妖精姫
神に愛される妖精姫。
彼女に出会ったすべての人がそう表現する。
ディーテ様が砂糖菓子のように甘く可愛らしい笑顔で微笑むと誰もが幸せな気分に満たされる。
前回の私もディーテ様の可愛らしさにやられた一人だったわね。
だけど……今の私は、その可愛らしさを素直に受け入れることが出来ない。
だって、ディーテ様はその笑顔でルセウスの心を攫ってしまうのだから。
「殿下に挨拶を済ましてしまおう」
「は、い」
「そんなに緊張しなくても大丈夫。私がそばにいる」
いよいよディーテ様と対面する。そしていよいよディーテ様とルセウスが惹かれ合う姿を見る。
ずっと好きだった人が私ではない相手の手を取る⋯⋯ああ、無理だ。
本当はそんなの私は見たくない。
「やあ、やっと来たかルセウス」
「今夜はお招きいただき恐悦至極の極み」
「相変わらず堅いなお前は──君がルセウスの婚約者、アメディア・リシアだね。今夜はようこそ。今夜の夜会は君達も主役の一人だ。楽しんでくれ」
「身に余るお言葉恐悦に存じます」
「そんなに畏まらないでくれ。漸くルセウスが隠す婚約者と会わせて貰えたんだ一曲──」
「お断りします」
アレクシオ王太子からのお誘いの言葉を遮ったルセウスに私は頬が引き攣りそうになる。
「嫉妬か? 一曲くらい良いだろう」
「ええ、嫉妬です。お断りします」
「もうっルース、いくら婚約者だからといってアメディア様を束縛してはいけませんよ?」
コロコロとした笑いを零しながらディーテ様がルセウスを窘めに入って来て私の身が固くなるのを感じた。
そう⋯⋯もう「ルース」と呼んでいるのね。
「ルース。私をダンスに誘いなさい。その間お兄様がアメディア様をお誘いするわ」
「⋯⋯ディーテ王女、それは⋯⋯」
「さあ、早く。ルース」
「──っ」
息を飲んだのは私かルセウスか。
ディーテ様は熱を帯びた青い瞳を潤ませながらしなやかな指先をルセウスに伸ばし、ルセウスが手を取ると薄く色付く頬と艶やかな唇が震えた。
今回は理解している。ディーテ様のこの表情は恋する乙女の表情。
「こらっディーテ! ああもう⋯⋯。アメディアすまない」
「ルセウス様も王女殿下に望まれて光栄です」
「⋯⋯アメディア、一曲願えますか」
「ええ光栄です」
私はアレクシオ王太子に手を取られ、ルセウスはディーテ様の手を取りホールへと出る。
私は溜息を隠してアレクシオ王太子と踊る。
この曲が終わったらすぐにバルコニーへ逃げよう。
だってディーテ様とルセウスは続けて踊るのだから。前回はそれを眺めていた。微笑み合う二人をまた見るのは辛い。
「アメディア、ルセウスを支えてやってくれ」
「はい、王太子殿下の望みとあらば」
「はははっ畏まらなくて良い。本当に君達は似合いだ。困った事があったら僕を頼ると良い」
「勿体ない言葉」
「堅物眼鏡には君が必要なのだから」
「王太子殿下⋯⋯」
本当にそうだったら良かったのに。
曲が終わりアレクシオ王太子が恰幅の良い相手から彼の娘であろう女性を紹介されている間に私はそっとその場を離れ急いでバルコニーを目指した。
ホールは見ちゃいけない。見たくない。
飛び込んだバルコニーは幸いにも人気は無く、私は夜風で身体を冷ました。
逃げてばかりだ。そう思わなくもない。
でも、どうしたら未来を変える事ができるのか私には分からない。ただまた聖女になりあんな孤独を味わいたくない。
「どうしたら変えられるのかな⋯⋯」
「アメディアやっと出て来たか。ボク様は待ちくたびれたぞ」
「セオス様。お待たせして申し訳ありません」
私はポンと現れたセオス様を両手で受け止めた。
私のアクセサリーとして付いてきたセオス様は夜会が始まる前に王宮の図書室へと向かっていた。
サワサワと毛並みを揺らすもふもふのセオス様に顔を埋める。
ああ、セオス様はやっぱり癒しだわ。
「どうして私がこのバルコニーへ出て来たと分かったのですか」
「ボク様は国神でアメディアの守護神だよ。どこに居ても分かるぞ」
「そうでした。それでセオス様の方は済んだのですか」
「ああ、人間は面白い事を考えるのだな。でもな、ボク様は気付いたんだ。そもそもボク様は国神だ。わざわざ図書館へ連れて行ってもらったり王宮へ連れて来てもらったりしなくともいつでもどこでも好きな時に好きなだけ動けるのだよな」
「⋯⋯ええぇ今更ですか」
「まあ、人間のふりをするのも面白いが」
「そう思っていただけるのなら、また図書館の帰りにフルーツタルトを食べに行きましょう」
「をを、それは良いな」
セオス様は聖女について調べている。
ただ人間を知りたい。それだけではない気がするけれどセオス様はそれ以上何も言わないし、何を考えているのか分からない。
けれど私はセオス様に救われた。これまでの聖女達もセオス様は救ったのだろう。
そう言えば、図書館にある書物には聖女の存在は残されていてもその個人はどこの誰だったかまでは書かれていない。
もしかしたら王宮には記録が残っているのかな。
「セオス様、どのような書物がありました?」
「そうだそうだ。面白いものが書いてあったぞ。それがな──」
「ディア! 探したよ」
「ルセウス、様⋯⋯どうして」
ポポポポンとセオス様は小さくなり私の左手首のアクセサリーの一つに擬態した。
「いくら王宮だと言ってもこんな所に来ては不用心だ」
「ごめんなさい」
「いや、違う謝らないでくれ。怒っているのではなくて⋯⋯話し声がしたから⋯⋯ディア、誰か居たのかな」
「私一人ですよ」
ルセウスが私の隣に座り、私は視線を逸らす。ルセウスとセオス様は一度会ってはいるけれど子供の姿だとしても招待を受けていないのにここに来ているなんて問題になる。
「ルセウス様はどうして⋯⋯ディーテ様と踊られていたのではないですか」
「一曲だけだよ。ディアの姿が見えなくなったから⋯⋯探していた」
「私を⋯⋯どうして」
「当然の事だろ? 私はディアの婚約者。婚約者の姿が見えなくなって不安にならない訳がない」
私は隣に座るルセウスを見つめた。
優しい人なのだと思う。ううん。ルセウスは昔から優しい。
なのに。
何故会いに来てくれなかったの?
何故手紙をくれなかったの?
ディーテ様と微笑み合うルセウス。私を大切にしてくれるルセウス。私はどちらのルセウスを信じればいいの⋯⋯。
「まあっ! こんな所に居たのねルース。突然居なくなるから私、好みじゃない方と踊ることになったじゃないの⋯⋯あら、アメディア様。いくら婚約者だとしてもルースを束縛しては愛想つかれますわよ。さあ、ルース、踊り直しましょう」
ルセウスを追いかけて来たディーテ様が微笑みながら手を伸ばした。
ああ、そうだった。前回もディーテ様は私達に互いを束縛するなと牽制していたわね。
でも私はそんな事気が付かず「王女様に誘われるなんて凄い」と単純に喜んでルセウスの背中を押してルセウスはディーテ様の手を取ったの。
私、馬鹿だわ。
「王女殿下、私よりほら、貴女をダンスにお誘いしたい方々がお待ちですよ」
「私はルースと踊りたいのよ。ちょっと、ルース!」
にこやかに手を取りディーテ様をバルコニーの入り口で待っている人達の元へ届け、ホールへと戻したルセウスはその中の一人と頷き合った。
「え、ルセウス、様?」
「妙に王女殿下が私に興味を示していたから。けれど相手は王族。邪険には出来ないからね。だから友人に頼んでおいたんだ絡まれ始めたら助けて欲しいって。」
「そんな⋯⋯不敬だと言われない?」
「アレクシオには了承を得てるよ」
「えっ⋯⋯」
私が前回と違った行動を取ったから⋯⋯出来事が変わった?
煩わしそうに眼鏡を直すルセウス。
私はその横顔にただ驚くだけだった。
彼女に出会ったすべての人がそう表現する。
ディーテ様が砂糖菓子のように甘く可愛らしい笑顔で微笑むと誰もが幸せな気分に満たされる。
前回の私もディーテ様の可愛らしさにやられた一人だったわね。
だけど……今の私は、その可愛らしさを素直に受け入れることが出来ない。
だって、ディーテ様はその笑顔でルセウスの心を攫ってしまうのだから。
「殿下に挨拶を済ましてしまおう」
「は、い」
「そんなに緊張しなくても大丈夫。私がそばにいる」
いよいよディーテ様と対面する。そしていよいよディーテ様とルセウスが惹かれ合う姿を見る。
ずっと好きだった人が私ではない相手の手を取る⋯⋯ああ、無理だ。
本当はそんなの私は見たくない。
「やあ、やっと来たかルセウス」
「今夜はお招きいただき恐悦至極の極み」
「相変わらず堅いなお前は──君がルセウスの婚約者、アメディア・リシアだね。今夜はようこそ。今夜の夜会は君達も主役の一人だ。楽しんでくれ」
「身に余るお言葉恐悦に存じます」
「そんなに畏まらないでくれ。漸くルセウスが隠す婚約者と会わせて貰えたんだ一曲──」
「お断りします」
アレクシオ王太子からのお誘いの言葉を遮ったルセウスに私は頬が引き攣りそうになる。
「嫉妬か? 一曲くらい良いだろう」
「ええ、嫉妬です。お断りします」
「もうっルース、いくら婚約者だからといってアメディア様を束縛してはいけませんよ?」
コロコロとした笑いを零しながらディーテ様がルセウスを窘めに入って来て私の身が固くなるのを感じた。
そう⋯⋯もう「ルース」と呼んでいるのね。
「ルース。私をダンスに誘いなさい。その間お兄様がアメディア様をお誘いするわ」
「⋯⋯ディーテ王女、それは⋯⋯」
「さあ、早く。ルース」
「──っ」
息を飲んだのは私かルセウスか。
ディーテ様は熱を帯びた青い瞳を潤ませながらしなやかな指先をルセウスに伸ばし、ルセウスが手を取ると薄く色付く頬と艶やかな唇が震えた。
今回は理解している。ディーテ様のこの表情は恋する乙女の表情。
「こらっディーテ! ああもう⋯⋯。アメディアすまない」
「ルセウス様も王女殿下に望まれて光栄です」
「⋯⋯アメディア、一曲願えますか」
「ええ光栄です」
私はアレクシオ王太子に手を取られ、ルセウスはディーテ様の手を取りホールへと出る。
私は溜息を隠してアレクシオ王太子と踊る。
この曲が終わったらすぐにバルコニーへ逃げよう。
だってディーテ様とルセウスは続けて踊るのだから。前回はそれを眺めていた。微笑み合う二人をまた見るのは辛い。
「アメディア、ルセウスを支えてやってくれ」
「はい、王太子殿下の望みとあらば」
「はははっ畏まらなくて良い。本当に君達は似合いだ。困った事があったら僕を頼ると良い」
「勿体ない言葉」
「堅物眼鏡には君が必要なのだから」
「王太子殿下⋯⋯」
本当にそうだったら良かったのに。
曲が終わりアレクシオ王太子が恰幅の良い相手から彼の娘であろう女性を紹介されている間に私はそっとその場を離れ急いでバルコニーを目指した。
ホールは見ちゃいけない。見たくない。
飛び込んだバルコニーは幸いにも人気は無く、私は夜風で身体を冷ました。
逃げてばかりだ。そう思わなくもない。
でも、どうしたら未来を変える事ができるのか私には分からない。ただまた聖女になりあんな孤独を味わいたくない。
「どうしたら変えられるのかな⋯⋯」
「アメディアやっと出て来たか。ボク様は待ちくたびれたぞ」
「セオス様。お待たせして申し訳ありません」
私はポンと現れたセオス様を両手で受け止めた。
私のアクセサリーとして付いてきたセオス様は夜会が始まる前に王宮の図書室へと向かっていた。
サワサワと毛並みを揺らすもふもふのセオス様に顔を埋める。
ああ、セオス様はやっぱり癒しだわ。
「どうして私がこのバルコニーへ出て来たと分かったのですか」
「ボク様は国神でアメディアの守護神だよ。どこに居ても分かるぞ」
「そうでした。それでセオス様の方は済んだのですか」
「ああ、人間は面白い事を考えるのだな。でもな、ボク様は気付いたんだ。そもそもボク様は国神だ。わざわざ図書館へ連れて行ってもらったり王宮へ連れて来てもらったりしなくともいつでもどこでも好きな時に好きなだけ動けるのだよな」
「⋯⋯ええぇ今更ですか」
「まあ、人間のふりをするのも面白いが」
「そう思っていただけるのなら、また図書館の帰りにフルーツタルトを食べに行きましょう」
「をを、それは良いな」
セオス様は聖女について調べている。
ただ人間を知りたい。それだけではない気がするけれどセオス様はそれ以上何も言わないし、何を考えているのか分からない。
けれど私はセオス様に救われた。これまでの聖女達もセオス様は救ったのだろう。
そう言えば、図書館にある書物には聖女の存在は残されていてもその個人はどこの誰だったかまでは書かれていない。
もしかしたら王宮には記録が残っているのかな。
「セオス様、どのような書物がありました?」
「そうだそうだ。面白いものが書いてあったぞ。それがな──」
「ディア! 探したよ」
「ルセウス、様⋯⋯どうして」
ポポポポンとセオス様は小さくなり私の左手首のアクセサリーの一つに擬態した。
「いくら王宮だと言ってもこんな所に来ては不用心だ」
「ごめんなさい」
「いや、違う謝らないでくれ。怒っているのではなくて⋯⋯話し声がしたから⋯⋯ディア、誰か居たのかな」
「私一人ですよ」
ルセウスが私の隣に座り、私は視線を逸らす。ルセウスとセオス様は一度会ってはいるけれど子供の姿だとしても招待を受けていないのにここに来ているなんて問題になる。
「ルセウス様はどうして⋯⋯ディーテ様と踊られていたのではないですか」
「一曲だけだよ。ディアの姿が見えなくなったから⋯⋯探していた」
「私を⋯⋯どうして」
「当然の事だろ? 私はディアの婚約者。婚約者の姿が見えなくなって不安にならない訳がない」
私は隣に座るルセウスを見つめた。
優しい人なのだと思う。ううん。ルセウスは昔から優しい。
なのに。
何故会いに来てくれなかったの?
何故手紙をくれなかったの?
ディーテ様と微笑み合うルセウス。私を大切にしてくれるルセウス。私はどちらのルセウスを信じればいいの⋯⋯。
「まあっ! こんな所に居たのねルース。突然居なくなるから私、好みじゃない方と踊ることになったじゃないの⋯⋯あら、アメディア様。いくら婚約者だとしてもルースを束縛しては愛想つかれますわよ。さあ、ルース、踊り直しましょう」
ルセウスを追いかけて来たディーテ様が微笑みながら手を伸ばした。
ああ、そうだった。前回もディーテ様は私達に互いを束縛するなと牽制していたわね。
でも私はそんな事気が付かず「王女様に誘われるなんて凄い」と単純に喜んでルセウスの背中を押してルセウスはディーテ様の手を取ったの。
私、馬鹿だわ。
「王女殿下、私よりほら、貴女をダンスにお誘いしたい方々がお待ちですよ」
「私はルースと踊りたいのよ。ちょっと、ルース!」
にこやかに手を取りディーテ様をバルコニーの入り口で待っている人達の元へ届け、ホールへと戻したルセウスはその中の一人と頷き合った。
「え、ルセウス、様?」
「妙に王女殿下が私に興味を示していたから。けれど相手は王族。邪険には出来ないからね。だから友人に頼んでおいたんだ絡まれ始めたら助けて欲しいって。」
「そんな⋯⋯不敬だと言われない?」
「アレクシオには了承を得てるよ」
「えっ⋯⋯」
私が前回と違った行動を取ったから⋯⋯出来事が変わった?
煩わしそうに眼鏡を直すルセウス。
私はその横顔にただ驚くだけだった。