父さまに及ばない。才も能もない、ただの凡人です』
秀晴の正直で真っ直ぐな言葉を秀勝くんは黙って聞いていた。
『しかしそんな凡人で父親と比較される身として、一つだけ言えることがあります』
『……それは、なんでしょうか?』
かすれた声で秀勝くんが問う。
秀晴は覚悟を決めた顔で言ったらしい。
『父親を超えたいと思うのは当然ですが――別に全てで超えなくてもいいんです』
その言葉に秀勝くんは衝撃を受けた顔をした。
『超えたければ努力し続ける。超えられないのなら別のことで超えればいい』
『…………』
『俺は、天下人として羽柴さまは超えるのは難しいと思いますが、為政者としての若さまなら、羽柴さまを超えられると思うんですよ』
秀晴は優しげな口調で言ったらしい。
『俺は丹波国の民のように、活気溢れる日の本を創りたいと思っています。戦国乱世を制するであろう羽柴さまではできない、二代目だからこそできる太平の世を、あなたなら見せてくれると思います』
あまりに予想外で優しい言葉、そして暖かい期待に――秀勝くんは涙を堪えていて、でも耐え切れずに、ぽろぽろと涙を流した。
『ほ、本当に、なれるんでしょうか……』
秀勝くんは涙を流しながら言う。
『私一人では、何もできない……』
『皆に協力してもらいましょう。少なくとも俺が居ます』
秀晴は歩み寄って秀勝くんの手を取った。
『若さまのためなら、協力も努力も惜しみません』
『秀晴さん……』
『俺は、あなたの家臣として――お助けします』
◆◇◆◇
僕は全てを聞いた後、紙と筆を取った。
僕の精魂を込めた、内政の極意を記した書を書こうと思った。
書物好きな秀勝くんに最も喜ばれるだろう。
同時に秀晴の成長を喜びたい気持ちで一杯だった。
本当に出来た息子だ。