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作者: konoyo
R-15
せっかくのいのちが、、、
苦しいのはまだ続くが、恐怖心はほぼ感じなくなってきた。恐怖を感じる暇があったら祈る時間にあてたかった。大きな深呼吸を繰り返しているうちに状況が大きく変わってきた。激しい痛みが胸から下腹部に降りてきたのだ。痛みは先ほどよりさらに強くなっていた。今度こそは陣痛だって思ったけど、痛みのレベルがこないだのそれとは比較にならないくらい酷い。

ここで気おくれしてしまうと痛みで動けなくなると直感したあたしはありったけの力を振り絞って「お母さん!」って二回叫んだ。そしてなんとかリビングまで移動しようとしたが、あまりの痛みに体を曲げるしかなく、膝を引きずりほふく前進の姿勢でしか動くことが出来なかった。しかし、あたしの必死の悲鳴はなんとかお父さんお母さんまで届き、大急ぎでふたりがあたしの部屋までやって来てくれた。あたしはお父さんに抱えられ車に乗せられて、猛スピードで病院まで運ばれた。
 
あたしは急いで産婦人科に運ばれ、着替えさせられ分娩台に座らされた。普通産まれるときの陣痛というのは10分くらいの間隔で痛みを繰り返すらしいが、あたしの痛みはもう30分も1時間も続いている。もうすぐにでも産まれる可能性が高いと医者に判断された。おなかが痛いことには変わらなかったが、あたしの心はついに我が子を産みだせるという喜びに満ちていたせいか、心の苦しさは殆ど感じなくなってきた。

自分が死ぬ為の痛みではない、もうすぐふうわが産まれてくる為の痛みなのだ。だけど、ふうわのこと以外には全く頭は働かなかった。あたしはふうわを産むときには亮君に手を握っていてもらいたい、一緒に苦しみも喜びも分かち合いたいと思っていたのだけれど、このときは亮君のことなど考えもしなかったし、想いもしなかった。どの

くらいの時間痛みと戦ったのかも分からなくなっていたが、医者の判断により自然分娩から帝王切開に切り替えられた。これも大変な痛みを伴ったが、長い痛みとの格闘の末にいよいよ歓喜のときが訪れた。おぎゃーおぎゃーと大きな声をあげて、しわくちゃな顔をした愛しい我が子がようやく取り上げられたのだ。あたしは大変な疲労を感じていたが少しだけ我が子をこの手に抱いた。子供はやはり女の子だった。待ちに待った瞬間だった。しかし、そう長くは抱きしめることを許されず、ふうわは別の部屋に移動させられた。

あたしは完全に疲弊しきってその場で眠ってしまった。激痛から解放されてホッと一息つけたというのが正直な気持ちだった。三月二十二日午前二時二十分。的間ふうわがこの世に誕生した瞬間。
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