新たな居候
「では、息災でな」
セオス様の頭を撫でてアーテナは馬車に乗り込んだ。
夜会の翌日アーテナとゴウト辺境伯はリシア家に訪れて家族との束の間の再会を喜び、心配は⋯⋯していなかったけれどセオス様の存在はいつもの神様パワーでアーテナとゴウト辺境伯はすんなりと受け入れ、二人は膝の上にセオス様を乗せて終始朗らかな笑みを見せていた。
『我々は急いで辺境へ帰らねばならない』
楽しい時間はあっというまに過ぎ、別れ際、一瞬険しい表情を見せそう言ったアーテナとゴウト辺境伯は一時間ほどの滞在で慌ただしく帰路に着いたのだった。
「王太子殿下の呼び出しは一体何だったのかしら」
私とリシア家の状況に「合点が行く」と何度も頷いていたのが気になるけれど、アーテナは一切その内容については語らなかった。
「随分と慌ただしい。何かあったのは確かだろうね。さあ、セオスく⋯⋯様も部屋へ戻りましょう」
「ルセウス、ボク様はアメディアとこの家の者達の次にお前を気に入ってる。ボク様への態度は変えなくていいぞ」
「しかし、でも⋯⋯」
「良いと言っているぞ。あまりしつこいと毎晩のお前の寝言をアメディアに話すぞ」
「えっ、いや、やめて⋯⋯ください」
なんだかんだと仲が良くなっていたから余計にだと思うけれどセオス様がエワンリウム王国の国神「セオステオス」だと知ったばかりのルセウスは彼をどう扱って良いか戸惑っているみたい。
「ディア、昨日から私は驚きの連続で未だ混乱している。もう少し詳しく話をしたい」
「そうね。私もこれからの事、ルースに相談したいな」
「勿論だ。さあ、ディアもセオス君も中へ入ろうか」
遠ざかるゴウト家の馬車を見送っていた私をルセウスが促す。
その時ふと、私に言い知れないない悪寒が走った。
何かアーテナに起きそうな⋯⋯何か⋯⋯思い出し⋯⋯あ、アーテナは前回はどうだった?
まだこの時期には起きていない、これから起こる事⋯⋯そうよ、戦争⋯⋯。
私が神殿に入る頃、隣国が国境を侵した。それでアーテナは辺境を離れる事が出来なかったのよ。
隣国が国境を侵した理由。それが何なのか、分かりそうで分からないそんな不安が込み上がる。
けれど、私に何が出来るのかな⋯⋯ううん、動かないと何も変わらない。私はやり直しの機会をもらったのだから。アーテナに知らせないと。
これから一年の間に戦争が起きるって。
「ルース! お願いっお姉様の馬車を追って!」
「え? 少し待っていて、馬を連れてくる」
馬車よりも単騎の方が速いと手綱を操るルセウスの背にしがみついた私の心臓は早鐘を打つ。幸いにして馬車は急ぎながらもゴウトの騎士達は護衛のしやすさを重視した速さで進んでいるようで追いつく事は容易かった。
「お姉様!」
私は馬車に向かって叫んだ。
その声が届いた騎士が振り返り驚いた表情をして隊列を止めてくれ、わたしは馬を飛び降りてアーテナの乗る車箱の扉を叩いた。
「お姉様!」
「アメディア!? なんだ、一体どうしたのだ!?」
「お姉様、辺境伯様! 戦争が、戦争が起きます」
「何故、アメディアがそれを知っている」
厳しい目をしたアーテナはゴウト辺境伯と視線を交わし、私とルセウスを車内へ招いた。
「何で戦争が起きるのか分かりません。けれど⋯⋯必ず起きるんです」
「アメディアは何か知っているのかい?」
「王太子殿下は重要秘密だと言っておられたが、アメディアは何故戦争が起きると思うのだ?」
ゴウト辺境伯とアーテナが交互に問い掛ける。
何故起きるのか分からない。前回と同じだからとも言えない。私が言葉に迷っているとルセウスがそっと手を握ってくれ、代わりに話をしてくれた。
「先のリシア家での談話でお二人はリシア家とディアに起きている事、私がリシア家に滞在を許されている事に「合点が行く」と言っておられましたね。それらに関係する事と言えば⋯⋯王女殿下ですよね」
「ほほう、ルセウスは王女殿下が関係すると言うのだな」
「例えば⋯⋯そう、関係改善の為隣国の王太子との婚約話が上がったとして、その話について陛下ではなく、アレクシオ王太子が動いた。そうだとしたらゴウト辺境伯が王太子殿下に登城するよう召集された事に納得が行きます。陛下は王女殿下を溺愛されておりますから」
あくまでもアーテナとゴウト辺境伯は自ら秘密を口にはしない。それでもルセウスの言葉に二人は肯定するように小さくため息をついた。
「ふむ、しかし小競り合いの続く隣国との婚約はめでたい事であり、戦争とはほど遠い話だと思うが? それにルセウスとアメディアにとっても良い話ではないか?」
「かの方に王族の立場と責務の自覚があればでしょう。けれど実際を目にすれば易々と行くような話ではありません。婚約が拗れた場合、隣国との関係は益々悪化します」
「確かにルセウスの言うとおりになるだろうな」
アーテナは大きく頷き、ゴウト辺境伯は苦虫を噛み潰したように眉を寄せた。
多分だけれどアーテナとゴウト辺境伯はアレクシオ王太子殿下からディーテ様の所業を聞いているのだろう。アーテナに至ってはヤリス侯爵家の夜会で直に目にしているし。
そしてただでさえ関係が良くない隣国から婚約の打診が来ていると知らされた。
だから、めでたい事だと言いながらも納得はしていない。そんな表情だった。
「隣国も関係改善を望んでいる。しかし、隣国に王女殿下の所業は伝わっていない。おまけに王女が何を仕出かすか分からない。その万が一に備える為に国境の守備を強化するようゴウト辺境伯をお呼びになったと私は考えております」
つまり、婚約は王族として互いの面子を保ちながら関係が改善されたと装える格好の好機。
けれどディーテ様には隣国との関係を余計に悪化させる懸念材料がある。
ゴウト辺境伯の納得が行かないのはそれなのだろう。
いくら王族と言っても懸念材料がある王女に国の命運を左右する大任を任せたくないとゴウト辺境伯は渋い顔をしていたのね。
「⋯⋯なるほど、そこまで読んだか」
大きく息を吐いて座り直したゴウト辺境伯はルセウスを真っ直ぐに見つめる。
「そこまで読んでいるのならルセウス、君は直接アレクシオ王太子殿下に聞くと良い。私からは君達に話をする事は出来ない」
「ええ、ゴウト辺境伯からは何も私はお聞きしておりません」
「言える事は私はエワンリウム王国を護る義務がある。その為に急ぎ辺境へ帰らねばならないと言う事だけだ」
それはルセウスが語った事がほぼ当たっている事だと肯定したものだった。
⋯⋯あ、そうだったんだ。前回起きた戦争の発端が分かった気がする。
前回もディーテ様は婚約の話が上がっていたはずで、隣国がエワンリウムに攻め入ってきたのはディーテ様の婚約が拗れた為だったのかも。
けれど今回は戦争をさせない選択が出来るのよ。絶対起こさせてはいけない。
ディーテ様を変える事は出来なくてもやれる事はあるのだから。
「アーテナお姉様、隣国の方に直接我が国を見ていただく事は出来ませんか?」
「それはどうしてだい?」
「私達が王族の方の醜態をわざわざ口にするのは不敬であり人として憚られます。ですが隠す事は謀りに取られ兼ねません。けれど、隣国の方がこちらへいらしてその目でその耳で知る事によって理解と判断を委ねる事は出来ます。まあ⋯⋯我が国の醜態を見せるのもどうか、とは思いますけど」
私の言葉にアーテナとゴウト辺境伯は目を丸くした後、大きな声で笑い出した。
「あっはっはっ、醜態とな! アメディアが面白い事を言ったぞ! なるほどそれならば我が国が瑕疵を押し付けたとは言われないかも知れぬな。旦那様、如何致す?」
「はっはっは! 醜態やら瑕疵やらリシア姉妹は存外に似ているものだな。ふむ、あちらの辺境伯と旧知の仲である私としても彼と戦いたくはないな⋯⋯分かった、守備の強化と並行して隣国との会談の場を作ろう」
「旦那様、帰宅を一日遅らせ、リシア家へ戻りましょう。王太子殿下にこの事を伝えておくべきだ」
二人の会話で私はほっと胸を撫で下ろし、ルセウスを見上げるとルセウスは優しい笑みを浮かべて頷いた。
避けられるのなら悪い事は避けたい。甘い事を言うな。そう言われても仕方がないくらい甘い考えかも知れないけれど、少しでも何かが変わるのであれば行動したいから。
・
・
・
それから数週間後。
隣国、ラガダン王国との会談が国境で行われた。
使者としてその席に着いたのはゴウト辺境伯夫婦とアレクシオ王太子殿下。
ラガダン王国からはラガダン王国ルーガ辺境伯と婚約話の主役でもあるラガダン王国王太子イドランだった。
そして⋯⋯。
どうしてなのか。確かに「知る」をするには最適な選択ではあるけれど。我が家は子爵家。高貴な方を預かるのならルセウスのバートル伯爵家の方が相応しいと思うじゃない?
「暫く世話になる」
輝く銀髪を一つに束ねた爽やかな笑顔の美丈夫がリシア家に増えた。
セオス様の頭を撫でてアーテナは馬車に乗り込んだ。
夜会の翌日アーテナとゴウト辺境伯はリシア家に訪れて家族との束の間の再会を喜び、心配は⋯⋯していなかったけれどセオス様の存在はいつもの神様パワーでアーテナとゴウト辺境伯はすんなりと受け入れ、二人は膝の上にセオス様を乗せて終始朗らかな笑みを見せていた。
『我々は急いで辺境へ帰らねばならない』
楽しい時間はあっというまに過ぎ、別れ際、一瞬険しい表情を見せそう言ったアーテナとゴウト辺境伯は一時間ほどの滞在で慌ただしく帰路に着いたのだった。
「王太子殿下の呼び出しは一体何だったのかしら」
私とリシア家の状況に「合点が行く」と何度も頷いていたのが気になるけれど、アーテナは一切その内容については語らなかった。
「随分と慌ただしい。何かあったのは確かだろうね。さあ、セオスく⋯⋯様も部屋へ戻りましょう」
「ルセウス、ボク様はアメディアとこの家の者達の次にお前を気に入ってる。ボク様への態度は変えなくていいぞ」
「しかし、でも⋯⋯」
「良いと言っているぞ。あまりしつこいと毎晩のお前の寝言をアメディアに話すぞ」
「えっ、いや、やめて⋯⋯ください」
なんだかんだと仲が良くなっていたから余計にだと思うけれどセオス様がエワンリウム王国の国神「セオステオス」だと知ったばかりのルセウスは彼をどう扱って良いか戸惑っているみたい。
「ディア、昨日から私は驚きの連続で未だ混乱している。もう少し詳しく話をしたい」
「そうね。私もこれからの事、ルースに相談したいな」
「勿論だ。さあ、ディアもセオス君も中へ入ろうか」
遠ざかるゴウト家の馬車を見送っていた私をルセウスが促す。
その時ふと、私に言い知れないない悪寒が走った。
何かアーテナに起きそうな⋯⋯何か⋯⋯思い出し⋯⋯あ、アーテナは前回はどうだった?
まだこの時期には起きていない、これから起こる事⋯⋯そうよ、戦争⋯⋯。
私が神殿に入る頃、隣国が国境を侵した。それでアーテナは辺境を離れる事が出来なかったのよ。
隣国が国境を侵した理由。それが何なのか、分かりそうで分からないそんな不安が込み上がる。
けれど、私に何が出来るのかな⋯⋯ううん、動かないと何も変わらない。私はやり直しの機会をもらったのだから。アーテナに知らせないと。
これから一年の間に戦争が起きるって。
「ルース! お願いっお姉様の馬車を追って!」
「え? 少し待っていて、馬を連れてくる」
馬車よりも単騎の方が速いと手綱を操るルセウスの背にしがみついた私の心臓は早鐘を打つ。幸いにして馬車は急ぎながらもゴウトの騎士達は護衛のしやすさを重視した速さで進んでいるようで追いつく事は容易かった。
「お姉様!」
私は馬車に向かって叫んだ。
その声が届いた騎士が振り返り驚いた表情をして隊列を止めてくれ、わたしは馬を飛び降りてアーテナの乗る車箱の扉を叩いた。
「お姉様!」
「アメディア!? なんだ、一体どうしたのだ!?」
「お姉様、辺境伯様! 戦争が、戦争が起きます」
「何故、アメディアがそれを知っている」
厳しい目をしたアーテナはゴウト辺境伯と視線を交わし、私とルセウスを車内へ招いた。
「何で戦争が起きるのか分かりません。けれど⋯⋯必ず起きるんです」
「アメディアは何か知っているのかい?」
「王太子殿下は重要秘密だと言っておられたが、アメディアは何故戦争が起きると思うのだ?」
ゴウト辺境伯とアーテナが交互に問い掛ける。
何故起きるのか分からない。前回と同じだからとも言えない。私が言葉に迷っているとルセウスがそっと手を握ってくれ、代わりに話をしてくれた。
「先のリシア家での談話でお二人はリシア家とディアに起きている事、私がリシア家に滞在を許されている事に「合点が行く」と言っておられましたね。それらに関係する事と言えば⋯⋯王女殿下ですよね」
「ほほう、ルセウスは王女殿下が関係すると言うのだな」
「例えば⋯⋯そう、関係改善の為隣国の王太子との婚約話が上がったとして、その話について陛下ではなく、アレクシオ王太子が動いた。そうだとしたらゴウト辺境伯が王太子殿下に登城するよう召集された事に納得が行きます。陛下は王女殿下を溺愛されておりますから」
あくまでもアーテナとゴウト辺境伯は自ら秘密を口にはしない。それでもルセウスの言葉に二人は肯定するように小さくため息をついた。
「ふむ、しかし小競り合いの続く隣国との婚約はめでたい事であり、戦争とはほど遠い話だと思うが? それにルセウスとアメディアにとっても良い話ではないか?」
「かの方に王族の立場と責務の自覚があればでしょう。けれど実際を目にすれば易々と行くような話ではありません。婚約が拗れた場合、隣国との関係は益々悪化します」
「確かにルセウスの言うとおりになるだろうな」
アーテナは大きく頷き、ゴウト辺境伯は苦虫を噛み潰したように眉を寄せた。
多分だけれどアーテナとゴウト辺境伯はアレクシオ王太子殿下からディーテ様の所業を聞いているのだろう。アーテナに至ってはヤリス侯爵家の夜会で直に目にしているし。
そしてただでさえ関係が良くない隣国から婚約の打診が来ていると知らされた。
だから、めでたい事だと言いながらも納得はしていない。そんな表情だった。
「隣国も関係改善を望んでいる。しかし、隣国に王女殿下の所業は伝わっていない。おまけに王女が何を仕出かすか分からない。その万が一に備える為に国境の守備を強化するようゴウト辺境伯をお呼びになったと私は考えております」
つまり、婚約は王族として互いの面子を保ちながら関係が改善されたと装える格好の好機。
けれどディーテ様には隣国との関係を余計に悪化させる懸念材料がある。
ゴウト辺境伯の納得が行かないのはそれなのだろう。
いくら王族と言っても懸念材料がある王女に国の命運を左右する大任を任せたくないとゴウト辺境伯は渋い顔をしていたのね。
「⋯⋯なるほど、そこまで読んだか」
大きく息を吐いて座り直したゴウト辺境伯はルセウスを真っ直ぐに見つめる。
「そこまで読んでいるのならルセウス、君は直接アレクシオ王太子殿下に聞くと良い。私からは君達に話をする事は出来ない」
「ええ、ゴウト辺境伯からは何も私はお聞きしておりません」
「言える事は私はエワンリウム王国を護る義務がある。その為に急ぎ辺境へ帰らねばならないと言う事だけだ」
それはルセウスが語った事がほぼ当たっている事だと肯定したものだった。
⋯⋯あ、そうだったんだ。前回起きた戦争の発端が分かった気がする。
前回もディーテ様は婚約の話が上がっていたはずで、隣国がエワンリウムに攻め入ってきたのはディーテ様の婚約が拗れた為だったのかも。
けれど今回は戦争をさせない選択が出来るのよ。絶対起こさせてはいけない。
ディーテ様を変える事は出来なくてもやれる事はあるのだから。
「アーテナお姉様、隣国の方に直接我が国を見ていただく事は出来ませんか?」
「それはどうしてだい?」
「私達が王族の方の醜態をわざわざ口にするのは不敬であり人として憚られます。ですが隠す事は謀りに取られ兼ねません。けれど、隣国の方がこちらへいらしてその目でその耳で知る事によって理解と判断を委ねる事は出来ます。まあ⋯⋯我が国の醜態を見せるのもどうか、とは思いますけど」
私の言葉にアーテナとゴウト辺境伯は目を丸くした後、大きな声で笑い出した。
「あっはっはっ、醜態とな! アメディアが面白い事を言ったぞ! なるほどそれならば我が国が瑕疵を押し付けたとは言われないかも知れぬな。旦那様、如何致す?」
「はっはっは! 醜態やら瑕疵やらリシア姉妹は存外に似ているものだな。ふむ、あちらの辺境伯と旧知の仲である私としても彼と戦いたくはないな⋯⋯分かった、守備の強化と並行して隣国との会談の場を作ろう」
「旦那様、帰宅を一日遅らせ、リシア家へ戻りましょう。王太子殿下にこの事を伝えておくべきだ」
二人の会話で私はほっと胸を撫で下ろし、ルセウスを見上げるとルセウスは優しい笑みを浮かべて頷いた。
避けられるのなら悪い事は避けたい。甘い事を言うな。そう言われても仕方がないくらい甘い考えかも知れないけれど、少しでも何かが変わるのであれば行動したいから。
・
・
・
それから数週間後。
隣国、ラガダン王国との会談が国境で行われた。
使者としてその席に着いたのはゴウト辺境伯夫婦とアレクシオ王太子殿下。
ラガダン王国からはラガダン王国ルーガ辺境伯と婚約話の主役でもあるラガダン王国王太子イドランだった。
そして⋯⋯。
どうしてなのか。確かに「知る」をするには最適な選択ではあるけれど。我が家は子爵家。高貴な方を預かるのならルセウスのバートル伯爵家の方が相応しいと思うじゃない?
「暫く世話になる」
輝く銀髪を一つに束ねた爽やかな笑顔の美丈夫がリシア家に増えた。