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作者: 京泉
来客
 アレクシオ王太子から私の警護を命令されたルセウスがリシア家で寝起きする様になって半月経った。

 お父様とお母様は商会や婦人会へと出かける毎日で、セオス様は「王宮の図書室へ行ってくる」と今日はみんな早くに出かけてしまった。

「おはよう、ディア」
「おはようございます」
「⋯⋯毎朝の挨拶⋯⋯良い」
「はい? 何か言いました?」
「い、いや何でもない。その、今日も決して一人にならない様。必ず私と行動する様に」

 始めの頃は恥ずかしかった朝の挨拶も慣れた⋯⋯慣れてしまったのよね。

 前回とは違う今の状況。これが正解なのか全く分からないけれど、私は前回目を向けていなかった出来事をしっかり見て聖女にならない為の選択をしなければ。
 今のところはディーテ様が私に危害を加えようとしているのなら私は毎朝念押しされるルセウスの注意を守るのが最適解よね。
 少しくらい。その気持ちで動いて誘拐されたら大惨事だもの。

「今日はアイオリアが報告書を取りに来る」
「殿下の護衛騎士の方ですね」

 表向きルセウスは殿下の指示で隣国へ派遣されている事になっていて王宮へ出入り出来ない。一週間前は騎士が殿下へ届け、今日はルセウスの同僚の護衛騎士アイオリア様が取りに来るのね。

 王族のアレクシオ王太子、ヤリス侯爵家のアイオリア様、バートル伯爵家のルセウスは学園に通っていた頃からの付き合いなのだとか。
 三人ともタイプの違う美形なのだからさぞ輝いた存在だっただろう。

「リシア家には怪しまれない様普段通りに振る舞ってもらっているけれど、ディアの方で何か気になる事はある?」
「私は特に。でも、気を付けて見る様になると色々とあるものですね⋯⋯」
 
 嫌がらせは一度気付けば目に付く様になる。
 リシア家への嫌がらせは敷地を囲む塀に塗料を投げつけられたり、庭の花壇が荒らされたり、不幸の手紙が届いたりだ。
 下らない嫌がらせ。けれど、いくら小さな嫌がらせだとしてもこれが頻繁に行われれば、じわじわと気持ちが蝕まれて行くものよ。
 そんな嫌がらせは使用人や出入りの商人に扮した王太子の騎士が大事にならないよう対処してくれている。

「私の方は司書の方や店員さんに見られているとは感じますけど、ルセウス様がいらっしゃるので直接なものはありません」
「良かった。私はディアを護れているのだね⋯⋯でも、ディアのその他人行儀の口調、それが私が「ルセウス」だと気付かれないのは助かるが⋯⋯やはり寂しいものだよ」

 少しだけ慣れても私はルセウスがリシア家に滞在する事になったあの日に呟いたきり、ルセウスを「ルース」とは呼べていない。
 時を戻る前のルセウス。今のルセウス。
 同じ人だからこそ信じきれない。だから呼び方を戻すなんて出来なくて、私は他人行儀のまま。

 私だって本当は以前の様に仲良くしたい。

「心の整理がつくまでもう少し時間をください」
「うん。待つよ。ディアの心が決まるその時まで。私はあんな思いしたくない。もう後悔をしたくないから」
「あんな、思い⋯⋯」
「夢見が悪いのだろうね。婚約してからの半年間、ディアを失う夢を何度も見るんだ。夢の中の私は後悔ばかりしている」


 そう言って見つめる瞳の切実さにルセウスは前回の記憶を夢として見ているのだと私は突然理解した。
 
 後悔ばかり。それが本当ならルセウスは私を裏切っていなかった事に⋯⋯。

「だから私はディアを必ず護る。後悔しない為に」
「ル、セウス⋯⋯」
「あ、「様」が消えたね」

 嬉しそうに笑うルセウス。また眼鏡がズレた。

「ね、ねえその眼鏡、合っていないんじゃない? 新しいの作りに行かない?」
「それは⋯⋯お誘い?」
「えっと、はい。アイオリア様が来てからですけど」
「是非に! アイツにはすぐ帰ってもらえる様に報告書を用意してくる!」 

 勢いよく席を立ったルセウスはバタバタと食堂を出ると階段を駆け上がる足音が響いた。
 あ、転んだ音がした。え? 何か落ちた音もする⋯⋯そう言えばルセウスって案外そそっかしかった。子供の頃はバートル伯爵が気に入っていた壺を壊してしまった事があったわね。それを叱られて家出したルセウスを探したのよね。
 
 なんだか懐かしい。私は温かい気持ちが広がるのを感じた。





「──確かに受け取った」
「そうか、では早く帰れ」
「⋯⋯お前な⋯⋯一応心配して来てやったんだぞ」
「そうか、見ての通りだ。癪だがアレクシオには感謝している。さあ帰れ」
「お前っ、ちょっまてよっ婚約者殿に挨拶もさせてくれないのかっ」
「させない」
「⋯⋯お前自分の気持ちに素直過ぎるだろ」

 エントランスで帰れ帰らないと小競り合いをしている大の大人二人。

 ルセウスは見た目こそ細身で優男風なのに意外にも押しが強い。けれど流石騎士アイオリア様も負けていない。力は断然ルセウスより強かった。

「あっ! こんな形でのご挨拶で失礼します。わたくしアレクシオ王太子の専属護衛騎士を務めておりますルセウスの同僚で友人のアイオリア・ヤリスと申します。以後お見知り置きを」
「離せアイオリア! ディア隠れていなさいとっ、出て来ては危険だ」

「こちらこそ。アメディア・リシアと申します。この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

 押さえ付けながら挨拶するアイオリア様と押さえ付けられながらも必死な抵抗を試みるルセウス。
 大型犬が戯れてるみたいだと思ったのは今のところ内緒の話にしておこう。
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