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作者: konoyo
R-15
天国旅行に行くんだよ
しばらくしてから部屋の引き戸が開いた。訪れたのはおばあちゃん。おばあちゃんはお母さんのお母さん。名前を「やえ」と言ってあたしの名前の由来になったみたい。

 あたしはやえばあちゃんが大好きだ。岳人もそうだった。いつもあたし達に優しくしてくれた。ときには悪いことも教えてくれた。小さなことだよ。つまみ食いとか、お母さんには近寄ってはいけないと言われた場所にしのびこむとかね。

 久し振りに会う岳人がこんな姿になってしまっていることをあたしは申し訳ないと感じた。あたしがもっとしっかりしていれば良かったのに。
 
 お婆ちゃんは岳人ではなく、あたしに暖かい言葉をかけてくれる。

「大丈夫か、優江。疲れてしもうたらばあちゃんが代わってあげるでな。」

 有難う。でも平気だよ。あたしがここにいないと岳人が退屈してしまうかもしれないもの。

「そうやな。大好きなお姉ちゃんが傍にいてくれた方が岳人も喜ぶやろうな。でも、案外、岳人は今忙しいかも分からんで。」

 忙しい?どうして?

「あの世に逝ったらまずは閻魔様と会わんといかんからな。」

 馬鹿馬鹿しいと思ったので、しんとした空気が流れる。あの世。地獄のことだろうか、それとも天国か。もし、どちらかに逝くのならこの子は天国に逝くに決まっている。天国や地獄の存在など信じてはいなかったが、ここ最近はあたしの常識、世間の常識をひっくり返すことが度々起こっている。寿命、悪魔、そら。もしかしたらあたしの何倍も生きているおばあちゃんはなにか知っているのかもしれない。生きものは死んだらどうなるのだろうか。みな、天国や地獄というのは本当に存在するのだろうか。

「もちろんあるやろ。生きている間にいいことを積み重ねたものは天獄に、悪いことばかりをしてきた人間は地獄に逝くのやろ。そして、どちらに逝こうがいつか生まれ変わってこの世に蘇るんや。」

 輪廻…。なんとかというものだろうか。命はまた再生されてこの世に戻ってくるものなのだろうか。

「天国に逝った者はそこで綺麗なものを見たり、楽しいことをして更に心の豊かな者になってこの世に戻ってくるんや。地獄に逝った者はその逆や。たくさんの罰を受けて長い時間をかけて現世での罪を償わなあかん。痛みも苦しみもたくさん味わうやろう。そして、傷つくことの辛さ、悲しさを知っていくんや。それが分かった者からやっとこの世界に戻ってこられるんと違うかな。」
 
 そうか。岳人は間違いなく天国へ逝くよね。

「そうやな。この子はきっと天国へ逝くやろうな。とても優しい子やった。誰にでも分け隔てなく優しくて、誰からも愛されておった。人を愛すること、愛されることがこの世で一番の善なんや。」
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