残酷な描写あり
第25話 なんでもない
「あったこれこれ」
「ブラね」
「いぃいえっ!!?」
「冗談よ。……ていうかなにそれ」
僕らは神崎さんとの戦闘を終え、更衣室を再度調べていた。
戦闘の直前に僕はある物が気になっていたのだ。
「スマホもどき……」
「見た目はね。って、そりゃ分からないわよね。神崎のロッカーから出た物?」
「うん。タオルに包んであった、のかな。ヒカリがポイポイしてるときに出てきて、それで」
「あら、私のミスね。これは申し訳ない」
「あっ、えう、そう言ったつもりじゃ……」
「ま、なんだって良いわ。ぷらな、神崎は起きてる?」
「呼んだぁ? ヒカリちゃんよね?」
ぷらながひょこっと顔を出す。隣にはくるみさん。そして神崎さんも起きて……
「ふおぉぉ!?」
「なに驚いてんのさ、オーバーだね」
「こういう子なんです!」
「なんか打ち解けてない?!」
「覆水盆に返らず的な?」
「適切な言葉じゃないと思います……」
三人でこんなに溶け込んで……。やっぱ僕にはヒカリしか!?
「あ、違うや」
「急に落ち着く……」
「タマキやばー」
「いやあの、神崎さんコレなんですけど、あっ、ネタは上がってるんだ!」
「なんかムリに問い詰めようとしなくていいから」
当の本人に気を遣われた……!
神崎さんは呆れ気味に溜め息をついた。僕はビクゥ! と震える。
「いいよ、もう負けたし。……リンカー、って言ったっけ? 能力のこと」
「あっ、ハイ」
「おじさんにその機械を渡されたら覚醒したの。ちょっとしたバイト代の前金とか言ってね」
それはごく、あっさりと言われた。
機械を渡されて、覚醒した? 何に? ……リンカー能力に?
困惑する僕らを見て、神崎さんはまたも溜め息をつく。
「ま、それのこと聞かれた時点で、私のが少数派だって予想ついたけど。それを持たされて、したらそいつが起動してさ。心がフワフワして、リンカー能力者の出来上がり」
「……?」
ダメだ、みんなついていけないって反応だ。僕はめいいっぱい考えを絞ろうと試みる……。
「……えと、つまりその機械でリンカー能力に覚醒したって事ですよね?」
「そう言ってんでしょ」
「えと、それって人の心を操ってるって事じゃないですか。なんだってそんな危険な物が……」
「だって危険だなんて思っちゃいなかったし。簡単なバイトだって言われてさ」
「そうまでしてお金が必要だったんですか?!」
「なに、大きい声出して。別に何か理由があったワケじゃないよ。ムシャクシャしたから、ストーカーにも一杯食わせてやれるならって思っただけ」
「そんなあっさりと……」
「タマキ」
僕を呼び止めたのはヒカリだ。
「神崎を責めたってしょうがないわ。言いくるめられて、簡単なエサを吊るされて私らを攻撃して。被害者はむしろ神崎の方。そうじゃない?」
僕は反省した。そんなつもりは無かったけど、神崎さんを本当に問い詰めていた。
いつの間にか、加害者側になっていた。
ヒカリは僕が握っていた機械を奪う。
話題を丸っきり軌道修正し、謎の機械の方へと注目させる。
「ともかく、これは再寧さんに預かってもらうのが良さそうね。科捜研がどれだけ調べてくれるかに期待しましょ」
「ま、よっぽど危険な事に片足突っ込んでたのは私の方だし。けどさ──」
神崎さんは言い淀む。なんだか辟易したような、悟ったような……そんな、曖昧な感じだった。
「なんか、結局なんでもない自分が分からなくなる時って、無い?」
「……いや、まあ、ハイ」
「あーわかるー」
「う、うぅ〜ん……?」
僕はなんとなく分かる気がした。この曖昧な感じも。
対してくるみさんは適当というか、ぷらなは分かってないというか……。
神崎さんは続ける。
「せっかくだから能力で暴れてやったっていいけど、暴れたから何って感じになりそう。結局、あとに残ったのはなんでもない私、だね」
なんでもない自分、なんでもない……何者でもない、僕。
僕はとにかく引っかかっていた。
神崎さんがなんでもない人だって? だってこの人は──
「……あの、神崎さんは凄いと思います。みんなから一目置かれるじゃないですか。前の部長と副部長を支えて、今も副部長として。でもミステリアスっていうか、それも一歩下がった所から俯瞰して見れるから、それで……」
「何が言いたいの?」
「あっ……あの、神崎 巳華として、みんなを見れるって、ステキなお姉さんだと思います、ハイ」
「……変なヤツ」
ハァ、とまたもため息だ。しかし今度のため息は、なんだか毒気が抜けていた。
神崎さんは微笑みを零して僕に告げる。
「あんたも充分スゴいと思うよ。人のことジロジロ見るのは鼻につくけど、正直人を見る目じゃ勝てないなって思った。神崎 巳華としてのアドバイスね」
それからなんでもなかったかのように踵を返し去っていった。
「……そんなこと、ないと思うけどなぁ」
僕に人を見る目があるのか?
ハッキリ言って、そんな物差しを持っていない。ロクに人と接してこなかったからだ。計る術なんて持ち合わせていない。
数少ない交友関係で推し量るなら──
真秀呂場は、スゴいヤツだった。僕はアイツを露骨に避けていた。それでもアイツは僕への恩義だなんだで接してくれて、一緒に戦ってくれて、それで──
──アイツは、僕をどう思ってたんだろ。
「タマキちゃん?」
「えうっ、な、なん、でもない。褒められ……慣れてないので、ハハ」
明らかに不自然な笑い方をしてしまった……!
くるみさんはアメをパキリと噛み砕いて、話し始める。
「なんでもいいけどさー。だいたい何やってんの、人のロッカー調べてさぁー? あたしゃてっきり、もかやら神崎先輩本人に話でも聞くかと思ったし」
「す、すみません……」
僕らって非常識だなぁ……。
「マっ! 別にあたしのこと殴りやがったしさー、ぷらなもタマキも悪どい事するとは思えないってか? だからいーよ、気にしないで。つーかなんであたしらがこんな話してるワケ?」
さっきの和解と真逆の事言ってて微妙に怖い……。
「あ、あうえう、でも僕らがウロウロしてるせいでくるみさんが来ちゃったっていうか、巻き込んだのも僕のせいかなっていうか……」
「確かに? ンならなおさらいーよいーよ! 超能力バトルしてンっしょ? おもろ」
「あっ、アメちゃん……」
またアメ作って舐めてる……。
ていうか日常生活で考えたらこんなモンでいいよな能力モノなんて。何も戦う必要なんて……。
「すっげ見るじゃん。ンな気になるなら、いる? ほいチュッパのコーラ味」
「あっ、甘い物とかそんな得意じゃないんで……」
「ちぇ、ツレねぇのー」
……ハッ! いまギャルの舐めてた飴を貰い損ねたか!? クソッ、関節キッスだったのに! いやむしろ舐めてた物つまり舌でレロレロつまりディープ……!?
「ひええぇぇぇぇぇっ!!」
「時間差でリアクションするヤツー」
*
結局、回収した機械は僕らではどうにもできない。
僕は早急に再寧さんに連絡を取り、事の経緯と共に預かってもらった。
「再寧さん、すぐ来てくれたわねー! 5分で来るって言ってたのホントだったわ!」
「つーか警察と知り合いなん? なんかやらかしたんかー?」
「あっ、ハイ」
「そこは否定しろし」
間違っちゃいないしな……。
僕らがやってきたのは枝葉街駅。様々な施設があって若者の遊び場にうってつけ……という事で、以前、僕は友達ができた時の想定としてリサーチしていた。
選んだのは僕ではない。以前のリサーチは決してムダではなかった……!
てかくるみさんもナチュラルについてくるし。ヒカリも含めて一気に4人パーティ……。まさかこうも膨れ上がるとはっ!
「それで? 遊びっていうのは何をするのかしら、ぷらな」
最初に切り出したのはヒカリだ。
「ん、そしたらね〜……」
「あっ、メモ帳……」
ぷらなが取り出したメモ帳。さっきの戦闘で言ってた、やりたい事をメモしてるっていうのはコレのことか。
「やだ〜、タマキちゃん覗かないでよ〜!」
「えうっ、あうおうっ! そそそそんな悪意あった訳じゃなくてただ気になっただけですから気にせずどうぞどうぞ」
「いやそんな動揺するとは思わなかったけども。あ、コレね、ウィッシュリストって言うの!」
「約束……一覧?」
「日本語訳! ま〜そんな感じ! やりたい事を書いて、できたらばってんこ! そうしてやりたい事ドンドンやっていくの!」
「へぇ〜……」
うわぁ、知らないキラキラ文化だぁ……。
「んでー? 何があんのさ」
「アクセ屋さん!」
ピンとこない僕である。
「あと音ゲー!」
ピンとこない僕である。
「あとバンジージャンプ!」
「いやそれは分かるここじゃムリっ!」
「そうね〜。したら楽器屋さんとか行ってみたいかしら」
「えっ、何かやってたんですか?」
「全然!」
「な、なんで……」
狼狽える僕、その肩を突如組む存在! くるみさんだ!
「ま、なんだっていーじゃん。時間がもったいないしさー」
「距離、近っ……」
「行こっ! ほら、ヒカリちゃんの手繋いであげて!」
「んっ、タマキ」
「あっ、ハイ」
繋いであげたっていうかヒカリが差し伸べてくれたっていうか……。
*
最初に来たのはゲーセンだった。
音がガンガン、耳なくなりそう……!
「はいタマキちゃん!」
「あっ、ハイ」
気絶しそうになってたら、ぷらなから何か手渡された。
……銃? ごっついハンドガン。
そんなふうにボーっとしてたら、目の前に、ゾンビが現れて──!?
「ぎええぇぇ!!?」
「落ち着いて! これゲームだよ!」
ゲームこれがいやそうだどう見たって3DCGじゃないか腐敗した肉がこんな綺麗なわけ
『Usyaaaaaa!!』
「ベヤアァァァァァっ!!?」
「あー、タマキにゃホラーシューティングはムリだなこりゃ」
「タマキ、向きがめちゃくちゃよ。貸しなさい、いつもニンヒトしてる私なら自信アリよ」
「ニンヒトしてるって動詞なにっ!?」
「アナタがツッコむのソレ?」
「ふふっ! ホントタマキちゃんって騒がしいわね!」
*
お次はコスメ屋さん……?
「色がいっぱい〜……」
「悩む? そりゃそか。まーぷらなはきゃぴきゃぴ大人しい子だし、ナチュラルメイクぐらいでいいんじゃね? ホラ、手ぇ出して」
「わ、手に塗っちゃうの?」
「そんで見んのよ。乾燥肌ねー、下地はコレのがいいかな」
なんもやる事ねぇ。
「タマキ、手ぇ出し」
「あっ、ハイ」
「真っ白だねー。てかタマキコスメ興味ない系っしょ?」
「あっ、ハイ」
「正直かよ」
何見ればいいか分からねぇ。
「ヒカリだっけ? そっちどなのよ?」
「興味あるわよ。ただ二人を優先してあげただけ」
「クールだねオイ」
「生後二週間弱のクセにぃ……」
「二週間弱でアナタのことはよぉく分かったけど?」
「双子おもろー」
ヒカリはどこまでも姉として振る舞ってるなぁ……。というかこの余裕はどこからくるんだろうか? こう、家ではダラダラ過ごしてるけど、外ではちゃんと身の振り方変えてるっていうか。自分の位置を分かってるっていうか。
ムシャクシャしてきた! ヒカリのメッキを剥がしてやろう!
「ヒカリ」
「どうかしたのかしら?」
ヒカリの手を取り──
「ワタシ、ヒカリ! タマキのリンカー!」
プラプラ振り回してお人形代わりに!
「何やってるのタマキちゃん」
「タマキ、ブッ飛ばすわよ」
「あっ、ハイ……」
「タマキやばー」
何やってんだろ僕……。
でも──そっか。
みんな、自分のこと分かってるというか、気にしてない、のかな。
ぷらなは、今まで入院生活を送っていたから──心臓病のことがあったから、キラキラ生活に憧れていた。そうしてやることがいっぱいできたっていう事なんだ。
何かをする側。何者かじゃなくて、こうして誰かを引っ張っていく存在なんだ。だからさっき神崎さんの『なんでもない自分』という問いかけに首を傾げた。これからなんでもしていくからだ。
くるみさんなんて、気にしてすらいない。
……僕は、何かをする事にこだわり過ぎてたのか。
「タマキ」
「えっ、あっ、ハイ。手離します」
「そうね、それも大事。──なんか、スッキリした顔になったじゃない」
「え?」
「メイク要らずね」
「それは大げさかも……」
ヒカリはいつも、僕をよく見ていてくれるな──
「でも、えと、なんでもない、かな」
「そう。いい事ね」
ヒカリはふふん、と微笑んでくれた。
色んな人が、自分のアイデンティティってヤツに悩んでる。
これから先、何度か問われるだろう。『何者か』だなんて。その度に言い淀んでしまうかもしれない。
けど──やっぱり、今の僕は。
「タマキちゃん! つぎ、つぎ! まだまだ時間はあるわよ!」
「あっ、ハイ。……えへへ」
友達がいるこの日常を守りたい、かな!
その日は時間の許す限り、ぷらなのウィッシュリストを参照にして遊んだ。
とても気持ちがのびのびした。
「ブラね」
「いぃいえっ!!?」
「冗談よ。……ていうかなにそれ」
僕らは神崎さんとの戦闘を終え、更衣室を再度調べていた。
戦闘の直前に僕はある物が気になっていたのだ。
「スマホもどき……」
「見た目はね。って、そりゃ分からないわよね。神崎のロッカーから出た物?」
「うん。タオルに包んであった、のかな。ヒカリがポイポイしてるときに出てきて、それで」
「あら、私のミスね。これは申し訳ない」
「あっ、えう、そう言ったつもりじゃ……」
「ま、なんだって良いわ。ぷらな、神崎は起きてる?」
「呼んだぁ? ヒカリちゃんよね?」
ぷらながひょこっと顔を出す。隣にはくるみさん。そして神崎さんも起きて……
「ふおぉぉ!?」
「なに驚いてんのさ、オーバーだね」
「こういう子なんです!」
「なんか打ち解けてない?!」
「覆水盆に返らず的な?」
「適切な言葉じゃないと思います……」
三人でこんなに溶け込んで……。やっぱ僕にはヒカリしか!?
「あ、違うや」
「急に落ち着く……」
「タマキやばー」
「いやあの、神崎さんコレなんですけど、あっ、ネタは上がってるんだ!」
「なんかムリに問い詰めようとしなくていいから」
当の本人に気を遣われた……!
神崎さんは呆れ気味に溜め息をついた。僕はビクゥ! と震える。
「いいよ、もう負けたし。……リンカー、って言ったっけ? 能力のこと」
「あっ、ハイ」
「おじさんにその機械を渡されたら覚醒したの。ちょっとしたバイト代の前金とか言ってね」
それはごく、あっさりと言われた。
機械を渡されて、覚醒した? 何に? ……リンカー能力に?
困惑する僕らを見て、神崎さんはまたも溜め息をつく。
「ま、それのこと聞かれた時点で、私のが少数派だって予想ついたけど。それを持たされて、したらそいつが起動してさ。心がフワフワして、リンカー能力者の出来上がり」
「……?」
ダメだ、みんなついていけないって反応だ。僕はめいいっぱい考えを絞ろうと試みる……。
「……えと、つまりその機械でリンカー能力に覚醒したって事ですよね?」
「そう言ってんでしょ」
「えと、それって人の心を操ってるって事じゃないですか。なんだってそんな危険な物が……」
「だって危険だなんて思っちゃいなかったし。簡単なバイトだって言われてさ」
「そうまでしてお金が必要だったんですか?!」
「なに、大きい声出して。別に何か理由があったワケじゃないよ。ムシャクシャしたから、ストーカーにも一杯食わせてやれるならって思っただけ」
「そんなあっさりと……」
「タマキ」
僕を呼び止めたのはヒカリだ。
「神崎を責めたってしょうがないわ。言いくるめられて、簡単なエサを吊るされて私らを攻撃して。被害者はむしろ神崎の方。そうじゃない?」
僕は反省した。そんなつもりは無かったけど、神崎さんを本当に問い詰めていた。
いつの間にか、加害者側になっていた。
ヒカリは僕が握っていた機械を奪う。
話題を丸っきり軌道修正し、謎の機械の方へと注目させる。
「ともかく、これは再寧さんに預かってもらうのが良さそうね。科捜研がどれだけ調べてくれるかに期待しましょ」
「ま、よっぽど危険な事に片足突っ込んでたのは私の方だし。けどさ──」
神崎さんは言い淀む。なんだか辟易したような、悟ったような……そんな、曖昧な感じだった。
「なんか、結局なんでもない自分が分からなくなる時って、無い?」
「……いや、まあ、ハイ」
「あーわかるー」
「う、うぅ〜ん……?」
僕はなんとなく分かる気がした。この曖昧な感じも。
対してくるみさんは適当というか、ぷらなは分かってないというか……。
神崎さんは続ける。
「せっかくだから能力で暴れてやったっていいけど、暴れたから何って感じになりそう。結局、あとに残ったのはなんでもない私、だね」
なんでもない自分、なんでもない……何者でもない、僕。
僕はとにかく引っかかっていた。
神崎さんがなんでもない人だって? だってこの人は──
「……あの、神崎さんは凄いと思います。みんなから一目置かれるじゃないですか。前の部長と副部長を支えて、今も副部長として。でもミステリアスっていうか、それも一歩下がった所から俯瞰して見れるから、それで……」
「何が言いたいの?」
「あっ……あの、神崎 巳華として、みんなを見れるって、ステキなお姉さんだと思います、ハイ」
「……変なヤツ」
ハァ、とまたもため息だ。しかし今度のため息は、なんだか毒気が抜けていた。
神崎さんは微笑みを零して僕に告げる。
「あんたも充分スゴいと思うよ。人のことジロジロ見るのは鼻につくけど、正直人を見る目じゃ勝てないなって思った。神崎 巳華としてのアドバイスね」
それからなんでもなかったかのように踵を返し去っていった。
「……そんなこと、ないと思うけどなぁ」
僕に人を見る目があるのか?
ハッキリ言って、そんな物差しを持っていない。ロクに人と接してこなかったからだ。計る術なんて持ち合わせていない。
数少ない交友関係で推し量るなら──
真秀呂場は、スゴいヤツだった。僕はアイツを露骨に避けていた。それでもアイツは僕への恩義だなんだで接してくれて、一緒に戦ってくれて、それで──
──アイツは、僕をどう思ってたんだろ。
「タマキちゃん?」
「えうっ、な、なん、でもない。褒められ……慣れてないので、ハハ」
明らかに不自然な笑い方をしてしまった……!
くるみさんはアメをパキリと噛み砕いて、話し始める。
「なんでもいいけどさー。だいたい何やってんの、人のロッカー調べてさぁー? あたしゃてっきり、もかやら神崎先輩本人に話でも聞くかと思ったし」
「す、すみません……」
僕らって非常識だなぁ……。
「マっ! 別にあたしのこと殴りやがったしさー、ぷらなもタマキも悪どい事するとは思えないってか? だからいーよ、気にしないで。つーかなんであたしらがこんな話してるワケ?」
さっきの和解と真逆の事言ってて微妙に怖い……。
「あ、あうえう、でも僕らがウロウロしてるせいでくるみさんが来ちゃったっていうか、巻き込んだのも僕のせいかなっていうか……」
「確かに? ンならなおさらいーよいーよ! 超能力バトルしてンっしょ? おもろ」
「あっ、アメちゃん……」
またアメ作って舐めてる……。
ていうか日常生活で考えたらこんなモンでいいよな能力モノなんて。何も戦う必要なんて……。
「すっげ見るじゃん。ンな気になるなら、いる? ほいチュッパのコーラ味」
「あっ、甘い物とかそんな得意じゃないんで……」
「ちぇ、ツレねぇのー」
……ハッ! いまギャルの舐めてた飴を貰い損ねたか!? クソッ、関節キッスだったのに! いやむしろ舐めてた物つまり舌でレロレロつまりディープ……!?
「ひええぇぇぇぇぇっ!!」
「時間差でリアクションするヤツー」
*
結局、回収した機械は僕らではどうにもできない。
僕は早急に再寧さんに連絡を取り、事の経緯と共に預かってもらった。
「再寧さん、すぐ来てくれたわねー! 5分で来るって言ってたのホントだったわ!」
「つーか警察と知り合いなん? なんかやらかしたんかー?」
「あっ、ハイ」
「そこは否定しろし」
間違っちゃいないしな……。
僕らがやってきたのは枝葉街駅。様々な施設があって若者の遊び場にうってつけ……という事で、以前、僕は友達ができた時の想定としてリサーチしていた。
選んだのは僕ではない。以前のリサーチは決してムダではなかった……!
てかくるみさんもナチュラルについてくるし。ヒカリも含めて一気に4人パーティ……。まさかこうも膨れ上がるとはっ!
「それで? 遊びっていうのは何をするのかしら、ぷらな」
最初に切り出したのはヒカリだ。
「ん、そしたらね〜……」
「あっ、メモ帳……」
ぷらなが取り出したメモ帳。さっきの戦闘で言ってた、やりたい事をメモしてるっていうのはコレのことか。
「やだ〜、タマキちゃん覗かないでよ〜!」
「えうっ、あうおうっ! そそそそんな悪意あった訳じゃなくてただ気になっただけですから気にせずどうぞどうぞ」
「いやそんな動揺するとは思わなかったけども。あ、コレね、ウィッシュリストって言うの!」
「約束……一覧?」
「日本語訳! ま〜そんな感じ! やりたい事を書いて、できたらばってんこ! そうしてやりたい事ドンドンやっていくの!」
「へぇ〜……」
うわぁ、知らないキラキラ文化だぁ……。
「んでー? 何があんのさ」
「アクセ屋さん!」
ピンとこない僕である。
「あと音ゲー!」
ピンとこない僕である。
「あとバンジージャンプ!」
「いやそれは分かるここじゃムリっ!」
「そうね〜。したら楽器屋さんとか行ってみたいかしら」
「えっ、何かやってたんですか?」
「全然!」
「な、なんで……」
狼狽える僕、その肩を突如組む存在! くるみさんだ!
「ま、なんだっていーじゃん。時間がもったいないしさー」
「距離、近っ……」
「行こっ! ほら、ヒカリちゃんの手繋いであげて!」
「んっ、タマキ」
「あっ、ハイ」
繋いであげたっていうかヒカリが差し伸べてくれたっていうか……。
*
最初に来たのはゲーセンだった。
音がガンガン、耳なくなりそう……!
「はいタマキちゃん!」
「あっ、ハイ」
気絶しそうになってたら、ぷらなから何か手渡された。
……銃? ごっついハンドガン。
そんなふうにボーっとしてたら、目の前に、ゾンビが現れて──!?
「ぎええぇぇ!!?」
「落ち着いて! これゲームだよ!」
ゲームこれがいやそうだどう見たって3DCGじゃないか腐敗した肉がこんな綺麗なわけ
『Usyaaaaaa!!』
「ベヤアァァァァァっ!!?」
「あー、タマキにゃホラーシューティングはムリだなこりゃ」
「タマキ、向きがめちゃくちゃよ。貸しなさい、いつもニンヒトしてる私なら自信アリよ」
「ニンヒトしてるって動詞なにっ!?」
「アナタがツッコむのソレ?」
「ふふっ! ホントタマキちゃんって騒がしいわね!」
*
お次はコスメ屋さん……?
「色がいっぱい〜……」
「悩む? そりゃそか。まーぷらなはきゃぴきゃぴ大人しい子だし、ナチュラルメイクぐらいでいいんじゃね? ホラ、手ぇ出して」
「わ、手に塗っちゃうの?」
「そんで見んのよ。乾燥肌ねー、下地はコレのがいいかな」
なんもやる事ねぇ。
「タマキ、手ぇ出し」
「あっ、ハイ」
「真っ白だねー。てかタマキコスメ興味ない系っしょ?」
「あっ、ハイ」
「正直かよ」
何見ればいいか分からねぇ。
「ヒカリだっけ? そっちどなのよ?」
「興味あるわよ。ただ二人を優先してあげただけ」
「クールだねオイ」
「生後二週間弱のクセにぃ……」
「二週間弱でアナタのことはよぉく分かったけど?」
「双子おもろー」
ヒカリはどこまでも姉として振る舞ってるなぁ……。というかこの余裕はどこからくるんだろうか? こう、家ではダラダラ過ごしてるけど、外ではちゃんと身の振り方変えてるっていうか。自分の位置を分かってるっていうか。
ムシャクシャしてきた! ヒカリのメッキを剥がしてやろう!
「ヒカリ」
「どうかしたのかしら?」
ヒカリの手を取り──
「ワタシ、ヒカリ! タマキのリンカー!」
プラプラ振り回してお人形代わりに!
「何やってるのタマキちゃん」
「タマキ、ブッ飛ばすわよ」
「あっ、ハイ……」
「タマキやばー」
何やってんだろ僕……。
でも──そっか。
みんな、自分のこと分かってるというか、気にしてない、のかな。
ぷらなは、今まで入院生活を送っていたから──心臓病のことがあったから、キラキラ生活に憧れていた。そうしてやることがいっぱいできたっていう事なんだ。
何かをする側。何者かじゃなくて、こうして誰かを引っ張っていく存在なんだ。だからさっき神崎さんの『なんでもない自分』という問いかけに首を傾げた。これからなんでもしていくからだ。
くるみさんなんて、気にしてすらいない。
……僕は、何かをする事にこだわり過ぎてたのか。
「タマキ」
「えっ、あっ、ハイ。手離します」
「そうね、それも大事。──なんか、スッキリした顔になったじゃない」
「え?」
「メイク要らずね」
「それは大げさかも……」
ヒカリはいつも、僕をよく見ていてくれるな──
「でも、えと、なんでもない、かな」
「そう。いい事ね」
ヒカリはふふん、と微笑んでくれた。
色んな人が、自分のアイデンティティってヤツに悩んでる。
これから先、何度か問われるだろう。『何者か』だなんて。その度に言い淀んでしまうかもしれない。
けど──やっぱり、今の僕は。
「タマキちゃん! つぎ、つぎ! まだまだ時間はあるわよ!」
「あっ、ハイ。……えへへ」
友達がいるこの日常を守りたい、かな!
その日は時間の許す限り、ぷらなのウィッシュリストを参照にして遊んだ。
とても気持ちがのびのびした。