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作者: 葛城 隼
残酷な描写あり
第34話 サイコウにロック
『じゃ、これっきりで』

 ──ハイハイ、コッチもせいせいするよ──

『あっそ』

 ──最後までカワイくねーヤローだったな──

 ──カワイイのは顔だけってな──

 ──よしなよ、ドア閉まるまで声聞こえ──

『…………チッ』

 ──あの──

『……誰?』

 ──あ、彼方ちゃんがバンド辞めるって聞いて、それで──

『あー、ファン? オレ、そーゆーアイドルみたいなファンサやってないから』

 ──そうじゃないの! 私──

『わかったわかった。縁が合ったらまたね』

 ──なんで。わかってくれないの──

 *

「コッチだよ!」

 水に沈められた地上。僕らは彼方の後を追う。この人のリンカー──さっき本人がそう名付けた『ジョニー・B・グッティーズ』、『6体のリンカーが武器や装備に変形する』能力──によって、敵リンカー、『ダイブトゥブルー』の本体である五十嵐 繭結いがらし まゆさんに有効打を与え、着実に追い詰めてる。

 彼方の顔をチラと見る。能力で作られた潜水服から覗くその表情は、真剣だけど、くしゃっとした笑み。彼方は僕に信頼を置いてくれ始めたように見える。それがなんだか、嬉しい。

「彼方さ……いやあの、彼方」
「呼びづらそうだなぁ。なに、タマキ」
 似たようなこと、この人の幼なじみだっていうもかさんにも言われたなぁ……。
「えと、確かに水中での攻撃方法を確立したのは確かだけど、依然として相手の有利には違いない。油断しないで」
「地の利ならぬ、海の利だね。海、海苔ノリ、ノリノリ」
 ……ダジャレ?
「ダジャレかしら」
「うわっ、僕の心読んだねヒカリ!?」

 彼方が咳払いして誤魔化そうとする。恥ずかしがるならやめてください。

「さてっ! 改まって言うからには、何か気になる事でもあるのかな、リーダーさん?」
「あっ、ハイ。えと……。一個、警戒してる事があるんだ。既に相当の長さの水槽が作られてる事」

 辺りを見回すと、多少入り組んだ倉庫街と、住宅街へと続く道が既に浸水していた。水の中に木々が生え、まさに海に沈んだ世界となっていた。深さも3、4メートルはあるように見える。

 彼方が呆れたようにため息をつきながら話す。

「これだけの広さ、一体いつの間に仕込んでたんだか。これもリンカーってヤツ?」
「うん。そしてさっき見えたエンゼルフィッシュこそが五十嵐 繭結さんのリンカー。『特定の範囲を水で満たす』、それが能力。しかも──」

 足元を見る。正確には浸水したコンクリートの地面だ。水の流れで土汚れが取れていくその地面が遠ざかる。正確には僕らが少しずつ浮いているんだ。
 そして打ち捨てられた小型ショベルカーがドンドン沈んでいく。

「水位が上がってる! 広さは限られてるけど、僕らをドンドン水の底へ沈めようとしてるぞ!」

 彼方とヒカリが納得したように息を飲む。
 ヒカリは固唾を飲んだ表情で口にする。

「そうなると、危険なのは水圧かしら?」
「水圧だけじゃない、流圧も気になるんだ」
「リュウアツ? 流れる圧力ってコト?」
 彼方が首を傾げて聞いてきた。

「そう、流れるプールってあるでしょ? あれで水の重さを体でよく実感できると思うけど。その流圧の公式は、流体密度×重力加速度×流体の深さ……いや、数値で表すより、体感の方が今や実感できるかも」
「イヤな実感。確か洪水の時なんかに、50センチもあればカンタンに波にさらわれるんだっけ?」
「大体腰の下ぐらいの高さだね。洪水なんかだと流れが速くなる。僕らのこの状況なら、戦闘中なんてすぐにでも水がかき乱されるよ」
「なるほど。さっきオレが暴れ回ったのはケッコー危なかったってワケだ」
「あー……いや、そんなグルグルしたりしなければ……。あと水中銃の理屈も覚えましたし……ほら……」
「わかったわかった。フォローありがとって」

 廃倉庫まで戻ってきた。五十嵐さんはずっとここに潜伏していたらしい。それが僕には引っかかった。出入口で一度、彼方たちを止める。

「どうかした?」
「いや、五十嵐さんはなんで廃倉庫に隠れてるのかなって思って。それこそ地の利があるからじゃないかなって」
「警戒するに越したことはないって話だろう? さっきのちっこい魚もいつ背後から来るか。だったら、こっから狙い撃って──」
 次の瞬間!

 ドギュルルッ、ギュルルルゥッ!!

 鋭く、そして細長い水流が中から僕らへ向けて放たれた。
 すんでで避けたそれらは、さっきまでの攻撃とは比較にならないほど精確で、ハッキリと目視できた、明確な殺意! 戦闘再開の火蓋が切って落とされた!

「アイツ、もう狙いを定めて!」
「いいや! だったら逆に考えてやる。逆に考えて──」

 ヒカリの手を引き、僕は踏み込んだ。

「踏み込む」

 2人分の体がフワァ、と浮き、宙返りになる。僕の通常の身体能力では成し得ない事。通常の環境ではない、水中だから成り立つ事。

「水中の物質には浮力が発生する。体積があればその物質は浮きやすくなるんだ、潜水服を着てる僕らはなおのこと。それを五十嵐さんは念頭に置いてたかな。ともかく──」
「ともかく素早く狙える。さすがね、タマキ」

 逆さまの僕らと、柱の陰で隠れていた五十嵐さんと目が合う。
 判断は刹那。僕は腕を引き、ヒカリを前方へ持っていき、そして唱える!
「ニンヒト!」

 放たれる光線、それも至近距離! 五十嵐さんはリンカー能力で屈折させる事も、咄嗟に避ける事も叶わず、ついに胴部へ光線が直撃する!

「いっ……! ぐぅぅ、さっきからぁッ!!」

 反撃の流圧が襲いかかる。けど一手遅い。僕らは『ニンヒト』を撃った反動で後退していたからだ、簡単に見切る。
 後退するその後方には、彼方もいる!

「もう時間は与えない、彼方っ! 一気に攻めるんだっ!」
「そっちが勝手に行っといてさぁ! もう準備してあるよ!」

 僕ら2人の潜水服の右脚、右腕部分がグニャリと変形する。ライフルの形だ。そこから鋭い槍が、濁った音を伴って水中を掻き分け放たれる!
 彼方は自分のリンカーを僕らの潜水服に忍ばせていたのか、いつの間にか!

 その槍を向けられた五十嵐さん。しかし、一度喰らったものをそう二度も喰らうつもりはないということか、流圧を発生させ、その軌道は大きく逸らされてしまう!

「タマキ!」
「うん! 何か……!」

 周りを見る。浮力で天井へ浮かぶドラム缶、タバコの吸い殻。それに水流の勢いでクルクル回る木の枝に巻き上がる砂、それと……沈んだままの捨てられた漫画雑誌!

「コレだ! ヒカリ、『ニンヒト』!」

 漫画雑誌を投げる。それを打つヒカリの『ニンヒト』。
 思った通り、五十嵐さんは咄嗟に水を部分的に消失させる。やってたみたく、屈折で光線を曲げるためだ。
 けど今度は違う! 『ニンヒト』を撃たせたのは、雑誌を打つ・・ためだ。『ニンヒト』で水中を加速する雑誌が、その身をボロボロと崩しながらも正確に五十嵐さんへと向かう。それを咄嗟にガードする五十嵐さん。

「……いやショボ」
「だろうね。けどそっちはどうかな?」

 ──ゴボァッ! ドスッ!

「いったっ……! また、コレっ!!」
「オレのファンの割には、大事なトコは見えてないみたいだな?」

 水中銃──自身のリンカーである『ジョニー・B・グッディーズ』が変形した──を構える彼方! 僕らはちょうどその横へ並ぶ。
 追い詰めた、3人の連携攻撃で!

「大人しく降参してくれるんなら、オレらも手を下さない。モチロン、お前もそうしなよ。だいたい元々はオレがチンピラ共のケンカを買っただけだ。それを乱入して、こんな戦いになってる。何のための戦いか、いっぺん頭冷やしたらどうだ?」
「そ、そーだ!」
 矢継ぎ早に全部言ってくれちゃってぇ〜!

 対して五十嵐さんは、左腿に穿たれた矢を見つめ、左腕から血を流し──水中のようでいて、彼女は能力で自身の周りだけ水を消している。だから陸上と同じように流血している──沈黙していた。

 正直、見てて痛々しい。歪んだ形といえど、彼女が愛情を向ける彼方にまで攻撃を加える意味が本当に分からない。ましてや、一歩間違えればお互いに死んでしまうかもしれない攻撃を──。

 そんな風に考えていたら、五十嵐さんが口を開く。

「『魚が泳いでいた。自由気ままに泳ぐ魚。けれどそこは水槽で、母なる海を知らない』」
「はぁ……?」
「小説か何かのセリフかしら?」
「いや、聞いたことない……」
「別になんかの引用じゃないけど。私の『ダイブ・トゥ・ブルー』を表すならそういうのが合ってるかなって思っただけ。だってそうでしょ? 彼方は“井の中の蛙”。けどカエルみたくブスじゃない、自由な魚。もっともっと自由になってもらわなくちゃ──」

 一瞬見えた、僕らの頭上を揺蕩う魚リンカーが──!

 ──ズボァッ!!

「がっ……!? うげぇっ!!」

 何が起きたか理解が遅れた。気づけたのは倉庫の端っこの物が地面に落下・・し、しかも水など無かったみたく乾いていたからだ。ただし──僕らの浮遊感そのままに、圧力だけが加わって。

「こ、これはっ!? 全身が締め付けられるっていうか、鼓膜が、それに、ふはぁっ、呼吸が、浅く……!?」
「彼方っ! 潜水服の中の、僕ら3人にかかる圧力だけでも緩めるんだっ! ちょっとずつ、焦らず……!」
「タマキっ! これ、水圧ってコトよねっ……!」
「そう! 理解したよ、五十嵐さんがやろうと準備してた事が! リンカーで作った水を用意して、一気に僕らの所へ集中させてきた! 水深10メートルで1気圧が増加、つまり1トンの負荷が1平方センチメートルにかかるという。20メートルはあるか、ここの建物……!?」
「合計で3トンかソレ……!? オレらの内蔵破裂して死ぬぞっ! 一気にこんな!」

 怒りを露わにし糾弾する彼方。それに対して五十嵐さんは──てっきり直接的な怒りを向けるかと思ったけど、むしろ──うっとり、とした、恍惚の表情を浮かべていた。

「彼方がイケナイんだよ。言ったよね? 私のモノになってって。彼方はね、人に恵まれてないんだよ。バンドは脱退する、気持ち悪い不良に付き纏われる。友達いる? いないよね。誰も理解してくれない彼方を理解できるのは私だけなの、そうでしょ?」
「……ホントにその通りだな。人に恵まれないよ、チクショウが」

 かえってドン引きだ。人ひとりを私物化しようとでも言うのか? 否定されれば物理的に沈めようとでも?
 ようやく理解できてきた、文字通り底知れぬ歪んだ愛情・・・・・が。
 それってつまり、自分が愛されたいだけだろ──!

「タマキ! 私が時間を稼ぐ、次の策の準備を!」

 ズボァッ!!

「うぐっ!?」

 僕の左足のスネが貫かれた、例の水流の槍だ。右腕にも激痛が走る。ヒカリもやられた。見れば彼方もだ、脇腹をやられてる。
 頭の中が一瞬、真っ白になった。
 貫かれたという事は、潜水服をやられたという事。
 それはつまり、一つ、この水圧下で服の中が浸水すれば、本当に3トンの圧力負荷がかかる事。
 もう一つ。この潜水服は彼方のリンカー『ジョニー・B・グッディーズ』だ。リンカーのダメージは能力者のダメージ。つまり──!

「ゴフッ……!」
「彼方っ!!」
「準備、させるとでも?」
「こ、コイツ……! ヘタすりゃ推しの彼方まで死んじゃうのわかんないかなぁ!?」
「大丈夫、彼方はこんな程度で死ぬロックしてないから!」
「なんだってこう……リンカー能力者って変なヤツしかいないかなぁ!」

 僕は思わず嘆きを吐露した。
 ただ、それを聞いて最も反応していたのは、彼方だった。
 その彼方が、バツの悪そうな顔をして僕に顔を寄せるものだから、僕は縮こまってしまう。

「あっ、あのそのこんな時に言うのもなんですけど彼方のこと悪く言った訳じゃ」
「オレは……タダの中途半端・・・・だ」
「……え?」

 彼方はあからさまに、自嘲気味な笑みを零していた。どうでもよくなった、一言で表せるような、そうあってはならないような……。
 僕の彼方への理解の浅さが、そう思わせるのか。

「オレは、親が警察の一課長である事は自慢に思ってるし、不良呼ばわりされて目をつけられたのは気に入らないヤツをブッ飛ばしてたから。カワイイものは好きだしカッコイイものも好き。誰かに縛られて生きてるワケじゃない。それがオレ、岸元 彼方。……の、ハズなんだけどな」
「あっ、えと……」
「結局さ、オレはオレから逃げてきただけ。バンドからも、生まれ持っての個性からも、学校からも……ちょっとヤになれば全部投げ出して。中途半端に、宙ぶらりんのままで、なんとなく生きて。個性アイデンティティなんてのは結局……誰かのレッテル貼りで、自分からは名乗れないものなんだろうね。なりたくもないものにはいつの間にかなってるクセにね」

 僕はなんの反論も出来なかった。当たり前だ。それは僕にも刺さる言葉だったからだ。
 他人が怖い。心に触れるのが怖い、触れられるのも怖い。そうして他人を避けてきた。その覚えがある。

 彼方はこの、小さくて深い水の中に沈みそうな中で、まだ、ほんの少しだけ、自分の心の話を続ける。

「『何もない自分を変えたい』なんて聞いて、正直ビックリしたよ。オレの方こそ『何者か』ハッキリしないヤツだからさ。……『何か』になりたいだなんて、イジワル言ってゴメンね?」
「あっ、いや、イジワルなんて、そんな……」
「いいよ、もう気にしなくて。このリンカーっていうのも知らなかった。誰かに相談できるワケもなかったから、こんなオレの事なんて。このリンカーとかいうのを見られてると、自分のことを見られてるみたいで……なんとなくヤな感じしてさ」
「それは……あっ、その……」

 その点を、僕は理解してあげられなかった。
 僕の家族は、あっさりと『ヒカリ』のことを受け入れた。それどころか僕の意志や本音とは関係なく、自由気ままに動いている。一人の人間のように。
 だから繋がりはあっても『ヒカリ』は僕のリンカーじゃないんだと分かったし、僕には僕のリンカーがあって、ヒカリが誕生したのだと思っている。『ユートピアユー』。僕の願いリンカーは『僕らの力で、僕らの世界を切り開く』事だ。

 対して彼方の『ジョニー・B・グッディーズ』は、あくまで彼方の心。本来のリンカーの形。
 それらが6体に分裂して、彼方の語りたくない心を吐き出す。まるで彼方の心の叫びか、やるせなさを体現してるかのように。

 彼方の話は切られ、五十嵐さんの方を向き、3体の小人リンカーを合わせて水中銃を形成する。

「ちょっと……他の女たち諸共ヒドい目に合いたいの?」
「狙うんならオレだけ狙わないと、マジでヤるよ」

 相打ち覚悟だ。彼方は自分がどうなろうと、自分の事は自分で決着をつけようとしてる。

 確かに、僕らが勝手に首突っ込んだ。無関係だ。五十嵐さんも。
 そんな単純な事だけど、彼方の事情はそうじゃなかった。もっと複雑で、色んな事考えて、そうして自分を追い込んで。

 ……やっぱり、彼方の心を理解する事はできない。

「……彼方」

 だから──

「気にしすぎだよっ!!」

 ──だけど!

「『何者かになりたい』って言ったけど、やっぱ『いま何者であるか』を大切にしたい! そうして前に進みたいんだ僕は!」

 水中銃を構え、勝手に覚悟を決めている彼方の肩を揺さぶる。

「僕は僕だ! 彼方は彼方だ! 『何者』かじゃないっ!」

 振り返った彼方の目に、が宿る。

「一番手っ取り早い方法を教えるよ、彼方。変に逆らうより、今だけ──」
「え?」

 彼方と、ヒカリの腕を掴む。そして、僕は地面を思いっきり踏みつけ──

浮く・・

 足をバタつかせ、20メートル頭上の天井目指して浮いていく!

「ま、待ったタマキ!」
「分かってるよ、できればこの手段は取りたくなかった。浮力は水の深さに関わらず一定だ、体積によってそれは上下する」
「解説してる場合か、さっき聞いたよ! 水底の五十嵐さんが見えなくなるぞ、一方的に狙われる!」

 見るとその通り、水の底で五十嵐さんが睨んでいた。攻撃が来る!

「逃がすとでも!?」
「逃げるんだよぉ! 『ニンヒト』!」

 ヒカリに指を差させ、『ニンヒト』の勢いで牽制と浮上を兼ねる! あっという間に20メートルの天井だ!

「タマキ! ダメだ、天井までピッタリと水が浸透してるぞ!」
はそうじゃないでしょ? ほら、彼方の出番だよ」

 彼方はハッとして目を開き、そしてニッ、と微笑む。
 次に彼方が取った行動は、潜水服リンカーを解除する事だった。
「えっ……!?」
 五十嵐さんがそんな顔をしているのが、20メートル上方からもなんとなく見えた。そう、とっくに水深2メートル未満の僕からも。
 彼方の背中に2体の『ジョニー・B・グッディーズ』が取り付き、それが例の戦闘機のようなバックパックになる。そして、僕らの手を引き水中を飛び出す!

「どんなに僕らを沈めようと、当然水の上というものはある。これがこの廃倉庫全体を水で満たすほどだったら絶体絶命だったけど──準備不足だったね」
「コイツ!」

 水中──いや、その外へ出た僕らにとって、それは既に幅5メートルの水柱すいちゅう──から、水の槍が飛んでくる。水圧の応用だ。
 それを、彼方のリンカーのうち2体が、シールドになって防ぐ!

「なまっちょろい!」
「けどタマキ、こっからどうするのかしら? まさか、逃げるなんて言わないわよね?」
「まさか。ヒカリが負けず嫌いだってよく分かってるよ。彼方もやられっぱなしの言われっぱなしじゃ、腹立つでしょ?」
「正解。そんじゃ、このまま──」

 彼方はクルリと回転し、壁に着地。そのまま壁を蹴り、下で待ち構える五十嵐さんに向かう!

「決めるか!」

 さらに回転! 彼方はキックの体勢になる!

「男だ女だになりたいんだとか言ってくるヤツもぉぉぉぉぉっ!!! お前はこうだろとか、ロックはこうあれとか、断定してくるヤツらみんなウゼぇっ!!! テメェの価値観が、ウルセェッ!!」
「なっ……!?」
「大きなお世話なんだよっ!! オレはただ、ここに『いる』っ!!」
「私のモノになれェェェェッ!!」

 ドボンッ!!

「調子に乗ったね彼方っ!! この20メートルの高さの水を、その固め方さえ変えればすぐに……!」

 ガシっ。

「……え?」

 五十嵐さんの声が漏れ出ていた。
 僕は五十嵐さんの腰をガッシリ掴んでホールドし、お腹に顔をうずめた。彼方に腕を引かれ、投げ飛ばされてこうして捕まえられた。状況としてはちょっと気持ち悪い。
 五十嵐さんは自身の周りの水だけを無くして自分のリンカーの影響を受けないようにしている。つまり、この喋れる・・・状態なら。この距離なら──!

「ニン──ヒトォォォォ!!」

 顔をうずめてるから見えない、けど繋がりで感じた。ヒカリは両指で『ニンヒト』を乱射、僕を避け五十嵐さんだけを集中して狙って、その体に光線を撃ち込む!!

「あがボボボボォ……!!」

 水中に沈む声。次の瞬間僕は地べたにうつ伏せで落ちた。僕らの体も全然濡れてない。リンカー能力が解除されたんだ。

「痛い……。でもこれで、オシマイの概念だ」
「色々あったけど……。タマキって案外ムチャクチャなヤツなんだねって」
「……あっ、すみませんゴメンなさいムチャクチャな最低なヤツで……」

 彼方は大きくため息をつきながら、さっき投げ捨ててたギターを拾い、その中身のチェックを始めた。僕も座り込んで、なんとなく見つめたり。
 ……なんか、気まずいや。

「あ、あのっ」
「なに?」
「あっ、僕その、実は三次元の女の人の裸がムリなんです。特にその、大人の人のグラビアとかムリで、あっ、でもアニメとかのえっちなシーンとかはちょっといいなって思ったり……」
「……はぁ?」
「あっ、僕の秘密、です。その……僕だけ秘密、知ってたら不公平かなって。……彼方の」
「なんだそれ。第一、オレの秘密なんてとっくにヒカリには知られてるんじゃ?」

 ヒカリは、きょとん、としていた。僕もうっかりしてたと思ったから意外な反応だった。

「……え、私? え、彼方のガキリンカーのことかしら、流れ的に。イヤがってたものね」
「……あ、いやぁ〜、リンカーの事ならもう気にしてない。こうして仲間も出来たし、コイツらも結構可愛げあるかも、なんて」
『『『『『『イエーイ!』』』』』』
「あーあ! まったくホントに気にしすぎてた。バカらしくなってきたわ」
「じゃあもうなんの事やらサッパリね」
「あっ、ハハハっ……」

 ギターの調子を見てた彼方は、げっ、と声を漏らし、大きく溜め息をもう一つ。

「あー……言っとくけど、今日はたまたま助けてもらっただけだから、ね。オレの問題は、オレ一人が持っていればいい。それだけ」
「わかってます。けど、一人ぐらい適当にやれるヤツがいると、少しは楽じゃないですか? それに、いつか彼方の口から打ち明けてくれたら、それってサイコウの概念じゃないですか」
「……意味わかんないよバーカ。簡単に言ってくれちゃってさ。それに、タマキに先越されたし。くだらない秘密」
「あっ、ハハハっ……」

 また沈黙。
 気まずい。

「あっ、あのっ」
「今度は何?」
「……その、連絡先、とか、交換しませんか? 今日、探すの苦労しましたし」
「理由ソレかよ」
「あっ、すみません」
「いーよ、ヤじゃない」

 スっ、とスマホが差し出された。
 直前まで戦ってた水の能力がリンカー性で良かった……。彼方と、そうだ、友達になった。

「これで友達、ですよね!」
「はいはい、そーだよっ」
 彼方は笑みを零した。

 初めて、僕から連絡先交換を申し出た。僕から友達になった。……言葉にできない喜びで、胸いっぱいになってる。

「……相談なんて、その。僕なんかができる立場じゃないですし、けど、友達としてならいくらだって遊んでいいですよねっ」
「はいはい、そーです」
「明日、遊びましょう! 僕の友達も紹介します! 3人もいます! あっ、警察にも知り合いいます!」
「いや警察とか紹介されてもっ」
「あっ、すみません調子こきました……」
「──いんや」

 ジャラーンンピンっ。

「サイコウにロックだよ」

 彼方は開放弦を一つ鳴らして、歯を見せて笑いかけてくれた。

「友達なら敬語なしでいいかんな〜」
「あっ、そう……だよね。なんか、ゴメン。僕、すぐ変な距離感になっちゃって」
「気にしないでいいって、オレもよくあるから」
「あら、似た者同士ね」
「「……え? おっ?」」

 なんか、目が合ってしまった。

「あっ、そうだ。五十嵐さんから例の機械取り上げないと……」
「あー? 何その──」
「何やってんのアンタら?」

 振り返る。また彼方と同じく。当然かも知れない、聞き覚えのある声だった。僕らの反応は一瞬で、同じく『驚き』だった。

「……もかさん?」
「なんでこんなトコにいるの? ……アンタら、なんかやってるワケ?」
「なんかって……」

 そのなんかである五十嵐さんを一瞥する。その時、今度は、もかさんの登場と同じタイミングだったのだろうか──そいつはいた。

「──お前、は……!」
『おヤ……気づかれちゃったカ』

 僕はすぐに『ニンヒト』を唱えた。五十嵐さんに近づくそいつ──『ドグラマグラ』に向けて。
 しかし例によって『ドグラマグラ』の突き出した手のひらが、光線を消滅させてしまう。

「そいつ見えてるの!?」
「ちょっと……オレ全く置いてけぼりなんだけど!?」
「僕も同じような気持ちさ」

 本当に驚きの連続だ。彼方のロック、その厄介ファン、さらに『ドグラマグラ』の強襲。一日にこれだけの事が敷き詰められてるのに。
 驚きのラスサビは、突然現れたもかさん。

「君こそ……もかさん」

 僕は、逆光を背にしたもかさんの目を見て言葉をかける。

「何者、なんだ……?」
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