第197話 せめんと
「あぁん? お前もしかしてアンコクミナゴロシのガイラムか? こいつぁツイてるな! お前とは是非殺りあってみたかったんだ!!」
復活した大豪院を前に魔王ギルが再び歓喜の声を上げる。
「私も君とは一度手合わせしたいとは思っていた。この大豪院覇皇帝くんの体は元の私よりも頑丈だからハンデが必要かもね」
「言うじゃねぇか…」
魔王ギルと大豪院、いやアンコクミナゴロシの王子にして勇者ガイラムは互いに一歩ずつゆっくりと踏み出しながら、1mほどの距離を置いて向かい合う。
次の瞬間にはお互いの左頬に相手の右フックが炸裂していた。まるで機械で測った様に同時に繰り出したパンチが互いを捉え、その衝突音は傍らにいたユリと蘭には1発分しか聞こえてこなかった。
ギルと大豪院の体格差は頭一つギルの方が大きい。その為パンチの射程も若干ギルが有利だったのだが、その上で尚ガイラムはギルへの有効打を叩き込んでいた。
「パンチ1発で解ったぜ、お前は『合格』、だ!」
『だ!』のタイミングでギルがガイラムへのボディブローを決める。ガイラムは顔を歪めたものの踏み留まりギルを睨み返す。
「それは光栄だ、ね!」
ガイラムも負けじと『ね!』のタイミングで、ギルの鳩尾へとショートアッパーを叩き込んだ。
ギルも一瞬苦悶の表情を浮かべるが足が後退する事はない。すぐにふてぶてしい笑顔に切り替えガイラムの顔面を横から殴打する。
「互いに足を止めて1発ずつ殴り合ってます。まるでゲームの様にじゃれあっているようにも見えますが、解説の蘭さん、どうでしょうこの展開?」
「誰が解説よ? まぁ、非常に男の人らしくて良いんじゃないですか…?」
手持ち無沙汰のユリが聖剣の柄をマイクに見立てて実況を始め、蘭も満更ではない雰囲気で解説役に収まっていた。
女2人はのんびり観戦しているが、戦っている当の男2人はこう見えて命懸けだ。その拳の1発1発に小口径砲くらいの威力があるのはもちろんだが、それだけの攻撃を顔や腹に受け続けても反撃できるだけの耐久力が互いにある、という事だ。
ギルが殴りガイラムが殴り返す。その一撃毎に肉や骨の軋む音が周囲に響く。それでも2人の戦いは怯む事なく続いている。その証拠にギルもガイラムも足の立ち位置は開始当初から変わっていない。
「おぉっと、大豪院くん少しフラついたか?! いや持ち直した! 再び魔王の脇腹にパンチ! 普通なら肋骨何本かイッてるぞーっ!!」
「体格差がありすぎるわ。足を止めての打ち合いはどうやっても大豪院くんに不利よ…」
実況と解説が仕事をしている間にもギルとガイラムの死闘は続いている。
蘭の言葉通り体格差のある大豪院の方が不利ではあるが、ここまで互角の戦いを演じてきた為か、ギルの顔にも明らかにダメージによる疲労が浮かんでいた。
ギルとガイラムの死闘を見ていたのはユリと蘭の実況コンビだけではない。睦美達と戦っている油小路も視界の端々で2人の戦いを監視していた。
『魔王ギルが大豪院を倒した瞬間が私がギルの体を乗っ取る最大のチャンスだ… それより早ければギルの体を掌握する前に私が大豪院に倒されてしまうし、それより遅ければギルは瞬時に体力を回復させてしまい乗っ取る隙が無くなる。この時の為にギルを育て強くして、大豪院を魔界に誘い込んだのだ。失敗は許されない…』
☆
「さぁ、魔王と勇者2人の真剣勝負も大詰め! 互いに譲らぬまま双方合計で50発は殴り合っております。もう元の人相も分からぬほど顔もボコボコで体中痣だらけ、それでも退きません、負けません! 男の意地と世界の命運を掛けて戦いは続きます! …解説の蘭さん、ここで私が割り込んで魔王にトドメを差してしまう事も可能だと思われますが、どうでしょう?」
「え…? それはドン引き… それで勝っても大豪院くん嬉しくないと思うよ…?」
サラッと不穏な事を口走るユリを蘭が止める。ユリも紛れもない『勇者』ではあるのだが、ギルとガイラムの戦いに割って入れるほどのパワーは無いだろう。下手したら瀕死のギルからですら返り討ちに遭うかも知れなかった。
「あ、うん… そだね…」
ユリも『なんちゃって』感を出しつつ大人しく引き下がった。
☆
「はぁはぁ… どうした? 息が上がってるぞ…?」
「ゼェゼェ… そっちこそ…」
2人の殴り合いはまだ続いている。当初のスピード感は既になく、今や殴る方ですら1発ごとにフラついている始末だ。それでも2人の瞳の炎は消えてはいない。
パワーやテクニックを超えて『根性』だけで2人は戦っている。そこには『魔王』も『勇者』も無い。2人の『漢』がいるだけだった。
「…………!」
「…………!」
言葉はない。2人が同時に直感した。『次が最後』だと。
ギルが右の拳を振りかぶる。その戦車砲の如き一撃がガイラムに届く瞬間に、ガイラムもギルに向けて拳を放った。
戦いの始めと同じ『両者相打ち』、そのまま時間が止まった様に固まる2人。
やがてギルの体が前のめりに崩れ、クリンチの体勢で抱き合う2人。
耳元に相手の顔がある。ガイラムは確かに聞いた。「超楽しかった… また闘ろうぜぇ」と……。
ガイラムも薄れゆく意識の中で必死に返答した。「あぁ、あの世でね」と……。
そのまま2人は膝を付きすれ違う様な形で、大きな音を立てながら同時に地面に倒れ伏した。
☆
「勝負あったかぁーっ?! 双方立ち上がれない! ダウンのテンカウントは無いぞぉっ! これはどうする?!」
ユリの実況が虚しく響く。ギルとガイラムの戦いが決着したのは睦美達にも見て取れた。ギルもガイラムも動かない所を見ると本当に相打ちで終わったのか、この後どちらかが立ち上がってくるのかも判断が付かない。
そしてその睦美達の隙を油小路は見逃さなかった。
一瞬の間に体を液体化させ地面に浸透する。そのまま大豪院の真下へ入り体をドリル状に尖角化、回転しながら一気に上方に突き抜けた。
気で守られていない大豪院の体は、油小路にあっさりと貫通され脇腹から大量の鮮血をまき散らす。
「わはははははははっ!!!! これだ! この時をこそ待ち望んでいたのだっ!!」
大豪院の体を貫き、赤く染まりながら昇り龍の如く天に舞った油小路は、落ちる勢いでギルの体に入り込む。
そのあまりにも現実離れした光景に、ユリ達も睦美達も寸毫たりとも反応する事が出来なかった……。
復活した大豪院を前に魔王ギルが再び歓喜の声を上げる。
「私も君とは一度手合わせしたいとは思っていた。この大豪院覇皇帝くんの体は元の私よりも頑丈だからハンデが必要かもね」
「言うじゃねぇか…」
魔王ギルと大豪院、いやアンコクミナゴロシの王子にして勇者ガイラムは互いに一歩ずつゆっくりと踏み出しながら、1mほどの距離を置いて向かい合う。
次の瞬間にはお互いの左頬に相手の右フックが炸裂していた。まるで機械で測った様に同時に繰り出したパンチが互いを捉え、その衝突音は傍らにいたユリと蘭には1発分しか聞こえてこなかった。
ギルと大豪院の体格差は頭一つギルの方が大きい。その為パンチの射程も若干ギルが有利だったのだが、その上で尚ガイラムはギルへの有効打を叩き込んでいた。
「パンチ1発で解ったぜ、お前は『合格』、だ!」
『だ!』のタイミングでギルがガイラムへのボディブローを決める。ガイラムは顔を歪めたものの踏み留まりギルを睨み返す。
「それは光栄だ、ね!」
ガイラムも負けじと『ね!』のタイミングで、ギルの鳩尾へとショートアッパーを叩き込んだ。
ギルも一瞬苦悶の表情を浮かべるが足が後退する事はない。すぐにふてぶてしい笑顔に切り替えガイラムの顔面を横から殴打する。
「互いに足を止めて1発ずつ殴り合ってます。まるでゲームの様にじゃれあっているようにも見えますが、解説の蘭さん、どうでしょうこの展開?」
「誰が解説よ? まぁ、非常に男の人らしくて良いんじゃないですか…?」
手持ち無沙汰のユリが聖剣の柄をマイクに見立てて実況を始め、蘭も満更ではない雰囲気で解説役に収まっていた。
女2人はのんびり観戦しているが、戦っている当の男2人はこう見えて命懸けだ。その拳の1発1発に小口径砲くらいの威力があるのはもちろんだが、それだけの攻撃を顔や腹に受け続けても反撃できるだけの耐久力が互いにある、という事だ。
ギルが殴りガイラムが殴り返す。その一撃毎に肉や骨の軋む音が周囲に響く。それでも2人の戦いは怯む事なく続いている。その証拠にギルもガイラムも足の立ち位置は開始当初から変わっていない。
「おぉっと、大豪院くん少しフラついたか?! いや持ち直した! 再び魔王の脇腹にパンチ! 普通なら肋骨何本かイッてるぞーっ!!」
「体格差がありすぎるわ。足を止めての打ち合いはどうやっても大豪院くんに不利よ…」
実況と解説が仕事をしている間にもギルとガイラムの死闘は続いている。
蘭の言葉通り体格差のある大豪院の方が不利ではあるが、ここまで互角の戦いを演じてきた為か、ギルの顔にも明らかにダメージによる疲労が浮かんでいた。
ギルとガイラムの死闘を見ていたのはユリと蘭の実況コンビだけではない。睦美達と戦っている油小路も視界の端々で2人の戦いを監視していた。
『魔王ギルが大豪院を倒した瞬間が私がギルの体を乗っ取る最大のチャンスだ… それより早ければギルの体を掌握する前に私が大豪院に倒されてしまうし、それより遅ければギルは瞬時に体力を回復させてしまい乗っ取る隙が無くなる。この時の為にギルを育て強くして、大豪院を魔界に誘い込んだのだ。失敗は許されない…』
☆
「さぁ、魔王と勇者2人の真剣勝負も大詰め! 互いに譲らぬまま双方合計で50発は殴り合っております。もう元の人相も分からぬほど顔もボコボコで体中痣だらけ、それでも退きません、負けません! 男の意地と世界の命運を掛けて戦いは続きます! …解説の蘭さん、ここで私が割り込んで魔王にトドメを差してしまう事も可能だと思われますが、どうでしょう?」
「え…? それはドン引き… それで勝っても大豪院くん嬉しくないと思うよ…?」
サラッと不穏な事を口走るユリを蘭が止める。ユリも紛れもない『勇者』ではあるのだが、ギルとガイラムの戦いに割って入れるほどのパワーは無いだろう。下手したら瀕死のギルからですら返り討ちに遭うかも知れなかった。
「あ、うん… そだね…」
ユリも『なんちゃって』感を出しつつ大人しく引き下がった。
☆
「はぁはぁ… どうした? 息が上がってるぞ…?」
「ゼェゼェ… そっちこそ…」
2人の殴り合いはまだ続いている。当初のスピード感は既になく、今や殴る方ですら1発ごとにフラついている始末だ。それでも2人の瞳の炎は消えてはいない。
パワーやテクニックを超えて『根性』だけで2人は戦っている。そこには『魔王』も『勇者』も無い。2人の『漢』がいるだけだった。
「…………!」
「…………!」
言葉はない。2人が同時に直感した。『次が最後』だと。
ギルが右の拳を振りかぶる。その戦車砲の如き一撃がガイラムに届く瞬間に、ガイラムもギルに向けて拳を放った。
戦いの始めと同じ『両者相打ち』、そのまま時間が止まった様に固まる2人。
やがてギルの体が前のめりに崩れ、クリンチの体勢で抱き合う2人。
耳元に相手の顔がある。ガイラムは確かに聞いた。「超楽しかった… また闘ろうぜぇ」と……。
ガイラムも薄れゆく意識の中で必死に返答した。「あぁ、あの世でね」と……。
そのまま2人は膝を付きすれ違う様な形で、大きな音を立てながら同時に地面に倒れ伏した。
☆
「勝負あったかぁーっ?! 双方立ち上がれない! ダウンのテンカウントは無いぞぉっ! これはどうする?!」
ユリの実況が虚しく響く。ギルとガイラムの戦いが決着したのは睦美達にも見て取れた。ギルもガイラムも動かない所を見ると本当に相打ちで終わったのか、この後どちらかが立ち上がってくるのかも判断が付かない。
そしてその睦美達の隙を油小路は見逃さなかった。
一瞬の間に体を液体化させ地面に浸透する。そのまま大豪院の真下へ入り体をドリル状に尖角化、回転しながら一気に上方に突き抜けた。
気で守られていない大豪院の体は、油小路にあっさりと貫通され脇腹から大量の鮮血をまき散らす。
「わはははははははっ!!!! これだ! この時をこそ待ち望んでいたのだっ!!」
大豪院の体を貫き、赤く染まりながら昇り龍の如く天に舞った油小路は、落ちる勢いでギルの体に入り込む。
そのあまりにも現実離れした光景に、ユリ達も睦美達も寸毫たりとも反応する事が出来なかった……。