未来の後悔
昨日の宣言通りルセウスはその手に私が好きな菓子店のフルーツタルトと一通の招待状を持って時間ピッタリにリシア家へとやって来た。
来て早々、ルセウスは天気が良いから庭に出ようと言い、急遽お茶の席をガゼボに作った。
「二人だけで話がしたいんだ」
「風が気持ちいいなあ」と花壇を眺めていた私の耳に歓迎したくない言葉が届いて、頬が引き攣るかと思ったわ。
「ここはどこからでも私達が見える。話が聞こえない場所まで下がっていてください」
穏やかで丁寧ながらもそれは使用人への命令。
フルーツタルトと紅茶を置き終えたメイが頭を下げたまま私のそばから離れ屋敷の入り口まで下がったのを確認したルセウスは「さて」と口を開いた。
「ディアに報告があるんだ。昨日、王太子付きに正式に任命されたよ」
「おめでとうございます」
「やはり、驚かないのだね」
素直に祝福の言葉を口にした私にルセウスは一呼吸置いて自重気味に笑った。
だって、王家からの命令はどうせ断れない。それにこの国の貴族社会では王太子付きになるのはとても名誉なのだからルセウスも断るわけがない。
私は心の中でため息を吐く。
ルセウスとの婚約は回避出来なかったし、王太子付きになり、ディーテ様と出会う。やり直しなのだから同じ事が起きるのは当然。
だからと言って同じ道をなぞるなんてしない。私は前回とは違う選択をするのよ。
「これからお忙しくなられますね」
そう言って微笑むとルセウスは苦笑いを浮かべた。そして何か言いかけて口を閉ざす。そんな彼に首を傾げると意を決したように話し始めた。
その顔が少し緊張しているように見えるのはいつも涼しい顔をしているルセウスにしては珍しい。
「会えない時は手紙を送る。君からも送ってくれると⋯⋯、うれ、嬉しいのだけれど」
あ、ちょっと眼鏡がズレた。もしかして⋯⋯照れてる? まさかね。
「⋯⋯ディアは私が王太子付きになる事を予見していたね⋯⋯それから、その、私がこの婚約を後悔するとも」
っ! 来た。ルセウスはやっぱりもうディーテ様と会ったのね。前回よりも早い気がするけれど。
私はルセウスの言葉を聞きながら自分の中の冷静さが段々と消えていくのを感じていた。
「それは当たらない。何度でも誓う。私は婚約を後悔などしない。何があってもだ」
……あれ?
「私はもう後悔したくない⋯⋯二度と」
「二度⋯⋯?」
まさか、ルセウスも前回の記憶があるの? でも、前回、私が神殿に入ってから手紙をくれなかったわ。会いにも来てくれなかった。ルセウスがあの時を後悔するなんてないと思うのだけれど。
「数日前、ディアが居なくなる夢を見たんだ」
苦しそうに眉間を険しく寄せたルセウスの眼鏡がまたズレた。
「ディアは⋯⋯独りで逝こうとしていた⋯⋯大声を上げても、手を伸ばしてもディアに届かなかった。そうしたら⋯⋯声が聞こえて「今度こそ君はディアを守らなくてはならない」って」
そこで言葉を切ったルセウスがゆっくりと手を伸ばした。テーブルを挟んで座っていた私たちの距離が縮まる。彼の手が私の頬に触れた瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。
「何を不安に思っているのか、私には分からない。けれどディアの不安が私に伝わってあんな夢を見たのかも知れない」
「ルセウス、様」
「その「様」。ディアが私を拒む理由。それが婚約破棄だとしたら私は不安が解消するよう努める。ディアにまた「ルース」と呼んでもらえるように」
真っ直ぐに見つめてくる瞳から目が離せない。ルセウスの手は大きくて温かくて、触れられている部分が熱を帯びるような感覚に囚われる。
「私はディアを愛している。君に救われたあの日からずっと変わらない。今度は私がディアを守るから」
囁かれた言葉は甘く蕩けて私の胸を締め付けた。こんな風に言われてしまったら私はもう抗えなくなってしまう。
前回と同じ道を辿るのは嫌なのに。
それでも、私は嬉しくて幸せで。ルセウスが好きなのだと気付かされてしまったのだった。
来て早々、ルセウスは天気が良いから庭に出ようと言い、急遽お茶の席をガゼボに作った。
「二人だけで話がしたいんだ」
「風が気持ちいいなあ」と花壇を眺めていた私の耳に歓迎したくない言葉が届いて、頬が引き攣るかと思ったわ。
「ここはどこからでも私達が見える。話が聞こえない場所まで下がっていてください」
穏やかで丁寧ながらもそれは使用人への命令。
フルーツタルトと紅茶を置き終えたメイが頭を下げたまま私のそばから離れ屋敷の入り口まで下がったのを確認したルセウスは「さて」と口を開いた。
「ディアに報告があるんだ。昨日、王太子付きに正式に任命されたよ」
「おめでとうございます」
「やはり、驚かないのだね」
素直に祝福の言葉を口にした私にルセウスは一呼吸置いて自重気味に笑った。
だって、王家からの命令はどうせ断れない。それにこの国の貴族社会では王太子付きになるのはとても名誉なのだからルセウスも断るわけがない。
私は心の中でため息を吐く。
ルセウスとの婚約は回避出来なかったし、王太子付きになり、ディーテ様と出会う。やり直しなのだから同じ事が起きるのは当然。
だからと言って同じ道をなぞるなんてしない。私は前回とは違う選択をするのよ。
「これからお忙しくなられますね」
そう言って微笑むとルセウスは苦笑いを浮かべた。そして何か言いかけて口を閉ざす。そんな彼に首を傾げると意を決したように話し始めた。
その顔が少し緊張しているように見えるのはいつも涼しい顔をしているルセウスにしては珍しい。
「会えない時は手紙を送る。君からも送ってくれると⋯⋯、うれ、嬉しいのだけれど」
あ、ちょっと眼鏡がズレた。もしかして⋯⋯照れてる? まさかね。
「⋯⋯ディアは私が王太子付きになる事を予見していたね⋯⋯それから、その、私がこの婚約を後悔するとも」
っ! 来た。ルセウスはやっぱりもうディーテ様と会ったのね。前回よりも早い気がするけれど。
私はルセウスの言葉を聞きながら自分の中の冷静さが段々と消えていくのを感じていた。
「それは当たらない。何度でも誓う。私は婚約を後悔などしない。何があってもだ」
……あれ?
「私はもう後悔したくない⋯⋯二度と」
「二度⋯⋯?」
まさか、ルセウスも前回の記憶があるの? でも、前回、私が神殿に入ってから手紙をくれなかったわ。会いにも来てくれなかった。ルセウスがあの時を後悔するなんてないと思うのだけれど。
「数日前、ディアが居なくなる夢を見たんだ」
苦しそうに眉間を険しく寄せたルセウスの眼鏡がまたズレた。
「ディアは⋯⋯独りで逝こうとしていた⋯⋯大声を上げても、手を伸ばしてもディアに届かなかった。そうしたら⋯⋯声が聞こえて「今度こそ君はディアを守らなくてはならない」って」
そこで言葉を切ったルセウスがゆっくりと手を伸ばした。テーブルを挟んで座っていた私たちの距離が縮まる。彼の手が私の頬に触れた瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。
「何を不安に思っているのか、私には分からない。けれどディアの不安が私に伝わってあんな夢を見たのかも知れない」
「ルセウス、様」
「その「様」。ディアが私を拒む理由。それが婚約破棄だとしたら私は不安が解消するよう努める。ディアにまた「ルース」と呼んでもらえるように」
真っ直ぐに見つめてくる瞳から目が離せない。ルセウスの手は大きくて温かくて、触れられている部分が熱を帯びるような感覚に囚われる。
「私はディアを愛している。君に救われたあの日からずっと変わらない。今度は私がディアを守るから」
囁かれた言葉は甘く蕩けて私の胸を締め付けた。こんな風に言われてしまったら私はもう抗えなくなってしまう。
前回と同じ道を辿るのは嫌なのに。
それでも、私は嬉しくて幸せで。ルセウスが好きなのだと気付かされてしまったのだった。