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作者: 矢賀地 進
 リリースに向け、開発も終盤になったある日。桃山の席に、疲れた顔をした福田が近寄ってくる。

「あの、少しご相談が」

「どうした」

「ちょっと作業量が溢れちゃってて、間に合わなそうなんです。今週でもうコードフリーズですよね?」

 コードフリーズ以降は文字通り開発作業が凍結され、ソースコードやその他データ・アセットの追加ができなくなる。その後はテストに集中し、ゲームがリリースされてフリーズが解除されるまで、バグ修正以外の変更ができなくなるというわけだ。

「キャラクターのバトルモーション、数が多すぎて、特に星3とか星2の低レアキャラが終わりそうにないんです」
 
 実質的に福田一人でやっているとなれば負担は相当なものだろう。それを感じさせないほどの手の速さとクオリティの高さは素直に驚愕に値するが、やはりそれでも限界はある。ここまで憔悴しきった顔で言われては、なにか対策を考えざるを得ない。

「なるほど。上げてくれてありがとうな。『パズモン』からのヘルプも難しそうか」

「はい、もうこれ以上は出せないそうです。秘技『泣き落とし』でお願いしたんですけど。もう色だけ変えてコピペでもいいですか?どうせストーリとも絡まないし、パーティ自動編成するなら使いませんよね?」

 桃山も以前見せてもらった福田の顔芸『泣き落とし』。純粋な笑顔と、断られた場合の今にも泣き出しそうな表情とのギャップで、無茶なお願いをしているのに、頼まれている側が悪いことをしているような罪悪感を抱かせる。もやはチートスキルといっても過言ではない成功率だったが、それでも無い袖は振れないということだろう。

「確かにな。色違いにしたり、モーションは今できてるのがあれば共通にして楽しようか。必要ならサービス開始してからアップデートしよう。思い切って低レアは必殺技なしでどうだ?」

 バトル仕様に関しても元は月本の担当であったが、作業量を考え桃山の方で引き取っていたのもあり、提案をしてみる。

「それだとだいぶ作業減らせます、ありがとうございます、桃山さん!」

 実際、ガチャでキャラクターを引かせると言うゲームデザインの縛りからして、主要キャラクターの4人以外も量産しないとならない。とはいえ、レアリティが高いほど基本的に性能が優れているとなれば、”ハズレ”の低レアキャラはよほど物好きでなければ使わないだろうことは事実だ。

 クオリティを落としてでもなんとか間に合わせる。そしてその決断と最終的な責任を取る。桃山にとっても心苦しいところではあるが、限られた人手と期限の中では、どの部分に集中するかも思い切って判断しなければならない。作業が減ってホッとしたのか、福田は桃山の机に置かれた写真に目を向けると、話を振ってきた。

「この写真、娘さんですか?可愛いですね」

「だろ?春子っていうんだ、ちゃんとカミさんに似てくれてな。これは高校の入学式だな」

 陽子と春子と3人で写った写真を手に取る。どこか硬い表情で真ん中に立つ春子と、その左で穏やかに笑う陽子に、右側で満面の笑顔の桃山。

「小さい頃から漫画とか、絵を描くのが好きでな。昔はよく『パパの絵描いたよ』なんて言って見せてくれたんだが、最近はめっきりそういうのも減っちまってよ。そういや、SNSで文江先生をフォローしてるみたいな話もしてたぞ」

 思わず口元が緩むのを自覚しながらも、ついつい饒舌になってしまう。ことのついでと「こんなことを頼むのもどうかとは思うんだが」と前置きし、少しためらいながらも口にする。

「今度もし良かったら娘に絵のこと教えてやってくれないか。俺もそっちはからっきしでさ」

 あつかましいかと思ったものの、福田は意外にもとても乗り気だった。

「はい、私なんかで良ければいくらでも!」 

「でもまだ高校生だからな。変なことは教えないでくれよ」

「ふふっ、それはちょっと保証できないかもしれませんね」

「そんな、そこは頼みますよ先生」

 いたずらな視線をよこす福田に、桃山は笑いながら答えた。

 ◆◆◆

 早速クライアントの実装を担当している野間に話をしようと、桃山は彼の席まで来た。「野間ちゃん、ちょっといいか」と話しかけるも、当の本人は話に夢中で気づいていないようだ。

「いやあ、冴川君もいける口でしたか。追加ディスクの『マグナム』もプレイされているとは。ちなみに、シリーズだとどれがお気に入りですか?」

「どれも好きですが、私は3が好きですね。RPGで武器屋の親父を斬り殺す主人公とか、衝撃的すぎますよ」

「『なら、死ね。このくされ親父!!!!!!!!!!!!!』ですね」

「そうそう、それです!」

 二人でガハハと笑い合い、その後固い握手を交わしている。どうやら何かゲームの話で意気投合しているらしい。

「おーい」

 声をかけた桃山に先に気づいた冴川が、「野間さん、後ろ」と言うも、当の本人は気づかずに早口で話し続けている。

 このままでは埒が明かないと、野間の肩に手をおいて「お取り込み中失礼します」と話しかけた。

「ああ、これは桃さん、失礼しました!私としたことが。つい熱くなってしまいました」

「ちょっとバトルについて相談なんだが」

 先程福田と話した内容を簡潔に伝えると、特に技術的な問題はなく、すぐに対応できそうだという頼もしい回答をもらった。

「急な話で悪いな。どうだ、話してるだけじゃなくて進んでるか?」

「滞りなく。すでに今日の時点で10件のバグを修正しています」

 そういって野間が画面を指さした先には、彼と冴川が入れた変更の履歴が並んでいる。短いものは10分間隔で、間違いなく開発を進めてくれていることがわかる。

「任せてください、伊達にこの仕事20年やってませんよ。冴川君も手が早くて助かってます」

「おお、これはすごいな!ありがとう、二人とも助かる。引き続き頼むよ」

 そう言って歩きだすと、また野間が話し始めるのを聞いた。

「冴川君も『可愛い女の子は、すべて俺様のもの』の精神でやっていきましょう。男なら彼の姿勢には見習うべきところも多いですね、流石に殺しはいけませんが」

 また二人でガハハと笑う声が聞こえる。詳しいことは分からないが、仲が良くて仕事も片付けてくれるのであれば害はないかと、その場を立ち去った。

 ◆◆◆

 その後、桃山が帰宅すると、陽子は食事と洗い物、風呂も終えて居間でくつろいでいるところだった。

「おかえり。おかず残ってるけど、いる?」

「いや、食べて来たから大丈夫だ」

 事前に連絡はしてあるが、それでも気を利かせてくれたのか。「あと少しでプロジェクトも落ち着くからよ」と言い、桃山はソファに陽子と並んで腰掛けた。

 その時、ソファに放置かれている春子のスマホが通知音を鳴らした。なにかのメッセージだろうか。ちょうど部屋から出てきた春子に「ただいま、スマホ鳴ってたぞ」と声をかける。

「え、最悪、ちょっと勝手に見ないでよ!」

 機嫌も良くないのか、焦って口調がきつくなる春子に、思わずムッとして返す。

「見てないぞ、ただ教えただけだろ」

「こら春子、嫌ならちゃんと自分で持っておきなさい」

「はいはい」

 やれやれ、心のなかで嘆息しながら「春子、ちょっといいか」と呼び止めた。

「何?今メッセージ返さないとならないんだけど」

「まあ聞け、悪い話じゃないんだ。会社でアーティストやってる若手がいてな、文江先生だっけか、前SNSでフォローしてるって言ってたろ」

 続けて話をすると、春子の目の色が変わるのがわかった。

「嘘!お父さん、知り合いなの?」

「知り合いというか、毎日一緒に働いてるが。ちょっと家族というか春子の話になってな。漫画とかイラスト教えてくれるみたいだから、春子さえ良ければ今度頼んでみるぞ。話聞いてみたらどうだ」

「マジで、ありがとう!んじゃ急ぎだから」

 そう言って上機嫌で部屋に戻っていく春子を見送ると、隣の陽子が耳元で「彼氏でしょ、メッセージきたの」と小声でささやくのを聞いた。

「おい、ちょっと待て!そりゃ一体どういうことだよ!」

 予想外の言葉に、思わず声が大きくなってしまう。

「こら、春子に聞こえるってば。クラスの男の子で、漫画が好きで絵を見せたりしてるみたいよ」

「そうなのか、俺には見せてくれないのになあ。友達も少ないみたいで心配してたんだが、良かった……のか?いや、良くない。断じて良くないぞ!」

「もう高校生なんだから、色々あるでしょ。父親には直接話しづらいことも多いだろうし」

「でもよ、そんな女同士の話をバラしていいのか?」

 いつまでも親の所有物のように、逐一話を共有されてもいい気持ちはしないだろう。当然浮かぶ疑問を口にするも、陽子の答えはあっけらかんとしたものだった。

「特に内緒にしてとも言われてないし。気になるなら今まで通りにしててよね。あなたも父親だったら、もう春子もそんな年なんだって、成長を一緒に喜んだらいいのよ」

「そうは言われても、複雑だな……。ついこの間まで高い高ーいなんてしてた気がするんだけどな」

 いつかは親元を離れていくのが春子の幸せとわかっているつもりだが、それはそれで寂しくて辛いことなのだろうと想像する。かといって自分が老人になるまでずっと一緒に居られてもそれはそれで嫌だから、我ながら勝手なものだと思う桃山だった。

「そうね。早いわね」

 陽子が実感のこもった声で言う。その柔らかく満ち足りた表情を横目に見て、綺麗だなという実感が今更ながらに頭によぎり、急に恥ずかしくなったのをごまかすように立ち上がった。

「ふ、風呂行ってくるわ!明日も早いからな。よーし、パパお仕事頑張っちゃうぞっと」

「何それ、変なの」

 陽子がくすくすと笑っているのが聞こえる。

(春子が一人でやっていけるようになるまでは、何としてもやってかないとな)

 それまで何年かかるかわからないが、まずは直近のリリースを乗り切ろうと自分を鼓舞すると、桃山は居間を出て浴室に向かっていった。
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