残酷な描写あり
第40話 背中を預け
『ムムス』での料理バトル、それからお勉強会を終え、辺りはすっかり日が暮れていた。
けれど高校生のアクティブさは強烈なもので、ここからさらに遊ぶつもりらしい……。僕は絞った雑巾みたいにボロボロのシオシオなのに。
場所は枝葉街駅前だ。すっかり馴染みの、高校生の遊び場。デッキや往来の木々にもイルミネーションが飾られ、きらびやかな町並みとなっている。
もうすぐクリスマスか……憂鬱っ!
「タマキちゃん! 今度は何して遊びましょっか!」
「がああぁぁぁぁ……」
決して恵まれた肉体ではないぷらなに、ちょっとじゃれつかれただけで僕はダメージを受けた。今日はもう帰った方がいいのかもしれない。
そんなふうに逃げ腰でいたら、彼方から提案が。
「んならオレのギター練に付き合ってよ〜。ずっと興味津々で見てたし」
「えっ、いいの〜!? 彼方ちゃん好き〜! ありがと〜!」
「くっつくな……」
腕にぎゅ~っと抱きつかれて軽くイヤそうな顔してる……。
そこにもかが当然の疑問を出す。
「てかギター練つってるけどどこで?」
「ここで」
「は? 許可とかどーすんの?」
「ないないそんなの。ストリートミュージシャンとかみぃ~んな警察に黙ってやってるよ~。んで投げ銭箱置けばカンペキ」
「「えぇ……」」
「これがロックなのね~」
とても警察の子どもとは思えない発言だ……。
「あっ、そういえばギターその……大丈夫だった? 浸水して……」
「ん~? ああ、意外と大丈夫そうってタニガキ……いや、楽器屋さんでも言ってたよ。魔法みたいだよなぁ、リンカーって。海作るほどの水だったのに、オレらも最初っから何も無かったみたく乾いていたじゃん? おかげでギターも無事でさ~」
「あっ、ハっ、ハハっ……」
誰も近寄らせないって感じだった彼方もすっかりこんなグイグイ来るようになったなぁ。さっきのレストランでも僕とわにゃわにゃ会話したり。
「まあ泥とか砂はしょうがないからホントムカつくんだけどさ」
「あっ」
この多面性はしばらく慣れなさそうだ……。
それからホントに彼方はギター練と称した簡易ストリートライブを始めた。横でもかが話しかけたりして、ぷらなは音に軽くノったり一曲終わるごとにパチパチ拍手したりして、まるで僕らサクラ……。
彼方の演奏は素人目に聞いても上手く、投げ銭もそれなりに集まっていた。
「イマイチ、かな」
数曲終え、彼方がぽつりと呟く。
「えっ、何が?」
「とっさのFコードに指が追いつかない、Bも。あっ、難しい弾き方ともっと難しい弾き方ね」
「別にいーんじゃない? アタシは気になんなかった」と、もか。
「よくないよ~。やっぱ毎日部屋で8時間は練習しないとな〜」
「そ、そこまで!? 帰りが5時で、そうしたら夕飯もナシで1時とかに……」
「休日に喪失分練習すればいいんだよ。こうなったら友達なくすまで出掛けない」
「いやあの、そこまでは……。でも僕もそんな感じか……」
「ジョーダンに決まってるでしょうがっ。勉強漬けアンド音楽漬けどもめっ」
もかさんによる僕と彼方へのダブルツッコミ……!
ピィーっ!!
笛の音が鳴り響き、僕はドキリとした。補導だ。肩を強ばらせ、音のした方を見る。
「演奏は終わりか?」
「えっ、再寧さん」
意外も意外、現れたのは再寧さんだ。ちっちゃい体で僕らや観客を見上げながら、注意をしたのだ。ただ、冗談を言い合う友達みたく、表情を崩してる。
「しかしまあ、誰かと思えば課長のお子さんとタマキさん達とは。通行のジャマになるだろ、ほら散った散った」
「いやいや、すみません」
「あっ、僕もすみません」
「ごめんなさいね」
「あ、私もごめんなさーい!」
「なに、警察官から巡査に降格でもされたの?」
謝罪ラッシュが遮られた。もかだ。
「神子柴、さん……」
その姿を認め、再寧さんの表情が凍りついた。咄嗟に、何も言わずに頭を下げた。
「何よソレ。ふざけんじゃないわよ、謝れなんて一言も言ってないんだけど」
「本当に、申し訳ないと思っています。君のお姉さんのこと、本当に申し訳ない」
「だからやめろっつってんでしょっ!! アタシがイジめてるみたいじゃない!」
「まーまーもか! 落ち着けってちょっとは!」
彼方が止めに入った。再寧さんは頭を下げたまま。ぷらなはオロオロしてる。
僕もどうすればいいのか分からなかった。
もかのお姉さん──ちのさん、だっけか──が特能課にかつて配属してて、再寧さんとバディを組んでて、それで、それで……。
それで、なんだと言うのか。何も知らない、こうして衝突が起きた時にどうしようもできない。結局は無関係な僕が口出ししても、余計火に油を注ぐだけだ。
……そんな風に、やらない言い訳を考えてる方が、やっぱりイヤだ。
「あっ……えと」
「タマキ、ちょっと」
そんな時だった。ヒカリがチラと見る方を、僕もついまじまじと見る。
「……もしかして、あの人?」
目に止まったのは、メガネ──反射の仕方から見て、右目片方のみのモノクルか──それをかけ、黒く肩ほどの長さのクセ毛が特徴の男の人だった。レザーのコートで、柱に背を預けている。一人だけでその状況でいたため尚更目立つ。
この駅前のデッキもかなり広く、僕らのいる位置から50メートルは距離がある。だから凝視しても確認できる事はそれぐらい。特筆して挙げる違和感としては……足を止めた人を正面とした場合、僕らの真後ろに位置する事。
「いるのに気づいたのが、彼方の弾き語り1曲目が終わったぐらいよ。それからコッチをチラチラと見てる」
「……待ち合わせじゃなさそうだよね。駅の出入り口からも遠い。一体……」
再びチラと見る。僕はギョッとした。
いなかった、男の人が。
思わずキョロキョロして探そうとする。
「──っ!?」
「フンっ!」
目の前に現れた骸骨仮面の男に僕は殴られた。急にだ、突然近づいて──!
「『ニンヒト』!」
観客の悲鳴が湧き上がるのと同じかそれより早く、僕は呪文を唱えた。ヒカリの指先より『ニンヒト』の光線が3本撃たれた。
その反射神経に対応しきれず、男は一筋の光線をモロに胴体へと喰らう!
「っ! コイツ……!」
「鎧タイプのリンカー、ってコトでいいのかしら」
確かに『ニンヒト』を喰らっていたはずだ。けれど応えた様子がない、仰け反ってすらいない。
見た目は真秀呂場……の『フラッシュマン』と似たような、装甲を身にまとうタイプのリンカーだ。骸骨のような仮面に肋骨を想起させるデコボコの胸部。その黒い装甲の隙間に赤いラインが全身へと走る、禍々しいデザインだった。
「『ジョニー・B・グッティーズ』!」
「えっと、『ラブずっきゅん』!」
異常事態に気づいた彼方とぷらなも応戦に入った。『グッディーズ』の『1号』『3号』が変形したブースター搭載のガンドレッド、『ラブずっきゅん』のベクトル操作能力の拳が骸骨男を打つ。
打った、はずだった。
バギンッ!!
「えっ!?」
「っ!?」『『エエーッ!?』』
ぷらなと『ジョニー・B・グッディーズ』達から声が上がる。
2人の攻撃すら胴体で受け止めた!? デッキのコンクリートの床がヒビ割れて、全身でガードしたのか……!?
2人の攻撃を受け止めた骸骨男は、それをそのまま腕を絡ませて流し、反撃に転じた。
さすがに危険だと理解したのか、観客が逃げ惑っていく。避難誘導をしてくれていた再寧さんも誘導完了を確認し、距離を保ったまま銃を骸骨男へ突きつけた。
「突然出てきてなんだ、何者だ!?」
骸骨男は気だるげに首を傾げ、空を仰ぐ。
「日本の警察がすぐに銃を向けるとは。少し見ない間にこの国の治安も悪化したようだな」
早口だった。捲し立てるように言葉を言い切り、再寧さんを見る。
……反応を、待ってるのか?
「……何が言いたい?!」
指鉄砲。その構えに僕らはピクリと反応する。
「お子様が持つには過ぎたオモチャだろう。もし民間人がこうして集まってる場に警察が銃をバァン! 鳴らしたらさぞ恐怖するだろうなぁ……」
挑発してるのか……? 再寧さんだけじゃない、仮面の方向は真っ直ぐ、僕の方を向いている。さっき『ニンヒト』の指鉄砲を見たから、それと反応を比較してるのか?
僕はまず、作戦を練るための時間稼ぎに会話を試みる。
「質問の答えになってない。僕の質問なら答えるか? なんでこんな事をする。どうせ『教団』だろうと思ったけど、教団なら信者を増やすのが目的じゃないのか?」
「いらないだろう信者なんてもう。信仰によるデータは既に充分すぎるほどだだがぁ。人の感情は恍惚だけじゃない。恐怖や悲しみそれが足りない。ほら、質問に答えてやったぞ」
「……何が言いたいか、さっぱりなんですけど」
「共感者など求めていないのだが? 答えてやっただけだ」
話をしながら僕はあくまで冷静に、今の状況を分析する為の作戦を練る。まずは、もかのリンカーだ。後ずさり、もかへ耳打ちする。
「もか。君の『ソドシラソ』でボールとか出せる?」
「よりによってアタシ? 言っとくけど、アイツとやり合うなんてアタシ、イヤだからね!」
「そこは……ゴメン、けど危害を加えるアイツを放って……」
待つ訳がなかった。骸骨男の唸る声。戦闘を再開したんだ。
「ちぃっ!」
対して再寧さんは銃を下ろして警棒を抜き、積極的に前へ出て咄嗟の防御を取る。警棒と、鉄の鎧。背丈の差を気にせずそれらが押し合い鍔迫り合いになる。
「腕は確かなようだな、能力者としてならなっ!」
素早い警棒さばきだ、シャフトとグリップエンドを使い分け振るっては打ち、手数で確実にダメージを与えている!
「再生!」
さらに再寧さんのリンカー『トータルリコール』の能力で攻撃を再生してさらにダメージを稼ぐ!
ついには骸骨男もラッシュ攻撃に後退し、膝をついた! このまま押し切れる──!
「やるじゃないか。だが──」
震脚。地面を強く足で踏み付けると──
バギィッ!!
再寧さんに向かってヒビが走ったかと思えば、それが再寧さんの立つ地面ごと割れて再寧さんを吹き飛ばした!
「っ!?」
「再寧さんっ!」
「もっと辺りを観察することだな、警察さんっ!」
吹き飛ばされた再寧さんが僕ともかの後方へと転がり受け身を取る。
のんびり見ている場合じゃない、骸骨男が迫りくる!
「ニンヒト!」
「えいっ!」「『『ウラァッ!!』』」
ともかく僕らは反撃をする。彼方もさっきの再寧さんの戦い方を見たからか、リンカーを戦闘機型バックパックとレッグガードとし、両足攻撃に切り替えていた。
妙なのは『ラブずっきゅん』のベクトル操作すら防いでいたことだ。ぷらなは戦闘慣れしてない、だから腰の入った攻撃なんて僕以上にできない。必然的に能力頼りになる中で、ならばハッキリとベクトル操作に触れれば骸骨男は弾かれるはず。
さっき、そのぷらなと彼方の攻撃の受け止め方も不自然だった。胴体で止めていた。それが盾だと言わんばかりに。つまり──!
「ぷらな! ソイツの腕を狙うんだ!」
「え? えーい!」
腕を狙ってと聞いて、ぷらなは腕全体でぶ〜んとまるで力の入ってないラリアットを繰り出した。それがかえって骸骨男の意表を突き、男の腕へと命中した。
ギュンっ!
「くっ!」
「あっ! と、飛んだよ!?」
自分の能力なのに、ぷらなはベクトル操作で骸骨男が大きく吹き飛ばされた事に驚く。さっきと違って!
「思ったとおりだ、そいつのリンカー能力は『胴体で受け止めたダメージを腕や足に流す』能力! 静電気みたくダメージエネルギーを貯蓄して流れるんだ! だから狙うのは腕と足だ、エネルギーを放出する腕と足!」
「要するに弱点だ!」
彼方が距離を一気に詰めて浮遊しながら連続キック攻撃を始める、腕を狙って! 続いてヒカリも詠唱なしの『ニンヒト』で狙いを定める!
敵はそれを受け明らかに怯んでいる。今度こそ──!
ガシっ。
そう思ったときだ。骸骨男が左腕で彼方の足を掴んだのだ。そして、もう片方の腕で、自身の胴体を殴りつける──!?
ドォンッ!!
「ぐふっ……!?」
「彼方ちゃん!?」
「世話焼けるわね!」
彼方が吹き飛ばされた、僕の隣りでもかがなんとかリンカーで受け止めた。
骸骨男は僕の方を見て、嘲笑うように言葉を紡ぐ。
「このリンカー能力──『大地讃頌』と呼んでいるが、これをすぐに見破るとは大したものだ。『ドグラマグラ』が興味を持つのも納得できる」
「『ドグラ』……『マグラ』っ!」
「だが──タネ明かしの観察眼はあっても能力の応用までは想像つかなかったようだな」
骸骨男は再び自らの胴体を殴りつけたかと思えば、超高速で彼方ともかの元へと辿り着いた!
「ニンヒト!」
「でしょうね!」
そうはさせまいと『ニンヒト』を唱え、ヒカリに連射させながら近距離戦闘の指示を仰ぐ。積極的に腕や足を狙って攻撃するヒカリ。
対して骸骨男はそれら攻撃を受け止めながら、合間に自身の胴体を殴りつけ、それから素早いパンチを繰り出した!
「痛っ……!」
「いっ! くっ……!」
ヒカリへのダメージが僕にも及ぶ、繋がっているからだ! そのダメージに思わずヒザをつく。
コイツ、そうか! ダメージが蓄積さえされればいい、だから自分を攻撃してもいいという事! ゴリラのドラミングか、クソっ!
そして蓄積されたダメージの放出は何も、衝撃波として使うだけじゃない。移動や攻撃のブーストにも使える! 彼方のギター練習を遠くから見てたにもかかわらず、僕の眼前に急に迫る事ができたのもそれが理由か!
「えぇーんっ!」
「っ!? 子ども……!? なんでっ!」
なんてタイミングだ。駅の出入り口付近、僕の数歩横に、男の子が一人泣いているじゃないか!
逃げ遅れたのか……!? なんでこんな時間に子どもなんかいるんだ! まだ18時か、クソっ!
「子どもは好きか? ちょうどいい」
何がちょうどいいものか。骸骨男がまた胴体へ自傷し、右足を強く打ち付ける。衝撃の方向は──子どもだ!
「やると思ったっ! くっそぉぉぉぉぉっ!!」
「タマキっ!!」
ヒカリが叫んだ。僕は必死だった。戦術的不利、非合理的、助ける義理はない。だって僕は弱いから。被害者が一人増えるだけ。そんなネガティブな考えばっか浮かんでるのに身体が勝手に動いていた。なんでこんな感情最優先の行動なんか取っているんだろう。僕は僕のことがわからなかった。
真秀呂場のせいだ。そんなの決まってる。理屈じゃない、やりたい事のために僕は動いてる。『守りたい』って。それが僕の理想で──!
「10 o’clock」
「『アイアンメイデン』」
バギッ!!
そんな音が響いた。男の子を守るように抱きとめた僕の背後。見ると石の壁がせり上がっていて、そこには見知った2人の女の背中があった。
「ルビィ……さん?」
「奇遇だね」
「ん」
ルビィさんと、ティナだった。
衝撃波を遮った石の壁が崩れ、人工の光が振り返るルビィさんの横顔をほのかに照らす。
僕は守ろうとした男の子を逃がし、ルビィさんに向き直る。
「な、なんで……?」
「なんで? なんで助けたかって? 理由のない『死』は嫌いだから、だね。あとほら、アレだよ。通りすがりだったから」
そう話してるうちに骸骨男が迫る。が、それをルビィさんがその方を見ずに拳銃を撃った……!? ご丁寧にサプレッサーで消音して!
「言ってる側から何やって!?」
「いやいや。攻撃効かないんだろう、アイツ。ちょっとアンタ、いま雑談中なんだから、その辺空気読んでくれないかな?」
「だったらぜひとも混ぜてくれないか。なぁ……!」
ルビィさんと骸骨男が衝突しようとする……!
冗談じゃない! 戦場帰りで死が身近だったルビィさんと、明らかに殺しにかかってる骸骨男とがぶつかり合ったら、間違いなく死人が出るぞ! そんなのダメだ。間接的な復讐相手とか『教団』の重要人物かもしれないから情報を吐かせるとか、相反する理屈は幾らでもあるけど、誰かが死んでしまうのだけは、絶対にダメだ──!
「もかっ!! バイクだ、そいつを体当たりで連れて時間稼ぎ!!」
「ええっ!? めちゃくちゃな、もうっ!」
もかの背後に、喪服を着崩した女性のようなリンカー『ソドシラソ』が現れる。即座に地面へ手をつけると、オンロードバイクのライダーが出現。フルスロットルで走り出し、骸骨男へバイクの前面でぶつかってそのまま連れ出す!
「あーあ、やっちゃった……。ま、ちょっと事故っただけだから平気よね」
「大丈夫、どうせ胴体ならノーダメージだよ。……ルビィさん」
「なんだい? 私のやり方じゃ不安かい?」
「いえ、あっ……いや、確かに、そうですけど……」
「繰り返す。理由のない『死』は嫌いだ。意味のある『生』を謳歌しようじゃないか」
一言加えてきた。どうしても僕はその言葉を飲み込むことができなかった。
「……けど、だって、貴女は真秀呂場を、あの雨の日に僕の友達を撃って、それで……」
──でも、真秀呂場を直接手にかけたのはルビィさんじゃなくて──
「真秀呂場 恭二さんの事は本当に申し訳ないと思っている。いや、いくら謝罪しても償いきれるものじゃない、償った気になってはいけない事だ」
──だからどう言っても、どう謝罪しても仕方のない事で、そんなの──
「私は、多くの『死』を背負ってる。からね」
──それでも、僕とは『重み』が違う──
「……背中を、預けてもいいですか。ルビィさんに」
「むしろ私の背中を預けたいな、観測手。君の目で見るのは導線じゃない、答えだ。そうでしょ?」
ルビィさんは、得意げな顔で、そう答えた。
けれど高校生のアクティブさは強烈なもので、ここからさらに遊ぶつもりらしい……。僕は絞った雑巾みたいにボロボロのシオシオなのに。
場所は枝葉街駅前だ。すっかり馴染みの、高校生の遊び場。デッキや往来の木々にもイルミネーションが飾られ、きらびやかな町並みとなっている。
もうすぐクリスマスか……憂鬱っ!
「タマキちゃん! 今度は何して遊びましょっか!」
「がああぁぁぁぁ……」
決して恵まれた肉体ではないぷらなに、ちょっとじゃれつかれただけで僕はダメージを受けた。今日はもう帰った方がいいのかもしれない。
そんなふうに逃げ腰でいたら、彼方から提案が。
「んならオレのギター練に付き合ってよ〜。ずっと興味津々で見てたし」
「えっ、いいの〜!? 彼方ちゃん好き〜! ありがと〜!」
「くっつくな……」
腕にぎゅ~っと抱きつかれて軽くイヤそうな顔してる……。
そこにもかが当然の疑問を出す。
「てかギター練つってるけどどこで?」
「ここで」
「は? 許可とかどーすんの?」
「ないないそんなの。ストリートミュージシャンとかみぃ~んな警察に黙ってやってるよ~。んで投げ銭箱置けばカンペキ」
「「えぇ……」」
「これがロックなのね~」
とても警察の子どもとは思えない発言だ……。
「あっ、そういえばギターその……大丈夫だった? 浸水して……」
「ん~? ああ、意外と大丈夫そうってタニガキ……いや、楽器屋さんでも言ってたよ。魔法みたいだよなぁ、リンカーって。海作るほどの水だったのに、オレらも最初っから何も無かったみたく乾いていたじゃん? おかげでギターも無事でさ~」
「あっ、ハっ、ハハっ……」
誰も近寄らせないって感じだった彼方もすっかりこんなグイグイ来るようになったなぁ。さっきのレストランでも僕とわにゃわにゃ会話したり。
「まあ泥とか砂はしょうがないからホントムカつくんだけどさ」
「あっ」
この多面性はしばらく慣れなさそうだ……。
それからホントに彼方はギター練と称した簡易ストリートライブを始めた。横でもかが話しかけたりして、ぷらなは音に軽くノったり一曲終わるごとにパチパチ拍手したりして、まるで僕らサクラ……。
彼方の演奏は素人目に聞いても上手く、投げ銭もそれなりに集まっていた。
「イマイチ、かな」
数曲終え、彼方がぽつりと呟く。
「えっ、何が?」
「とっさのFコードに指が追いつかない、Bも。あっ、難しい弾き方ともっと難しい弾き方ね」
「別にいーんじゃない? アタシは気になんなかった」と、もか。
「よくないよ~。やっぱ毎日部屋で8時間は練習しないとな〜」
「そ、そこまで!? 帰りが5時で、そうしたら夕飯もナシで1時とかに……」
「休日に喪失分練習すればいいんだよ。こうなったら友達なくすまで出掛けない」
「いやあの、そこまでは……。でも僕もそんな感じか……」
「ジョーダンに決まってるでしょうがっ。勉強漬けアンド音楽漬けどもめっ」
もかさんによる僕と彼方へのダブルツッコミ……!
ピィーっ!!
笛の音が鳴り響き、僕はドキリとした。補導だ。肩を強ばらせ、音のした方を見る。
「演奏は終わりか?」
「えっ、再寧さん」
意外も意外、現れたのは再寧さんだ。ちっちゃい体で僕らや観客を見上げながら、注意をしたのだ。ただ、冗談を言い合う友達みたく、表情を崩してる。
「しかしまあ、誰かと思えば課長のお子さんとタマキさん達とは。通行のジャマになるだろ、ほら散った散った」
「いやいや、すみません」
「あっ、僕もすみません」
「ごめんなさいね」
「あ、私もごめんなさーい!」
「なに、警察官から巡査に降格でもされたの?」
謝罪ラッシュが遮られた。もかだ。
「神子柴、さん……」
その姿を認め、再寧さんの表情が凍りついた。咄嗟に、何も言わずに頭を下げた。
「何よソレ。ふざけんじゃないわよ、謝れなんて一言も言ってないんだけど」
「本当に、申し訳ないと思っています。君のお姉さんのこと、本当に申し訳ない」
「だからやめろっつってんでしょっ!! アタシがイジめてるみたいじゃない!」
「まーまーもか! 落ち着けってちょっとは!」
彼方が止めに入った。再寧さんは頭を下げたまま。ぷらなはオロオロしてる。
僕もどうすればいいのか分からなかった。
もかのお姉さん──ちのさん、だっけか──が特能課にかつて配属してて、再寧さんとバディを組んでて、それで、それで……。
それで、なんだと言うのか。何も知らない、こうして衝突が起きた時にどうしようもできない。結局は無関係な僕が口出ししても、余計火に油を注ぐだけだ。
……そんな風に、やらない言い訳を考えてる方が、やっぱりイヤだ。
「あっ……えと」
「タマキ、ちょっと」
そんな時だった。ヒカリがチラと見る方を、僕もついまじまじと見る。
「……もしかして、あの人?」
目に止まったのは、メガネ──反射の仕方から見て、右目片方のみのモノクルか──それをかけ、黒く肩ほどの長さのクセ毛が特徴の男の人だった。レザーのコートで、柱に背を預けている。一人だけでその状況でいたため尚更目立つ。
この駅前のデッキもかなり広く、僕らのいる位置から50メートルは距離がある。だから凝視しても確認できる事はそれぐらい。特筆して挙げる違和感としては……足を止めた人を正面とした場合、僕らの真後ろに位置する事。
「いるのに気づいたのが、彼方の弾き語り1曲目が終わったぐらいよ。それからコッチをチラチラと見てる」
「……待ち合わせじゃなさそうだよね。駅の出入り口からも遠い。一体……」
再びチラと見る。僕はギョッとした。
いなかった、男の人が。
思わずキョロキョロして探そうとする。
「──っ!?」
「フンっ!」
目の前に現れた骸骨仮面の男に僕は殴られた。急にだ、突然近づいて──!
「『ニンヒト』!」
観客の悲鳴が湧き上がるのと同じかそれより早く、僕は呪文を唱えた。ヒカリの指先より『ニンヒト』の光線が3本撃たれた。
その反射神経に対応しきれず、男は一筋の光線をモロに胴体へと喰らう!
「っ! コイツ……!」
「鎧タイプのリンカー、ってコトでいいのかしら」
確かに『ニンヒト』を喰らっていたはずだ。けれど応えた様子がない、仰け反ってすらいない。
見た目は真秀呂場……の『フラッシュマン』と似たような、装甲を身にまとうタイプのリンカーだ。骸骨のような仮面に肋骨を想起させるデコボコの胸部。その黒い装甲の隙間に赤いラインが全身へと走る、禍々しいデザインだった。
「『ジョニー・B・グッティーズ』!」
「えっと、『ラブずっきゅん』!」
異常事態に気づいた彼方とぷらなも応戦に入った。『グッディーズ』の『1号』『3号』が変形したブースター搭載のガンドレッド、『ラブずっきゅん』のベクトル操作能力の拳が骸骨男を打つ。
打った、はずだった。
バギンッ!!
「えっ!?」
「っ!?」『『エエーッ!?』』
ぷらなと『ジョニー・B・グッディーズ』達から声が上がる。
2人の攻撃すら胴体で受け止めた!? デッキのコンクリートの床がヒビ割れて、全身でガードしたのか……!?
2人の攻撃を受け止めた骸骨男は、それをそのまま腕を絡ませて流し、反撃に転じた。
さすがに危険だと理解したのか、観客が逃げ惑っていく。避難誘導をしてくれていた再寧さんも誘導完了を確認し、距離を保ったまま銃を骸骨男へ突きつけた。
「突然出てきてなんだ、何者だ!?」
骸骨男は気だるげに首を傾げ、空を仰ぐ。
「日本の警察がすぐに銃を向けるとは。少し見ない間にこの国の治安も悪化したようだな」
早口だった。捲し立てるように言葉を言い切り、再寧さんを見る。
……反応を、待ってるのか?
「……何が言いたい?!」
指鉄砲。その構えに僕らはピクリと反応する。
「お子様が持つには過ぎたオモチャだろう。もし民間人がこうして集まってる場に警察が銃をバァン! 鳴らしたらさぞ恐怖するだろうなぁ……」
挑発してるのか……? 再寧さんだけじゃない、仮面の方向は真っ直ぐ、僕の方を向いている。さっき『ニンヒト』の指鉄砲を見たから、それと反応を比較してるのか?
僕はまず、作戦を練るための時間稼ぎに会話を試みる。
「質問の答えになってない。僕の質問なら答えるか? なんでこんな事をする。どうせ『教団』だろうと思ったけど、教団なら信者を増やすのが目的じゃないのか?」
「いらないだろう信者なんてもう。信仰によるデータは既に充分すぎるほどだだがぁ。人の感情は恍惚だけじゃない。恐怖や悲しみそれが足りない。ほら、質問に答えてやったぞ」
「……何が言いたいか、さっぱりなんですけど」
「共感者など求めていないのだが? 答えてやっただけだ」
話をしながら僕はあくまで冷静に、今の状況を分析する為の作戦を練る。まずは、もかのリンカーだ。後ずさり、もかへ耳打ちする。
「もか。君の『ソドシラソ』でボールとか出せる?」
「よりによってアタシ? 言っとくけど、アイツとやり合うなんてアタシ、イヤだからね!」
「そこは……ゴメン、けど危害を加えるアイツを放って……」
待つ訳がなかった。骸骨男の唸る声。戦闘を再開したんだ。
「ちぃっ!」
対して再寧さんは銃を下ろして警棒を抜き、積極的に前へ出て咄嗟の防御を取る。警棒と、鉄の鎧。背丈の差を気にせずそれらが押し合い鍔迫り合いになる。
「腕は確かなようだな、能力者としてならなっ!」
素早い警棒さばきだ、シャフトとグリップエンドを使い分け振るっては打ち、手数で確実にダメージを与えている!
「再生!」
さらに再寧さんのリンカー『トータルリコール』の能力で攻撃を再生してさらにダメージを稼ぐ!
ついには骸骨男もラッシュ攻撃に後退し、膝をついた! このまま押し切れる──!
「やるじゃないか。だが──」
震脚。地面を強く足で踏み付けると──
バギィッ!!
再寧さんに向かってヒビが走ったかと思えば、それが再寧さんの立つ地面ごと割れて再寧さんを吹き飛ばした!
「っ!?」
「再寧さんっ!」
「もっと辺りを観察することだな、警察さんっ!」
吹き飛ばされた再寧さんが僕ともかの後方へと転がり受け身を取る。
のんびり見ている場合じゃない、骸骨男が迫りくる!
「ニンヒト!」
「えいっ!」「『『ウラァッ!!』』」
ともかく僕らは反撃をする。彼方もさっきの再寧さんの戦い方を見たからか、リンカーを戦闘機型バックパックとレッグガードとし、両足攻撃に切り替えていた。
妙なのは『ラブずっきゅん』のベクトル操作すら防いでいたことだ。ぷらなは戦闘慣れしてない、だから腰の入った攻撃なんて僕以上にできない。必然的に能力頼りになる中で、ならばハッキリとベクトル操作に触れれば骸骨男は弾かれるはず。
さっき、そのぷらなと彼方の攻撃の受け止め方も不自然だった。胴体で止めていた。それが盾だと言わんばかりに。つまり──!
「ぷらな! ソイツの腕を狙うんだ!」
「え? えーい!」
腕を狙ってと聞いて、ぷらなは腕全体でぶ〜んとまるで力の入ってないラリアットを繰り出した。それがかえって骸骨男の意表を突き、男の腕へと命中した。
ギュンっ!
「くっ!」
「あっ! と、飛んだよ!?」
自分の能力なのに、ぷらなはベクトル操作で骸骨男が大きく吹き飛ばされた事に驚く。さっきと違って!
「思ったとおりだ、そいつのリンカー能力は『胴体で受け止めたダメージを腕や足に流す』能力! 静電気みたくダメージエネルギーを貯蓄して流れるんだ! だから狙うのは腕と足だ、エネルギーを放出する腕と足!」
「要するに弱点だ!」
彼方が距離を一気に詰めて浮遊しながら連続キック攻撃を始める、腕を狙って! 続いてヒカリも詠唱なしの『ニンヒト』で狙いを定める!
敵はそれを受け明らかに怯んでいる。今度こそ──!
ガシっ。
そう思ったときだ。骸骨男が左腕で彼方の足を掴んだのだ。そして、もう片方の腕で、自身の胴体を殴りつける──!?
ドォンッ!!
「ぐふっ……!?」
「彼方ちゃん!?」
「世話焼けるわね!」
彼方が吹き飛ばされた、僕の隣りでもかがなんとかリンカーで受け止めた。
骸骨男は僕の方を見て、嘲笑うように言葉を紡ぐ。
「このリンカー能力──『大地讃頌』と呼んでいるが、これをすぐに見破るとは大したものだ。『ドグラマグラ』が興味を持つのも納得できる」
「『ドグラ』……『マグラ』っ!」
「だが──タネ明かしの観察眼はあっても能力の応用までは想像つかなかったようだな」
骸骨男は再び自らの胴体を殴りつけたかと思えば、超高速で彼方ともかの元へと辿り着いた!
「ニンヒト!」
「でしょうね!」
そうはさせまいと『ニンヒト』を唱え、ヒカリに連射させながら近距離戦闘の指示を仰ぐ。積極的に腕や足を狙って攻撃するヒカリ。
対して骸骨男はそれら攻撃を受け止めながら、合間に自身の胴体を殴りつけ、それから素早いパンチを繰り出した!
「痛っ……!」
「いっ! くっ……!」
ヒカリへのダメージが僕にも及ぶ、繋がっているからだ! そのダメージに思わずヒザをつく。
コイツ、そうか! ダメージが蓄積さえされればいい、だから自分を攻撃してもいいという事! ゴリラのドラミングか、クソっ!
そして蓄積されたダメージの放出は何も、衝撃波として使うだけじゃない。移動や攻撃のブーストにも使える! 彼方のギター練習を遠くから見てたにもかかわらず、僕の眼前に急に迫る事ができたのもそれが理由か!
「えぇーんっ!」
「っ!? 子ども……!? なんでっ!」
なんてタイミングだ。駅の出入り口付近、僕の数歩横に、男の子が一人泣いているじゃないか!
逃げ遅れたのか……!? なんでこんな時間に子どもなんかいるんだ! まだ18時か、クソっ!
「子どもは好きか? ちょうどいい」
何がちょうどいいものか。骸骨男がまた胴体へ自傷し、右足を強く打ち付ける。衝撃の方向は──子どもだ!
「やると思ったっ! くっそぉぉぉぉぉっ!!」
「タマキっ!!」
ヒカリが叫んだ。僕は必死だった。戦術的不利、非合理的、助ける義理はない。だって僕は弱いから。被害者が一人増えるだけ。そんなネガティブな考えばっか浮かんでるのに身体が勝手に動いていた。なんでこんな感情最優先の行動なんか取っているんだろう。僕は僕のことがわからなかった。
真秀呂場のせいだ。そんなの決まってる。理屈じゃない、やりたい事のために僕は動いてる。『守りたい』って。それが僕の理想で──!
「10 o’clock」
「『アイアンメイデン』」
バギッ!!
そんな音が響いた。男の子を守るように抱きとめた僕の背後。見ると石の壁がせり上がっていて、そこには見知った2人の女の背中があった。
「ルビィ……さん?」
「奇遇だね」
「ん」
ルビィさんと、ティナだった。
衝撃波を遮った石の壁が崩れ、人工の光が振り返るルビィさんの横顔をほのかに照らす。
僕は守ろうとした男の子を逃がし、ルビィさんに向き直る。
「な、なんで……?」
「なんで? なんで助けたかって? 理由のない『死』は嫌いだから、だね。あとほら、アレだよ。通りすがりだったから」
そう話してるうちに骸骨男が迫る。が、それをルビィさんがその方を見ずに拳銃を撃った……!? ご丁寧にサプレッサーで消音して!
「言ってる側から何やって!?」
「いやいや。攻撃効かないんだろう、アイツ。ちょっとアンタ、いま雑談中なんだから、その辺空気読んでくれないかな?」
「だったらぜひとも混ぜてくれないか。なぁ……!」
ルビィさんと骸骨男が衝突しようとする……!
冗談じゃない! 戦場帰りで死が身近だったルビィさんと、明らかに殺しにかかってる骸骨男とがぶつかり合ったら、間違いなく死人が出るぞ! そんなのダメだ。間接的な復讐相手とか『教団』の重要人物かもしれないから情報を吐かせるとか、相反する理屈は幾らでもあるけど、誰かが死んでしまうのだけは、絶対にダメだ──!
「もかっ!! バイクだ、そいつを体当たりで連れて時間稼ぎ!!」
「ええっ!? めちゃくちゃな、もうっ!」
もかの背後に、喪服を着崩した女性のようなリンカー『ソドシラソ』が現れる。即座に地面へ手をつけると、オンロードバイクのライダーが出現。フルスロットルで走り出し、骸骨男へバイクの前面でぶつかってそのまま連れ出す!
「あーあ、やっちゃった……。ま、ちょっと事故っただけだから平気よね」
「大丈夫、どうせ胴体ならノーダメージだよ。……ルビィさん」
「なんだい? 私のやり方じゃ不安かい?」
「いえ、あっ……いや、確かに、そうですけど……」
「繰り返す。理由のない『死』は嫌いだ。意味のある『生』を謳歌しようじゃないか」
一言加えてきた。どうしても僕はその言葉を飲み込むことができなかった。
「……けど、だって、貴女は真秀呂場を、あの雨の日に僕の友達を撃って、それで……」
──でも、真秀呂場を直接手にかけたのはルビィさんじゃなくて──
「真秀呂場 恭二さんの事は本当に申し訳ないと思っている。いや、いくら謝罪しても償いきれるものじゃない、償った気になってはいけない事だ」
──だからどう言っても、どう謝罪しても仕方のない事で、そんなの──
「私は、多くの『死』を背負ってる。からね」
──それでも、僕とは『重み』が違う──
「……背中を、預けてもいいですか。ルビィさんに」
「むしろ私の背中を預けたいな、観測手。君の目で見るのは導線じゃない、答えだ。そうでしょ?」
ルビィさんは、得意げな顔で、そう答えた。