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作者: 矢賀地 進
異世界大戦ワンダラーズ
「さて、無事にα版も終わったが、まだ一つ大きな、大きな問題が残っている!」

 問題と言うには元気すぎる明るい口調で、桃山が定例ミーティングを仕切っている。南のレビューも終え、ゲーム自体には特に問題なく無事に承認、リリースに向けて開発続行となった『異世界大戦』。開発の一区切りを終えたチームメンバーは、皆どこかしら爽やかな顔をしている。

「そう、正式タイトルが決まっていないのである!」

 ドドンと後ろに文字が出そうな勢いで桃山が告げると、まず最初に野間が反応した。

「なるほど、ここは桃さんが一つ、ディレクターの鶴の一声でかっこいいタイトルをズバッと決めてくれるんですよね?」

「おいおい、無茶振りはよしてくれよ野間ちゃん。こういうのはアイデア出し合って決めるから良いの。というわけで誰か、なんでもいいから、どんどん案出してくれ」

 桃山がアイデアを募るも、誰からも手は上がらず、反応はいまいちだ。このまま黙っていても始まらないと、まずは企画の中心人物・月本を指名してみる。

「そうだな、じゃあ言い出しっぺの亮太はどうだ、いつまでもカッコ仮じゃあ締まらないだろ。なにかアイデアはあるか?」

「もうこの際シンプルに『異世界大戦』でどうですか?」

「それじゃつまんないでしょ、流石にもうちょいインパクトあったほうがいいんじゃないの?」

 新谷が反論すると、何人かがうなずくのが見え、そして世界観に一番理解があるだろう土屋が、彼女の考えを語り始めた。

「うーん、もうひと押し何かほしいのよね。いきなり召喚されて勝手がわからない中で、悩みながらもモンスター討伐の依頼を受けて少しずつ成長してみたいな、いい感じな言葉で表せないかなあ……」

「関係ないけど、異世界大戦って戦隊ものみたいっすね、なんとかレンジャーとかそういう系?」

 直島が脈絡なく言うも、そこから議論が発展することはなかった。ある者は腕を組み、ある者は上を見上げて、それぞれ思索にふけっている。時折一言二言話す声が聞こえるが、なかなか進まない。

 その時、淀みない英語の発音で「Wanderers」と呟いたのは冴川だった。たまたま会話が途切れた瞬間だったからか、けして大きくはなく、誰に向けたとも言えないその声は会議室に響きわたった。

 誰も何も言わず数秒固まっていると、福田が沈黙を破った。

「何て言ったの?今『ウェァンダラァズ』って言ったよね今。ねぇ?」

 冴川の真似をして顎に手を当てながら、わざとらしい発音で食い気味に確認している。

「……いえ」

「えぇ!?言ってたよねぇ!?みんな今のを聞いたでしょ?」

 福田が周りに同意を求めるも、反応は薄い。

「ほら!言ってたよ冴川君!今のは何だったの!?」

「いえ……別に……」

「ありだな、『ワンダラーズ』」

 桃山ははっきりと通る声で言うと、全員の視線が集まった。改めてカタカナ英語でその単語を口に出してみると、実感が確かなものになっていくのがわかる。

「確かに!私も実際悪くないとは思いますよ。直島君の言う通り、語感が戦隊ものっぽさがありますね。複数形でパーティ感も出ています。いやあこれは実際このまま決めてしまっていいかもしれませんね。さすが冴川君。ところで、『ワンダラーズ』ってどういう意味でしたっけ?」

 どこか興奮した様子で早口になっている野間にも、かなり好印象なようだ。

「はい、さまようだとか、放浪者とかそんな意味ですね」

「それ良いね、物語のイメージにも合うよ!月本君はどう?」

 土屋も声が弾んでいて、乗り気であることがよく伝わってくる。

「はい、『異世界大戦ワンダラーズ』で行きましょう!」

 月本が言い切ると、どこからともなく拍手が聞こえ始め、その音はだんだんと大きくなっていった。

「よーし、じゃあ他になければ決まりだな!さすが!シリコンバレー帰りは違うねえ」

 桃山が調子良くおだてると、少し照れたのか冴川が謙遜する。

「やめてください、私だけの力ではありません。直島さんの発言でピンと来たんです」

 その様子を眺めていた福田は、思いもよらない結果に呆気に取られて固まっている。

「あれ、『ゥァンダラァズ』に決まっちゃった感じ?」

「文江さん、あんまり茶化したりとかは良くないと思います、せっかくアイデア出してくれたんだから」

 月本にしては珍しく、はっきりと注意をしているのが予想外だったのか、福田はしどろもどろになりながら答えた。

「えっ、そんな、ちょっとからかっただけじゃない」

「いくら文江ちゃんでも、真面目に案を出してる人をからかうのは、あまり感心しないねえ」

「萎縮してしまって良い議論ができなくなっては、元も子も無いですからね」

 いつもと違って女性であっても容赦ない新谷に、冴川も続いて軽くやり返す。

「ほら、冴川君にごめんなさいしよっか!」

 土屋も冗談めかして言う。

「そんなぁ、紗和子ちゃんまで……」

「ははっ、それくらいにしてやれ。タイトルは決まったから結果オーライってやつだ」

「うう、桃山さんだけが私に優しい……」

 福田が大げさに言い、皆の笑い声が会議室に響き渡るのだった。

 ◆◆◆

 数日後。ドラグーンゲームズの役員室で、沼田はスマホアプリの売上ランキングを確認していた。

(なるほど。今週も『パズモン』は売上ベスト5と。実に気に入りませんね)

 数字としてはっきりと表れる優劣に、苛立ち歯噛みする。

 会社を立ち上げたばかりの一作目でありながら、イベントごとに安定した売上を立てているだろう、ジュエルソフトウェアの『パズモン』。当然村松社長の目に入っているのは間違いない。次はどんな指示が降りてくるかと、そして社長が納得行かなかった時の”後処理”も想像すると、沼田は胃のあたりが重くなるのを感じた。

 1~2ヶ月ほど前に消費者庁から出された注意喚起、いわゆるコンプリートガチャ規制は記憶に新しい。ドラグーンゲームズでは、既にリリースされている全てのゲームで、コンプリートガチャを終了すると発表していた。

 リリース後からランキング上位をキープしていた『レジェンズオールスターカードバトル』だったが、SNS上での炎上か、それともガチャの大幅な仕様変更を余儀なくされた影響か、売上は低下気味である。

 気がつくと、スマホにメッセージを受信した通知が届いていた。アプリを確認する。

(なるほど、新作も動いている、と)

 ある人物から受信したメッセージを確認する。そこにはジュエルソフトウェアの新規プロジェクトの詳細が記され、さらにはメンバーの中に見覚えのある名前をいくつか見つけることができた。

(桃山君に月本君ですか。今は南君のもとで頑張っているようですね)

 これは危険だ、なにか手を打たねばと沼田が考えていると、ドアがノックされる音が役員室に響いた。「どうぞ」と入室を促す。

「失礼します、いやあ沼田専務、この度はご昇進おめでとうございます!」

 原島がわざとらしい笑みを浮かべ、揉み手をしながら部屋に入ってくる。

「『カードバトル』の方はどうなっていますか、数字が下がっているようですが」

「それはですね、ただ今ガイドラインに反しないよう、ガチャを作り直させていますので」

 焦った様子の原島が必死に取り繕う。

「村松社長もこの件では相当心を痛めておいでです。引き続き数字を作れるようお願いしますよ。それに、社長もそろそろ引退を考えられている頃。ここでしっかりとアピールできれば私も貴方も、今後もっといい思いをできるかもしれませんね」

 暗に、上手く行けば次期社長の座は沼田のものかもしれないという情報をちらつかせる。そう言ったほうが原島がより空気を読んで動くだろうと見越しての発言だった。実際は、後任は沼田で間違いない理由が既に存在するも、それをみすみす明かす愚は犯さない。

「しかし、そういう意味ですと伊賀常務の開発二部も最近は売上を出せていると聞きます」

 社長になるなどと、ドラグーンゲームズを世界一のゲーム会社にするなどと。奴がそんな馬鹿げた抱負を恥ずかしげもなく披露したのは、果たしていつの話だったか。

「なるほど。確かに伊賀君が優秀であるのは認めますが、所詮は古いタイプの人間、心配には及びません。これからはスマホゲームの時代でしょう。それに彼は今や消滅して久しい黒柳派の、ただの一匹狼でしかありません。原島君は安心して私の言うことを聞いていればよろしい」

 決意に満ち、けして輝きを失わない同期の眼差しを思い出し、不快感に顔が歪むのを自覚する。

「……さて、それより問題はこちらです」
 
 そう言って気持ちを切り替え、沼田はスマホの画面を見せる。表示されたメッセージをじっくりと時間をかけて読み終えると、原島は尋ねた。

「なるほど、『異世界大戦』ですか。これが何か?」

「『パズモン』のジュエルソフトウェアの新企画です。これに、こちらで今動いている『レジェンズ』新企画をぶつけるのです」

「しかし専務、ぶつけるとは一体?」

「ですから、同じゲームデザインのタイトルを同時期にリリースするのですよ。引き続き内部資料に関しても探らせています。完全新作と我々の持つ『レジェンズ』のIP。どちらが強いかは明白でしょう」

 未だ何を言いたいかが掴めていない様子の原島に、思わず口調が強くなりながらも沼田は続ける。

「売上ランキングを見てみなさい。似たようなスタミナ制、基本プレイ無料に確率を絞ったガチャと課金アイテム、面白いほどにどれも同じです。粗雑乱造だろうとなんだろうと、そういったゲームに2千億という大金が動いているのが現実なのです」

 原島は顔色を伺いながらも疑問を口にする。

「つまり、ゲーム内容は全く重要ではないと仰るのですか?」

「その通りです。たかだか電子データのクジ引きに一瞬で何万も払うような頭の弱い人間が、ゲーム性など気にすると思いますか。彼らはいわば、強い刺激で脳の破壊された猿です。ならばこちらもできる限り、猿どもから限界まで搾り取ってやるのが礼儀というもの」

 怪しく笑い過激な言葉で話す沼田の勢いに怯みながら、なおも原島は尋ねた。

「しかし、あまり似すぎていては、後ほどトラブルになりませんか」

「忘れたのですか。これは元々企画プレゼン会で発表された企画を流用したに違いありません。没にしたとはいえ、その権利は我々にあります。いざとなれば、正義はこちら側にあるというわけです。無断で利用しているのはジュエルソフトウェア側という理屈です」

「おお!さすが専務、そこまで見越しておられるとは!」

(やっと理解したか、この阿呆が)

 不快な追従笑いが沼田を苛立たせたが、大人しく言うことを聞く駒であればいくらでも使いようはある。

「では、早速指示を出して参ります」

「まあ待ちなさい。SNSの方でも、並行してできる施策は打っていきましょう。くれぐれも不自然にならないように頼みますよ」

「は、そちらも引き続き準備を進めます。では失礼します」

 そう言って出ていった原島を見送り、一つ大きな息をつく。

 状況は悪くなりつつあるが、まだこちらにも打つ手は残っている。

 それでも、沼田の頭にまず脅威として浮かぶのは、既に会社を去っていった、自分が追い出した一人の男の顔だった。 

 この立場まで、希望などとうの昔に捨て、血を吐く思いで上り詰めてきた、それなのに。

(何故、あの男は未だ折れないのだ――)

 村松社長の肝いりで始まった『レジェンズユニバースオンライン』。その内情がただの気まぐれで収益も見込めない無茶ぶりと知れば、一切の忖度なしに中止した方が良いなどと、”本当のこと”を言い出す。

 たった少しの残業や、直前の仕様変更で心を病むようなひ弱な社員を、最後の最後までかばい立てする。

 最高のゲームを作るなどと嘯き、上司になった自分にすら納得行くまで徹底した議論を仕掛ける。

 キャリア強化ルーム送りにしたところで、あきらめずに新天地で新しくプロジェクトを立ち上げる。

 何故、ここまで希望を持ち続け、そのために進み続けられるのか。

(実に。実に気に入りませんね、桃山君……!)

 会社の利益のため、社長を喜ばせるため、あるいは競合を潰すためなどといった大義名分さえ忘れ、沼田はもはや私怨としか言いようのない昏い感情に駆り立てられていたのだった。
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