R-15
飛んでいる風船を追いかける男の子
「男の子ってさ。なんかいつも元気いっぱいって感じで可愛くない?」
「分かる気がする。」
果歩ちゃんと美羽ちゃんは初めてお話するとは思えない程、自然体だ。必要のない気遣いはまったくない。
美羽ちゃんはサッカーをしている男子の中のひとりを指差して言う。
「あの人はね。いつもああやって大きな声を出してボールをよこせと叫んでいるの。だけど、あまりボールを貰えないんだよね。あんまり上手ではないことをみんな知っているから。本人は自覚がないのか、次こそはいいところを見せようと思っているのか、全然あきらめないんだよね。不思議な人。」
美羽ちゃんの指の先にいる男子はジャージの色から判断するにあたし達のひとつ年上であるようだった。あたしにはひとつ上の学年の人なんて大人に見えて、遠い世界の住人のような気がするのに美羽ちゃんの瞳は弟でも見るような視線だった。
「あのさっきからゴールの近くで右往左往しているのはわたしの彼氏なんだよ。」
そこにいるのは、美羽ちゃんとはお似合いとは言えないような大人しくて控えめそうな男の人だった。その人はサッカーボールが右に行けば少し右に動いて、ボールが左に行けば、左に二、三歩動く。サッカーをしているというよりは空に飛んで行った風船を追いかける子供みたいな動きをしていた。お世辞にも格好いいとは言いづらいその人を美羽ちゃんは暖かい目で見つめていた。
果歩ちゃんが尋ねた。
「美羽ちゃんはサッカーを見ているのが好きなの?男の人を見ているのが好きなの?」
なかなか突っ込んだことを聞くなあ。あたしはちょっとドキドキしたけど、小さなことを気にしているのはあたしだけだったみたい。
「どっちも好きかな。男の子を見るのが好きだけど、特にサッカーをしている男の子が好き。ボールを一生懸命に追いかけている姿が可愛らしくて。ちゃんとしたサッカーってそういうものではないでしょう。自分の範囲で攻めたり、守ったりするものでしょう。でも、あの子達はコートの端から端までボールを追いかけることに懸命になる。ボールを支配して、いい恰好がしたいんだよね。もう子供扱いされることは嫌がるくせに、今のあの子達は純粋な子供だよね。」
あたし達は美羽ちゃんの話に釘づけ。見た目よりさらにずっと大人なのだ、この子は。
「男の子を眺めているのも好きだけど、実はもっと身近におもしろい人がいるのを知っているよ。そのふたりはね。お互いのことが大好きなの。自分のことより先に相手を想いやる優しさを持っているの。自分の成功より、相手の失敗を気にするの。
あれは他の誰にも出来ないなあ。親子であっても姉妹であっても。ちょっとだけ嫉妬もするの。わたしがいくら彼氏を想いやっても、あのふたりの関係には及ばないだろうなって。
だけど、ふたりの優しさは余りあるから他の者にも向けてくれるのだろうと期待していた。いつか声をかけてくれると信じていたよ。お話をしたこともない人を信じて待つというのは勇気がいるものだと思っていたけど、無用な心配だったわね。待つことは苦にならなかった。」
果歩ちゃんの頭の上には無数のハテナマークが浮いていた。あたしにはしっかり見えたよ。
美羽ちゃん、有難う。あたし達のことをよく見てくれていたんだね。あたし達を待っていてくれたんだね。遅くなってごめん。これからは三人でいっぱい過ごそうね。うちの相方さんも今は混乱しているけど、喜んでくれるから。
今朝、朝日を見たときはこんなに素敵なことが降りかかるとは想像しなかった。美羽ちゃんとお話をすることになるとも知らなかった。そういうものかもしれない。世界はあたしを中心として周っているわけではないのだ。路傍の石にしかすぎないのだ。みんなの力と意思でなんとか地球を回しているのだ。激しく回転する星の上に立っていれば、ふらついてこれまで係わりのなかった人と手が触れ合うかもしれない。大葉先生との出会いもそういうものだったのだろう。運よく美羽ちゃんと出会うことが叶ったのだ。あたし達は星の上でふらふらとしながら触れ合ったり、支え合って生きているのだ。
「分かる気がする。」
果歩ちゃんと美羽ちゃんは初めてお話するとは思えない程、自然体だ。必要のない気遣いはまったくない。
美羽ちゃんはサッカーをしている男子の中のひとりを指差して言う。
「あの人はね。いつもああやって大きな声を出してボールをよこせと叫んでいるの。だけど、あまりボールを貰えないんだよね。あんまり上手ではないことをみんな知っているから。本人は自覚がないのか、次こそはいいところを見せようと思っているのか、全然あきらめないんだよね。不思議な人。」
美羽ちゃんの指の先にいる男子はジャージの色から判断するにあたし達のひとつ年上であるようだった。あたしにはひとつ上の学年の人なんて大人に見えて、遠い世界の住人のような気がするのに美羽ちゃんの瞳は弟でも見るような視線だった。
「あのさっきからゴールの近くで右往左往しているのはわたしの彼氏なんだよ。」
そこにいるのは、美羽ちゃんとはお似合いとは言えないような大人しくて控えめそうな男の人だった。その人はサッカーボールが右に行けば少し右に動いて、ボールが左に行けば、左に二、三歩動く。サッカーをしているというよりは空に飛んで行った風船を追いかける子供みたいな動きをしていた。お世辞にも格好いいとは言いづらいその人を美羽ちゃんは暖かい目で見つめていた。
果歩ちゃんが尋ねた。
「美羽ちゃんはサッカーを見ているのが好きなの?男の人を見ているのが好きなの?」
なかなか突っ込んだことを聞くなあ。あたしはちょっとドキドキしたけど、小さなことを気にしているのはあたしだけだったみたい。
「どっちも好きかな。男の子を見るのが好きだけど、特にサッカーをしている男の子が好き。ボールを一生懸命に追いかけている姿が可愛らしくて。ちゃんとしたサッカーってそういうものではないでしょう。自分の範囲で攻めたり、守ったりするものでしょう。でも、あの子達はコートの端から端までボールを追いかけることに懸命になる。ボールを支配して、いい恰好がしたいんだよね。もう子供扱いされることは嫌がるくせに、今のあの子達は純粋な子供だよね。」
あたし達は美羽ちゃんの話に釘づけ。見た目よりさらにずっと大人なのだ、この子は。
「男の子を眺めているのも好きだけど、実はもっと身近におもしろい人がいるのを知っているよ。そのふたりはね。お互いのことが大好きなの。自分のことより先に相手を想いやる優しさを持っているの。自分の成功より、相手の失敗を気にするの。
あれは他の誰にも出来ないなあ。親子であっても姉妹であっても。ちょっとだけ嫉妬もするの。わたしがいくら彼氏を想いやっても、あのふたりの関係には及ばないだろうなって。
だけど、ふたりの優しさは余りあるから他の者にも向けてくれるのだろうと期待していた。いつか声をかけてくれると信じていたよ。お話をしたこともない人を信じて待つというのは勇気がいるものだと思っていたけど、無用な心配だったわね。待つことは苦にならなかった。」
果歩ちゃんの頭の上には無数のハテナマークが浮いていた。あたしにはしっかり見えたよ。
美羽ちゃん、有難う。あたし達のことをよく見てくれていたんだね。あたし達を待っていてくれたんだね。遅くなってごめん。これからは三人でいっぱい過ごそうね。うちの相方さんも今は混乱しているけど、喜んでくれるから。
今朝、朝日を見たときはこんなに素敵なことが降りかかるとは想像しなかった。美羽ちゃんとお話をすることになるとも知らなかった。そういうものかもしれない。世界はあたしを中心として周っているわけではないのだ。路傍の石にしかすぎないのだ。みんなの力と意思でなんとか地球を回しているのだ。激しく回転する星の上に立っていれば、ふらついてこれまで係わりのなかった人と手が触れ合うかもしれない。大葉先生との出会いもそういうものだったのだろう。運よく美羽ちゃんと出会うことが叶ったのだ。あたし達は星の上でふらふらとしながら触れ合ったり、支え合って生きているのだ。