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作者: ちありや
第199話 しんじつ
「俺、は…?」

 ガイラムの意識が消え、完全に自我を取り戻した大豪院であったが、ガイラムであった時間の記憶は無く、魔王に殴り飛ばされた所から彼の記憶は再スタートとなった。

 だが今の大豪院は久子の膝に抱かれ、目の前に涙目の睦美が膝を付いている。10mほど先に魔王がいるが、内から発する闘気の質が明らかに違っている。

「ゴチャゴチャ細かい事は抜き。魔王あいつをぶっ飛ばすわよ!」

 立ち上がり乱世丸を抜刀した睦美が油ギルに向かい合う。アンドレも闘気を剣に込め、大豪院が立ち上がるのと合わせて久子も立ち上がる。その際に久子は何か一言、独り言を呟いていた。

 ☆

『ガイラムの魂亡き今、大豪院は聖気も使いこなせないただの力自慢のガキでしか無い。この場にいる奴ら全員を殺してしまえば、後は私の覇道を阻む者は存在しない。勇者も、神々も、私の前にひれ伏すのだ。既に私の体液は魔王の体の末端まで入り込み、完全に私の物となった。今の私で全盛期のギルの8割ほどだろう。それでもこの場の全員を屠るのは容易き事!』

 油ギル(仮称)も準備は整ったようである。魔王の両手から多量の水が滴り落ちる。それは氷柱つららが出来る様に瞬く間に凝固し、魔王の両手が巨大な杭と化した。
 魔王の長いリーチを更に長くし、攻撃力を増した仕様となった。それは例えウタマロんの防御力を以てしても障子紙の如く簡単に貫いてしまう威力があった。
 更に油小路の体液を全身に纏わせ、それを固めて鎧とする。その全身の鎧が妖しく光を反射して、新たな魔王を蝋人形の様な不気味さで彩っていた。

 攻防に於いて魔王ギルと油小路の良いとこ取りをした新生魔王ユニテソリの誕生である。フィジカルが旧魔王の8割だとしても攻防の装備で欠けた2割を補って余りある戦闘力を持っていた。

「…ぬんっ!」

 勝利を確信し、己の力に陶酔していた魔王ユニテソリは次の瞬間大きく吹き飛ばされていた。

 やった相手はもちろん大豪院。彼は先程の魔王ギルとの戦いで見せた速度よりも3倍、いや5倍以上の速さでユニテソリに近付き、速度の乗ったパンチでユニテソリ自慢の鎧を砕いていた。

「な……?」

 ユニテソリは自分がされた事が理解出来ない。大豪院のスピードとパワーが想定していたものとあまりにもかけ離れていたのだ。

「なぜだ…? なぜこんなに速く動ける…? なぜこんなに重いパンチを打てるのだ…?」

 考えている間にも大豪院の追撃は止まない。ユニテソリは対策を考える時間すら与えられないまま、大豪院に殴り飛ばされ、打ち上げられ、打ち下ろされ、地面に叩きつけられた。
 周りの世界では引っ切り無しに雷が鳴り続け、地鳴りが止まらない。そして頻発する地震とは別に、ユニテソリが地面に打ち付けられる度に大きな音と衝撃が周囲に伝わった。

 ☆
 
「最初からこうすれば良かったのよね…」

「ですねぇ。まぁチーム分けしちゃってましたからねぇ…」

 大豪院によってユニテソリが面白い様に翻弄されている間、睦美と久子が雑談モードになっていた。

 今の大豪院のワンサイドゲームの種明かしだが、久子の『強化』の術によって大豪院の基礎体力を大きく底上げした事が原因である。
 魔王ギルとの戦いも始めから久子が大豪院を援護する形でチーム分けしておけば、あれほどに苦戦する事は無かったかも知れないし、ガイラムの登場も無かったかも知れない。まぁ何にせよ後の祭りだ。

「ふざ… けるなぁぁぁっ!!」

 満身創痍となって虫の息となっていた魔王の口から、一塊の液体が飛び出した。ユニテソリの本体である。

 ユニテソリはそのままバランスボール大の球体となって大豪院の顔面に直撃する。水の球体に顔を覆われた形となった大豪院は呼吸を塞がれてしまう。

「ふざけやがってふざけやがってふざけやがって! この死にぞこないがぁっ! 腹に大穴開けても死なねぇ、乗ってる飛行機を墜としても死なねぇ。どうすりゃ死ぬんだ? あぁ?! 息が止まれば死ぬのか? 脳を壊せば死ぬか?!」

 何処から声が出ているのか分からないが、球体のままでユニテソリは逆上する。確かに大豪院のデタラメさを考えれば気持ちは分からないでも無いが、キャラが崩壊するほどの大豪院への怒りが今、ユニテソリを包んでいた。

 呼吸を阻まれた大豪院は、顔に貼り付いた球体を取り外そうと両手で足掻いてみせるが、素手で水を掴む事は出来ない。
 ユニテソリを振り払う事も引き剥がす事も出来ないまま時間だけが過ぎていく。
 
 そして大豪院を囲っている球体ユニテソリは、大豪院の目や耳、鼻や口から大豪院の内部へと徐々に浸透し始める。このままでは大豪院が窒息する前に、侵入したユニテソリによって彼の脳が破壊されてしまうかもしれなかった。

 この状況は睦美やアンドレでも如何とも出来ずにただ見守るだけしか出来なかった。そして刻一刻と大豪院の命の炎の揺らめきは小さくなって行く……。

「赤巻紙青巻紙黄巻紙…」

 蘭の静かな声が静寂を破った。蘭の魔法によって(魔王の体から飛び出して)邪魔具を持たないユニテソリの体は氷結し、破砕する事が可能となる。すかさずユリが聖剣を一閃、大豪院の顔を包んでいたユニテソリの氷塊を両断した。

 晴れて大豪院は自由となり、凍ったまま地面に落ちたユニテソリはその場で融解し、再び人の形を取って地面に立った。

「おい、今なんつった…?」

 地獄の底から響くような殺意のみで構成される声。そんな低くドス黒い声が蘭の口から放たれた。

「思い出したわ… 4年前の飛行機墜落事故。あの時の生き残った小学生、大豪院覇皇帝かいざあって名前だった…」

 蘭の言葉の真意はユニテソリを含む周囲の誰にも判明していない。蘭は一歩ずつユニテソリに近付きながら言葉を続けた。

「あの飛行機には私の両親が乗っていたんだよ… それを『墜とした』って言ったよね今…」

 蘭の顔は涙が溢れていた。事故死と思われていた両親は実は殺されていた。しかもその犯人がずっと目の前にいて、それを知らずに自分はそいつに良い様に下働きさせられていたとは……。
 屈辱と怒りに蘭は拳を握り締めてユニテソリの前に立つ。怒りの炎は蘭の周囲に陽炎かげろうを浮かび上がらせている様に見えた。

「それがどうしたぁっ! ゴミの生き死になんざ知った事かぁッ!」

 ユニテソリは蘭の心臓目掛けて腕の杭を撃ち込んだ。

「!?!?!?」

 蘭は無防備でユニテソリの前に立っていた。ユニテソリからの攻撃も避けるでなし受けるでなし、ただ殺される為に前に出ていった様な物だった。

 死を覚悟して目を閉じた蘭だが、痛みも衝撃も感じなかった。
 蘭の前に大豪院が腕を差し出してユニテソリの杭を受け止めていたのだ。

『大豪院くん…』

 蘭を無視して大豪院はそのまま一歩前に出る。

「あの飛行機には俺の父親も乗っていた。ユニテソリおまえは俺達の親の仇だ…」

 左腕にユニテソリの右腕の杭を刺したまま、大豪院は右の手を広げてユニテソリに翳す。
 大豪院の右手は徐々に光を放ち、その光はジリジリとユニテソリを灼いていった。

「ぐわぁーっ! ぎぃえーっ!!」

 ユニテソリの断末魔が周囲に響く。やがて大豪院の『勇者の光』はユニテソリの全てを灼き尽くし消滅させた。
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